夜鳥羽から遠く離れた都市の中。
囲地と呼ばれる、空隙の土地に建っていた豪邸の中で2人の男が向かい合っていた。
「――はあ!? 夜鳥羽の前哨基地が全滅だぁ!?」
目が痛くなるほどの明るい室内に男の怒号が響く。
豪奢なシャンデリアに、大理石の床には赤く分厚い敷物。
黒壇の机や棚には古今東西の武器が並び、どれもが強烈な照明を浴びて輝きを放つ。
明らかに悪趣味なその部屋で怒声と唾を浴びながら、左目を眼帯で覆った濡れ羽色の髪の男――
「聞いての通りだ。解体所に輸送拠点、ねぐら……全部やられてる」
「先遣隊は!? 俺の愛する仲間たちは!?」
「全員
「……はあ? 見回りだけが仕事の夜鳥羽支部に? どんな間抜けだそいつらは!」
お前の愛する仲間だよ、とは言わずに汀良は首を横に振る。
「いや、どうも違う様だ。
「……へえ、そうかよ。で、そいつはどこのどいつ?」
「……不明だ」
そう告げた直後に轟音が鳴る。見れば黒檀の机が踏み抜かれて割れていた。
汀良の眉が僅かに動くが、反応はそれだけ。ただただ手元の報告資料を眺めている。
「……困ったなあ。実に困った」
ゴッ、と硬質なブーツの音が鳴る。
部屋の主――正確には住民が逃げた豪邸を簒奪しただけだが、男は短く刈った金の髪を掻きながら、汀良の方へと歩み寄る。
「なあ汀良ちゃん。俺はお前らが提供してくれた情報を信じて愛する仲間を送り出したんだ。『夜鳥羽の裂け目がこれから活性化する』『あそこは古い裂け目で
「……ああ」
可愛い部下の顔も名前も知らないだろうに、とは口が裂けても言えない。
そう報告をしたのは事実だし、汀良としてもこれは想定外の事態であった。
「それがどうだ? 基地は全滅で、部下は全員捕まった? 可哀そうに。彼らはこれから危険領域での奉仕活動が待ってる。この国での死因ナンバーワン。1年も生き延びれないだろうなあ」
「だろうな」
各地で略奪や破壊工作を繰り返している犯罪者の末路などそんなものだ。
汀良や目の前の男などは問答無用で銃殺刑とかだろう。極悪犯を丁重に保護してる余裕はどの国にもない。
世界はそれ程に時代が逆行しつつあった。
「それでその実行犯が誰かも分からない? ふざけてんのか?」
「……
「ならハンター連中に決まってんだろうが! 頭沸いてんのかよ!?」
この国で危険領域での活動を許されているのはその2組織のみ。
勿論どうにかして武器を手に入れ暴れようとする馬鹿は時折現れる。が、それこそ2組織によって徹底的に取り締まりがされている。
そもそもそんなぽっと出の間抜けにやられる雑魚を送ったつもりはない。
つまり消去法で襲撃犯はハンターということになるが……。
「夜鳥羽でのハンターの活動はこの2年間で0だ。それは知ってるだろう」
「……ああ。だから気持ちよく送り出したんだ」
「まさか、この瞬間だけハンターが偶然居合わせて、我々の拠点を襲ったとでも?」
「……分かったよ。今のは俺が悪かった」
大仰に手を上げて男はそう言った。
ようやく弛緩した空気に、汀良は溜め息を吐き出す。
――報告をするだけで命の危機があるというのは勘弁願いたい……。
実力もカリスマも溢れんばかりあるが、我慢だけが効かないのが彼らのリーダーのどうしようもない欠点であった。
「で? じゃあそいつは一体どこのどいつなんだ?」
「可能性は2つ。
さっきはああ言ったが、これが一番現実的な予想であった。
「あのロートルたちが俺らと同じ、ねえ。ありえるか?」
「さあな。あくまで可能性だ」
「……よし、とりあえず夜鳥羽でハンター見つけたらぶち殺せ。で、もう1つは?」
「それなんだが――」
問いかけに、汀良は再び溜め息を吐き出す。
目の前のこの男は好きそうだが、現実主義者の汀良からすれば実にくだらない報告資料であった。
常に不測の事態は起こり得るし、それを想定して動かなければならない。
それはこの
「――『銃の亡霊』という噂があるそうだ」
こんなくだらない
「――では、そのように対処する」
「おう! 任せた!」
すっかり機嫌を取り戻した声を背に受けながら、汀良は部屋を出た。
酒と香水の匂いが充満する豪邸を後にして、暗く沈んだ夜の街を進んでいく。
「……はあ」
了承は得たが、色々と気が進まない。
胡散臭い噂に振り回されるのもそうだが、その頼む相手が――。
「赤兎、いますか?」
「んもちろんですとも! あなたの赤兎はここにおります」
禿頭の男たち――その中でも身綺麗にした者たちが仕事を行う学校跡地にて。
手を叩いた汀良に呼応し、長身の男が姿を現した。
満面の笑みで窓からぶら下がる男に辟易しながら、汀良はため息とともに告げる。
「仕事です。夜鳥羽に潜む、『銃の亡霊』を私の前に連れてきてください。生死は問いません」
「あなたの頼みなら、喜んで」
***
残留者の拠点襲撃から2日が経った。
あれから死ぬことなく物資を運び切った俺は今……至福の喜びに満ち溢れていた。
「ふへ、ふへへへ……」
目の前に広がる光景に思わず気味の悪い笑みが零れる。
だって遂に! ようやく!
