『――アタシの見えてる世界はね、真上から3Dマップを見てる感じなの』
「ほうほう」
すっかり暗くなった夜の街を走りながら、俺は予言者の話を聞いていた。
――あの後、
ホテルからここまで何キロかある筈だが、それでもこれだけクリアな声が届いてるのは流石の神様品質。
ちなみに集音機能付き。耳を塞いでても音はちゃんと拾えてる。
これで行動しながら会話ができる。拠点で呑気に会話している暇はないので俺としてもありがたかった。
まずは互いの自己紹介――つっても前世の話とかをしてる時間はないので、それぞれの『システム』についての説明をしている。
今は
『で、街はいいんだけど、危険領域内だと靄がかかったみたいになってて見えないの。アタシのユニットが危険領域内で行動すれば、視界が晴れる。今も、君の周囲5m位と、通ってきた場所は見えてるよ』
「……なるほど。ならこの探索もお前にとっちゃメリットあるのか」
『うん。で、見えれば君にもいいことが……左の脇道、いるよ!』
「マジ? ……おお!!」
指示通りに進むと、そこにはいつもの白皮ブラーが立っていた。
本当に居やがる。遅れてこちらに気が付いたその頭部へ猟銃を発射。崩れた肉にバールを振り下ろしてぶっ壊した。
『速っ……ホント強いね、君』
「そうなのか? ソロだからわからん」
『うん。
「……そりゃ負けるわ、人類……」
武装してそれなりに鍛えた兵士で雑兵に負けるんだから、
咲良さんみたいな
『ほら、解体しちゃいな。周り見とくから』
「おおそっか。その能力見張りにもなるのか! 便利ー!」
課題だった索敵が解決した。
『機能が分かった瞬間……ホント現金……』
使えるものは全部使う。それがルートシューターなのだ。
周囲のことは
本当は死骸を持ち帰って拠点で解体したいが、今は時間がない。
今のうちに溜めといて、ヤバくなったら肉屋へ持ち込む。
しかし、すっかり手を汚さずに解体できるようになってきた。
慣れってのは凄いし怖いね。
『手際いいねー。解体なんて初めて見たよ』
「ぅお!? ……いきなり耳元から声がするの、ビビるな……そもそもイヤホン自体が久しぶりだし」
『あ、それわかる。前世じゃつけっぱだったし、不思議な気分だよね』
俺も、家にいる間はずっとつけてた気がする。
ゲーマーの習性なのかもな。
『あー、音楽聞きたい、動画見たい! こっちって娯楽も激減しちゃったみたいだからもう、暇で暇で……』
「なんだ、そのシステムじゃ聞き放題じゃないのか?」
常にBGMを聞きながらやるゲームな印象だったけど。
『んーん、それが全然ないんだよね。だからたまに潜って街の音を聞きにいってるよ。TVは減ったけど、ラジオとかはまだ根強く残ってるしね。……だから! 早く終わらせてそっちに行きたいの!』
悩ましげな声を上げている。
画面はないが、きっとペンギンが不満げに揺れていることだろう。
『ていうか、お湯出す前に休憩スペース作ってよ! ラジオとかPCとか置いてさ』
「寛ぐ気満々かよ……」
『いいじゃん。こんだけ頑張ってるんだから、それくらいのご褒美は必要でしょ』
「それは俺じゃなくて神様モドキに頼めよ」
しかし、休憩所ね。
ゲームにもあったし、俺もいい加減木のベンチのベッドは卒業したくはある。
寛ぐ場所くらいなら閃きがなくても用意できるし、やってみるのも悪くない。
「ソファーとか持ってくればいいよな。その時は運ぶの手伝えよ」
『ええー……まあいっか。勝ったらそれくらい、喜んでやるよ』
「ああ」
そう、勝ったらだ。
それでいうと……そろそろ本題に入ろう。
「なあ、このヤバい状況で、どうやったら俺たちの勝ちになる? ……どうすれば活性化は止められるんだ?」
俺にわざわざ接触してきたこいつは、勝つための方法を知ってるんだろう。
そう思って
『活性化の止め方? そんなもんわかんないよ』
「は?」
こいつ、そんな曖昧な状態でPCをぶっ壊したってのか……?
