夜鳥羽中央区画の南側。
そこには10階の高さを誇る高層マンションが存在している。
上階部分は建設途中だったのか、養生のネットが張り巡らされたその中で、戀鬼一家の狙撃手、レンは狙撃態勢に入っていた。
銃口付近だけが出るように切り裂いたネットから狙うは北側。
大通りと――その東側の建造物内部。
『おいレン、こいつ硬すぎんだが……!!』
「だねー。撃ってるけど弾かれる」
まずは南北に街を貫く大通り。
相方の瑞希と、それを追う血結晶
更に南側には先に追われていた
『お前ら逃げんなぁ! てめえらの敵だろ、さっさと撃ち殺せ!』
「無茶言うなあ」
ヘッドホン越しと、北からの肉声両方が聞こえて、思わず笑みが零れる。
この状況でも相方は元気そうだ。
「……おっと、こっちも」
仄かに光る左目に映る、移動する赤い点。
それが建物の窓ガラスを通る瞬間を狙って、銃弾を放った。
寸分違わず、駆け抜ける赤い点に弾丸を叩き込んだ筈なのだが。
「ちぇっ、本当に綺麗に避けるなあ……」
その直前に相手は転がったのか、赤い点が激しく動いた。
窓から狙撃されてるのは承知の上らしい。
これで2発連続で避けられた。
次は転がること前提で狙わないと駄目そうだ。
瑞希たちと亡霊。
その2レーンが同時に南へと進んできている。
レンがいる高層マンションまで、それぞれ残り400m。
それまでに仕留めなければならない。
――昼間だったら、もっと遠くから狙えたんだけど。
裂け目と月の明かりがあるとはいえ、この夜間での狙撃自体が無理がある。
環境に左右される武器であることは百も承知。
そのための
レンの狙撃銃は、当てた場所に
そうすることでその位置を把握できるようになるのだ。
『存在』の消費量も最小で済むから、気軽に使えるのもいい点である。
――次弾を撃つ前提ってのは、狙撃手としては駄目なんだろうけどね。
レンは軍人ではないし、そもそも人間ではなく怪物相手なので問題はない。
ただ、今回はどちらも相手が悪い。相性は最悪の部類だと言っていいだろう。
そもそも硬くて損傷を与えられない
後者に至っては、1度足を破壊したのにこの進行速度。
理解ができない怪物である。
――残り300m。亡霊は足止めしてるけど、そろそろ不味いね。
どちらかに気を取られたら、もう一方に刈り取られる。
そんな状況に追い込まれていた。
ただ、このくらいの危険なら承知の上。
ハンターとしては特例に近い1000万案件。上位ハンターであるレンたちにとっても最上級の依頼なのだ。
額が額なので多くのハンターが断ったのだろう。
期限は5日もなく、過ぎれば活性化が起きて命に関わる。
「それでもやる。だよね、瑞希」
命を賭けてでも、金を稼がねばならないのだ。
狙撃銃から離れると直ぐ真横に設置していたもう一つの銃に切り替える。
伏射で構えるのは、1.5倍はあろうかという銃身の巨大狙撃銃。
元々は遮蔽物の破壊や、壁越しの狙撃に使われていた代物。
ブラーの出現により現在は
だが威力は十分。単体で
「瑞希、使うよ。まずは腕から」
『よし、振り上げたらやれ! ――どっせい!』
「……っ」
息を止める。
狙いを
ずん、と鈍く重く轟いた射撃音と共に、銃口から煙が吐き出された。
空気をぶち抜いて放たれた12.7mm弾頭が、夜を駆け抜けブラーに激突。
がおんと金属音が鳴り響く。
目に見えるほどの衝撃が奴の腕に炸裂するも、血が噴き出た様子はない。
「うっそ……どんだけ硬いの!?」
これには思わずレンも叫んだ。
そこを瑞希が
『これじゃマシンガンも撃つだけ無駄だぞ』
「だねー。まずは殻を破らないと」
よほど硬さに特化した個体らしい。
つくづく相性は最悪だ。
だが、隙は作れた。
瑞希が躍動して
このままいけば倒せはしそうだ。ただ、亡霊の方がまずい。
今の間に残り200mまで詰めてきている。なんて足の速さだ。
――こっちを先に仕留めたかったけど……仕方ない。
「ただ、そろそろ時間も半分切ったでしょ?」
『……っち、だな。くそっ、あの1000万が逃げたせいで!』
彼の
一定時間身体能力を強化しつつ、打撃力を凄まじく向上させる。
小柄な彼が
「先に亡霊を仕留める。ちょっと耐えて」
『任せろ!』
窓がないからと呑気に駆け抜けている赤い点へと狙いを定めた。
息を止め、引き金を引いた。
「――っ!!」
再び轟音が鳴り響き、覗き込んだ視界の先、スーパーらしい建物の壁がぶっ壊れた。
同時に、赤い点が北東へと吹き飛んでいっている。
当たった!
