夜鳥羽ニュータウンは南地区に医院を構える医者、山本義政の朝は早い。
日の出とともに目覚め、事務所に設置したベッドで起き上がる。
「……」
年々重たくなる身体を動かし、電話の着信履歴を確認。
緊急の案件がないことを確かめると、歯を磨きながら身体を動かす。
「いち、にー、さん、しー……」
朝食は基本摂らないのだが、最近はありがたいことにオーナーのご婦人が食事と洗濯の世話をしてくれている。
今日も医院の入口には畳まれた白衣と、その上に玉子サンドが入ったタッパーが置かれている。
湯だけ沸かして、白湯と一緒に流し込むのがここ最近の日課となっていた。
「いつもすまねぇな」
オーナーの家へと礼をしてから拾い上げ、そのまま視線は、空中に浮かぶ裂け目へと移動する。
「……そう簡単に諦めちゃくれねえか」
開いたドアの向こう、冷えた空に鎮座する裂け目には未だ変化は見受けられない。
だが昨日、
活性化が始まるから、用意を頼むと。
また多くの血が流れるということだろう。
とっくに枯れたと皆が信じ、重要な物資も人材も多くが他の裂け目に回されているのだ。
「モノが足らんな」
首を掻きながら呟く。
人が足りないのは何時ものことだが、もっと大事な医薬品が全く足りていない。
「……あいつに頼むか」
時折廃墟から医薬品を集めてくる少女リズ。ありがたい存在だが、神出鬼没なので次いつ現れるかはわからない。
ここ数日は来ていない。殺しても死ななそうな彼女のことだ。死んではいないだろうが……なんて、考えていたら。
「あっ!」
「……ん?」
真横から引きずる様な足音。
そちらを見ると、互いに肩を貸し合って歩いてくる3人組がいた。
右端のやたら背の高い暗緑色の髪の男。間に抱えられる背の低い銀髪の男。
そして左端。真っ赤になった包帯を巻いたのは……。
「お前か」
「……はは、すみません」
まさに今考えていた相手――リズであった。
男を担ぎ、痛みで顔を歪ませながら彼女は告げる。
「急患2名、お願いできますか?」
「はぁ……とにかく入れ」
どうやら、早速忙しくなりそうである。
溜息を吐きながら告げる山本義政こと
***
血結晶
瑞希の
全身筋肉痛どころか、骨とか砕けてる可能性すらあるんだと。
どんだけ危険なんだよその装備。
……それくらいしないとブラーとは戦えないってことなんだろうが。
ともかく治療が必要ってことで、レンと2人で瑞希をこの医院まで運んだわけである。
こいつもだが、俺も治療が必要だったしな。
猟銃の再生登録をオンにした今、簡単に死ぬわけにはいかない。
「ほら、見せろ」
「私はいいので、先の彼の治療を――」
「いいわけねえだろ。どう見てもお前の方が重傷だ。黙って見せろ」
問答無用で
「しばらく安静だ。昼までは寝ていけ」
「えー、ですが……」
「いいから寝てろ。黙って出ていったら二度と治療しねえからな」
「むう……」
そのままドアが勢い良く閉められた。
瑞希の方の治療に入るのだろう。
部屋には寝転ぶ俺と、それを見下ろすレンの2人だけになる。
……しかし滅茶苦茶痛い。
「……っ」
「平気?」
「大丈夫です……直ぐに治りますから」
「そんなわけないでしょ」
肩や腕がバクバク鳴って、その度に痛む。
あの爺、麻酔がないとか言ってそのまま縫いやがった……マジで痛ぇ……。
まあこの身体なら寝てりゃ直ぐに出血位までは止まるだろう。
寝てる余裕があればだが。
「……時間がないのに……」
「そう? 活性化まで4日あるんでしょ? だから寝てて平気じゃない?」
そう告げるレンは俺がぶん殴った頭を冷やしてるだけなのでピンピンしてる。
さっきまで殺し合いをしてた相手と呑気に会話してるのも変な気分だな……。
「活性化自体はそうなんですけど……っ、その前にやることがあるんですよ」
「ふぅん、大変だね。そっちは手伝わないよ?」
「構いません」
できれば手伝って欲しかったが……こいつ単体だとホテル内じゃ戦いにくいだろうしな。無理強いはできない。
狙撃の脅威が去っただけでもありがたいと思うとしよう。
それより……。
「良かった。手伝ってくださるんですね?」
「……約束したからね。ただ働きなんてホントは嫌だけど」
本当に嫌そうに顔をしかめながらレンは言う。
彼は溜息を吐きながら、隣のベッドに腰かける。
「それで? 街を救うって言ってたけど、本気?」
「……はい。そのための仲間を集めています」
「君、どう見ても部外者でしょ? ……正気じゃないね」
「ふふっ、そうですね」
「なんで笑うの……怖っ……」
こいつらが来てくれたら咲良さん含めて4人になる。
戦力としてはかなり期待できるんじゃないか?
