夜鳥羽の北西区画、その入口にある喫茶店にて、十神咲良は奇妙な人物との会話を続けていた。
傾いた橙色の光が差し込む店内。
舞う埃が不思議な神々しさを纏わせるその人は――彼女の目の前で死んだ筈の亡霊。
「金の為か……」
「いけませんか? 大事ですよ? 私にとっては、命と同じ位には不可欠です」
「……」
そう言って微笑むのはリズと名乗った傭兵。
ブラーを売るのではなく依頼で金を稼ぐ彼女のような存在までもが夜鳥羽に来ていた。しかも、その手引きをしたのが予言者……?
――なんなんだ。何が起きている……
突然投げ込まれた情報の異質さに頭が混乱している十神であった。
それを沈黙と認識したらしいリズが、会話を続ける。
「依頼内容はブラー退治。指定された地点の調査と、そこに出現するブラーを退治することが仕事でした。あなたと共闘した
「あれか……」
「ええ。そして昨日も。
「昨日……昨日ぉ!?」
「わわっ!?」
思わず声を上げて立ち上がった。
彼女は慌てて銃を手に抱え込んでいる。
驚かせてしまったが、それどころじゃない。
「驚いた。いきなり立ち上がらないでください」
「……昨晩、夜鳥羽内で裂け目の異常数値が複数観測された……」
十神がここにいるのもそのためだ。
1つしかない筈の裂け目が
直ぐに収まったが、そのうちの1つが北西区画だった。つまり……。
「……複数の
「そう考えて間違いないでしょう」
「……っ!!」
「――どちらへ? 話はまだ終わってませんよ」
飛び出そうとしたところを制される。
話の途中なのは分かっている。ただ……。
――今の部隊の展開状況では、複数の
故に直ぐに部隊を呼び戻す必要がある……が、そんなことを部外者のリズに話すわけにはいかない。
「すまない、急いで戻らねば……!!」
「……わかりました。ただ、行く前にこれだけはお伝えさせてください」
「なんだ。今は時間が――何をしている?」
「ちょっとお待ちを……ほっと!」
何故かローブの胸元に手を突っ込んで弄っていた。
奇妙な声とともに、そこから何かを取り出している。
「ほっ……? ……それは、カメラか?」
「ええ。咲良さん、街の北側にある小学校はご存知ですか?」
……小学校? 何故?
時間がないと言っているのにこの質問。
訳が分からず、素直に頷いていた。
「あ、ああ、たて石小学校だろう。部下の子供が通っていたと聞いているが……そこが?」
「実は昨日、私は予言者の指示でその学校に向かったのですが……これは、その場所で撮った写真です」
「……っ」
そうして見せられたのは。
「猫?」
「……すみません、その次の写真でした」
「? ……これは!」
小さな画面に映し出されたのは、理解不能の画像群であった。
小学校の中に作られた軍事施設。
捕らえられたらしいブラー。
そして、赤黒く染まった
「……なんだ、これは……こんな場所が、夜鳥羽に?」
「ええ、ご存知でしたか?」
慌てて首を振る。
勿論、危険領域内部に
だがブラーを捕らえて調査していたらしい跡……こんなものは知らない。
「……」
だがその様子を、リズがじっと黙って見つめる。
先程からそうだった。彼女はじっくりとこちらの反応を観察している。
危険領域――たった今、複数の
そもそも単独で
自爆から生還しているという点も含め、彼女は十神の想像を遥かに超える実力者なのかもしれない。
「……そうですか。
「何故、これを私に?」
「それも、私がしがない傭兵だから」
「何……?」
彼女は銃を手に取ってホルスターへと収めると、ゆっくりと立ち上がった。
ふわふわと浮かぶ埃を指で追いながら、その美しい顔をこちらへと向ける。
「こんな仕事をしていると、時々あるのですよ。依頼人が口封じにこちらを殺してしまおうとすることが」
「そんなことが……」
「あるんです、残念なことに。他にも依頼人の敵対勢力に狙われたり。実際、昨日も正体不明の2人に襲われました。あれが予言者の関係者かは分かりませんが……まあともかく、これは『念のため』です」
穏やかな声で、とんでもなく物騒なことを告げている。
命のやり取りすら慣れ切ったらしい傭兵は、事もなさげに言葉を続ける。
「私は
「……!! ならそこに、
「いる可能性は高いです。そしてその場所も……お見せした写真と同じ状況でしょう」
「……あんな場所が、他にも……」
生唾をのむ。
何故気づかなかった。昔からあったのか? ならば甘木隊長は知っていたのか?
