崩壊世界でルートシューター   作:穴熊拾弐

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第32話 Encounter①

 

 

 リズたちが狙撃手攻略に向けての準備をしていた頃。

 中央区画の南東部。

 ホームセンター内部に急造された作戦本部にて、2人の男が対峙していた。

 

「施設内の確保完了しました。ブラーも残留者(レジピポ)もいませんでした」

「ご苦労様です。御尽力に感謝します」

 

 慇懃にお辞儀をするのはスーツ……ではなく、武装状態の伊地知。

 細身でありながら重い装備を身に着けた彼に対するのは、分厚い巨体を誇る隊長・甘木。

 装備すら不要なのではと思わせる巨漢が、胸を叩く。

 

「では予定通り、我ら支部員は前線基地の維持に努めます」

「頼みます。この先、中央は我々特捜にお任せあれ」

「はっ!」

 

 踵を揃えて返答する甘木に深く頷いてから、伊地知は背後に広げた地図を振り返る。

 

「……予言者が潜伏している場所は、間違いなくこの裂け目周辺の一帯。我らはここを拠点に、しばらく捜索を行います。あなた方には申し訳ございませんが、部隊の補給を頼みますよ」

「了解しました」

「残り時間は5日……いえ、もう4日と考えた方がいいですね。急がねばなりません」

「……そうですね」

 

『――5日後、夜鳥羽の活性化が起きる。ブラーを殺し、大型(テラ)に備えろ。そうすれば街を守れる』

 

 本日未明に投稿されたという文言を思い出しながら、甘木は溜息を吐く。

 こんなものが出されたせいで、夜鳥羽はこれから大混乱に陥るだろう。

 

「この予言というのは、毎度同じなのですか?」

「ええ。全くもってふざけているでしょう? 自身でこんなことを起こしておいてこれだ」

「……そうですね」

 

 これは予言というよりは警告文に近い気がするが……何故だか伊地知たちは予言者が実行犯と信じて疑っていない。

 まあ、デスゲーム的な説明文に読めなくもないだろうか。

 首を捻る甘木に、伊地知がふっと微笑む。

 

「――そんな予言を実行犯が出すか? あなたはそうお思いでしょう」

「……その通りです」

「ええ、ええ。実に正しい疑問です。テロリストが出すなら予言ではなく犯行声明。呼びかけるのは対処ではなく、我々への要求の筈」

 

 まさしく甘木の思ったこと。それを1つ1つ丁寧に上げていく。

 教鞭を振るうが如く、伊地知は指を振りながら部屋の中をコツコツと歩き回る。

 

「あなたの疑問はもっともです。ただ――そんなことはどうでもよいのですよ」

「……というと?」

「考えてみてください。もし奴が本当に単(・)な(・)る(・)予言者であるなら、その予言の力は喉から手が出る程に欲しい。世界が苦しめられている裂け目の出現を予測できるなら、我々はもっと楽にブラーに勝てるでしょう」

「それは……そうですね」

 

 予知した裂け目にのみ戦力を投下し、他は最小限の人員で守る。

 そうなれば増殖を防ぎ、今は手が回っていない裂け目の破壊――それが可能なのかはともかく――にも戦力を回せる。

 凄まじい力だ。

 

「では、もし奴が裂け目の活性化が可能なテロリストであったなら。……それはそれで、使い道がある」

「使い道、ですか」

 

 嫌な言い方だと甘木の顔が歪みが、伊地知はそれに気付かずに興奮気味に話を続ける。

 

「ええ! 裂け目の活性化をコントロールできるというのならば、ブラー殲滅に必要な色式兵装(カラージュ)、その素材を管理できることを意味します」

 

 そしてそれは莫大な力を生む。

 甘木ですら理解できる話だ。他の勢力もとっくに気づいているのだろう。

 そんな『力』がすぐそこにある戦場――それは、決してただのブラー退治ではないのだろう。

 

「奴の力がどちらにせよ、あの予言者(シアー)という存在は我らの利となるのですよ。ならば――我らが確保しなければならない。極道(ハンター)でも犯罪組織(レジピポ)でもなく、我々が!」

「……仰る通りですね」

 