「お前……マジか」
『だ、だって活性化を止めた例なんて聞いたことないもん! この世界の人類、誰もやったことないよ! そんなの無理無理!」
「……じゃあどうすんだよ」
『言ったでしょ! アタシの目標は
……そういや、こいつの『ゲーム』は箱庭シミュだった。
与えられた街を最後まで守るのがこいつの使命ってわけだ。
てっきり裂け目に突入してぶっ壊すとかするのかと思っていたが、違うらしい。
「それを先に言え、びっくりした……」
『ごめんごめん。でも、わかりやすいでしょ?』
「ああ……ますます武器がいるな。あと、仲間も」
……んん? 仲間か。
この世界における『ユニット』は、多分
その両方に犯罪者として追われてるんじゃなかったっけ、
……こいつもこいつで、無理ゲーを強いられてるんだな……。
憐れむ俺の顔は見えてなかったのだろう。耳元から変わらず元気な声が聞こえる。
『そのためにもまずはホテルから脱出する必要が――っと、後ろから来てるよ』
「屋根の上か」
『だね』
こちらへと走り込んで飛び降りてきたブラーを転がり躱して、頭を狙い――背中しか見えないから足へと拳銃を連射。
でっかい踝から血が噴き出た所に、身体を回転させてバールをぶん投げて右足を圧し折った。
『■■■■――!?』
自重に負けて片側に崩れたその巨体に素早く近づき、顔面に散弾をぶち込む。
拳銃8発と猟銃1発を使って、ようやく殺すことができた。
両方フルに弾が残ってる状態なら、2体までなら相手取れそうだが……。
「やっぱり威力が足りないな」
『そう? 十分強いと思うけど』
「こんな雑魚に勝ってもなー」
猟銃も2連発が限度。拳銃なんて
「今の装備で活性化が起きたら、リロードしてる間にぶっ殺されるぞ。そしたら後ろにいるお前も死ぬ」
『あー……それはマズイね……』
「だろ」
そう、とにかく今は火力がない。
仲間には期待するが、俺も武器を見つけとかないとな。
ただ――。
「それはそれとして、お前の能力は凄いな。探索がとんでもなく楽になった」
『でしょー。こっちも君のおかげで
「まだまだ。ホテルまで行くぞ。まずは喫茶店まで行く」
『喫茶店? ――あ、そうだ!!』
「うるさっ!」
人工の金切り音声が響く。
「急に大声出すなよ……」
『ごめんごめん。でも、原因は君だよ。なんで
なんでそれを……って、ああそうか。
スマートウォッチをつけてたから、俺のことは監視できてたのか。
……店漁ってたらバレるのか。めんどくさい……。
「ああ、知り合いなんだけど……説明が難しいな」
よく考えれば凄く細い縁を辿って彼女と巡り合った気がする。
これも神のお導きってやつなのかもしれないな。
『ちょっと、詳しく!』
「ああ。えっとな。探索中に学生の女の子に出会って――」
『ふんふん!』
説明をしながら喫茶店を通り抜けて進んでいく。
……走りながら説明って、めっちゃ疲れる。
索敵は
***
「……そろそろか」
喫茶店から東に進み続け、そろそろ駅が見えてくる頃。
現にこの狭い路地からでも裂け目が良く分かる。
「相変わらずでけぇなぁ……」
『そうだね、この一帯だけどれも背高いよねー』
冷たいコンクリートに背を預けて見上げた先には、空を切り裂く巨大な空隙。
暗く、けれど青く光を帯びたそれは、そこだけ宇宙でも広がってるような不思議な光景。
そして、奇妙なのはそれだけではない。
「なんだこの音?」
『あー、これね。なんかずっと聞こえるんだよね』
冷えた空気を呑み込むような、静かな音が辺りに響いているのだ。
危険性は特に感じない。森の中で聞こえるざわめきとか、そういった類の環境音に近い。
「映画とかで聞く宇宙の音ってこんな感じだった気がする」
『そうそう! まー、多分、裂け目の音じゃないかな』
「……空気でも吸ってんのか?」
まさか生き物な訳もないが……吸ってるんなら、何か吐き出したりしてるのかね。
『空気を吸って、吐くのはブラー?』
「最悪すぎるだろその呼吸」
そりゃ奴らは裂け目から出てくるんだろうけど。息を吸って化け物吐くとか最悪すぎる。
ただ、ブラーが際限なく生み出されてるのは事実。
そんなものが国中に数十個も出てるんだろ? 世界規模ならその何百倍か……?
