崩壊世界でルートシューター   作:穴熊拾弐

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第21話 Forecast④

 

 

 

 かつん、と虚しく足音の響く真っ暗な廊下を進む。

 電源の類はやはり死んでるらしく、明かりは窓の外から差し込む僅かな光のみ。

 

 キラキラと埃が舞う夜の学校は静かで不気味で……懐かしかった。

 来たことない場所なんだけどな。何故かそんな感情が浮かぶ。

 

「……匂いかな」

 

 そうだ。学校ってなんでかこの匂いがした気がする。

 ワックスの匂いなんだろうか。それとも建物の素材とか?

 デカい建物といえば拠点だが、あっちは美術館とか昔の時代の建築とかの、古びた木の匂いだよな。

 それでいうと街の雑居ビルとかは……って匂いはどうでもいいか。

 

 呑気に考えごとしてる場合じゃない。

 集中だ、集中。

 

 ただ、気を取り直して見る景色には誰の姿もない。ブラーだけじゃなく、人の姿もだ。

 待ち伏せされてていきなりズドン、もあり得たが……そうじゃなくて一安心。

 

 銃を構えて耳を澄ます。

 家鳴り……学校でもそう言うのか? 知らんけど、そういった軋む音くらいしか聞こえない、張り詰めた静寂。

 今のところ誰かがいる気配はなさそうだ。

 

 よし、行こう。

 慎重に、記憶より倍は広い木のフローリングの廊下を進んでいく。

 そこに不自然な凹凸はない。

 流石に校内に地雷はないと信じたいが、罠ってのは『あるかもしれない』って可能性だけでも足が遅くなる。

 

 大体の罠の場所が分かってるゲームとは全然違う。

 あっちでさえ罠には苦労したんだ。

 現実の立体空間のどこに罠があるかなんて知らん!

 

 場所が分からず、しかもその罠にかかればまた拠点からやりなおし。そう考えるとどんどんと動きにくく――。

 

「いやいやいや」

 

 死ぬことより時間の浪費を嫌ってどうする。

 どうせ生き返るから当然っちゃ当然なんだが……あまりにも死ぬことに抵抗がなさすぎるだろ。

 今日だけで3回も死んでるんだぞ。

 

 あの時はぶちギレてたから良く考えなかったが、こんなに一気に死んだのは初めてだ。

 普通なら――そもそもが普通じゃないが、とっくに精神がぶっ壊れて動けなくなってる筈じゃ?

 

 だというのに、俺の身体も精神もどちらも少しも摩耗していない。

 死んだのも寝て起きるのも何も変わらない。

 

 変な身体だ。

 

 今も罠を踏んで死ぬ可能性が高いってのに、俺の頭はこの先で何を拾えるのかとワクワクしてる。

 実際、めっちゃ楽しみだ。裂け目の予言をする様な奴のねぐらには、どんなお宝が眠ってる?

 武器か? 超高性能コンピューターか? それとも色式武装(カラージュ)みたいなファンタジーアイテム?

 

「ははっ」

 

 そこまで考えて、思わず笑っちまう。

 人参ぶら下げられた馬みたいな……。快楽方面にあまりにも弱すぎる。

 

 不味い、非常に不味い。

 自分の死すら損得勘定の1つになっちまってる。

 このままじゃ、いつか金の計算を間違えてあっさりゲームオーバーするだろう。

 

 死んでも生き返るが、不死じゃないんだ。

 金の切れ目が命の切れ目。

 気を引き締めなければならない。

 

 ……よし、決めた。

 今日はこれ以上絶対に死なずに帰る。

 そのつもりでやってやる。

 

「……おっと」

 

 しかし、相変わらず待ち受けるトラップはえげつない。

 さっきの吊り罠もそうだったが、2階へ上がる階段の再上段にワイヤーが張られてて、片側に手榴弾が括り付けられていた。

 さらにその上の踊り場には有刺鉄線の束が置かれている。

 無傷では通さないという意思が凄い。

 ブラー用の罠なのか? それとも……。

 

「……」

 

 手すり部分を伝って先を行く。

 そのまま飛び降り……はせずに、じっと観察。

 

 ……やっぱり、丁度飛び越えた当たりに罠がある。

 木か鉄か、黒いスパイクがバン、と起き上がってくるタイプのやつ。

 いちいち殺意が高すぎる。なんなんだここは……。

 

 それらをかわし続け、最上階の4階へと進んだ。

 相変わらず静かで人の気配はない。

 ただ、気になるものはある。

 