 甘木にもようやく理解できた。

 今起きているのはただの裂け目の活性化ではない。

『予言者』を中心とした、各勢力による、その力の争奪戦なのだと。

 残留者(レジピポ)の素早い侵入に、上位ハンターの派遣……奇妙だった事実全てに合点がいった甘木である。

 

「なるほど、事情は理解しました。この甘木、全力で予言者の確保に動きましょう」

 

 深く頷いた甘木が笑みを浮かべ、分厚い胸を叩く。

 

「私も、支部の部隊も。どうぞご自由にお使いください」

「ご理解いただけてなによりです。この裂け目にあなたのような人がいてよかった」

 

 ――裂け目じゃなくて夜鳥羽だ、ジジイ。

 

「……なにか?」

「いえ、安心しているんです。残念ながら我々に予言者(シアー)への知識はありません。あなた方専門家に任せるのが最適でしょう。特捜の方々が居合わせてくれて助かりました」

「……だとよいのですが」

「ええ。本当によく分かりました」

 

 特捜(こいつら)に夜鳥羽を守る気が微塵もないということが。

 

 夜鳥羽に集結した全ての勢力が予言者を狙っている。それはつまり、平和のために街を守るなんて気概はさらさらないことを意味する。

 このまま伊地知の指示に従って、万が一他勢力とぶつかれば夜鳥羽支部の人員に大きな損害が出る。

 そうなれば、現れた大型(テラ)やブラーたちの群れに抗うことができず、周辺都市は壊滅的被害を受けるだろう。

 

 勿論そんなことは特捜も理解している。

 彼らの任務が無事終われば、派遣された中央部隊が大型(テラ)を討伐してくれる筈だ。

 ……その前に、封鎖壁周辺の都市や住民には確実に被害が出るだろうが、中央からすれば大した損害ではないのだろう。

 

 そんな些(・)事(・)より、予言者(シアー)の力が欲しい――そういうことだ。

 

 ――悪いが、そうはさせない。この街は俺らで守る。

 

 他の誰でもなく、我ら夜鳥羽支部が。

 そう密かに決めて、甘木は鋭く声を上げた。

 

「では私は偵察に戻ります」

「ええ。お任せします。……おや」

 

 所持していた携帯端末を見つめた伊地知が、意地悪い笑みを浮かべた。

 

「甘木隊長。無事に十神さ(・)ん(・)の保護が完了しました」

「そうですか、それは良かった」

「全て、迅速に手配していただいたあなたのおかげです。ありがとうございます」

 

 伊地知が依頼し、甘木が支部に通達した指令。

 それが、『指揮権の特捜への移譲』と、『十神咲良の全ての職務を解除、自宅待機とする』であった。

 支部長の権限を飛び越えた命令を出せるのは、間違いなく漂白部隊(SBEU)局長・多田羅だろう。

 

 5年前この夜鳥羽の裂け目対応にあたった陸軍少佐。

 怪物との戦争という異常状況下において多大なる功績を出したとして、大隊長から漂白部隊(SBEU)創設メンバー・副局長にまで成り上がった男。

 

 ――そして、初代局長である十神重左の失(・)踪(・)後(・)、その椅子を即座に奪った男だ。

 

 彼の指示により、十神咲良は支部から回収された私物を渡されて自宅謹慎となる。ゲートは勿論、支部への出入りすら禁じられる。

 期間は一週間――この騒動が終わるまで、ということだ。

 

「一体何故、このような指示を?」

 

 思わず投げかけた問いに、伊地知は実に嫌らしい笑みで告げる。

 

「あれは裏切者の娘。この非常事態に親子ともども離反されては困る。でしょう?」

「……」

「……ああ、失礼。あなたは十神重左の部下だった方だ。表立って批判はできませんな」

 

 ――指揮権が欲しいのは分かる。だが、何故十神まで……まさか本当に離反すると思ってるわけはないだろう。

 

 裏切者の娘。売国奴の子供と散々な扱いを受けながら、彼女はこの2年、夜鳥羽を守り続けた。

 そのことを知らぬ特捜ではあるまい。

 命令だから従った甘木であったが、その意図は全くもって理解できずにいた。

 十神咲良は貴重な戦力だ。いるといないとでは、間違いなく死傷者数に差が出るというのに――。

 

「――いえ、なるほど。理解しました」

「……?」

 

