猫を乗せたまま素早く帰還した俺は、拠点の地下へと降りる。
そもそも飼うつもりもない。だって俺がいつまでここにいるかもわからんし、5日後、街が消し飛んでる可能性だってあるのだ。
「お前、危なくなったらちゃんと逃げろよ」
「――?」
「わかってんのか、こいつ? ……まあいいか。ついてきたのはおまえだし、なんとかするだろ」
あくまでちょっとの間場所を貸すだけ。
どうせ無駄に広いしな。猫が増えた所で問題ない。
俺らが勝ったらのんびり預け先でも探せばいいし、万が一負けそうだったら、最悪の瞬間の前にこいつを範囲外に逃がすくらいはしてやろう。
さて、
なので今は拠点作業に集中できる。
「ちょーっと作業するから、ここで待ってろよ」
「――」
「よし、聞き分けがいいヤツだ。水をやろう」
適当なタオルの上に三毛を置いて、空き容器に水を注いでおく。
よし、やるか。
袖を捲ると、横にある仮物置から目的の物を引っ張り出した。
「ふふん、三毛、お前には新たな設備の実験台になってもらうぞ」
実は例の学校探索で俺が得たモノは情報だけではなかった。
『これだ……!!』
すぐさまひったくってカバンに突っ込んだ。
……学校の物は流石にヤバいか? と思った時には拠点に帰った後。
まあそもそもあの軍事施設を作った奴らが色々弄ってるから大丈夫だろう、多分。
というわけで拾ってきたアイテムとは――チューブとホース!
まずはチューブから。
分厚く黒いゴム筒は、学校内でぶっ壊れてた設備から手に入れたもの。
これと、文香嬢が選り分けてくれたナットやコード、工具とかを使って作業すれば……。
「じゃーん! 給湯器ー!」
給湯器 レベル1
暖かいお湯が出る
例によって起きた謎の閃きと、今は亡き天パ店主の協力によって完成した新設備。
冬に備えた暖房器具の1つ、湯沸し器の完成である。
機械部分は無事だったらしく、部品交換で何とかなって助かった。
これでお湯が使える。洗濯とか、部品の洗浄とかがかなり楽になる……ありがたい……。
――Kas:君、この状況でよくやるね
なんて依頼時に言われたが気にしない!
設備増設はタスクに並ぶ最優先事項なのである。
「んで、ついでに水場も改良完了!」
地下側の水場は血で汚れた解体場の洗浄とかに使ってるから、ホースをつければ洗浄範囲と効率アップ!
シャワーヘッドとかあれば更に良さそうだ。ガーデニングとかに使うやつ。今度探してみるとしよう。
ちなみに、実はもう1設備修復できそうだったりする。
そっちは天パ店主に色々と用意をお願いしないといけなかったので、多分この騒乱が終わってからになるが……楽しみだ。
――Kas:今このタイミングでこれを頼むなんて、君、本当にどうかしてるね
なんて更に言われてたけど関係なし!
拠点整備は最優先事項!
というわけで、拠点の改良は順調に進んでる。
「ふっふっふ……ありがとう学校改造した連中!」
なんて喜びつつ、謎電源に接続して湯沸かし器の稼働を開始する。
しばらく待つと地下に湯気がもくもくと上がり始めた。
おお、ちゃんと温かい。壊れてなくて良かったー。
後は地下で使える暖房器具があれば冬は越せそうだ。
5日という制限時間ができた今、冬のことなんて考える意味はないかもしれんが、ならもっと設備が整った状態で渡すだろ。
きっとまだ先がある。そう信じて拠点改良は進める。
で、暖房器具だが……ストーブでも探してくるか。
空調設備があるから火を焚いても大丈夫。
ただ、三毛がいる間は止めておいた方がいいかな。
「流石に火に突っ込む馬鹿じゃないだろうけどな」
「――?」
よし、準備ができたので……やるか!
