不可視の狙撃手攻略――ステップその1。
まずは肉屋で軍資金を確保から。
「おや、リズさん。いらっしゃ――」
「……すみませんっ、
「――ほほう」
慌てて駆け込んできた俺に、真ん丸店主は真剣な顔で出迎えた。
いつもの軽口も飛び出さず、ただでさえ細い目を更に細めて手を叩いた。
「承知いたしました。お約束通り、100万円で買取いたしましょう」
「ありがとうございます……!!」
「いえいえ、こちらとしてはありがたいことですよぉ……とはいえ、中々大変な状況の様ですねぇ」
俺に背を向け、恐らくお金の用意をしながら話しかけて来る。
「ご存知でしたか」
「ほほっ、勿論ですとも。活性化が起きるのでしょう? この取引も、きっとそのためなのでしょうな」
「……はい」
今は亡き
投稿は直ぐに削除され、そのせいで一般にまではその危険性は知れ渡ってはいないようだが……ほんと、何者なんだろうなこの人。
「逃げなくていいのですか?」
「まさか! わたくしは最後までここに残りますとも」
即答であった。まあ無理もない。
「あと数日で街が滅ぶ」なんていきなり言われて、信じられる奴が果たしてどれだけいるってのか。
……文香嬢は逃げているだろうか。
通信が途絶えた今、彼らの状況は分からないが……きっとうまく対処してくれると信じよう。
「ほほっ」
聞こえてきた声にハッと顔を上げると、肉屋がこちらを見つめていた。
「あ、すみません、少し考え事を……」
「いえいえ、どうかお気になさらず。リズさん、あなたは本当に善良なお人だ」
「……はい?」
「ご安心ください。心配なさらずとも、この街は強い。なにせ、国内はおろか世界でも最初期に裂け目の侵食を受け、生き残った街なのですから」
……そういえば、そうか。
今回は活性化だが、そもそもここは裂け目が生まれ、
そもそも俺がゴミ漁りが出来るほどに建物群が残っていることすら奇跡なのだ。
そう考えるとすげえな。対処法も生態もまるで知らない化け物相手に、この街は生き残ったのだ。
「そうだと良いのですが……すみません、私はその頃の事はよく分からずで」
「ほほ、そうでしょう。
「……!!」
来訪者。
「ほほっ」
「……っ」
……しまった。やらかした。
本当にただ外から来た奴は、今みたいな反応なんてしない。
自分は普通の人間ではありませんと宣言したようなものであった。
案の定、その反応をじっくりと見て、肉屋は笑みを深める。
だがそれ以上の指摘はなく、彼はカウンター奥の小部屋へと椅子をスライドさせながら話し始めた。
「5年前。裂け目が現れた直後は本当に悲惨な状態でした。ただ、幸いなことがあるとすれば、今ほど戦力が分散されていなかった点でしょう」
「……ああ、そうか。他の裂け目が少ないから、対処できる人員も多かったのですね」
「はい。旧陸軍、その1個師団が投下されました。それでも相手は未知の生命体ですから、本当に多くの死人が出てしまいましたが」
彼らが中心となって夜鳥羽の戦いは繰り広げられたという。
今もその跡である基地跡地が夜鳥羽各地にある。
あの学校がそうかは分からないが。
「その戦いは勝ったのですよね? ……当たり前ですよね、この街があるんですから」
「ほほっ、そうですな。ただ、完勝とは言い難い結果でしたが」
「……? それはどういうことですか?」
危険領域が出来てしまったとはいえ、封鎖壁で封じ込め、枯れたと言われるまでの沈静化に成功したのだ。
そこに一体どんな失敗がある。
だが肉屋はこちらに背を向けながら、言葉を続ける。
「
「……我々って……」
「ほほっ、今はしがない商人でございますよ」
「……あはは」
元軍人。しかも5年前の生き残りだったのか。
どおりで弾薬を入手してくるわけだ。何か伝手があるんだろう。
なんで
「使命に走ったもの、私欲に溺れたもの、そして、諦めきれずに居着いたもの……夜鳥羽は、この裂け目は……あらゆる運命を大きく変えたのでしょう。そして、今再びそれが起きようとしております」
――肉屋が正体不明の不法滞在者である俺を支援し続けている理由。そして神様がこの肉屋を最初に紹介した理由、その一端が分かった気がした。
「ですからね、リズさん」
かちゃり、かちゃりと僅かな物音だけが響く店内。
ただ呆然と聞くだけの俺に、肉屋がごとりと何かをカウンターに置いた。
「わたくしは、わたくしにできる最大の支援をすることといたしました。……こちらを、お受け取りください」
そう言って置かれたのは金と――武器。
目まぐるしく変化する状況に眩暈がしながら、目の間に置かれたその得物を見つめる。
「これ……拳銃?」
「
「は……?」
200万かかると言われた代物が、現金100万と一緒に出てきたのだ。
「……どうしてこれを私に? お返しできるものなんてありませんよ?」
「ありますよぉ。この街の平穏です」
「……っ」
再びの即答。
分厚い肉に覆われていた目が、すっと開かれ俺を見つめる。
「言ったでしょう? わたくしはあなたを信じております。いえ……あなたに
「……」
肉厚な手で指し示されたそれを手に取る。
ずっしりと重い金属のフレーム。
黒い本体に、暗赤色の
何故か時折、仄かな光が脈打つように銃身を駆け抜ける。まるで鼓動してるみたいに。
「作動させれば、銃弾に重い衝撃が乗ります。そうですねぇ……重撃弾とでも言いましょうか」
「重撃弾……銃の名前ではないんですね」
「それはただの発射装置ですからな。
「……!! 素晴らしい!」
俺に足りなかった火力、その1つがこれで解決できる。
なんていいものをくれたんだ、肉屋!