「まあ、やらなきゃ死にますから」
「なんで?
「私はそうですけど。救援が来るまでにこの街と、街の人たちは死にますよ?」
「……そうだね」
おや、意外なお返事。
「てっきりごねられるかと思いましたけど」
「活性化の危険性はよく知ってるよ。……僕と瑞希は、帯留野の出身だからね」
「それは、それは……」
……どこそこ。
『帯留野かー。それは大変だ』
知ってるのか、
……なんて声には出せないので、天井にちらと視線を向けた。
『そこ、この国で一番大規模な浸食被害を受けたとこだよ。
わお……そりゃ大変だ。
なるほど、そこの出身ね。
なら活性化で何が起きるか、身をもって知ってるんだろう。
「……そうだったんですね。それは大変でしたね」
「別に。もう慣れた」
その受け答えは大変だったってことだろ。
んで、ハンターになったと。中々壮絶な過去がありそうだな。
……そういや、ハンターってどうやってなるんだろう。盃結ぶの?
聞きたいけど、そんな雰囲気じゃなさそうだ。
「それより、どうして私を狙ったんですか?」
「知らないよ。ただ、君と予言者を連れてきたら1人1000万って依頼が来ただけ」
「1000万ってそれですか……ふぁ……」
いかん、めっちゃ眠い。
肩がバクバク鳴ってめっちゃ痛いのに、布団の温かさがあまりにも心地よくて睡魔の方が勝ってるわ。
ベッドもめっちゃ柔らかいし……マズい。
活性化まで残り4日を切った。まだホテル攻略が残ってるのに、ここで数時間寝るわけには……。
『ああ、そのまま寝てていいよ。昨日から寝てないんだからちょっとは休みなよ』
「でも……」
『大丈夫! 起きる頃には迎えが来るから。それまで休んでて』
迎え? 迎えって一体……。
問いかける前に、俺の意識はあっさりと眠りに落ちていくのだった。
***
「呑気に寝ちゃって……こっちは大損だってのに」
寝息を立て始めたオレンジ髪の亡霊――リズの寝顔を見て、戀鬼一家の凸の方、レンは溜息を吐き出した。
1000万案件は失敗。
弾薬とかの消費だけじゃなく、この後付き合わされるらしい戦いで更なる赤字が確定している。
――別に、逃げちゃってもいいんだけど。
今すぐ瑞希を担いで逃げればそれもできるだろう。
街を救うなんて言っていたが、夜鳥羽なんて枯れた裂け目にいる
今や国中に裂け目が現れた現状では早急な救援なんて望めない。
街は良くて半壊。死人も多く出るだろう。その決死の防衛戦を手伝えと?