呑気に首を傾げる猫の汚れた身体をとっ捕まえる。
「――!?」
「ほら暴れんな、綺麗にしてやるから」
猫用のシャンプーとかはないので、ひたすらにお湯で洗うだけ。
人用のやつとかは……使わないほうがいいかな。そもそもないけど。
この世界の状況じゃペット用品とかは少なそうだ。
人間様の物資でさえ余裕ないからなぁ……。
「文香嬢辺りに聞いてみるか……」
こいつを連れて行くのは面倒だし、写真を撮って見せてみるとしよう。
結局流れるお湯が奇麗になるまで、小一時間程格闘した。
「よし、こんなもんだろ」
「……」
「睨むなよ、綺麗にしてやったんだから。ほら、拭くぞー。あ、こら! 逃げんな!」
走り出した猫を素早く捕獲。
はは、この身体からは逃げられんぞ!
『ちょっと、なにしてんの!?』
「あん?」
聞こえてきた声に振り向くと、タブレットが光っていた。
どうやら戻ってきたらしい。
あっちは街を守るために頑張ってきて。
こっちは腕やらを捲って、タオルで猫と格闘中。
……うん、我ながら酷いタイミングである。
***
その後、猫をタオルでひたすら拭ってある程度乾かしてから解放してやった。
あっという間に逃げて、地下拠点内を探索し始めた。
……隙見て拠点も掃除しとくか。この調子じゃまた直ぐ汚れちゃいそうだ。
「さて」
濡れたタオルを干し紐にかけ、手をはたく。
「……」
ちらと横目に見たタブレットでは王冠ペンギンが微動だにせず佇んでいる。
こ、怖い……。
水場と、タブレットのある仮倉庫は壁の反対側。
ゆっくりその前に戻って、またなんとなく仁王立ちした。
「戻ってきたか」
『戻ってきた……じゃないわよ! 必死にやることやって戻ったら……何呑気に猫洗ってんの!』
「ぐっ……いいだろ、これがルートシューターのシステムなの! 凄いんだぞ、給湯器が増えてお湯が出るようになった」
『んなもんが何の役に立つのよ! 今、この状況で!』
「知るか! この拠点にした神様モドキに言えや!」
互いの叫びが地下に響く。
そのまま荒れた息を2人して整える。
「……これこそ時間の無駄だな……」
『……そうね……』
気を取り直して俺の方から話を切り出す。
「それで? 今度も制限時間10分か?」
『あ、ううん。午後のパートが終わったから、夜までは暇だよ』
「パートって……」
その言葉をこの崩壊した世界で聞くことになるとはな……。
「それって何するんだ?」
『人を動かして物資集めて貰ったり、住民を危険領域周辺から避難させたり色々だよ』
どうやら
「でもそいつら実在するんだろ? どうやってんだ?」
『詳しくは知らないけど、アタシがいる間は不在になってるみたい。寝込んでたり、県外に出てたり』
「なにそれ、凄い
しかし、なるほど。
じゃあこいつは不在の権力者に変わって指令を出してるってわけか。
神様視点で街を見て、人を動かして物資を集めて……ん?
「前に封鎖壁周辺の家を壊してたのを見たんだが、あれってお前の指示?」
『あ、そうそう。今は伐採所とか作ってる余裕がないから、解体で間に合わせてるんだよね』
「……?」
伐採所? 木を切るのか? なんで?
