その日の夕方。
俺はたっぷり二度寝を決めてから、再び探索へと出向いていた。
1時間程かけてゴミを拾いまくって、気づけば街は暗く沈んでいた。
夜が長い秋や冬は探索時間が増えて助かる。その辺は神様も配慮してくれてたのかも。
欲しいのは配慮じゃなくて説明なんだけれども。
「ふーん、ふーん、ふーん♪」
鼻歌交じりに夜の街を歩く。
あまりに静かなこの街は、ただの足音すら反響して聞こえる。
その上、今は鞄ががっちゃがっちゃとうるさいから音に関してはもう諦めている。
緩衝材に服とか入れてるんだけどね。金属類とか入れてるからどうしても音は出てしまう。
幸い街は無人。
しばらくは安全だろう。多分。
「ふふん、今日は大豊作ー♪」
買ったばかりの巨大ザックは戦利品でぱんぱん。
ちょっと破れてるけど毛布に燃料タンク。更に飴も箱で拾えた。
心臓も手に入ったし、これでしばらくは生きていけそうだ。
後はジャンク類の売り先ができれば最高なんだが。
結局拠点の修理もなんにも思いつかないし、せめて売って残機の足しにしたいところである。
で、今は帰還の最中である……が。
「……ん?」
ふと、何かが気になって視線が動いた。
その先にあるのは5階建てのよくあるマンションだが……今、なんか動いたか?
「こういう時に限って来るんだよな……」
鞄を下ろし拳銃を構える。
さっき装填したから残弾は
荷物がパンパンなので、このままじゃ逃げるのも難しい。
……1体だけなら戦って、それ以上なら鞄を捨てて全力逃走。これでいこう。
奴らは俺の荷物になんて興味はないだろう。
逃げきるか死んだら後で取りに戻ればいい。
ぱんぱんのザックを失ってたまるか……!!
ゆっくりと呼吸を繰り返し耳を澄ますと、色んな音が聞こえはじめる。
夜にどこからともなくやってくる虫の音や、風の流れる音もそう。遠くから響く列車の音もこんな状況じゃなきゃ風情がある。
そして、何やら誰かが走る足音が……2つ。
しかもこっちに向かってきて――。
「ひ、人……!?」
「ん?」
駆けてきた足音が止まり、聞こえてきた声に顔をあげればライト片手に息を荒げる少女が1人。
野外用の運動着姿。黒髪を1つに纏めたその人は、多分学生さんかな。
すらっとしていて少し焼けた肌は健康的だが……その顔は真っ青。
裏側の入口から逃げてきたのだろう。
汗だくになって息を荒げてこっちを見ている。
……ここ封鎖区画なんじゃなかったの? 普通に一般人っぽい少女が入り込んでますけど!?
「――どうして、あなたのような子どもがここに?」
「ぶ、ブラーが……! 逃げ……!!」
答えはない。そりゃそうか。
そして彼女の言う通り荒々しい足音がもうすぐそこ。
「ふむ……」
素早く状況を整理。
足音は2つ。1つがこいつなら、化け物は1体。
ならば良し、戦闘継続。
こっちを見てなにやら喚く少女に近づいて、その肩に右腕を乗せる。
驚く彼女の耳を空いた左手で素早く塞ぐ。
「へ?」
「そのまま」
鋭くそう告げて、構わずに引き金を引いた。
金属のたっぷり詰まった銃弾が放たれ、少女の背後に迫っていた白い化け物の顔面に叩き込まれる。
『■■■■――!?』
「ひっ!?」
「こちらへ」
そのまま少女をこちら側に引っ張り込んで、残弾を全て叩き込んだ。
鳴り響いた轟音が遠くへ消えていく頃、顔面が崩壊した怪物は地面へと崩れ落ちた。
「――――っ」
腕と頭に重く響く快感に身を震わせ、ゆっくりと息を吐き出した。
「……はぁ、すっかり忘れてた……ゲームじゃないんですよね、これ」
いくら厳重に封鎖されていても、街が無人でも。
俺以外の侵入者やそれを追う化け物が突如現れてもなんら不思議じゃないのだ。
今回は一般人少女だったからいいが、これがハンターとかの同業者だったら面倒だった。
帰るまでが探索。全くもって安心できない。もっと残弾と荷物の重さを考えて動かないとなあ……。
「……さて」
目の前の死体と青い顔の少女を見比べる。
外まで送り届けてあげたいとこだが……今は他に最優先事項がある。
「はい、これ持っててくださいます?」
「え? へ? ……重っ!?」
放り捨ててたザックを少女に預けて、腰に差していた大鉈を引き抜く。
「えっと、何して……」
「おや、もう耳は大丈夫です?」
耳元でくるくる指を回すと、恐る恐る頷いてきた。
顔の横で撃っちゃったから、しばらく聞こえないと思ったけど。
「……うっすらとなら」
なら良かった。
俺はにっこりと笑みを浮かべて、少女を――正確にはその背中の物を指さしながら大きい声で告げる。
「それはなにより。でしたらその背の鞄をお貸しください。私の鞄はもう満杯なのです」
「それって……」
「解体です。
助けたんだから、荷運び位手伝ってもらおう。
ルートシューターにおいて、金は命より重いのだ。
***
「それで、あなたはどうしてこの危険領域に?」
「……それはっ、あたしが聞きたいです!」
重たい鞄にふらつきながら、少女――足立文香というらしい彼女は小さな抗議の声を上げた。
突如この危険領域に足を踏み入れた高校生。
心臓を拠点まで運んでもらう代わりに、外まで帰してあげるつもりだったのだが、どうやらこの廃墟の中でやりたいことがあるらしい。
それは何かと聞いたんだが、聞き返されてしまった。
リズこと俺、どう見ても廃墟を彷徨く不法滞在者である。
……よし、誤魔化そう。廃墟にいる理由とかどうでもいいよね!