「……これ、バリケードか?」

 

 恐らく机や椅子などを組み合わせてつくられた障害物が至る所に設置されている。

 まるでこの中で銃撃戦をすることを想定されたような……。

 

 ……罠の時も思ったが、これ、個人の仕業じゃねえな。

 明らかに何らかの組織が絡んでないと出来ないだろこれ。

 これはもう今が静かな方がむしろおかしい。

 兵士とかが何十人も詰めてるような、そんな施設だ。

 

「……」

 

 確かめるか。

 最上階の部屋の1つ。6年1組の教室に近づく。

 小学校らしいクリーム色の引き戸に手をかける。

 ん? なんだこれ。やけに重い。

 

 なんか引っかかってんのか?

 思いっきり横にスライドさせて開いた瞬間、何かが砕ける音がした。

 

「……ん?」

 

 僅かに首を傾げた俺の前。

 扉が退いた先には、真っ白な巨体が待っていた。

 ぶっとい首輪と、口には犬に着けるやつみたいな真っ黒な拘束具がついている。

 その開かない口が、こちらへと振り回されて声なき咆哮を上げた。

 

『――――!!』

「うおおお……!?」

 

 振り回された腕を尻もちついてギリギリ回避。

 眼前スレスレを通り過ぎたぶっとい腕が、ドア枠を壊して弾け飛ばした。

 

「危なっ……この……!!」

 

 慌てて引き抜いた拳銃を乱射。

 ただ狙いばらけて損傷が分散、どこの部位も破壊できず弾を撃ち切った。

 当然奴はこちらへと向かってくる……!!

 

「……っ!!」

 

 ――罠があったら諦める!

 

 無様に転がって入口から横にずれる。

 何とか吹き飛ぶことなく装填も完了。

 勢いよく飛び出してくるだろうブラーの顔面に今度こそ照準を合わせて――。

 

「……?」

 

 と思ったが奴は出てこなかった。

 木屑を踏み砕いている様な音は聞こえるがそれだけ。

 化け物がすぐそこにいるとは思えない程、静かだ。

 

「なんだ……?」

 

 銃を構えて慎重に扉の前に向かうと、奴が室内で暴れていた。

 どうやら拘束されているらしいが……何故か全く音がしない。

 腕が空気をぶん、と裂く音だけが小さく響いていた。

 

「どういうことだ?」

『――――!!』

 

 良く分からんが、動けないならそれでいい。

 冷静に狙いを定めて顔に5発程叩き込むと、白い巨体が床に崩れ落ちた。

 これは罠……じゃあなさそうだ。

 どうやってかブラーを学校内に捕らえてたらしい。

 

「弾使いすぎた……これ以上出てこないだろうな」

 

 残り40発ちょっと。

 残弾数は頭に叩き込んで動かないとな……。

 

「さて、これは一体何なんだ……?」

 

 踏み込んで観察すると、怪物(ブラー)は鎖とかではなく布やゴム素材で拘束されていた。

 更に床などに吸音材でも使ってるんだろう。足踏みをしてもほとんど音がしなかった。

 どおりで静かなわけだ。

 いきなり出くわした身としては驚いて腰が抜けるかと思ったが……。

 

「何がしたくてこんなこと……趣味悪すぎるだろ……」

 

 やはりここに何かあるのは間違いなさそうだ。

 これだけ騒いでも誰も出て来ず、故に安全に調べることができた。

 そうして見えてきたのは、想像を遥かに超える奇妙な光景であった。

 

 まずは今入った6年1組。ブラーがいたせいで物は殆どないが……中はおかしな構造になってた。

 ブラーがいたのは教室の手前側半分。

 もう片側には何やら物がたくさん置かれてるのだが、その境界部分には分厚い鉄格子が設置されていた。

 これ……まるで檻だな。

 

 もう片側の入口から入ると、モニターやらPCやらが設置されていた。

 どれも電源は死んでおり暗いままだが、その配置――中にいた人員の視線が向く先は全て檻側。 

 よく見れば檻の中にカメラが設置されている。

 それらの意味することは――。

 

「……ブラーを捕まえて観察していた……?」

 