……後で請求とかしないよな? いいんだよな?
1人興奮してると、肉屋が再び俺を真正面から見つめてきた。
「リズさん、これであなたは勝てますか?」
「……勝てます、と言えないところが心苦しいですね。ただ」
合わせて貰ったホルスターを身につけながら、微笑む。
「一度で駄目なら何度でも挑めばいい。たった今、あなたがその機会をくれました。だから……安心してここで待っていてください」
「……ほほっ! それはなによりでございます」
ゆっさゆっさと身体を揺らして、肉屋は笑う。
いかにも胡散臭い見た目の彼は、良く通る声で高らかに告げる。
「御武運を、リズ様。そして勝った暁には今後も多くの心臓をぜひ……!!」
「……ははは」
すげえな。命の危機だってのに、商人ってのはどこまでも商魂たくましい。
だが、おかげで本当に勝ちの目が見えてきた気がするよ。
残機に新兵器。これらを駆使して活性化をどうにかしてみせる。
「期待していてください。丁度、
そう。負ければ終わりだが、勝てば荒稼ぎが待っている。
ならやるさ。それがルートシューターってもんだ。
互いにニッと笑いあう。
「では、
「お願いします。……あ、そうだ。もしあればなんですが、欲しい弾がありまして……」
「ほほう?」
その後しばらく話を続けてから、俺は帰還するのであった。
探索成果:生還
収入:¥1,000,000 【ブラー売却費】
支出:¥ 21,200 【弾薬補充】
残額:¥1,615,050
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:活性化の阻止
3:拠点の修復
4:衣類の回収、引き渡し
5:夜鳥羽中央の指定地点への到達
6:狙撃手の排除
***
「ただいまー」
「――!!」
『あ、お帰りー』
自転車に乗り全速力で拠点地下に戻ると、三毛と喋っていたペンギンに出迎えられた。
器用に棚に上って、モニターのペンギンと話していた様に見えるが……。
「なにしてんだ、お前ら」
『ふふん、聞いて聞いて! 遂に三毛ちゃんと会話できたんだよ! 素直でいい子だねー。飼い猫だったのかな?』
「知らねえよ……てかなにしてんだよ……」
こいつ、俺に文句を言いながら自分も猫と戯れてんじゃねえか。
『安心して、ちゃんと仕事はしてたから』
「本当かぁ……?」
『信じてないなあ。本当ですよー!』
だと良いんだが。
そのまま去っていった三毛を見送りつつ、
銃器ラックの改良時に、小型の金庫までついたのだ。
便利だが、多分
こいつが来た時のために、どこかにへそくりを作っておかねば……。
『それより、100万! これで目標は達成じゃない?』
「あ? ……そっか。お前総額わかるんだった……じゃあ駄目だな」
『ん? 何が?』
「こっちの話だ。お前の言う通りこれで残機は大丈夫だ。さあ、どうやる?」
『――ふふん!』
画面の中でペンギンが揺れる。
『やることは単純! 君が走って、アタシが見つける。そうしたら、倒せるよね』
「……結局ローラー作戦か。まあ、それしかないな」
不可視の射程から一撃で敵を葬る狙撃手。
軍隊ならともかく、個人の俺にとっては最悪の相手だろう――普通なら。
だがこっちは金ある限り何度でも蘇るし、相方は一度捕捉できれば決して逃がさない
俺の残機が尽きる前に奴の居場所を絶対に割り出す。
これはそういう戦いだ。
悪いな狙撃手。
腕はいいらしいが、狙った相手が悪かった。
必ずお前の下にたどり着いてやるよ。
「よし、じゃあ夜になったら中央へ向かう。流石に、夜の間はいないか、いても射線は限定的になる筈だからな」
『オッケー! じゃあ、今のうちに索敵範囲を決めようか』
「お? なんかわかったのか」
『うん。君が不在の間に、夜鳥羽の戦況を調べておいた。さあ、
不可視の狙撃手攻略――ステップその2。
からころと飴を放り込み、奴の居所を特定する作戦会議を始めるのであった。
***
予言者による活性化が予知された裂け目――夜鳥羽ニュータウン。
東西約7km、南北に約10kmと広がる巨大な都市区画。
その中心に鎮座する裂け目は、周囲直径5㎞程を浸食。