多分ゲームのセオリー的な話をしてるんだろうが……知らないゲームのそういう話って、ほぼ呪文だよな……。
「じゃあ、お前の能力って人間を操れたりする?」
『それは無理。あくまで仕事として命令してるって感じ。だからそのお願いをどんな風に解決するかは住民次第だね』
そこまで万能じゃないらしい。
まあ、操れるならこいつを狙って
『で、一通りの指示を終えたから君の手伝いをしようと、思ったんだけど……』
黙ったペンギンが睨んでる、気がする。
「安心しろ、ちょうど終わったとこだ」
『……』
本当か?と言わんばかりの沈黙だが無視。
鞄から買ってきた弾類を取り出して、銃器ラックへと向かう。
『ねえ、それなに?』
「ん? 神様モドキが用意してくれてた銃器ラック」
『……ただの棚じゃなくて?』
「ふふん、そう見えるかも知れないが、ちと違う。これはな、俺が死ぬと装備してた拳銃とか弾とかがここに自動補充されるっていう優れものなんだよ」
『おおー』
実際、とんでもない機能である。
これのお陰で武器ロストを気にせず死ねて、ギリギリまだ生き残れてると言ってもいい。
……これのせいで縛りプレイ状態な気もするけれど。
『じゃあそのでっかい銃とか使いたい放題ってこと? 凄い良いじゃん!』
「……いや、リスポーンするのは拳銃だけなんだよ。だからこっちの猟銃はここぞって時にしか使えない」
『ええ!? そうなの!? もったいない』
残念ながらそうなんです。
猟銃が使いたい放題なら最高なんだがなー。
そのまま弾丸を格納していると、背後からぼそりと呟く声が聞こえた。
『……そんな不便な機能、実装するかな』
「ん? どういうことだ?」
『神様たち、多分私たちに勝って欲しいみたいなんだよね。それも、結構本気で』
それは奇しくも、さっき三毛の飯を待ちながら考えていたことに近い話題。神様モドキが何を考えてるのかの話だ。
手を止めて背後のペンギンを振り返る。
「そうなのか? 俺はこの状況を楽しんで見てるのかと思ってたが」
『それも考えたんだけどね。どうも違うみたい』
「……なんでそれが分かる? こっちで神様と遭遇したわけじゃないだろ?」
『だって、君の存在を教えてきたもの。だから
……なるほど。
『それって協力しろってことでしょ。このままじゃ結構マズいって、神様が思ってることじゃない?』
「それは……そうかもな」
『でしょ?』
俺らみたいなのがどれだけ派遣されたかは知らないが、単独では太刀打ち出来ない……そう判断したってことだよな。
『それにさ、アタシはこの世界がゲームのために作られたようには思えないんだよね、リアル過ぎない?』
「そう、それは俺も思ってた」
『ね、だよね! もしこれが本物の世界だったらさ、神様たち、結構本気で焦ってるんじゃないかなって思うんだよね』
まだ来て1月程度だが、この世界はゲームのために作ったにしては、あまりにもリアルなのだ。
景色も、人も。目の前に広がる営みは俺の知っている前世の世界と何も違わない。
ここに生きている人たちは、シナリオ通りの台詞しか言わないゲームのキャラではなさそうだ。
「――」
同意する様に三毛が鳴いた。
そうだな、お前もだな。
『……気になってたんだけど、その猫どうしたの? さっきはいなかったよね』
「危険領域の端っこにいた野良だよ。食いもんと水やったらついてきた」
『この大変な時になにしてんの、君……』
「しょうがないだろついてきちゃったんだから!」
餌付けした俺が悪かったよ。
でも猫は……仕方ないじゃん。
『はぁ……今度触らせてよね』
「ヤバくなったら逃がすけどな」
『大丈夫、勝つよ。そのための君だもん』
「責任重いな、おい」
まあ、やるしかない。
どうやらそのためにこの世界に連れてこられたらしいからな。
『でね? 話を戻すけど、私のシステムには拡張性があるの。研究テーブルってやつなんだけど……あ、あれ。スキルツリー』
「ああ」
それなら分かる。
枝葉が分かれるみたいにスキルを獲得していく成長方式だ。
『他にも色々と機能拡張ができたんだよ。君とこうして話してるのもその1つ。だからさ、君のも選べたりしない? リスポーンする武器』
「いや、まさか……」
できるのか?
……そういえば、銃器ラックの一番右端に、硝子の筒の様な構造物があるんだよな。
今までずっと、大事な武器とかを保管するためのコレクションスペースだと思って無視してたけど……まさか?
