ところ変わって、
今日も今日とて街の安全のために警護やパトロールが行われていた。
「十神隊長。お疲れ様です」
「お疲れ。今日は……ん?」
部下に声をかけようとして、十神咲良はふと首を傾げる。
支部の中に見覚えのない顔がいくつかある。隊員服とも違う装備を身に纏った彼らはどの部隊の所属でもない。
彼らは一体……。
「隊長?」
「あ、ああ。すまない。今日は、鵲の警護だったか?」
「はい。皆喜んでましたよ。今回は特に数が多くて。鵲の店主さんには頭が上がらないですね」
「はは、そうだな。今度またお礼に行こうか。お疲れ様」
隊長に割り当てられた自室へと戻った十神は、深くため息を吐き椅子に背を預けた。
どろりと重い疲労が頭から流れ落ちていく。
10秒でも目を閉じていれば、そのまま安眠できそうだ。
――流石に、疲労が限界だな……。
体力には自信がある十神だったが、連日の探索に身体が悲鳴を上げていた。
「ふぁ……」
今も大きな欠伸が漏れる。
今日は部下からの各種報告書を処理すれば業務終了。もうひと頑張りするとしよう。
眠気覚ましに道中淹れてきたコーヒーを飲むが、唇に触れた瞬間に口を離す。
「熱っ……」
……ここのコーヒーメーカーは温度調節が効かないのが難点である。
ただこのご時世、設備が残っているだけマシなのだ。
諦めてふーふーと息で冷ましながら報告資料を眺めていると……気になる記載を見つけて手を止めた。
「……ん? 珍しいな、ハンターが来たのか」
それはゲートの入場記録。
普段は十神達、
「……逃亡者の捜索? 夜鳥羽で?」
理由としてはおかしなものではない。
逃亡者――多重債務者や、登録を抹消されたり何らかの重大違反を犯したハンターの制裁を行うのだろう。
要は奴らの裏稼業の一環だ。当然
もしそうならば今回も放っておけばいい案件の筈……ただ、引っかかる。
このハンターが追っているという人物の入場記録はない。
ならば彼らは一体誰を追っている?
不法侵入者か、もしくは
――まさか、ハンターも亡霊の調査を……?
「まさかな」
自分の考えに笑って、またコーヒーを冷ます作業に戻っていると、部屋をノックされた。
顔を上げると甘木ともう1人、見覚えのない男性が立っていた。
「十神、今いいか?」
「勿論です、どうぞ中へ……そちらの方は?」
「こちら、中央から来た伊地知さん」
「特捜の伊地知です。どうぞよろしく」
慇懃に頭を下げる伊地知は、既に老境に入っていそうな年嵩の男。
豊かな白髪を後ろに撫でつけ、痩せた頬を髭で覆っている。
隊服ではないベージュのスーツ姿は支部では珍しいが、不思議と浮いてはおらず、むしろどこか風格を漂わせて見えた。
下げられた白い頭を見ながら、十神は驚きを隠せずにいた。
――まさか、特捜がやって来るとは……。
特別捜査班、略して特捜。
彼らはどこかの支部には所属せず、
案件によっては十神ら支部の隊長を超える権限を与えられるという彼らが、予言者の捜索にやってきた。
――そうか。さっきの男たちは特捜の……。部隊を連れてくるとは、
「――十神」
「……あ」
深く思考に入ろうとして、まだ返答をしていないことに気づいた十神が慌てて礼を返した。
「失礼。夜鳥羽支部、第2部隊隊長の十神です」
その言葉に、伊地知は人好きのしそうな穏やかな笑みを浮かべた。
「お噂はかねがね。その若さで見事支部をまとめ上げているとか」
「いえ、私なんてそんな……」
「いやいや! 実にご立派な実績だ。
「……っ」
意図的に強調して告げられた言葉に、十神の頬が引き攣る。
「伊地知さん」
「おや、何か失礼があったかな。私は彼女のお父上を尊敬しているのですよ。彼がいなければ今日の
「……」
「……伊地知さん!」
ほんの僅かに語気を強めた甘木に、伊地知が大仰に両手を挙げてみせた。
「失敬。つい興奮して……年を取ると我慢が利かなくていけない」
「……っ」
なんてことはない、ただの
ずっと言われてきたこと。今更気にする必要はない。
だが……それでも十神の視界はぐっと狭まっていく。
疲れのせいだろうか。
何故か、あの人の顔が頭に浮かぶ。
この国に救いと破壊をもたらした父のことを。
――いけない、話を……。
悟られないように息を整え、言葉を紡ぐ。
努めていつも通り、くたびれた顔と声で笑みを作った。
