『そろそろお昼だよー、起きてー!』
「……う、ん……」
耳元から聞こえた声で、俺は目を覚ました。
微睡みの中からさっと抜け出して、身体を起こす。
『お、起きたね。おはよー』
「ここは……医院か」
窓の向こうは明るい。来た時は早朝だったが、すっかり高く昇って外から街の音がうっすら響いてる。
いつの間にか寝てたらしい。それもたっぷり長時間。
寝る前に何をしてたのかも覚えてない。
それくらいすこーんと綺麗に寝落ちした。
そのせいか夢も見なかったな。
「……?」
そういやこの身体になってから夢を一切見てない気がする。
眠りが深いと夢を見ないんだったか? 流石超健康体。不思議なもんだなあ……。
静かな部屋の中、ぼーっと視線を彷徨わせながら呟く。
「……どれくらい寝てたんだ」
「6時間は寝てたぞ。もう昼前だ」
呟きには
……いたのか。
振り返ると、彼は移動式テーブルの上に色々と物を並べてメモを取っていた。
なにしてんだあれ。
ぼんやり見ていると、彼はこちらに視線も向けずに話し始める。
「よく寝れたみたいだな」
「……おかげさまで……痛っ……」
うん、とひと伸びして肩に痛みが走る。
怪我してたの忘れてた。
「なにしてんだ」
「ベッドが気持ちよくて、つい」
「そのオンボロベッドが? お前、普段どんな場所で寝てんだ……」
「あはは……」
木のベンチです、とは言えないな。
右も左も痛い……。右肩と右腕は縫合までしたから当然として、左は重撃弾の反動だろうか。
そういえばと左掌を見つめるが、特に変化は起きていない。
綺麗で真っ白な掌がそこにある。
あの肉が千切れる様な痛みは、あくまで錯覚ってわけだ。
だからこそ不思議で仕方がない。
あれで
きっと多くの人がそうなんだろう。
何度も使って、気づいたら髪の毛が白くなってて……その時ようやくびっくりすんだろうなー。
……鏡もどっかで見つけておこう。
「でもおかげで休めました。ありがとうございます」
「気にすんな、仕事だ。……痛みはどうだ。動けそうか?」
「大丈夫です。ちょっとは痛みますけど、ほら」
試しにシャドーボクシングをしてみせたが問題なく動く。
痛いは痛いけどね。
「骨まで達してたんだ。無理はすんなよ」
「勿論です。……そういえば、レンさんは?」
「一旦装備を整えるとか言って出てったぞ。もう1人は向こうで寝てる」
彼以外にこの部屋に人はいない。
一瞬逃げたかと思ったが、そうではないらしい。
『大丈夫、あの人たち手伝ってくれるって』
「……ふむ」
なんでそれをお前が知ってるんだ?
まあいい。そこが約束できてるんなら、大丈夫だろ。
「もう行くのか?」
「はい。ベッド、ありがとうございました」
「気にせずいつでも来い。……ただ、ちょっといいか」
「……?」
「悪いが頼みがある。ほれ」
そこにはパッと見、意味の分からない文字の羅列。
「医療品が急ぎ必要だ。そのリストの品を集めておいてくれ」
「ご指名とは珍しい……やはり物資は不足してますか」
「ああ。
活性化の影響だろうか。
既に怪我人が出てるってことなのか……廃墟から集めないといけない程不足してると。
中々大変な状況らしい。
「薬は期限切れだから要らん。手術器具とかそういうのを頼む」
「それは構わないんですが……すみません、
「だろうと思ってここに並べておいた。見て覚えろ」
「ええ……」
なんか並べてたのはそういう理由か。
仕方ない。ざっくり形とかだけ覚えよう。
「どこにあるか、目安でいいのでわかります?」
「病院と薬局だな。地図はあるか?」
「ええと……こちらで」
「……随分とボロっちい地図だな」
毎日使ってるからね。
拳銃とかの装備に次ぐ功労賞である。
「ほら、これで頼む」
「分かりました。お任せください」
ホテル攻略をしないといけないから、その道中に寄れたらって感じかな。
受け渡しに来られるタイミングがあると良いが……。
「悪ぃが頼んだぞ」
「いえいえ、御迷惑おかけしましたから、これくらいはさせてください」
