夜鳥羽の中央区画。
その南側、とあるマンションの屋上にて。
「――見つけた」
その片方、暗緑色の髪を無造作に伸ばした男、戀鬼一家の凸の方、レンが呟く。
「ほんとか、どっちだ!?」
「多分、亡霊。ただやたら速い……ブラーが怖くないのかな」
言いながら素早く狙撃銃を構える。
が、建物の隙間を縫うように進む目標の狙撃は容易ではない。
「……止まらない」
「オレが行くか?」
「無理、間に合わない。……仕方ない、使うよ」
「おう。任せた」
返答せずに位置を素早く変えて、レンは再度狙撃態勢に入る。
直後、レンの持つ狙撃銃が仄かに光を放つ。
銃口が赤く染まり、暗緑色の髪がふわりと浮き上がる。
「
ふと呟いて、素早く銃弾を放った。
赤い明滅が銃口から迸り、乾いた音が静かに鳴った。
そのまま素早く2射目を放ち、一言。
「よし、当てた」
「ナイス!」
歓喜しながらもう片割れの銀髪――戀鬼一家の凹の方、瑞希が勢いよく立ち上がる。
小柄な彼は武骨な
「おっしゃ、回収行ってくる。援護よろしく」
「うん。気をつけて」
「んははっ、案外簡単だったな、1000万!」
「……亡霊ね。あと、ブラーもいるから油断しないでね」
上位ハンター、戀鬼一家。
不可視にして不可避の狙撃手レンと、彼を守る護衛の瑞希。
廃墟に根ざして一方的に獲物を狩る、正確無比な狙撃手コンビ。
亡霊と予言者を狩るために、彼らもまた動き出す。
***
激痛の中、俺は足から血を噴き出しながらぶっ倒れていた。
「ぅぐっ……!!」
撃たれた……ってか、狙撃された……!?
は? え? ……なんで?
一瞬の困惑の後、身体が震え、熱と激痛が足を襲う。
『ちょっと、大丈夫!?』
「んなわけ……痛っ……なんっ、でだよぉ……!!」
なんで俺が狙撃されんだよ! ブラーが銃を使うってか……んなわけねえよな!
なら人間に撃たれたってことだ。……余計意味が分からん……!!
ってか、悪態ついてる場合じゃない!
「見えるか!?」
『見えない! 言ったでしょ、半径5m!』
「……狙撃の距離じゃ、ないよな……」
血の飛び散り方から、狙撃は右――南側から。
今は上半身が街路樹に隠れて、腰から下が道に出てる状態。
一撃死はないが、動けもしない。
そして追撃も来ない。
『わっ、わっ、わっ……』
「なんだ……? なんで生きてる……?」
焦りと激痛で頭が上手く回らない。そして
ただ即座に連射が来ないってことは……殺す気はないのか?
捕える気なのか、仲間でもいると思ってんのか。
どちらにせよ――。
「狙撃なら、まだ来ないよな……」
今頃こちらへ向かっていたとしても、少しは時間がかかるだろ。
もし目的が捕獲だったら非常にマズイ。
監視体制に入れば俺は死ねなくなるし、拷問とか死んでもゴメンだ。
だから、
金はもったいないが……俺の目的は一旦果たした。なら、いいか。
『え、どうしよう。アタシ、何か……』
「いいから。猟銃、復活すんだろうな。信じるからな……!!」
『へ? そりゃ大丈夫……って、まさか……』
猟銃の銃口を咥え込む。
映画とかで見るけどさ、これはちょっとやりたくなかったなあ……。
震える身体で、俺は引き金を引くのだった。
探索成果:死亡
収入:―
支出:¥ 50,000 【蘇生費用】
¥100,000 【猟銃補充】
¥ 30,000 【拳銃補充】
¥ 9,400 【弾薬補充】
残額:¥636,250
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:活性化の阻止
3:拠点の修復
4:衣類の回収、引き渡し
5:夜鳥羽中央の指定地点への到達
***
猟銃の音が廃墟に響き渡った。
その音に、戀鬼一家の凹の方、瑞希は素早く物陰に身を顰めた。
周囲を警戒しつつ、微かな声で口許のマイクに話しかける。
「レン、見えるか?」
『ちょっと待って……あ』
「んだよ」
『
「あぁん? んで禿げ頭軍団がいんだよ……」
顔をしかめた瑞希。
レンの言葉通り、通りの向こうから別の戦闘音が響いてきていた。
街中を銃を構えながら行動している集団、灰色の外套に禿頭の男たち――
「何人?」
『とりあえず3人』
「んなら30人規模か……タイミング悪っ……」
ここにまで奴らが来ているということはもっと数がいるだろう。
夜鳥羽の北側は別の裂け目領域と接しており、奴らはそこから侵入するのだ。
北関東の山奥だとか、主要都市が全滅した東海の中心だとか、あるいは悟られぬよう移動し続けているとも言われてる。
ただ奴らはいつも決まって、本州の中央辺りから浸食してくる。夜鳥羽においてそれは、北側にあたる。
『でも