「例の……裂け目の活性化に関してですね。確か、
「はい。その捜索に我々は派遣されました」
神妙に頷くこの伊地知。
表情や仕草からは何も読み取れない、ただの印象の良い年嵩の男だ。
元刑事で、引退間際の彼を
わざわざ十神の古傷を抉ったりして、一体何の目的でここに来たというのだろうか。
恐る恐る、十神は口を開いた。
「……それで、どのようなご用件で?」
「実はお願いがありまして。我ら特捜のゲート通過と、夜間の戦闘行動をお認めいただきたい」
「……危険領域に? あなた方が?」
「ええ。予言者――そう騙る犯罪者を捕えに来ました」
そう告げて、伊地知は柔らかな――薄ら寒い笑みを浮かべる。
「……何をするおつもりですか?」
「特別なことは何も。我々の仕事は常に単純です。調べて、見つける。それだけです。ただ――」
「……ただ?」
伊地知は内ポケットから取り出したスマートフォンの画面を見せてきた。
「穏便に済むかは他次第です」
「これは……」
「本日、ハンターの入場記録があったでしょう? それは彼らです」
「……!!」
何故それを把握してるのか。
いや、それよりも十神は映った2人組に驚く。
「彼らは確か上位の……」
「流石、よくご存じで。関東を中心に活動する上位ハンターで、活動名は『
上位。ハンターの中でも一定の実績を収めた者がそう区分されている。
実際は別に呼び名があるそうだが……要は向こう側の実力者の称号。
明らかに逃亡者の処理という雑務をする連中ではない。
「更に、
「……」
「ああ、ご安心ください、あなた方に手間は取らせませんから。全て、我々にお任せください」
そのための特捜です、としわがれた声で伊地知は告げた。
一見すると戦闘には向かない外見のその男は、厄介な相手だろうと構わずに仕事をすると言い切っている。
彼もまた、相応以上の実力を有しているということだ。
ハンターに
――そして、都市を蠢く謎の亡霊……。
……どうやら、想像以上に早くこの夜鳥羽で動乱が巻き起こるらしい。
ああ、亡霊探しなどしている暇などなかった。
泥の様に蓄積した疲労の中で、十神は大きく息を吐き出すのであった。
***
文香嬢や
俺は拠点の地下でドデカ地図とにらめっこしていた。
「……結局、地雷原どうすっかなあ……」
内臓とジャンクを売って金を稼いだ事で、貯金額は140万を越えた。
残機の数も17くらい。
これならローラー作戦もできなくはないが……。
やるしかないのか?
金が勿体ないが……まあ、他に何も考えも浮かばないしなあ。
「やるだけやってみるか」
ただどうせやるなら、徹底的に効率化してやる。
どう
校舎内への最速到達――それは勿論、最短距離を突き進むことだろう。
校舎があるのは南側。壁から最も近いのは……地図で見る限りは南西のこれか。
ならフェンスを伝って侵入すればいけそうだ。
……よし、大分雑だがルート決定。そうと決まれば偵察開始!
拳銃と鞄だけ持って拠点を出る。
相変わらず重く分厚い木の扉を開いた先、冬が近づいてきた街は少しだけ肌寒い。
まだ息は白くはならないし、この身体と服は寒さにも強いっぽいが、普通の人間はそうじゃないだろう。
……服も集めないとな。文香嬢たちも喜んでたし。
そのためにもさっさと終わらせよう。
というわけで全力で学校へと走る――。
「……って、いや、待て待て。毎回学校に走る気か、俺?」
ローラー作戦をするには俺が何度も死んで、その度に学校まで行く必要がある。
全力で走っても30分以上は余裕でかかるし、その間にブラーに襲われたら疲労困憊で死ぬ可能性が高い。
それを何度も繰り返す……? んなもん面倒過ぎるだろ。
「移動手段がいるな……」
つってもこの状況じゃ車やバイクなんて碌なもんが残ってないだろう。
そもそも五月蝿いからブラーを呼び寄せちまう。
静かで燃料がいらない乗り物となると……自転車?
「……ルートシューターで、自転車?」
ぐっ、謎の拒否反応が凄い……!!
ゲームじゃないからなんでもありだ。ありなんだが……。
コレジャナイ感がとんでもない。
ただこの状況。背に腹は代えられないか……。
幸か不幸か、近くにサイクリングショップがあった。そこから拝借するとしよう。
こうなったら一番高いやつにしてやる……!!
