夜鳥羽の封鎖区画内、その南東エリア。
居住区画の道路に分厚く敷かれた封鎖壁の近くで、怪物駆除をしていた集団がいた。
黒を基調とした衣服にアーマーベスト、各種プロテクターまで身に着けた完全防備のその兵士たちは、国が派遣する対怪物専門の駆除部隊・
その内の1人が口を開いた。
「ねえ十神隊長、銃の亡霊の話って聞きました?」
「……何?」
ふと聞こえてきた声に十神咲良が顔を上げると、部下である田上のにやけ顔があった。
緩んだその顔に、十神はしかめ面を返す。
「……作戦行動中だぞ、田上。私語は慎め」
「その作戦に関わるかもしれないから話してるんですよ。北西区画に出るっていう亡霊の話です」
軽薄な口調でそう言う部下だが、彼が作戦行動中に雑談をする間抜けではないことは理解している。
それでも投げかけてきた問いのくだらなさに、十神は溜息を吐き出しつつ頷いた。
「……当然聞いている。危険領域内で『ブラー』を狩ってる奴の話だろう」
あの怪物たちが現れ始めたのは、今から5年前だった。
奴らは空からでも海からでもなく、空間を突如裂いて現れた。
それも、世界のあらゆる市街地のど真ん中にだ。
どこかの誰かが『
しかも人間を狙って最優先で襲ってくるのだ。
そんなのが世界中の大都市に突如大量に出現し始めたら……防ぎようがない。
当然の帰結として、既に主要都市の半分以上が奴らの領土となった。
勿論我が国も侵略され、この夜鳥羽一帯も立入禁止の危険領域となった。
今は十神ら極一部の許可された人間たちしか入ることが許されない……筈なのだが。
――封鎖した危険領域内でブラーが消失し始めている。
それが監視班から突如もたらされた情報だった。
区画内に僅かに残った監視カメラの映像では、ブラーではない黒色の影が徘徊しているのが確認されている。
何故かヒラヒラとした黒いローブのような物を身に纏い、活動するのは常に夜間。
皆が寝静まった夜に拳銃の音が遠く鳴り響き、朝になるとブラーの死骸が発見される。
だが戦闘が行われただろう時間の前後にゲートを通過した者の記録はなく、直近は行方不明者も出ていない。
つまり、存在しない筈の誰かがブラーを狩っていることになる。
その一連の事柄から、ブラーに殺された兵士の恨みが幽霊となって徘徊しているのだと噂になり、『銃の亡霊』などと呼ばれるようになった。
だが当然、幽霊などにブラーが殺せるはずもない。
「ただの無謀なハンターだろう。ブラーの心臓を売りさばいて儲けるためなら死んでもいいなんて馬鹿な連中だ、構ってる暇はない。お前もそんなくだらない噂に振り回されるな」
そう告げて話を終わらせようとした十神であったが、部下は渋い顔で首を横に振った。
「いや、それがどうも違うみたいなんですよね」
「……どういうことだ?」
「隊長の考えは分かります。新人のハンターとか、金に困った下位ハンター辺りが不正通過か違法侵入して稼いでると思ってますよね」
「違うのか?」
南西の勢力、
他の地域と比べて古く
だから普通のハンターはここに来ない。
組織的行動ではなさそうだし、それくらいしか可能性はなさそうだが。
「それがハンター連中の
「……売っていないというのか? まさかそんな筈は……」
「ね? だからおかしいんです」
ブラーは金になる。だからわざわざ命を賭けてハンター達はブラーを狩るのだ。
それを売らずにいるなどありえない。
そこまで聞いてようやく、部下の危惧を理解できた。
「売らずに溜め込んでるなんてことは……流石にないな」
「まさか。奴が現れて1月、とっくに腐ってますよ。そもそも拳銃ですよ? 俺らみたいな
俺なら無理ですね、と言い放つ彼の言い分も理解できる。
人間なら容易く殺せる拳銃でも、あの巨大な怪物相手では豆鉄砲だ。
そりゃ連射すれば殺せるだろうが、余程腕がいいか、不意打ちじゃなきゃこちらが殺される。