むしろどうやって5年も耐えてんだよ人類……。
「終わってるよなあ……」
『あはは』
よし、休憩終了!
路地を出て、道を一気に進んでいく。
瓦礫を越えてブラーを倒して……しばらく。
曲がり角を過ぎた所で、俺は慌てて足を止めた。
道が拡がって視界が一気にひらけたのだ。
「はー、広っ……」
目の前を横切るのは、旅客機でも走れそうな馬鹿でかい大通り。
駅を囲む格子状の道路。その通りには夜鳥羽の主要巨大施設が集中している。
駅に、それに接続する商業施設。
「――夜鳥羽セントラルホテル。あれか……」
傾き始めた陽に照らされる巨大な威容。
地方都市特有の、だだっ広く背の低い都市の中で一際高く聳え立つそれが目的のホテルである。
『そうそう。アタシがいるのは最上階ね』
「なんでそんな面倒な場所に……」
あそこの最上階なら、裂け目の観察は良くできそうだけどさ。
『そんなの神様に言ってよ! アタシが選んだわけじゃないもん』
「だからって、移動はできただろ? せめてもっと封鎖壁の近くとか……」
『それも無理。だってほら、アタシ、他の勢力に狙われてるから。予測的中率100%の裂け目予報士だよ? 欲しいでしょー』
「ああ、そりゃそうか……」
テロリストに勘違いされてたけどな。
まあ、どちらにせよか。
「じゃあトラップハウスはやっぱりお前を守るためか」
『元からのもあるけどね、ちょっと手は加えたよ』
「抜け道とかは……」
『ない!』
ですよね……行きたくねえ……。
ちなみに高さだけでなく、勿論横幅も広い。学校の校舎よりは間違いなくデカい。
きっと、沢山の残機が散るだろう。
300万貯めたら例の武装を頼むのも現実的なラインになるし、残機も増える。
それには
『わっ、凄い音』
「ああ。爆発音……かな?」
『本当に各勢力集まってるんだねー。こりゃ大変だ』
離れた場所から轟音が鳴り響いた。
……他でも戦闘が起きてる。咲良さんか? それとも別勢力?
のんびりしてられないな、こりゃ。
『できればこの辺り一帯をマッピングしたいけど』
「ああ、そうだな。ついでにブラーを狩って……」
残された時間は少ない。
できることをしようと走り出したその時。
たん、と破裂音が鳴り響いた。
「――?」
なんだ、と思ったその瞬間。
目の前の建物のガラスが砕け散る。
「っ!?」
『なに!?』
建物に何かいた?
音的には多分銃撃だが、単発で、この重さ。
これは、この音は……!!
「マズイ……!!」
「へ?」
事態のヤバさに気づいて、慌てて遮蔽を探し始めた時にはもう遅い。
遠く、再びあの音が右から響いて。
直後、俺の右足が火を噴いた。
「ぅお゛……っ!?」
『え?』
ふわっと身体が浮いて、道路に倒れ込む。
激痛に意識が消えかけ、衝突したコンクリートにたたき起こされた。
足を見れば、大穴が空いて血が噴き出している。
『え、ちょっと、なにこれ!?』
「俺が知るか……っ!!」
こんな事するのはブラーじゃなく人間。
微かに響いたあの音は、ゲームで散々聞いた最悪の音――
間違いない。これは……。
「狙撃されてる……!」
『ええ!? それって……』
「敵だ。……狙われてるぞ!!」
ブラーでもなく罠でもなく。
また別種の脅威が、この中央には潜んでいるようであった。