俺は拠点の設備の修復に成功したのである。
「完成だ……!!」
拠点の地下。灰色のコンクリート空間の一角。具体的には死体と内臓を入れる冷蔵室のすぐ隣。
そこにはキャンプとかに使う折り畳み式テーブルと、天井から吊るされる金属のフックが並んでいる。
その足元にはポータブル電源に、電動丸鋸。
一見物騒なこれは……そう! 簡易のブラー解体所である!
解体所 レベル1
ブラーを吊るし解体するための設備
不要な肉の切除や洗浄も行える
あの
「へへへ、最初が解体所なのは物騒だが……施設は施設だ! やっっっと、進んだ……!!」
苦節1月半。遂に拠点の改良が進んだぞ……!!
面倒なタスクが終わって次々と他タスクが解放された様な……そんな爽快感が心地よい。
あの日、
んで持ち帰ってみたら、冷蔵室の隣の窪みに天井レールがある場所があってさ、そこに取り付けてみたらなんとジャストフィット!
後は持ってきた諸々を配置すれば、簡易解体所の完成だ。
直ぐ側に背の低い蛇口もあるし、排水口も床にある。
多分、元からそういう用途の場所だったんだろう。
……なんで教会の地下にそんなもんがあるかは知らん。怖すぎだろ。
この施設の効果は恐らくブラーの買取額の上昇ってとこかな。
後は解体して売れる部位が増えることだろう。
つまり金が稼げて残機が増える。
勿論それには奴らの死体をまるまる持って帰らないとダメなので難しくもあるんだが……メリットはしっかりある。
いい施設を直すことができた。
そして早速役にも立っている。
やり方は単純。猟銃でブラーの胸をブッ飛ばして台車でここに運ぶ。
後は丸鋸で首の根元をぶった切れば……綺麗な頭部をゲットである。
いやー、猟銃って凄いな。胴体2連発であっさりブラーが死んだ。
丸鋸の性能も十分。流石屍肉漁り、持ってる機材はブラーに最適ってことだな。
「ふふふ、この調子でどんどん拠点を改良していくぜ……!!」
こうして解体所ができ、目的の首も手に入れることができた。
ありがとう
ということで――。
「――こちらがご希望の首2つです」
「おおー!」
再び訪れた
袋に保冷剤と一緒に詰め込んだそれは、大きなザックにギリギリ入る大きさ。
この鞄も買っておいてよかった。でなきゃ怪物の首を手運びする不審者になるところだった。
目の前に並んだ白い首を、彼女は恐る恐る指でつついている。
「これがブラーの……こうしてみるとそんなに怖くないわね」
「口以外ないですからね」
噛み合わせゼロの乱杭歯は恐ろしいが、口さえ閉じていれば怖くない……か?
真っ白つるつるな白皮ブラーは死後硬直のお陰もあって彫刻に見えるのかもしれない。
しっかし改めて見てもハンター連中が何のために
彫刻なんて言ったが、こんなもんが飾ってある家とか強すぎるんだが。
まあ、ともかく。
「これで納品完了でいいですよね?」
「勿論! じゃあこれ、報酬のカメラ」
「わっ、ありがとうございます……!!」
これが念願のデジカメ……!! タスク報酬だ。
薄型で、レンズ部分がみょーんって飛び出るやつ。こっちにもあるんだなあ。
充電してくれてるから数日は持つらしい。これで撮影をすればいいって事だ。
これで拠点修理が一気に加速する。最高だね。
このカメラは
大人しく鞄に入れておこう。
道中で調べられたら面倒なので、拳銃も鞄の底に隠してる。
代わりの武器はスタンガン(紐付き首掛け)。
ブラーには効かないだろうから、街に来る時の護身用にすると決めた。
でないと買った意味がない。勿体ないの、ダメ。
「ふーん、ふーん♪」
るんるん気分で帰り支度をしてると、
「……ねえ、
「はい。私が見つけたのは解体所だったので、後は
「あなた1人で……? 信じられないんだけど……この首だって……」
俺の見た目じゃ信用しろってのも難しいか。
ただまあ、この人に信じてもらえるかなんて別にどうでもいい。
俺は仕事をして、この人は報酬を払った。それでいいだろ。
「まあまあ、こうして首を持ってきたんですからいいじゃないですか」
「……」
「……?」
なんか、剣呑な視線をこちらに向けてきている。
これは……まずいか?