「……だな」
特務戦闘員と呼ばれる上位陣には
不衛生だからと丸刈りを規則とする彼ら故に、上に立って自由を得ると、途端に外見を変え始めるのだ。
今見えた連中に、そういったわかりやすい姿はない。
一番厄介な敵がいないのはありがたいが、面倒には変わりない。
なにせ戦闘員は皆、銃で武装している。
こちらは人間。撃たれれば当然死ぬのだから。
「はぁ……たりぃ」
つくづく邪魔な連中である。
溜息を吐きながら立ち上がると、目的の方へと再び走り出す。
目指すはレンが狙撃した相手――夜鳥羽の『亡霊』だ。
彼らが受けた依頼、『亡霊』と『予言者』の捜索。
その片方、『亡霊』の特徴に一致する人物が中央地区を走っていたのだ。
すぐさまそいつを狙い撃ったレンであった。今は瑞希が近づいて捕縛するところである。
――亡霊なんて言うから警戒してたけど、レンの前じゃ無力だな。
彼の
例え人を喰った
これで報酬1000万。実に美味しい仕事である。
つい鼻歌交じりに近づく瑞希であったが――。
『ストップ!』
「――!!」
聞こえてきた声に素早く反応。再び路地に飛び込んだ。
緊急事態の合図。
「どしたぁ!?」
『消えてる』
「あ?」
『亡霊の身体が消えてるんだ。今の、一瞬目を離した隙に!』
「んだと……? すぐ行く!」
狙撃して身動きが取れなくなった獲物。
故に周囲の警戒に動いたレンは、何も間違ってはいない。
全速力で駆け抜け、レンが狙撃した亡霊の所まで向かうが……。
「……いねえじゃん……」
そこには地面に残る血の跡と、奴が背負っていた筈の鞄が落ちているだけであった。
それ以外の何も、残ってはいない。
「足を狙撃しただろが……刻印は?」
『反応なし。消えたか、消されたか。どっちにしろ凄いね』
血の量は膨大で、その場で治療なんて絶対に不可能。
そもそも、移動した形跡すらない。
まるで煙の様に消えてしまったとしか、説明がつかない。
「亡霊って、そういうことか……?」
『ははっ、流石1000万案件。一筋縄じゃいかないね」
「……引き受けるんじゃなかった……」
『いまさら。探すよ』
「長くなりそうだな。一先ず戻るわ……っと、一応拾っとくか」
溜息を吐き出しながら鞄を拾う。
今は少しでも亡霊の情報が欲しかった。
「重たぁっ!? 何入ってんだこれ……」
ぼやきながら瑞希は今来た道をひき返すのであった。
***
べちゃりと、俺はまた教会にて復活する。
「……びっくりしたぁ。なんで狙撃されたんだ……」
身体はちゃんと治ってる。
装備は失われたけど、復活するらしいから問題ない。
問題は、完全に想定外の襲撃の方だ。
「……たまたま俺を狙った……って事はないよなあ」
もしあれが学校での襲撃者と同じなら、相当に危険で面倒な状況だということになる。
ブラーや
「狙撃なんてわかるわけないし……やっぱり夜に動くしかないか」
流石にサーマルスコープなんて代物は持ってない――と信じる。
夜間に移動すれば大丈夫なはず。
てか、もし俺を狙ってるなら都合がいいんじゃないか?
そうだ。ここは良い方に考えよう。
俺がホテルに入ればきっと奴らも追ってくる。
流石にホテル内までは狙撃なんてできない筈だし、そうすりゃ罠の解除要員の出来上がりだ。
「精々俺を狙えばいいさ。上手く利用してやるよ……!!」
ただ、これでますます昼間に動けなくなった。
狙撃主が誰かわかるまで……そして、そいつをなんとかするまでは夜間にしか動けない。
一先ず拠点で休憩するとしよう。
「よう三毛、ただいま」
「――」
寛いでいた猫が顔を上げてこっちを見る。
また帰ってきたのかと言わんばかりの顔を撫でてから地下に下りた。
扉を開けた途端に、すっかり慣れた人工音声が響く。
『うわ、ホントに復活してる……』
「なんだよいきなり」
『だって、躊躇いなく頭撃つし、血と肉が……』
「おお、それそれ。なあ、俺の肉体ってどうなったかわかる?」
モニターの前に立つと、王冠ペンギンが小刻みに揺れる。
動きが一緒だから表情とかつけてくれると分かりやすいんだがな。
ストックから飴を選んでると、困惑した声が響いてくる。
『はあ? 何を呑気に……』
「いやもう何回も死んでるからさ、慣れてんの。あの死に方は流石に初めてだったけど」
流石に口に突っ込んだ猟銃の引き金ひいた時は震えたね。
映画とかであれやってた人、本当に覚悟決まってるんだなあ……こういうのは飴で十分。
『……アタシもこんなことになってんの?』
「ん?」
ぼそりと呟かれた声に首を傾げる。
『システムって人間らしさを失うんだねって話。君、さっき死んだんだよ。なのに普通過ぎるでしょ』
「ああ、そういう」