 ただ、不思議と焦りは湧かなかった。

 

 ――あいつのことだ。どうせ勝手に動くだろう。

 

 そんな奇妙な信頼が彼女にはあった。なにせ私用で危険領域に入る奴だ。

 大方、失踪した父親の痕跡でも探していたんだろうが……そんな彼女だからこそ、この非常事態に黙って謹慎する筈もない。

 

 十神は動く。そして必ずこの夜鳥羽の防衛に役立つ。

 その間、この特捜連中と化け物の相手はこの甘木が引き受けよう。

 

 ――急げよ、十神。街がめちゃくちゃになる前に……。

 

 部下の、そして街の人々の命を守るため。

 かつて夜鳥羽を怪物の手から守り抜いた男が、再び戦場へと飛び出していくのだった。

 

 

***

 

 

「では、我々はこれにて。支部に行っても無駄ですから、きちんと帰ってくださいね」

「……ああ」

 

 ゲートにて解放された十神咲良は、1人夜鳥羽の居住区を歩いていた。

 

 あの後、リズと別れた十神は大慌てで南西ゲートへと向かっていた。

 リズから得た情報を急ぎ持ち帰らなければならないというのと、他に理由がもう1つ。

 携帯端末に緊急の帰還命令が出ていたのだ。

 

 何とか辿り着いたゲートで待っていたのは、部下ではなく特捜。

 そこで甘木達によって発せられた命令を聞き、そのままゲートから放り出されたのだった。 

 武器やアーマーの類は没収され、残されたのは私物入れのポーチだけ。あとはご丁寧に支部から回収してきたらしい鞄と上着のみを持って自宅へと進んでいた。

 

 吹き抜ける冷たい風に、ふと顔を上げる。

 

「……もう夜か」

 

 建物の向こうにオレンジの陽が沈みかけている。

 往来は日没までに仕事を切り上げようと慌ただしい。

 

 これから来る冬は活動時間が大きく削られる。人々は仮設住宅や寄り合い所に籠り、夜を過ごす。

 最近では薪ストーブを灯りにしたボードゲーム会が流行りらしい。少しずつ人々にも余裕が生まれ、世界は裂け目というものに順応し始めている。

 

「十神隊長! お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様」

「おや咲良さん。こんばんはー!」

「こんばんは。精がでますね」

 

 こうして会話していく彼らにも笑顔が浮かんでいる。

 4年の時を経て街は少しずつ復興が進み、穏やかな生活を取り戻しつつあった。

 

「……やっとだ。やっと、ここまで来たんだ」

 

 十神がこの街に配属されたのは、今から2年ほど前だった。

 4年前に急造された漂白部隊(SBEU)の新米隊長として。

 そして、その局長でありながら突如として失踪し、直後1(・)0(・)を(・)超(・)す(・)裂(・)け(・)目(・)の(・)活(・)性(・)化(・)を(・)引(・)き(・)起(・)こ(・)し(・)た(・)大罪人の娘として。

 

 ――最初は、理解ができなった。何故私をここに送ったのか。

 

 ここは当時陸軍将官だった父が死に物狂いで戦い救った地。

 同時に、十神重左という売(・)国(・)奴(・)を生んだ土地でもあるが、少なくとも夜鳥羽の人々は父に対してそこまで酷い感情はないだろう。

 

 そんな場所に自分を送ったのは、中央にいれば向けられるあらゆる人間の恨みから逃がすため?

 

 ――なんて、最初は思ったものだったな……。

 

 だが、この『枯れた裂け目』には、自分のそんな甘い考えを叩き潰す程の現実が広がっていた。

 

 破壊された街並み。

 住処を追われ、仮設住宅に寄せ集まる人々。

 災害と違ってブラーや裂け目はい(・)な(・)く(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)。

 故に何年経っても、待っている限り状況が良くなることはない。

 

 寒かろうが、辛かろうが、残された土地と資源でなんとか生き延びていくしかないのだ。

 

 父や甘木隊長たちによって築かれた封鎖壁によって、ブラーの脅威は一旦防がれた。

 ブラーは壁を越えてこない。

 その理屈を、ただの一般市民たちが理解するのには、かなりの時間を要しただろう。

 