よし、じゃあ帰りますか。
狙撃手も排除したことだし、本格的にホテル攻略を開始するとしよう。
***
医院を出ると、眩しい日差しに出迎えられる。
山の向こうにあった筈の陽が、真上でぎらぎらと輝いてる。
「眩し……すっかり昼だな」
『そうだよー。良く寝てたね、君』
「まさか6時間も寝てたとは……時間を無駄にした……」
『いやいや、睡眠は大事だよー。アタシも寝たし』
「そうなんだが、この状況だとな。身体も痛いし」
頭を撃ち抜けば負傷と一緒に眠気もリセットできる。
そういう意味でも便利なシステムなんだよなあ。金はかかるけど。
……こういう思考がマズいって
『でもでも、その分お金は節約できたでしょ? 凄いねあのお医者さん。あっという間に治療しちゃったよ』
「口は悪いけどいい人だろ? あの人のおかげでこの街はもってると思うよ」
冷えた秋風が砂を巻き上げ流れていく。
そろそろ正午を迎える街は、思っていたより活気に満ちている。
医院がある辺りは残った都市の繁華街にあたるのだろう。それなりの人が行きかい、日々の営みを送っている。
平和な光景であるが、今この時は呑気だともいえる。
恐らく、活性化について周知がされてないんだろう。
混乱が起きてないのはいいことだが、それは同時に、活性化を引き起こしたら最悪の事態になることを意味する。
ますます、なんとしても勝たねばならないのだが……。
「……で? 呑気に寝てたわけだが大丈夫なのか? 迎えがどうとか言ってたが」
『ふふん、そこは任せなさい。ほら、来たよ』
「……?」
背後からクラクションの音が響いた。
振り返ると軽トラがいて、その運転席には……。
「咲良さん?」
「……本当にいた……」
何故か呆然としている咲良さんがいた。
その服装はTシャツにジーンズ……思いっきり私服だ。
え、
『ささ、乗って乗って』
「……え? 迎えって、咲良さん?」
「そういうことだ。乗れ、皆が待ってる」
「んん?」
皆? どういうこと?
訳も分からず、車に乗り込むのだった。
***
そうして軽トラに揺られること数十分。
封鎖壁近くにあるガレージの中に入っていった。
位置は多分、街の北東側。
そんなところに何があるのかと思えば――。
「――あ、来た来た」
「おおー、本当に来た!」
「……ええ?」
そこで待っていたのは、
しかもガレージの中は作業台やらサーバーなどが設置された工房っぽくなっている。
「なんでおふたりがここに?」
「それはこっちの台詞でしょ! いきなり音信不通になって!」
俺の言葉を遮った
そのまま俺の方へと駆け寄って来て、肩を掴もう……として、動きを止めた。
「ちょっと、アンタ大丈夫!? 大怪我じゃない!」
「ああ、これですか。直ぐに治るので心配しないでください。ほら」
「ちょ……馬鹿!!」
シャドーボクシングしてみせると、すんごい顔で睨まれた。
「傷口が開くでしょ! ほら、座りなさい」
「わわっ、ホントに大丈夫なんですけど……」
そのまま近くのキャンプ用っぽい椅子に座らされた。
実際、もう痛みはほとんどないんだが、見た目は包帯やらで大怪我っぽくは見えるから仕方なし。
嘆息していると、今度は咲良さんが声をかけて来る。
「その傷で戦えるのか?」
「大丈夫ですって。今すぐ危険領域に行けますよ?」
「……強がりでは無さそうだな。分かった、信じよう」
渋々とだが頷いている。
納得して貰えてよかったが……結局、これはなんなんだ?
「あの、なんで咲良さんと2人が一緒に? それにここは……」
「――ここは、旧陸軍が裂け目攻略に使用してたガレージの1つだよ」
そう返してきたのは、杖を突く天パ店主。
いつもの半纏ではないツナギ姿は珍しいが……。
「陸軍って……」
「君が教えてくれたあの学校、あれは
「……そうなんですね」
肉屋といい、旧陸軍関係者がやけに多いな……。
そういう人間じゃなきゃ、裂け目と関わろうとしないってことなのか。
ん? てことはあのブラー研究にこいつが関わってたってことか?