自分たちは上位のハンターだ。依頼で金は稼げる。
そんな無謀に巻き込まれる必要なんてないが……。
『――やらなきゃ死にますから。私も、この街の人たちも』
「……君は、何者なの?」
見た限り
そもそもその
つまり、ただの一般人。
まあそんな筈はないのだろうけど……ともかく、今ここで戦う義務なんてない側の人間だ。
それが、街のために平然と命を賭けようとしている。
命が惜しくないのだろうか。
「君の自殺に巻き込まないで欲しいけど……瑞希を助けてもらったしなあ」
金か、恩義か。
自分の命を守るために他人を――この街の人を見捨てるか。
――いや、僕らはこの街の人間じゃないんだけどさ。
本来考える必要もないのだけれど、結果関わってしまった。
なにより金を稼ぐために首を突っ込んだのは自分たち。
その首根っこをこのリズに掴まれてしまったのは不運だけれど。
――2000万案件……想像以上に重いな。
金のために安易に手を出した報いだと思うことにしよう。
ようやく陽が射し始めた、窓の向こうの街を見て、溜息を吐き出す。
「……活性化したら、ここも帯留野みたいになるのかな」
「なんだ、お前帯留野の出身か」
「あ……」
気づいたら、医者が背後に立っていた。
眠っているリズの顔を見て、満足気に頷いている。
「瑞希は?」
「隣の部屋で寝てる。折れちゃいねえが、あいつも絶対安静だ。しばらく寝かせるぞ」
「……使った後は丸一日寝ちゃうから、そのまま置いておいてもらえると助かる」
「そのつもりだよ……ったく、朝から働かせんじゃねえよ」
ぶっきらぼうにそう言いながら、老医者はサンドイッチを頬張り始めた。
さっきまでリズの縫合をしていたのに、色々とワイルドな医者である。
ただ、こちらのことなど何も気にしてないし聞く気もないという態度は、押しかけた身としてはとても楽であった。
いい医者なんだろうな、とぼんやりと思っていたら、彼がふと口を開いた。
「……俺は、5年前の夜鳥羽を見てる」
「え? ……それって、裂け目が生まれた時の?」
「ああ。俺は軍医として雇われてな。奪還作戦に帯同していた」
どおりで、という納得と、生き残りがいたのかという驚きが同時に浮かぶ。
生き残りはいて当然なのだけど、夜鳥羽は世界でも最初期の裂け目。
「酷いもんだったよ。人間が喰われるのを目の前で見るなんてな、想像もしてなかった」
「……分かるよ。僕らの育ての親も喰われたから」
「……そうか」
あの日見た、粉々に砕け散った街は今でも鮮明に思い出せる。
視界を埋め尽くしていた故郷の建物が全て
足元が崩れてどこまでも落ちていくような、深い深い絶望。
瑞希がいなければ、きっとあのまま落ち続けて、レンの精神は死んだままだっただろう。
「……あんな思い、2度としたくはない」
多分、この街が
「そうだな。俺もあんなのは2度とごめんだ。……だが、俺ぁ医者だ。来た患者を治すことしかできねえ」
「……」
「お前らみたいな若いのに任せるなんて、情けないったらありゃしねえよ」
「まだやるって決まったわけじゃ……ん?」
ふと、ポケットでスマホが震えた。
見てみると、そこには何故だか王冠を被ったペンギンの絵が映し出されており。
「なにこれ?」
すぐさま消えたかと思えば、今度はメッセージが表示された。
「……へー、いいじゃん」
それを見て、レンは目を見開き――深い笑みを浮かべる。
「どうした?」
「ちょっと事情が変わったみたい。手伝うよ、彼女の事」
「なんだいきなり。なんかあったのか?」
「うん。いいパトロンが見つかった」
そう言ってレンはペンギンの絵が映るスマホを嬉しそうに振るのであった。
探索成果:生還
収入:―
支出:―
残額:¥1,615,050
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:衣類の回収、引き渡し
4:夜鳥羽中央の指定地点への到達
5:狙撃手の排除