揺れた銃口を直ぐに制御して、赤い点の行き先を見る……が、闇夜と煙のせいで奴の状態までは判断できない。
ただ、光が消えてないってことは生きてるんだろう。
ブラーはいいが、何故人間が耐えているのか不思議でならない。
あれは本当に人間なのか?
――この武器は対人用じゃない。ヒト相手の使用は僕らだろうと絶対に厳禁。
その辺りの倫理観は変わらず残り続けてる。
それでも、殺しが法度なのは変わらない。
ほんの一瞬、引き金にかけた指が固まる。
ただ――。
――悪いけど、僕は瑞希と家族の為なら何でもやる。
「それに、どうせお前は死なないよね?」
再生能力持ちに手加減は不要。今度こそ逃げられないよう、足の1本くらい吹き飛ばそう。
そう思い、赤い光へと再び弾丸を放った。
重い響きが壁の壊れたスーパー内部に炸裂し、轟音がレンの下にも届いた。
だが、赤い点は未だ健在。
「ちょっと、しぶとすぎない?」
直撃したらマークした部位ごと吹き飛んでいる筈だが……防がれた?
考えられるのは、あの壁生成だろうか。
「
再生能力に壁生成。乱用してたらあっという間に寿命が溶ける。
特に再生能力は失う筈の命を取り戻すのだ。上位ハンターに1人使い手を知ってるが、その消費量はえげつない。
本当に緊急事態の品。万が一の蘇生薬代わり。
そんな代物を奴は既に使用してる筈。
ならば今回は逃げられないだろう。
再び射撃。今度は弾むように東へと飛んでいく。
そこを追うように更に2連射して、ようやく光は消え失せた。
「……やっとか。硬すぎでしょ……」
覗き込んだスコープの先。
粉塵が晴れると、吹き飛んだ瓦礫と、あの赤錆の壁の残骸が散らばっているのが見えた。
今回も大量の血痕はあるが……肝心の身体は見えない。
もしかしてまた消えたのだろうか。
分からないが、今はいなくなってくれるだけありがたい。
リロードを済ませ、瑞希へ告げる。
「終わった。援護に戻るよ」
『おう! こいつ硬いだけだ。大して強くねえぞ!』
「ならグローブは我慢してね、僕がやるから」
『ああ、こんな雑魚にゃもったいねえよ!』
ここに持ってきた弾倉は残り2つ。できればこれでブラーを仕留める。
『おらてめえら、撃て!』
叫び声と同時に射撃音が響いてくる。
いつの間にか
彼はいつもそうだ。いつの間にか人を惹きつけ、ついてこいと堂々と先頭を進んでいく。
どれだけボロボロになろうと、命を燃やそうとも、前に前にと突き進む。
あの日、2人の故郷と
それがカッコよくて、危なっかしくて。気付いたら武器を手に彼とともに居た。
彼を守るため、そして自分たちの願いを叶えるために、邪魔者は全て撃ち抜いてみせる。
――この稼ぎで皆の家を建てよう、瑞希。
そう、心の中で呟いて。
レンはスコープを覗き込む。
「まずは攻撃手段を潰すよ。右腕から。弾いて」
的が1つになったなら、対処は簡単だ。
ブラーの右腕を狙って2連射――破壊。
奴の手首から先を吹き飛ばした。
「次、左腕」
『おう!』
今ので感じは掴めた。関節は脆い。
瑞希の打撃に強張った肘を撃ち抜いて、3連射――破壊。
これで両腕がもがれた。もう奴に脅威はない。
それでも素早く回避と抵抗をする血結晶
瑞希と連携をしながら徐々に奴を追い詰めていき――遂に右足を破壊した。
耳元から瑞希の歓喜の声が響いてくる。
『よっしゃ!』
「まだだよ、ちゃんとトドメをささないと」
『もう時間切れ。レン頼むわ』
「りょーかい」
素早く狙う場所を見定める。
倒れ伏した結晶体の背中はどうやっても壊せないが、顔は比較的脆そうだ。
「
ふらつき崩れた頭部へ最後の連射をしようとした、その時。
「――そこまでです」
「……!!」
「銃から手を離……さなくていいですね」
「は? ……っ!?」
気だるげな声と同時に響いた2連射で、両腕に激痛が走る。
制圧用のゴム弾を腕に叩き込まれたらしい。
痛みで手を離したところに、背中が踏みつけられた。
「がっ……」
『……おい、レン? トドメは? おい!?』
「ごめ、みずき……」
「ん? ああ、通信。駄目ですよー」
首に圧がかかり、ヘッドセットが外された。
これで助けも呼べない。
いや、それより瑞希を助けないと……。
「ぐぅっ……待て、今は……」
「無理ですね。では――また後で」
言葉が降ってくると同時。