そうして、数分後。
廃墟の街の中をしゃーっと音を鳴らして駆け抜ける。
凸凹の道は中々走り辛いが、一番高級なマウンテンバイクにしたからその点は安心。
「……子ども用だけどな……くぅ……」
最初は普通のやつにしようとしたんだが、高さがあって乗るのに少し手間がかかった。
この廃墟群ではその一瞬が命取りになる可能性がある。
なので泣く泣く、仕方なく自分の背丈にあった子供用のやつを選んだ。
ただ、その分性能はばっちり。
走るよりずっと速いし静かだし、なによりライトがついてる!
ブラーにはどうせ明るさなんてわからん。あいつら目、ないし。
普段の倍以上の速度で駆け抜け、あっという間に目的地の学校近くへとたどり着く。
念のため2本くらい手前の道で降りて、気配を消して南側へと近づいたが……静かだな。
やはり周囲にブラーの姿もなく、仄かに青と金に照らされた校舎が夜の街に鎮座している。
道の端側を通り南の裏門へと慎重に近づいていくが……今のところ地雷はない。
まあアスファルトだしある筈もないんだが。
よし、イケる……!!
目の前まで来た門は、スライド式の鉄格子で硬く閉ざされている。
2mくらいか? 問題なくよじ登れる高さだ。後はそこを伝っていけばいいが……。
「……あれ? てか石畳じゃん」
門から先は煉瓦調の石畳になっていて校舎の1つにまで続いている。
なんだ、こっちの道なら安全じゃないか。
土じゃないんだ。流石に地雷は埋まってないだろう。
入った場所が悪かっただけか……ビビらせやがって。
無駄に時間をかけちまった。
ならばとさっさと門をよじ登って向こう側へと降り立った――瞬間。
着地した煉瓦が僅かに沈んで、ガチっと音が鳴った。
「……うそん」
呟いた直後。爆発で俺の身体は遠く吹き飛び――どこかに激突して視界はブラックアウトするのだった。
***
「――はっ!」
そして気付けば塔屋で目覚める。
……地雷はない、と思わせて煉瓦の下に仕込んでやがった。
野郎やりやがったな。
「やってやるよ……ローラー作戦……!!」
すぐさま装備を身に着け出発。
サイクリングショップに駆け込んで自転車をゲットし、再び学校へ。
今度はそのまま門の前に到達し――乗ってきた自転車を全力でぶん投げた。
「おりゃ……!!」
さっきの爆発でできた大穴の更に向こうに自転車が激突すると、再度爆発が起きた。
瓦礫とサドルが吹き飛んできて、目の前の鉄格子に激突。とんでもない音を立てた。
「……っ!!」
耳を劈く轟音に思わず屈みこむ。
やばっ、地雷、とんでもなくうるさい……。
静かにしろって言われたんだが……まあんなもん土台無理だったって話だな!
「よっしゃ行くぞ!」
そのまま2つできた大穴の向こうへと飛び出して――爆発。
教会で飛び起きる。
「――こなくそ!」
再び自転車をぶん投げ、その先へ進んで――爆発。
そして蘇生。
「――ぎゃあ!?」
3度目の自転車をぶん投げ、最初に乗ってきた自転車も持ってきてぶん投げ。
あとは道中拾ってきた瓦礫もぶん投げて――。
「――せい!」
ようやく校舎の中に飛び込むことに成功した。
ローラー作戦大成功!
消費した残機はたったの3機!
「ははっ、見たか! 地雷原など怖くないわ!」
薄暗い校内は……来客用の下駄箱だ。
職員室とかそういった部屋が纏まった校舎かな。
そのまま歩き出そうとして――足を止める。
「……」
屈みこんで目を凝らすと、ほんの僅かに浮かぶ線が見えた。
暗くて良く見えないが、足元にワイヤーが張られているらしい。
その後を追っていくと……真上には木の杭みたいなものが吊られていた。
「マジか……」
どんだけ罠あんだよ、この学校……。
これは、この先も簡単にはいかなさそうだ。
呆れる溜息を吐き出しつつ。
俺は今度こそ、暗い校舎内の探索を開始するのであった。
探索成果:死亡×3
収入:―
支出:¥150,000 【蘇生費用】
¥90,000 【拳銃補充】
¥10,200 【弾薬補充】
残額:¥1,132,950
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:予言者の潜伏場所の発見
4:衣類の回収、引き渡し