リズか逃げた後の中央大通り。
起き上がった瑞希は、服を叩きながらため息を吐き出した。
「チッ、逃した……」
『無事?』
「へーき。あんにゃろ、ゴム弾使いやがった。舐めやがって……次は絶対殺す」
『駄目。生かして連れてこい、でしょ?』
「けっ、面倒な依頼だ」
肩をぐるぐると回しながら「あ゛ー」と声を上げる。
「しっかし、やっべえなあいつ……オレらから2度も逃げるかよ」
『だね。足は見えた?』
「んにゃ。だが音は聞いた。多分だが鉄板かなんか巻いてやがったなありゃ」
狙撃を受けて金属音が鳴っていた。
地面には僅かな血しか残っていない。2発目が掠るなりした程度だろう。
「あいつ、走れてたな」
『うん。もしかして、外してた?』
最初に足を撃った時。
倒れ込んだのは演技で、実は撃たれていなかった?
「……それはねえだろ。見たろあの血痕。穴が開いてる出血量だぞ」
『うーん、なら、再生能力でもあるのかな』
「ブラーじゃあるまいし……なんかとんでもない凝固剤使ってんじゃね?」
『そっちの方が異常じゃない?
それはその通り。
足が抉れた数時間後に全力疾走できる人間は殆どいない。
不思議なことに数例知っているのがノイズになっているのだが……ともかく、顔も名前も知らない無名相手でも、否、だからこそ油断はできない。
「つーかアゴが痛てぇ……んの馬鹿力が……」
『それは瑞希もでしょ』
「うっせえ。しっかし、こんなに早く戻って来るなら、狙いはやっぱりこの先か」
『だろうね。
暗闇の中を狙ってきたのは予想通り。むしろ1日も置かずにやってきた度胸は褒めてもいい。
ただそれは急いでいるともとれる。
――実際、残り時間はあと4日……。それまでにはオレらも脱出しないとまずい。
活性化が起きれば
そんなヤバい化け物を相手にする仕事ではない。
限られた時間内に対象人物を確保し脱出する。それが瑞希たちの仕事であった。
対して、亡霊は中央を必死に目指しているらしい。
このままだと逃げられる可能性もあるが……。
『大丈夫、さっきのでまた
「そりゃ邪魔な狙撃手から排除するか。仕方ない、一旦戻る」
『うん。……あの壁といい、得体がしれないね』
「んな
ぼやきながらも瑞希は走り出そうとして、背後で鳴った音に構える。
早速戻ってきたか――と思ったのは一瞬。
音はもっと北側。奴が消えたのとは逆側だった。
その事実が示す通り。
目の前に現れたのは、複数の禿頭の男たちとそれを追う赤黒い巨体。
『■■■■――!!』
「撃て、撃てぇ!!」
「……ああ?」
逃げ惑うのは
叫び声と強烈な臭いを残して走り去っていった彼らを追って、赤黒い巨人――ブラーが瑞希へと迫る。
「
『人喰ってるよ、そいつ』
「わあってるよ」
身の丈3mはありそうな巨体。
金属かってくらい硬そうな表皮の下には筋肉がギチギチに詰まっているように見える。
なにより特徴的なのは、背から伸びる水晶のような結晶。
裂け目の青い光を受けて、ギラギラと光を放っている。
エイリアンを思わせる面長な頭部。
その目のない顔が下へと、瑞希へと向けられた。
「……見下ろしてんじゃねえよ、化け物風情がよぉ!!」
『■■■■――!』
『援護するから、こっちへ退いてきて!』
「チッ……どいつもこいつも!! 仕事の邪魔だ!」