「おっと、勘違いしないでね。僕は関わってないからね。あの頃は混沌としていてね、陸軍といっても一枚岩じゃなかったんだ。そもそも旅団で分かれてたし」
俺の視線が鋭くなったのを察したのか、両手を挙げてかぶりを振る。
「僕が知ってる陸軍関係者、例えば君がさっきまでいた医院の山さんとか、支部の甘木君とか。
「十神旅団って……」
咲良さんの方を見ると、深い溜息を吐き出している。
「私の父だ」
「しかも
「はー……お嬢様だったんですね」
「できて4年の組織だぞ? そんな大層なものじゃない」
確かにそうか。急造組織なんだよな。
……それが国中に配備される大組織になってんだから、それらはそれで権力が凄そうだが。
「それに、もう局長じゃない」
「え? 辞めたんですか?」
「……知らないのか?」
「……?」
あれ、有名なやつ?
やべ。だとするとまた無知を晒してる……。
焦る俺だったが、咲良さんは呆れた様に肩を竦めた。
「まあ、リズさんなら無理もない」
「あははは……」
なんとか誤魔化せたか?
ただ結局、なんだったのかは分からない。
俺を余所に会話が続いていく。
「ここが始まりだったんだよ。だから、僕はここにいる。ただ……まさかまた活性化するとはね」
肉屋に天パ店主、そして
「これだけ付き合い長いのになんにも教えてくれないんだから。アンタが教えてくれたらもっとスクープとれてたのに!」
「言うわけないでしょ……」
「なんでよ!」
しかし、色々と詳しかったのは元関係者だったからなんだなあ。
ただのジャンクショップではないと思っていたが、驚きの経歴である。
「まあそういうわけで、あの施設も直ぐには気付けなかったんだけど、これのおかげで調べられた」
「あ、デジカメ」
咲良さんに渡したものが、天パ店主に届けられたってことか。
……でも結局なんで咲良さんとこいつらが一緒にいるんだ?
視線を向けると、気まずそうに咲良さんが口を開く。
「……実は、あの後に私は
「へ?」
そうして、俺は咲良さんの身に何が起きたのかを聞いた。
「なんですかそれ……謹慎処分? この大事な時に?」
「笑えるわよね。なんで貴重な戦力を外すんだっての」
本当に。何が狙いなのかまるでわからん。
しかしなるほど。学校で俺を襲ってきたのはその特捜って組織らしい。
そいつが
「中央の考えは分からないけど、こっちとしてはありがたい限りだよ。咲良さんにリズさんも合流した。おかげで作戦が実行できる」
「作戦……」
「そうよ! 名付けて――」
壁にかかったモニターに、王冠ペンギンの姿が映った。
『誘蛾灯作戦! これでホテルを攻略するよ!』
あ、お前も出て来るのね。
本当に、よくわからないメンバーが揃ったものである。
「――さて、作戦を説明するよ。座って」
薄暗いガレージの中、立てかけられたモニターと地図の広がる大机――いかにもブリーフィングの様相を呈する場所に、全員が腰かける。
元陸軍技術官、現ジャンクショップ店主、鵲。
元新聞記者にして、夜鳥羽の裂け目出現の動画を撮影した
そしてフリーの傭兵を自称する俺と、モニター上の王冠ペンギン。
これが夜鳥羽を救わんと結成された逸れ分隊である。
……大丈夫か、これ。
不安を余所に、天パ店主が強い口調で告げた。
「さあやろう。僕らでこの街を救うんだ」
ともあれ時間がない。
逸れ分隊による、ホテル攻略作戦が開始されるのだった。
活性化まで、残り3日半。
探索成果:―
収入:―
支出:¥ 40,000 【治療費用】
残額:¥1,575,050
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:衣類の回収、引き渡し
4:夜鳥羽中央の指定地点への到達
5:予言者の発見、保護
6:医療用品の回収、引き渡し