予言者、活性化、そして数多の乱入者。
――夜鳥羽で一体、何が起きている……?
「そこで、十神さんにお願いです」
重く苦しい困惑の中、彼女の声が耳朶に響く。
ハッと顔を上げた先。
出会った時からずっと自信に満ち溢れた亡霊――リズは、不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「明日……いえ、明後日。その場所についての情報をここに残しておきます」
「は……?」
「もし良ければそれを、あなたに回収してほしいのです」
なぜそんな事を。
問いかける目線に気づいた彼女が、ふっと笑う。
「あなた方が追っている、
リズがぱちりと手を叩いた。
「ついでに、そのカメラもお預けしますよ。写真、上手く使ってくださいね」
「何……?」
「もしまた会えたら、その時に返してください。できれば、予言の場所で会えると嬉しいですが」
「……部隊を連れてくるかもしれないぞ?」
「ふふ、その時は、遠慮なくやり合いましょう? もしくは、私の仇討ちをお願いしますよ」
「……っ」
そう告げて、今度こそ彼女は店の外へと歩き出す。
「――待て!」
その背に、思わず声をかけていた。
「何故私なんだ! 他にも選択肢はあったろう、その中でなんで……!!」
「それは勿論、あなたなら信用できると思ったからですよ」
「何を……たった一度戦っただけじゃないか……」
「だって、文香さんに遺影を渡してくれたでしょう?」
「……!! そうだ、足立文香……」
すっかり忘れていた。
そもそも彼女を探していた理由は、あの時遺影を頼まれたからで……。
「文香さんとは探索中に偶然お会いしまして、遺影の回収を頼まれたのですよ。まだあなたを信用できず、口止めをお願いしたのですが……少々混乱させてしまった様ですね」
「……神頼みなんて言われた時はありえないと思ったが……」
「ふふ、私も聞いた時は笑っちゃいました」
そうだ、今度彼女と服を配る話をしてるんですよ、とリズは言った。
危険領域から回収した服を再配布するつもりらしい。
冬は寒さに苦しむ人が多いから、いいことだとは思う。
本来それをすべきなのは十神達であるのが心苦しいが。
「でも、あの子のおかげで、咲良さんが信用できるとわかりました」
「……遺影を渡しに行っただけだぞ」
「かもしれません。でも、この街を想う気持ちは本物でしょう? まだ少ししか過ごしてませんが、私もこの街のこと、結構好きなんですよ? だから――」
思わず見惚れるほどの笑みを浮かべて、彼女は小さく手を振った。
「またお会いできることを願ってますよ」
そう告げて、リズは颯爽と外へと出ていくのであった。
***
喫茶店から早足で店を離れて、道を曲がったところで立ち止まる。
「……ふふふ、作戦、大成功……!!」
思ったより上手くいったんじゃないか?
いい感じで情報を伝えられたと思う。
これで、咲良さんがホテルに来る可能性は上げられた。
今は敵だろうが味方だろうが、とにかく人手が欲しい。
咲良さんに伝えた以上、作戦決行は明後日。
そのために準備を進めるとしよう。
「まずは、中央への道の確保……ん?」
腕から電子音が鳴る。
見れば小さな画面でペンギンが飛び跳ね、直後に文字が表示された。
――作業終了! 戻って来て!