 その呟きに、ゾッと背筋が冷える。

 大慌てで――やはりこの階層に罠はなかった――他の部屋を見ていくと、恐ろしいことにどこも似たような部屋だった。

 6年生の部屋3つはブラー監禁部屋になっていて、他には物置、PCやらが設置されたモニタールームは各部屋の情報を集約する場所だろう。後は人員が寝るための部屋……。

 そのどれもが、やはりここはブラーの観察・研究をしていたのだと物語っている。

 しかも、明らかに個人ではなく何らかの組織が。

 

 例えば見つけたこの書類。

 ざっと目につく情報を拾ってみると――。

 


第三師団長 比企連次郎殿

 

北西部でのサンプル収集に関する戦況報告並びに戦力投入の件

 

八月二十六日

大隊長 多田羅少佐


 

 どうもここに常駐していた連中がどこかに送った報告書らしい。

 なんでも部隊を投入して、調査用のブラーを回収するとかなんとか。

 明らかに何らかの軍隊――もしくはそれに準ずる組織がいたらしい。

 

「なんだ? ここ……」

 

 得体の知れないモノに触れると、身体が知らずと震えるらしい。

 この街は最古の裂け目に浸食されたただの地方都市――そうじゃないのか?

 記者(ライター)。アンタは一体俺に何を探させようとしてる?

 んであの神様モドキ。俺をどんな場所に転生させやがったんだ……?

 

 とりあえず誰もいないのは確実そうなので、探索を開始した。

 そのまま色々と調べる中、先ほど見つけたモニタールームで足を止める。

 

「……ん?」

 

 何故か1つだけ、光を放っている代物があったのだ。

 それは……タブレット。

 容れ物(ケース)とモニターを使って器用に立たせてある。

 わざわざ目につくように置かれたそれには、王冠を被ったペンギンが映し出され、直後文字が浮かぶ。

 

『ハロー、来訪者』

 

「ああ? ペンギン?」

 

『よくここまできたね。そんな君に、お願い』

 

 手に取ってみると、指に反応して画面が遷移。

 地図が映し出された。

 アプリとかではなく、紙のスキャン画像かな。そこに紅点が刻まれている。

 これは……駅? ちゃんとは分からんが多分その周辺だ。

 

『ここに来て』

 

「中央――裂け目に行けって?」

 

 記者(ライター)とのやりとりを思い出す。

 


 ――Tak:こいつは危険領域内に潜んで裂け目の調査を行うの。一度漂白部隊(SBEU)やハンターによる大規模捜索が行われたけど捕まらず、勿論ブラーにも殺されずに研究と予言を続けたのよ。正直、この国の誰よりも裂け目研究を進めてる可能性がある。私よりもね……

 

 ――LIZ:でもそれって、自ら活性化させたら予言できますよね?

 ――Tak:勿論そう。でも、それは一体どうやるの? そもそも原理すらわかってないのに


 

 明らかに個人の規模じゃない研究施設。

 そこの人間が、裂け目の活性化を引き起こしている? ならマジで活性化がテロ行為の可能性あるだろこれ。

 

「……行ってみるしかないか」

 

 とりあえず集められるものだけ鞄に詰めて、一旦帰って弾の補充と記者(ライター)に連絡かな。

 この訳の分からない状況を説明して貰わねば。

 

「なーんか、きな臭くなってきたな……」

 

 まあ、俺は俺のやることをやるだけだ。

 ここの構造も大体わかったし、できる限り漁りつつ帰るとしよう。

 そう思ってタブレットを手にした、その時。

 ケースに仕舞おうとした画面が再び切り替わった。

 

「……ん?」

 

 ふと明滅した画面に落とした視線。そこに表示されていた文字は――。

 

『隠れて』

 

「……っ!!」

 

 ゾッと身体が震え、身体を屈ませた。

 全くもってよくわからないが、身体が咄嗟に反応していたのだ。

 それが、俺の命を救った。

 

 ――タン、と外から微かな音が鳴った。

 

 ブラーか? と思ったのは一瞬。そんなわけがない。

 捕えられたブラーの部屋はどうせ防音がされているし、化け物の足音はあんな微かな音じゃない。

 考えて浮かぶ理由は、1つある。

 

 階段の罠を避けて降りた音。

 

 つまり、誰かがこの階に上ってきたってことだ。

 まだ誰かいたのか? ひょっとして予言者(シアー)

 ……いや、じゃあこのメッセージは誰からだよ。

 

 分からん。なんにも分からんが、とりあえず隠れた方がいいのは確かだ。

 四つん這いのまま、部屋の奥へと進む。

 様子が窺えて、かついつでも逃げられるように、ドアに近い窓下の机に隠れた。

 