右腕の
青と金の光に照らされた夜の街。
各勢力入り乱れる乱戦が始まった。
***
話は、少し前に遡る。
『――あ、そうだ。そういえばなんだけどさ』
俺らが夜の街に飛び出す少し前。
作戦会議中に、ふと
「ん? なんだよ」
『君が猟銃で自殺した後、ちょっとだけど人がマップに映ったんだよね』
「……なんだと?」
そうか。俺がいなくなっても晴れた視界は変わらない。
恐らく俺を回収しに来た奴が映ったのだ。
銃を点検していた手を止めて、モニターのペンギンへと視線を向ける。
「どんな奴だった」
『女性……男性かな? 小柄な人だったよ。服装は黒いライダースーツっぽくて、髪は銀色。あ、でも先端だけ紫に染めてた。派手だったなぁ』
「銀に紫……マズいな」
『え? 何が?』
「肉屋に聞いたんだがな、
ヒト相手に使うかはわからんが、使えば大損害が出る危険な武装だ。
所有者には近づかないのが一番。
その判別方法は――。
「
『……どういうこと?』
「そう思うよな。俺も聞いた時は笑った。ただ、ちゃんと理由がある」
想像以上に不思議な理由ではあったが。
肉屋に聞いた内容をそのまま伝える。
「
『色を?』
「そう。色素が抜け落ちていくらしい。んで、それが最初に現れるのが、髪の毛なんだと」
『白髪になっちゃうの? それは……嫌だね』
だよな。
特に
そんなのが街中を歩けばとんでもなく目立つだろう。
「だから大抵の連中は髪を染めるんだとよ。しかも派手に」
『そこは黒髪にしないんだ……』
「する奴もいるってよ」
多分咲良さんとかは黒染めしてるんだろう。
……あの時とかも、命を削って戦ってくれてたんだなあ。
命の危機だったとはいえ、良い人だ。
「ただ、派手な髪色は警告にもなる。ハンターとか
『なるほどねー、だから皆派手なんだ。気にしたことなかった』
まるでジャングルの生物だよな。
……あれは喰われないようにする色だっけ? まあどっちでもいいや。
咲良さんみたいな例外もいるが、基本は派手な髪色のやつは
分かりやすくていいね。
『じゃあ、君はかなり警戒されるんだね』
「ん? どういうことだ?」
『君の髪色、滅茶苦茶派手だよ?』
「……そういやそうだった……」
長い髪の全てが鮮やかなオレンジ色。
見ようによっては相当な化け物だよなこれ。
今まで会ってきた人、全員にそう思われてたってことか?
……案外この髪が仕事してくれてたのかもな。
「でも俺の顔立ちだと海外の人に見えない?」
『見えるけど……遠くからじゃわかんなくない? そもそも今の髪色の話って、外国の人だとどうなってるの?』
「……どっちも確かに……」
うーん、そう考えると結構眉唾物の話なのかも。
肉屋が冗談を言うとも思えないが、そもそもファッションで染めたりもするしな。
話半分で考えていた方がいいのかもしれん。
***
……なんて、考えてたんだが。
「ばっちり使ってくるじゃないか!」
『なんのこと!?』
「こっちの話だ!」
飛び込んだ建物内部――ショッピングモールを走りながら思わず叫んでいた。
あの男の髪色、滅茶苦茶派手だった。
そして躊躇なく
肉屋の仮説、大当たりである。
黒髪の多いこの国(恐らく。だって夜鳥羽しか知らないし)では有効な判別手段ということなのだろう、きっと!