そりゃそう見えても不思議じゃないわな。
「……最初は滅茶苦茶怖かったよ」
『え、そうなの?』
「ああ。確か最初は……ブラーに叩き殺されたんだったかな。あの時はしばらくその辺で泣き喚いてたなあ……」
『……』
「ま、その恐怖も一瞬でなくなったけどな。多分、俺は――いや、この身体はそういう風に設計されてる」
こめかみに指をぐりぐりと突き立て、そう告げる。
死んでも蘇る身体で、いちいち死に絶望してたら余計に死ぬだけ。
だから機能としては間違っちゃいない。
「もう死んでもなんにも怖くないし、叫びもしない。そういう意味じゃ、俺は転生した瞬間から人間じゃなくなってたのかもな」
『……ごめん』
「気にすんな。で、俺の血と肉はどうなったんだ?」
『……直ぐに消えたよ。まるで、最初からいなかったみたいに。あ、でも血と鞄は残ってたかな』
「やっぱりか」
俺の肉体は消えて復活すると。やっぱり予想通りだな。
ほんと、どういう絡繰りなんだろうか。
「こんな身体だからさ、もう大抵のことは驚かなくなってるわけ」
『……アタシが来ても直ぐに受け入れてくれたのも、そういうことなのね』
「そうそう。てか多分お前も一緒だろ。俺たちはあの神様モドキに無理やり――はあ!?」
『わっ!? な、なに!? 驚かないんじゃないの!?』
会話を忘れて、俺は驚愕の余り叫んでいた。絶叫したと言っていい。
ありえないこんなの。
だって、だって――!!
「か、金が……金が滅茶苦茶減ってる!!」
『……ええ? そんなこと?』
「そんなことじゃないわ!」
死ぬ前は82万あった筈の金が、60万台になってる……なんで……?
『それ、丁度さっき一気に減ったんだよ。だから君が復活したって分かったんだよね。でも、そんなに減ったの?』
「減った……蘇生額が倍以上になってやがる……り、履歴! 履歴出せるか!?」
『はいはーい。どぞ!』
謎の掛け声とともに、金額が表示された。
えっと……はあ!? 猟銃だけで10万したの!?
「高っ!!」
『そう? 銃ってもっと高いんじゃないの?』
「知らんけど、今の俺には馬鹿高いの! 見ろ、この額! 4回死んだら破産するわ!」
学校攻略でも4回死んだのに……これじゃ破産一直線だ!
『……確かに。あ、でも猟銃は復活したよ、ほら』
見れば確かに置いてきた筈の猟銃が棚にしまってあった。
何ならちょっと綺麗になってる。多分学校の地雷で受けた傷とかも直ってるなこれ。
それはありがたいんだが……。
「猟銃の登録解除! 今すぐ!」
『はーい。やっといたよ』
「はっ、はっ、はっ……ふぅー」
すぐさまミニモニターを見て、×になったのを確かめて息を吐く。
便利になったのはいいが、これじゃ
『はは、そっか。君にとって命は
「なんでだよ。これからホテル攻略で死にまくるんだぞ。これは、金が要るな……」
猟銃を使うにしろ使わないにしろ、絶対に必要だ。
そうなると今死んだのも痛かったな。解体した心臓を置いて来ちまった。
『どれくらいあれば平気なの?』
「……理想は300万。ただ、現実的には半分、150万かな」
簡単に俺の金銭事情を教える。
ブラーの価格とか、肉屋で言われた
『なるほどね。アタシのとこに来るまで破産しちゃうか。それは困る』
「だろ? だから、急いで稼がないと」
『んー、そうだなー……んん?』
「どうした?」
不意に
なんだ、何かあったのか?
『ううん、こっちのこと。そしたらお金稼がないとね』
「……そうだな」
多分、金稼ぎに使えるのは今晩だけ。
奴らがいるのは中央区画。流石に今ならここまでは来られないだろう。
……よし、決めた。
武器は欲しいが、今は金が最優先。
「ちょっと換金に行ってくる」
『わかった。じゃあアタシはちょっと別なことやっておくね。スマートウォッチだけつけておいて』
「いや、それさっき失くしてきたけど」
『大丈夫。それは
見ればイヤホンとスマートウォッチが復活していた。
べ、便利……!!
「俺の武器もそっちでやってくれよ」
『無理! じゃあ、頑張って!』
「……了解」
もう何度目かになる廃墟へ――肉屋へと飛び出す。
こうして、予言者救出の為の作戦が開始される。
今度は不可視の狙撃手攻略。
……芋待ちスナイパーを探して殺せって? 最悪のタスクじゃねえかよ……。
まあ、なんとかやってやるさ。
探索成果:―
収入:―
支出:―
残額:¥636,250
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:活性化の阻止
3:拠点の修復
4:衣類の回収、引き渡し
5:夜鳥羽中央の指定地点への到達
6:狙撃手の排除