死の恐怖に抗いながら正確に狙いを定める――そんな胆力のある人間なんて早々いない。
「気でも触れたか、蛮勇か……どちらにせよ碌な者ではないな」
「ブラーを狩ってくれるのはいいんですけどね、その心臓の行き先がなあ」
他の場所に流しているのか、もしくは自分たちで
考えられる可能性はいくつかあるが、どれも最悪だし、何にせよ重罪だ。
そんな極悪犯がこの夜鳥羽の裂け目に出現している……由々しき事態であった。
遠く建物の向こう、昼前だというのに暗く輝く裂け目を見つめる。
怪物たちの出入口。
あんな物がこの国に数十も現れている。
……面倒なのは、
「わかった。報告書を上げてくれ。正式に支部に通達する」
「うっす。……しかし何者なんでしょうね、その亡霊って」
「さあな。ただ、ブラーを単独で狩れる危険人物であることは確かだ。見つけ次第必ず捕えろ」
「てことはゴム弾で?」
「……いや、実弾でいい。ハンターじゃないならな」
「了解です。裏取れ次第手配します」
溜息を吐きつつ、十神は周囲の警戒を強める。
その周囲では武装した兵士たちが先ほど討伐したブラーの調査と回収を進めている。
まだ奴らが現れて5年、分からないことだらけだというのに問題ばかりが湧きあがる。
「どいつもこいつも自分の利益ばかり……嫌になるな」
「ですね。――よし、次行くぞ」
「「了解」」
速やかにブラーの処置を終え、兵士たちが動き出す。
人々の安全のため、怪物も犯罪者も残らず駆逐するのが彼らの任務であった。
***
「ふぁ……眠い……」
翌日。
まだ日が昇り切る前に俺は教会を出る。
放棄された都市でも――あるいはそのせいなのか、早朝の空気はやけに澄んでいる。
別に商人のとこに行くなら何時でもいいんだが、現代日本の様なこの都市で俺の姿は目立つ。
容姿もだが、拳銃に鉈まで持ってるんだ。見た目は立派な犯罪者である。
警察とかに見つかれば即逮捕だろう。
まあこの廃墟じゃ化け物しかいないんだけど。
ただ未だ見知らぬこの世界、注意するに越したことはない。
だから人の少ない夜明け頃を選んでるし、探索は夜に行くようにしている。
そのせいですっかり昼夜逆転生活である。
日差しが眩しい……。
遠く西の方からは車の走る音が微かに聞こえる。
前世なら新聞配達とかが始まる、街が目覚める時間帯だ。
差し込み始めた朝日に白く照らされた廃墟の中をひたすら西へと向かう。
30分も歩けば建物が途絶え、緑が生い茂る県道が続く長閑な景色に変わって――唐突に巨大な壁が現れる。
高い金網に鎖やら有刺鉄線やらで雁字搦めに封印した、巨大な封鎖壁。
これで夜鳥羽一帯をぐるりと覆って、あの化け物共と、ついでに俺を隔離しているってわけだ。
こんなんであの巨体を防げるのかとも思うんだが、並ぶ壁に壊れた様子はない。
裂け目から一定距離しか移動しないとかあるのかね。
とはいえ高さもあるし、乗り越えられないように痛そうな有刺鉄線がぎっちぎち。
定期的に巡回もしているみたいだから、巨大な化け物といえど出るのはそう簡単じゃなさそうだが――抜け道というものはどこにでもある。
「あったあった」
裂け目を中心に円形に広がる危険領域、その西の端。
県道脇に生い茂る林の奥に入ると、地面にぼっかりと掘られた石の階段が現れる。
地下へと続くそれは、元々防空壕かなんかだったんだろう。
薄暗い階段の先は2手に別れており、片方は封鎖壁の外へと通じている。
そしてもう片方の先にあるのが目的の店。
この世界で、未だ姿すら見せない神様が俺に渡してきた数少ない情報。
それが、あの化け物の心臓を売る相手――
「――いらっしゃい」
「おはようございます」
地下とは思えない綺麗に塗装された扉を開いて、余所行きの口調でそう告げる。
この身体に性別はないが、一応見た目は美少女だ。何となくそうしてる。
入口から歩いて十数歩くらいしかない空間は両手を伸ばせば壁に手がつく。ほぼ廊下だ。