「……」

 

 息を殺して気配を探る。

 音が鳴ったのはあの一瞬だけ。

 それ以外は何の音もしない。かなり手慣れてやがる。

 

 ……残留者(レジピポ)じゃない。ぶっ倒したし、んな賢い奴らじゃないだろう。勿論ブラーでもない。

 なら、こいつは一体……。

 

 ふと、視界に変化が起きる。

 ライトだ。廊下を白い灯りが照らしている。

 蠢くそれがゆっくりと近づき……扉がガッと開かれた音が2つ鳴り響いた。

 

「……っ!!」

 

 びくりと身体が震えるが、この部屋じゃない。

 だが近い。しかも同時で鳴った音から、どうやら侵入者は2人いる。

 武装したその何者かは、音を鳴らしたからか素早く移動を開始。

 どんどんと部屋を開けては調べだしている。

 やっぱり俺の存在に気付いて殺すつもりのようだ。

 ……やるしかなさそうだ。

 

 拳銃でどこまで戦えるのかわからんが、不意打ちで1人やれれば可能性はある。

 それに……幸いなことに秘密兵器もある。

 ローブにしまったそれを取り出そうとしていたら、再びタブレットが光を帯びた。

 しまった、明かりが……と焦ったのも一瞬。表示された文字に首を傾げる。

 

『援軍が来たよ。君は運が良い』

「……?」

 

 援軍? 何を言ってる?

 そう思ったのも束の間、すぐさま文字が切り替わった。

 

『隙を見て逃げて。でも、できれば倒して』

「は……?」

『待ってるよ。どうかアタシを助けてね』

 

 訳が分からん。思わず声も漏れてしまった。

 こいつはさっきから一体何を――。

 

 困惑する思考は、真上から響いた音に掻き消された。

 

「――――っ!!」

 

 ずどん、と何か重いものが落ちたような音。

 ここは最上階。なら場所は……屋上だ。

 

「おい!」

()()!?」

 

 ――奴? 俺のことか?

 

「……違う。が、あれは……!!」

「ちっ、マズいぞ、応援を……!!」

 

 同時に外からも声が響いた。

 男の声が2つ。なにやら慌ただしくなったらしい廊下に、再び轟音が鳴り響く。

 

「おわ……!?」

 

 爆発でも起きたのかってくらいの凄まじい音と揺れ。

 なんだ!?

 廊下で重い音が鳴り、直後聞こえてきたのは……轟く咆哮。

 

『■■■■――!!』

「ひぃ……!?」

「まずい、撃て、撃て!!」

 

 もう隠れるのも忘れて廊下側を覗く。

 ここは扉だけでなく壁も硝子窓になっているのだが、半透明の向こう側で銃撃音と閃光が炸裂し、視界を赤く染める。

 凄まじい銃撃の雨。大抵のブラーならとっくに死んでるだろう。

 

 だが、下がりながら連射していただろう2人の影は、素早く迫った巨体に殴られ、吹き飛ばされ……。

 

「がっ…!?」

「ぎゃっ……」

 

 弾け飛んだ血肉が窓に激突。

 死体が目の前の硝子を割って、転がったウェポンライトがその異形を白く照らした。

 

『――――!!』

 

 熱い吐息を吐き出すそいつは、今までの蜥蜴とミミズの混合みたいなのとは違う、筋骨隆々の巨人。

 腕が異常発達しており、旋棍(トンファー)でも握ってんのかってくらい肘が長く飛び出している。

 頭部には鶏冠かヒレか、尖った三角形が伸びていた。

 鮫を擬人化したらこうなるのか? 相変わらず目も鼻もなさそうだが、口だけは鋭い牙が幾重にも並んでいて。

 

 急激に身体が赤黒く染まり始めたその大きな口が、ガパッと開かれた。

 耳を劈く咆哮とともに、そこからは真っ赤な火が吐き出された。

 

「おおおお!?」

 

 全力で机の陰に隠れる。

 凄まじい熱が頬を焼き、床やら机やらに炎が引火する。

 バチバチと弾ける音。それらを突き破るように轟音が鳴り響く。

 

『■■■■――!!』

「……マジかよ、最悪だ……どこが援軍だよあのペンギン!」

 

 こちらをしっかりと認識した怪物が窓枠をぶち破ってやって来る。

 夜の学校。放棄された軍事施設にて。

 単独での特殊個体(ユニーク)との遭遇戦が開始されるのだった。

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