タスクは嬉しいけど面倒事はゴメンだぞ。
さっさと帰って写真を撮りたいんだけど。
「じゃあ、私はこれで……」
「ちょっと待ったー!」
だが
「ちょ……」
「お願い! これ渡すの、ついてきてくれない……?」
「……はぁ」
やっぱり面倒事だった。
ハンターの居所、
「なんで私が……」
「私の依頼を無視して借金被せてきた奴らだもの。絶対にこの首を渡して終わりじゃないわ」
「それは……そうかもしれませんね」
金を持ち逃げされたんだっけか。
それが個人の判断だったのか、あるいは組織的にやってたのか。
どちらにせよ絶対に一悶着あるだろうな。断言したっていい。
「その時に、強いあなたがいてくれれば最低限交渉にはなる。だから……お願い!」
「……はぁ」
これはタスク……じゃないだろうな。
ただの善意のお手伝いになるだろう。
だってこの人、借金持ちだし。欲しいカメラはもう貰った。
得られるのは精々、この記者からの信頼。
そして、展開次第だけどハンターたちとの敵対関係もオマケでついてくるだろう。
それと敵対してまで、このしがない記者を救う理由が俺にはあるのか?
いや、ない。こっちも断言したっていい。
「どうか、どうかぁ……!!」
「……」
でも、見捨てたらこの人、死ぬかもなぁ……。
土下座して震える彼女を見て思う。
――これは、俺の今後を決める問題かもしれない。
わけわからん真っ黒神様モドキによって、未だ姿すら知らない何かとマッチングさせられてこの世界にやってきた。
前世のことなんて碌に覚えてないし、目覚めた時に周囲にあった死体含め、この身体のこともなんも分からない。
この『俺』という自我を形成しているのは、ルートシューターってゲームを遊んでいた時の記憶と感情……多分それだけだ。
そんな俺が、この世界の人の『生き死に』にどう関わるか。
多分、それを今決めなきゃいけない。
――文香嬢は助けた。でもこの人は助けない? それってあり?
関わった全員を助けるなんて多分無理。
てか
そういう意味では、今ここでこの人を撃ったって構わない。
だって、俺は裂け目に住む不法滞在者なんだから。
「お願いぃ……」
「……はぁ」
なんて、くだらない考えをため息とともに吐き出した。
ゲームじゃさ、命って軽いんだよな。
戦場――マップ内にいる奴らはいくら撃っても平気だし、そいつらから奪った
敵兵はただの
ただ今目の前で震えてる人は、生きた人間だ。
彼女や文香嬢たちは絶対にゲームじゃない。これはもう断言できる。
そして俺には力がある。知らされてはない『何か』をさせるための力が。
神様モドキも遊びで転生させた訳じゃないだろう。
この力は……多分色んなものを変えてしまえるものなんだ。
――廃墟で好き勝手やる分にはいいんだが、ここからは無理だろうなあ。
つまりは、ストーリーが進んだってことだ。
これからはその中からルートを選び、その選択の責任を負わなければならないだろう。
まさしく傭兵稼業って奴だが――。
「……報酬は?」
「え?」
「だから報酬です。タダ働きはゴメンですよ?」
その中なら、
今更ハンターと揉めたってどうでもいいだろう。
ただ報酬はきっちり貰う。無理やりにでもタスクにしてやる。
「どうなんですか?」
「えっと、お金……はないけど、そうだ、情報でどう!? あんたの欲しい裂け目の情報を調べてあげるから……!!」
「うーん……」
正直微妙だけど……まあいいか。
それに、ちょっとだけ気になってたんだよな。
「わかりました。付き合いましょう」
「あ、ありがとう……!! すぐ準備するから……っ!!」
泣きながら笑うという珍しい顔をした
あーあー、書類とか蹴っ飛ばしてぐちゃぐちゃだ。
ただ……喜んでるからいいのかな。
さて、俺も準備をしよう。
そう思ったその瞬間。
玄関からチャイムの音が鳴った。
「――鷹村さーん。いらっしゃいますねー?」
「……」
「……」
2人して顔を見合わせる。
どうやら、行くまでもなく向こうからやってきたらしい。
まあ、協力するって言ったからな……。
泣きそうな顔の