かつて枯れたとまで言われたその裂け目は今、活性化寸前。
あと5日経てばそこから
この国の人類が大きな被害を受けることなく
ただこれは、戦力という面で人類が劣っているというわけではない。
だが国土の半分を裂け目に奪われた現状では、いつ、どこの裂け目が活性化するかが分からない。
それが原因で、大事な対ブラー戦力の集中投下という作戦を実行できずにいたのだ。
しかしながら、今回は事情が異なる。
過去3回、その活性化を完璧に的中させた
そして既に、複数の
枯れた筈の裂け目は、国内全勢力の注目が集まる場所になりつつあった。
後に『夜鳥羽予言事変』と呼ばれるこの争いは、この国の、否、世界の未来を大きく変えることになる。
『――じゃあ、中央区画の状況について確認するよ』
その中心に放り込まれた、2つの
彼らは誰も知らない地下拠点にて、この混沌と化した戦場の整理を行っていた。
壁に立てかけられた金属の大地図に、女性風の人工音声――
『まずは裂け目南東。ここは凄く単純だよ。
「遠いから行かないけど……なんでそれが分かる?」
そう首を傾げて問いかけるのは、鮮やかオレンジ髪の美少女――に見える人型。
一部勢力から『亡霊』と呼ばれる来訪者、リズである。
『言ったでしょ? アタシは夜鳥羽支部の支部長でもあるんだよ。全体に発令された命令は分かるの』
「チートだなあ……」
『ふふん! まあ、そこから先は現場判断になったみたいで分からないんだけど。今のところホテルに侵入者は来てないね』
「ホテルに
神妙に頷いたリズが、地図にペンで色を付ける。
夜鳥羽中央駅の南東が青く塗りつぶされた。
『続いて、北側』
「北? 北になんかいるのか」
『うん。こっちは
「……あいつらまた来たのか。せっかく基地ぶっ壊したのに」
リズによる基地破壊からまだそう時間は経っていない。
それでも人員を送り込んできたということは、かなり本気で攻め込んできているということだろう。
『
「北も駄目っと……でも、この間の奴らくらいなら問題なく倒せるけど」
『この間って基地壊したってやつでしょ。あれは尖兵だから。次来るのはもっと強いよ。銃で武装してるし』
「それ、前も思ったんだがどうやって武器集めてんだ?」
囲地――危険領域の隙間に住み着く
一見安全な場所ではあるが、それは周囲の都市との交流を断絶しているとも言える。
そんな中でどうやって武器を量産しているというのか。
『ブラーに浸食された場所に、兵器工場があったんだよ。多分
「……最悪じゃねえか。でも、いいね。そいつらを狩れば、武器が手に入るんだろ?」
『わあ、物騒』
そういう意味では北側を回って行くのも悪くない。
リズが北側を赤く塗って、もう一度引いて地図を見つめる。
「空いてるのは……東か西か。ただ……」
また近づいて、西側の1ヶ所に赤くバツをつけた。
「その空いてる筈の西側で、俺は狙撃されたわけだ」
『そうだね……』
これで四方のうち三方が塞がれた形になる。
やっぱりホテルに行くには狙撃手攻略が必須だな。
『君が狙撃されたのは南方向から。つまり狙撃手がいるのは裂け目の真南から南西にかけての範囲だね』
「だな。この辺りをマッピングすればいい」
狙撃手がいる大体のエリアは絞り込めた。
ただ、未だ疑問が残る。
「相手は
『テリトリー的にはそうだね』
「ただ、
『うーん、そこは疑問だよね。下手したら死んでたよ、あの血の量』
足に大穴が開いていたリズである。
あの後素早く捕縛されたとしても、足は治らなかったんじゃないかと思える。
あれが
少し前に会った彼女とは思えない行動であった。
「てことは、ハンターか。何者なんだろうな……」
『んー、ハンターなら一応調べる方法はあるよ』
「何? ホントか!」
『ほら、ゲートがあるでしょ? そこの入退場記録を調べればわかるよ』
「ああ、なるほど! ……ただ、そんな時間はないか」
『だねえ』
残念。ますます
「……まあ、いいか」
マッピングを最優先し、もし万が一余裕があったら調べるで良いだろう。
「よし、行くぞ」
『おー!』
「――!!」
狙撃手攻略作戦、開始である。