「ありゃ。まあ丁度いいか」
一度戻るとしよう。
飴を放り込み、スキップしながら通りを進んでいくのであった。
***
「……なんだったんだ」
1人取り残された十神は、去っていったリズの背を見送りながら呆然と呟く。
ようやく出会えた彼女からは、とんでもない量の情報が飛んできた。
未だ整理ができておらず、急がなければならないというのに動けずにいた。
「……ん?」
何となく写真を流し見ていた手がふと止まる。
そこに映っていたのは結晶体。
「襲われたと言っていたが、
彼女はそんなことは言っていなかったが、ブラーの研究をしていた場所なら、それくらいの被害があったということだろうか。
気になって彼らの装備を観察すると……。
「……!! これは……!!」
顔は分からないが、装備に見覚えがある。
――昨日、支部にいた連中……!!
今になればわかる。
昨日見た、夜鳥羽支部の人間には見えなかった連中。
彼らは十中八九……特捜だ。
「彼らが何故、この場所を……」
そこまで呟いて、十神はハッと首を振った。
もう考え込んでいる時間はない。
デジカメを私物入れのポーチに仕舞うと、十神は支部へと走るのであった。
***
重たい扉を開いたら、すぐさま三毛が鳴いて寄ってきた。
「よう三毛、飯は……残ってるな」
「――?」
猫って1日3食なんだっけ? まあ腹が減ったら食うだろ。
三毛を撫でてから地下の扉を開くと……いきなり真っ黒な塊が視界に現れた。
「うわっ、なんだこれ!?」
『――あ、お帰りー。見て見て、この棚!』
元気な予言者の声が地下に反響する。
その声が示す通り。
扉のすぐそばにあったガンラック、その姿が一変していた。
くすんだ緑色だったラックは真っ黒に変わり、なんというか、高級感が増した。
並ぶ銃器や弾には個別の仕切りが付いており、分厚い棚板には小型のモニターがつけられている。
映っているのは武器の種類と……〇がついてる。なんだこれ?
『どう? 資材を投下して機能を追加したよ』
「なにこれ、モニター?」
そして出発時には棚に置いていただけのタブレットが、ラックの部品として融合してた。
イメージとしては駅にあるコインロッカーのモニターみたいな感じ。
棚の中心部、太めの支柱に埋め込まれている。
そこで、王冠ペンギンがぴょこぴょこ跳ねていた。
『個別のちっちゃいモニターには武器種と、リスポーン時に再生するかの登録状況が映ってるよ。〇がついてたら、死んだときにリスポーンする。逆にもう捨てても良かったら変更できるよ』
ガンラック レベル2
収容数が増加
銃器の再生登録機能が追加
「おおー、そりゃ便利だ」
『後は、君の総資金も表示できるようにしたよ。ほら』
そう言って画面に文字が映し出される。
暗緑色の背景に赤い字で表示された金額は……。
「82万か。大体同じだな」
『大体じゃなくてちゃんと全額だよ! 今までどうやってたの?』
「1ヶ所に纏めて、10枚ごとに折りたたんで……後は輪ゴム」
『おおう。意外としっかりしてる』
マジの生命線だからね。そこはちゃんとするさ。
「てかそっちこそどうやって数えたんだ?」
『この地下空間にあるお金なら判別できるみたいだよ。システムの一部なんだろうね』
「はー。すっげーチート。……それくらい標準搭載しろよ」
『あはは。神様も余裕がないのかもね』
……まあ、それはそうかもな。
人類、めちゃくちゃ負けそうだし……てか。
「おい待て。ひょっとしてこのために呼び戻したんじゃないだろうな」
こっちはお前を救出するためにホテルまでの道を探してたってのに。
『勿論違うよ! 中央への道探しなら丁度いいなって思ってね!』
丁度いいって何が?
首を傾げる俺に、王冠ペンギンが自信満々に飛び跳ねる。
『戻って早々悪いけど、もう一度外に出れる? 一緒に探索しよう!』
探索成果:生還
収入:―
支出:―
残額:¥825,650
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:活性化の阻止
3:拠点の修復
4:衣類の回収、引き渡し
5:夜鳥羽中央の指定地点への到達
設置済み設備
冷凍室
ガンラック Lv.2
ブラー解体所 Lv.1
照明 Lv.1
通信設備 Lv.1
給湯器 Lv.1