後頭部に衝撃が走り、レンの意識は途絶えるのであった。
***
押さえつけていた身体から力が抜けたのを確認して、俺は起き上がった。
「あー、つっかれた……痛ったぁ……」
『お疲れ様。やったね!』
「ああ。くそ、腕も足もボロボロだよ……」
そう告げる俺の身体は実際ボロボロ。
奴の狙撃で、壁ごと吹き飛ばされた時に右の二の腕を大きく裂かれた。
骨まで見えてて、常人なら痛みで死んでたかも知れない大怪我だった。
当然治療できるモノなんてないので、道中転がり込んだスーパーで見つけたペーパータオルとエプロンで縛り付けて応急処置をした。
この頑丈な身体は治り始めてるのだろうが、それでもとんでもなく痛い。
痛みだけで頭が破裂しそうだ。
他は打ち身が酷いのと……あとは左足。
戦いが始まった際に奴の弾丸が掠めた場所なのだが、掠ったでは済まない程に抉れている。
それもその筈。俺自身の拳銃で、傷口を撃ち抜いたのだ。
「予想通りで良かったよ……足を撃った甲斐がある」
奴の狙撃は、何故か壁越しに俺を狙ってきていた。
ショッピングモールを南に抜け、大型スーパーに入った時。
奴は俺が窓のそばを通過する時だけ的確に狙撃してきやがった。
極めつけはあのとんでも威力の狙撃銃での壁越し射撃。
あれで確信した。こいつは間違いなく俺の位置を把握していると。
ならその原因は何か。
考えた結果が、『俺に弾丸を当てることで発動する
治療の激痛の中、改めて戦闘の流れを振り返っていった。
そしたら思い出したのだ。奴は必ず2射目以降で俺の身体に大ダメージを与えてきたと。
最初の遭遇時は窓を割って足を止めさせた。
2度目はあの馬鹿力チビを使って。
その後、動けなくなった俺を撃っていたんだ。
しかも2度目の時は直撃すらしてない。足を掠めただけ。
だってのに、壁越しに正確に俺を狙撃した? なら最初から当てられただろ。
つまり奴の
恐らくこれだ。
そう思って、拳銃で刻印の部分を吹き飛ばしたのだ。
あれも痛かった……。
可能な限り損傷を抑えたが、それで全力疾走したのは本当にきつかった。
まあ、おかげでこうして裏をかけたのでよしとしよう。
ブラーがいてくれたおかげで何とかなった。
「ここの索敵と、あっちの監視頼む」
『ん、了解』
「さて、まずは治療治療」
護衛はブラーと戦闘中。今のうちに狙撃手のねぐらをささっと漁る。
多分医療品がある筈……お、凝固剤あるじゃん。ラッキー。
足の傷を優先して、残りを腕にぶち込む。
包帯の類もあったので、ペーパータオルからそちらに切り替える。
治療しながら周囲を観察。
奴を縛る何かと、後はなんか命令書でもあれば楽なんだが――。
『とりあえずここは安全。下も見てみるね。……で、予定通り情報吐かせて殺す?』
「基本的には。一応吐く情報次第だけど……まずは護衛とブラーをどうにかしないと」
下手に殺して、死体をブラーに食われるのが最悪。
どうも「存在」ってやつはしばらく死体に残るらしく、だからこそ
殺しをするなら死体処理までワンセット。面倒な戦場だ。
折角狙撃手を排除しても面倒な敵が増えたら意味がない。
出来れば諦めて帰ってくれるのが一番楽なんだが……。
『さてこっちは完了。向こうは……うわっ!?』
「ん? どうした?」
『大変! あっちの
「なに? 詳しく話せ」
『えっと、あいつ腕を潰されてて倒す寸前だったの。でも、君が中断した』
「おお……そういう流れか」
なんか、嫌な流れだな。
先を聞くのが恐ろしいが、
『そしたら――
「……マジか」
慌てて治療を済ませて、奴が使っていた狙撃銃に取りついてスコープを覗き込む。
そこでは……とんでもない異形が誕生していた。
両腕を失った長身の異形。
背中からはぶっとい水晶みたいな赤い結晶体が伸びてるんだが、それが、射出された。
飛んでった結晶は
そこへと飛び込んだ
……ま、マズい。
案の定、吹っ飛んだ腕がぼこぼこと再生を始めながら、同時にあの結晶が腕にも生え始めてる。
見た感じ、あの馬鹿力チビとこの超威力狙撃銃でやっと両腕を吹き飛ばしてたっぽいのに……復活しちゃった。
そして、頼りだろう狙撃手は俺の背後で伸びている。
……あいつ、死ぬくない? そして次はこっち来るくない?
このままじゃ仲良く全滅……?
「これ、俺のせい?」
呟きが冷えた夜空に消えていく。
混戦は、更なる激化を見せ始めていた。