掛けていた猟銃を取って、その筒の中に入れて、閉じる。
すると。
「――――!!」
豪、と轟くような音が彼方から近づいてきて。
なんだと首を傾げた次の瞬間、筒の中を勢いよく真っ赤な何かが高速で通り過ぎていった。
「うおおおっ!?」
『わわっ!?』
「――!?」
新幹線が真横を駆け抜けていったみたいな、凄まじい音と揺れに三毛と一緒に飛び退く。
が、それ以上は何も起きず。チンと大昔の電子レンジみたいな間抜けな機械音とともに、筒からさっきまでと何も変わらない猟銃が出てきたのだった。
「……」
『……な、なんか、凄いね』
「そ、そうだな……」
恐る恐る猟銃を取り出して確かめる。
大丈夫そうだ。なんだったんだ今の……。
『でもこれで、登録できたんじゃないかな。次、持っていってみてよ』
「本当か? 駄目だったらただじゃ済まさないからな」
『ぅえ!? だ、大丈夫! アタシを信じなさい!』
「……了解」
なら早速使わせてもらうか。
他の装備と一緒に猟銃を身に着けていく。
『あれ、何する気?』
「ホテルまでの道を調べに行く。てかお前、ちゃんと作戦あるんだろうな。パソコン壊しやがって……」
『そこは大丈夫っ! ちゃんと案内するからさ』
「……信じるぞ」
でないと街が滅びるんだ。
流石にふざけはしないだろう。
『あ、じゃあその間にお願い。なんか携帯端末持ってる? こっちから連絡できるやつ』
「あん? あー、スマートウォッチならあるぞ」
『いいね。それ着けてってくれる? あとは――』
「なんだ?」
『このタブレットをその武器ラックに置いて。ちょっと試したいことがあるんだ』
きっと君の利益になるよ、と。
そう言って王冠ペンギンがぴょこぴょこ跳ねるのだった。
***
「……さて、行くか」
地下の武器ラックにタブレットを仕舞って、今は拠点の1階。
装備を整え、これから夕方の廃墟に飛び出さんとしている所だ。
ただその前に。
「今はこれで我慢してくれな」
「――?」
余ってた箱にタオルとか布を敷き詰めて、その中に三毛を置く。
一応寝床だけ作っておいた。
更に小さなトレーに水、後は猫缶も1つ開けておく。
これで死にはしないだろ。
「……はぁ、なんで猫の世話してんだ俺は……」
「――?」
呑気に毛づくろいしてら。
まあ、これくらい緩い雰囲気の方が俺は好きだ。
普段はのんびり。ただ、やる時は急激にひりつく……その変化が楽しいだよな、ルートシューターって。
なのに5日で街が滅びるって……勘弁してくれ。
だから、なんとか止めないとな。そのためにも、まずはホテルまでたどり着かねば。
「一旦南下して大通りを東進……かな」
頭の中でホテルまでのルートを考える。
道を細かく曲がっていくと混乱するから、できる限りシンプルなルートにしよう。
都市の真ん中を東西に貫く大街道。そこを通って行けばいいだろう。
「なんかいい店あるかなー」
折角だし、道中で店を漁りたい。
大通りなら家ってよりは店が集まってる筈だし……そうだ、それでいえば。
「お前の家、見つけて来るか?」
「――?」
猫用のケージ……はデカすぎて無理だが、寝転ぶ用のクッションとか、寝床になるちっこいベッドみたいな奴なら鞄に入るだろ。
そういうのがあるのは家具屋とかホームセンター、後はペットショップとかか?
「……流石に、もっと必要なもん拾った方がいいか」
まあ、余裕があったらかな。
この状況じゃなさそうだが。
「寝床作ってやったんだ。感謝してなんか恩返ししてくれよ。危ないこと以外でな」
「――!!」
おうおう、元気よく返事しちゃって。
唐突で良く分からんが、急に増えた新たな住人に見送られ、俺は赤く照らされた廃墟へと飛び出していくのだった。