ひんやり冷たい石の壁にはよく分からない文言の書かれた紙が無数に貼ってある。
多分これがメニューなのだろうが、隠語なのか意味は全くわからん。
その先、突き当りの小部屋の中に店主がいる。
「おや、リズさんじゃないですかぁ。本日はどうされたんですか?」
「売りに来ました。いつものを、2体分」
「ほほっ、それは素晴らしい。さあ、見せてください」
そう言ってこちらに手を向けたのは、シャツの上に赤いエプロンを身に着けた丸っこい身体の男。
狐を思わせる細い目に、整髪料でがっつり固めた黒い髪。
肩がないんじゃって位まん丸のシルエットをしたそいつが肉屋。
神様紹介の、正体不明の商人である。
手招く彼がいるカウンターまで行き、鞄から袋に入れた心臓を取り出した。
「どうぞ」
「……相変わらず綺麗な処理ですねぇ。惚れ惚れします」
本当に頬を染めながら言うのだから恐ろしい。頬ずりすらしそうな勢いだ。
最初はこの肉屋が神様が寄越した使徒なのかと思ったのだが、どうも違うっぽい。
石造りの激せま地下店舗。
その足元からは、何やら機械の駆動音がずっと聞こえている。
時折蒸気の漏れる音が響き、重たい油の臭いも仄かに漂う。
多分、更に下で何かを生産している。
俺がここに売りに来たのはこれで3回目。それだけで店を維持できる筈もない。
俺以外にも客はいて、ここは俺の転生とは無関係の店なんだろう。
じゃあ何の店なのかっていうと……怖くて聞けないけど。
「ではこちら。代金と、いつもの弾薬です」
少しだけ確かめた後、丸めた札束と前回頼んでいた拳銃の弾が渡された。
奴らの心臓の代金は1体で20万。計40万。
高いのか安いのか相場は知らんが……命5つ分と思えば高いだろうさ。
ただこれ、何に使うんだろうな……怪物の心臓なんて、何が目的で集めてるのやら。
あと、しれっと拳銃の弾を仕入れてるのも怖すぎる。何者なんだこの人……。
「どうも」
「あとはザックも。代金は引いてありますよぉ」
「おや、助かります」
続けて置かれたのは俺の背丈くらいはありそうな縦長の背負い袋。
前回「もっと心臓を持ってこい」と言われたから、ならデカい鞄寄越せと返したんだが、どうやら用意してくれたらしい。
普段の鞄の倍は容量があるだろうか。これで更にゴミが拾える。
ふふ、待ってろよゴミ達……!!
「ありがとうございます。ではまた」
「ああ、リズさん。ちょっとお待ちを」
「はい?」
いつもならこれで終わりの筈が、向こうから声をかけてきた。
ちなみにリズが俺の名前……らしい。
この黒い服の裏地に『LIZ』とあったのでそう名乗っている。
「あなた、北西区画を縄張りにしてますよね?」
「縄張り……ええ、そうですけれど」
「ではお気を付けください。あの一帯、どうも
「ふむ……?」
騒がしくなる? ブラーが増えるってことか?
……なんでこいつがそれを知ってるんだ?
まあそれはともかく。
「御忠告ありがとうございます。気をつけますね」
「ええ、ええ。是非ともお願いいたします。あなたは貴重な心臓の供給元ですから、死んでしまわれたら困ります」
「あはは……」
満面の笑みで言いやがった。
明らかに非合法のアングラ商人……当然他人の命なんか利益になるかならないかでしかない。
俺は便利な仕入れ人。それくらいドライな関係がちょうどいいだろう。
変に目をつけられても困るしな。
しかし騒がしくなる、ねえ。
俺が連れてこられた理由となんか関係あるのだろうか。
「ではまた」
「ええ。またのお越しをお待ちしておりますよぉ。ほほっ!」
まあそんなことはどうでもいい!
容量倍の鞄でゴミ集めに向かうのだ!
鼻歌交じりで俺は拠点への帰り道を急ぐのだった。
探索成果:―
収入:¥390,000 【ブラー売却費】
支出:¥ 20,400 【弾薬補充】
残額:¥670,750
進行中任務
1:■■■■
2:拠点の修復