 なにせこの夜鳥羽は世界でも最初期にブラーが出た場所。

 奴らの生態なんて、誰も知らなかったんだから。

 

 人々は怯え、堪え、それでも戦って……5年。

 ようやく、帰り道に笑いながら夜を迎えられるようになった。

 

「今、この平穏を壊すわけにはいかない……ですよね、甘木隊長」

 

 そして幸運なことに、自分はその現場に立ち会えている。

 自分の行動次第で、この街を、人々を守ることができる。

 ならばやる以外選択肢はない。謹慎の身だとしても関係がないのだ。

 なぜ特捜が謹慎処分を下してまで自分を戦場から遠ざけたのかは不明だが……。

 

 ――例え漂白部隊(SBEU)本部が敵だとしても、私はやります。

 

 邪魔されようとも自分の手で街を守る。必ずだ。

 そう誓う十神だったが……。

 

「……はぁ」

 

 直ぐに大きな溜め息を吐き出した。

 夜鳥羽支部の隊長としての権限を剥奪された今、自分に何ができるというのだろうか。

 

「……これからどうする」

 

 支部の人員に配布されるスマートフォンも回収されたので、支部の人員に連絡を取ることもできない。

 

 混乱回避のために情報統制が敷かれているのだろう。

 故に街の人たちに協力を頼むこともできない。

 どうしたものか……。

 

「む?」

 

 ふと、鞄から電子音が鳴った。

 私用の携帯に何か着信があったようだ。

 家族と、極僅かな地元の友人しか連絡先を知らないそれが反応するとも思えないが……。

 立ち止まって鞄を漁っていると、視界の向こうを横切る影を見つけた。

 

「……?」

 

 どうやら封鎖壁の方へと向かっているらしい。

 本来あり得ない動きをしている人物に、少しだけ気を取られる。

 

 ――追ってみるか。

 

 今は何もできない十神は、不思議と吸い寄せられるようにそちらへと向かった。

 歩きながら取り出した携帯には、しかし何の通知もきてはいなかった。

 代わりに何故だかペンギンの絵が表示され、消えていった。

 

「誤作動か? そんな筈は……」

 

 ぼやきながらも携帯を戻し、追っていた人物に近づいていく。

 

「君、封鎖壁の近くは危ないぞ」

「あ、ごめんなさい! 私――え?」

「ん? 君は……」

 

 そこにいたのは、まさかの知った顔。

 学生服の彼女は――。

 

「足立文香さん」

「十神さん……こんばんは」

「こんばんは。配達帰りか?」

 

 彼女たち学生は、既に社会の一部として活動を始めている。

 悲しいことだが、それほどに人手が足りていないのだ。

 

「はい。それとちょっと探し物をしてまして。確かこの辺に公園があったなって……」

「公園……?」

 

 こんな時間に遊びに来たはずもない。

 ……そう言えば、リズが言っていたではないか。

 足立文香と一緒に服を配ると。

 

「服を配る場所探しか?」

「え? どうしてそれを……」

「聞いたんだ。リズさんから」

「え……」

「つい先ほど彼女と会ってね、話をしてきた」

「それは……あの、私……!!」

 

 青い顔になる彼女に慌てて手を振る。

 

「ああ、この間のことなら気にしなくていい。事情も全部彼女に聞いたよ。頼まれていたんだろう」

「……すみません。咄嗟に嘘ついちゃって」

「気にするな。私も強く聞きすぎてしまったから。服を配る、いいじゃないか。私も手伝わせてくれ」

「本当ですか!?」

 

 足立文香の顔が今度は笑顔に染まる。

 

「ああ、勿論だ。本来我々がすべきことだから。……ただ、すまない、足立さん。お願いがあるんだ」

「……?」

「リズさんと急ぎ連絡を取る方法を探していてね。伝えたいことがあるんだが……何か知らないか?」

 

 この偶然は、きっと意味がある――なんて、それこそ神頼みな気がするけれど。

 十神は今、自分にできることに全力で挑む。そう決めたのだ。

 迷うことなく進み続ける。その決意を胸に問いかけたのだが――。

 

「それなら……ジャンクショップ鵲ってご存知ですか?」

「……なんだって?」

 

 だが、飛び出てきた店の名前に、早速選択を間違えただろうかと僅かな後悔が浮かぶのだった。

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