暗い店内を駆け抜ける。
何も考えず飛び込んだが……ここはショッピングモールらしい。
吹き抜けになっていて、建物の縁をなぞる様に店舗と回廊が敷かれたタイプのやつ。
滅茶苦茶広いが、店はほとんどが空で棚だけが並んでる。
そもそも明かりがないから真っ暗。俺の目じゃなきゃまともに歩くことすらできないだろう。
『……大丈夫、追ってきてないよ』
「そうか。狙撃範囲しか襲ってこないのか、流石の奴も中は暗くて見えないのか」
『どちらにせよ今は安全。一旦落ち着こう』
「ああ」
念のため物陰に隠れてリロードを行いながら周囲を観察。
この施設は3階建てかな。
……あんまり隠れる場所がないが、こっちも迷わなくていい。
L字状の建物を南へと進んでいく。
かつん、と足音だけが空しく響く。
外からは未だ戦闘音が聞こえてくるが、分厚い壁のせいか不思議な静寂に包まれている。
おかげで冷静に思考ができる。
「人数確認。狙撃手とあの馬鹿力チビ。他には?」
『見えてないね。君が撃たれた後に映ったのはさっきの人だったし』
「なら2人組、と」
他にもいる可能性はゼロじゃないが今は一旦考えない。
「あいつら、俺狙いだったな」
『だねー。なんの目的なんだろ』
「あいつらが吐いてくれりゃあいいが……あの馬鹿力チビ、あんなもん使ったら死ぬだろ。捕獲目的じゃないのか?」
足を狙ってきたから捕まえに来たのかと思ったが、狙撃手と馬鹿力チビの行動がチグハグだ。
……あの馬鹿力チビが血の気が多いだけか? あり得そうだな……馬鹿っぽかったし。
『
「ああ、そうか……」
アイツら視点だとそうなるのか。
足に穴開けた奴がすたこら走ってくるのは結構……いや、かなり怖いか。
髪色の件もあるし、もう少しこの身体の
『てか、やっぱりハンターだったね。君、ハンターに狙われる心当たりある?』
「あー……」
ハンターとの関係っていったら……あれか。
そこまでするかあのヤクザめ……。
『その反応、ありそうだねぇ。ふふ、キミもめでたく賞金首だ。
「……お前こそ
『そうそう。だから仲良くしようねー。一緒にこの難所を乗り越えよう!』
胡散臭……まあいい。
本当にあのヤクザが元凶かは奴らに聞けばいい。
「あの様子じゃ、狙撃手も
『だね……素材、足りるかな……』
「やるしかない。問題はあの馬鹿力チビをどうにかしないと近づけないってところだが……」
狙撃手と
だが逆にあの馬鹿力チビとの相性は悪そうだ。
ただステゴロ――じゃねえか。やった感じ、接近戦なら俺は馬鹿力チビには負けないだろう。
んで、俺は狙撃手には無防備と……。
やな相関関係だな、おい……。
まあ、俺が奴に勝てれば問題ない。
馬鹿力チビのせいで狙撃対策が早々にバレたのは痛手だが、やるしかない。
「予定通り南に突っ込む。無防備だと思ったら壁頼むぞ」
『りょーかい! ……んん?』
外から轟音が鳴り響いた。
あの馬鹿力チビの拳撃みたいな音と、これは――。
「ブラーか」
『■■■■――!!』
『わっ! ちょ、ちょっと!
「……なに?」
思わず立ち止まり、声のした方を見る。
「詳しく!」
『北から急に、
「……
ここに
いや、流石に来てほしくないけど……。
「丁度いいな」
『え?』
「
『あ、そうだね! 行こう!』
『■■■■――!!』
外から轟く音に後押しされるように、俺は店内を南へと走り出す。
ショッピングモールの端にたどり着き、隣接するスーパーへと入る……寸前。
見えた景色――ガラス張りの入口に舌打ちが漏れる。
「窓か……念のため壁頼む」
『あ、うん! ……わっ!?』
俺が外に出た瞬間に銃弾が窓を割った。
弾は壁が防いだが、多分直撃コース。明らかに俺を正確に狙ってきやがった。
「チートかよ……っ」
次弾が来る前に分厚い柱の陰に飛び込む。
この先は棚や柱の合間に窓が増える。
呑気に走り抜けるのは無理そうだ。
『なんで!? 見えてる!?』
「壁に気づいたか、もしくは……」
確かめるしかないな。
命懸けの検証になるが、仕方ない。
「次は壁なしで行く。合図したら頼む」
『オッケー!』
やはり一筋縄では行かないらしい。
が、俺が勝つ。
短く息を整え、全力疾走を開始した。
その時、時刻は深夜0時を回った。
活性化まで残り4日を切ったのだった。