「ふーん、ふーん♪ あ、飴食べます? キャラメル味か、ソーダ味」
「……大丈夫です」
「そう? 美味しいのに」
「……その飴、昔流行りましたよね。よくCM見ました」
「あ、やっぱり? どおりでよく見かけると思いました」
「今も売ってるんですね……好きなんですか? 飴」
「んー、最近好きになった、という感じでしょうか。口寂しくて」
「……?」
前世じゃ結構なヘビースモーカーだった……気がする。
とりあえず暇さえあれば何か咥えてふかしてた記憶はある。
煙草ふかしてゲームして、気絶してから仕事に向かう。
寿命を溶かす暇つぶし。
でもそれがなにより楽しくて、気付けばこんな所まで来ている。
……俺、どうやって死んだんだろうな。
ゲームのしすぎで過労死か?
腹上死ならぬ卓上死……ゲーマーとしては本望だな!
なんて、くだらないことを考えてたら。
「……街、ボロボロですね」
「え? ……ああ、そうですね」
文香嬢がふと呟いた。
鼻をすする音までついて。……泣いてる?
「思い出の場所なんですか?」
「……通学路です。5年前は、小学生でした」
……高校生の5年前って、小学生か。
てことはそんな幼い頃に化け物が現れて、街が崩壊した?
人生滅茶苦茶じゃん。えげつねー……。
驚いていると、彼女が崩れた家を指さした。
「ここ、友達だった梨花ちゃんの家です。……あの日以来、一度も見てません」
「……」
「隣は、徳田さんのお家。ここのわんちゃんが、小さくて可愛くて」
「……」
そのわんちゃんのっぽい犬小屋、くしゃくしゃに潰れてます。
友だちに子犬も、どっちも生きて……ないかもです。
「……」
「どれも、もう何十年も経ったみたいですよね。5年しか経ってないのに」
「そう、ですね……」
建物は崩れて、中身は風や雨にやられてぐっちゃぐちゃ。
辛うじて生きている街灯がちかちか照らす道には、屋根とも壁とも知れない瓦礫が幾つも積み重なってる。
文香嬢が持ってきたライトに照らされ見える景色は、信じられないぐらいにボロボロで。
夜だからなんて言い訳は、できそうにない。
「この街は、死んじゃったんですね。もう、暮らすなんて無理ですね……」
諦観の籠もった潤んだ声で、彼女が告げる。
……前世でも、大災害にあった人達がいた。
崩れ去った街を見て呆然とする彼らは見てるだけで気の毒だったが、あれと同じ――いや、それ以上かもしれない。
だって、自然災害と違って怪物は
5年経っても、街はこうして崩壊したまま。
じゃあ10年後は? 100年後は?
……この化け物や、あの裂け目を取り除く方法が、この世界にはあるんだろうか。
――あったら、とっくにやってるよな……。
この少女の絶望を見るに、期待はできなさそうだ。
「……ごめんなさい。迷惑かけて」
「いいえ。お気になさらず。こうして荷運びを手伝ってもらってますし」
「……あの、どうしてあなたみたいな方がここに?」
恐る恐る尋ねてくる。
まあ、気になるよな……。
さてどうしたものか。いきなり出会ったから言い訳なんて用意してないぞ。
少しだけ考えて、思いついた設定を口にする。
「うーん、私の場合は事情が少し特殊なんですけど……まあ、簡単に言えば仕事ですね」
「……仕事?」
「ええ。神の思し召し、というやつです」
「神って……?」
知りません。
そもそもこの世界で信じられてる神様が前世と一緒かもわかりません。
教会?はあるから宗教的なアレはありそうだけど。その辺も追々調べないとね。
「それで?」
「え?」
「私は答えました。次はあなたの番です。どうしてここに?」
「……あたし、元々この辺りに住んでたんです。ただ、とっても大きな
そう、この世界に蔓延る怪物、ブラーには幾つかの種類があるらしい。
代表的なのが3つ。
俺が白皮と呼んでる
その強化版で、何かしらの特殊能力を持った
そして、数百mある裂け目を
俺が見たことあるのは雑兵の白皮だけ。
だがこの夜鳥羽は、裂け目出現と同時に現れた
「……今でも覚えてます」
文香嬢の見た、夜鳥羽の終わりの光景。
――慌てて逃げた丘から見た街。
そこを
軍の人たちが慌ててやってきて倒してくれなかったら、今頃皆死んでいた。
『■■■■――――!!』
遠く鳴り響く、長く深くて恐ろしい怪獣の咆哮。
街が――世界が壊れる音色。
あの時の音と揺れは、今でも夢に見る。
少しでも地面が揺れたら泣き叫ぶ子が未だにいるくらいには、恐ろしい光景だった――。
「――それが、あたしたちが見たものです」
「……そんな事が。私はその頃ここには居ませんでしたが……その
「そいつはもう駆除されました。でも、さっきみたいな小さいのが沢山、街中にあらわれちゃって……」
「ああ、
「はい。みんな慌てて避難しました」
そう、本当に厄介なのだ。
この辺りはまだ綺麗だが、裂け目から南に向かっては
道中で旧陸軍――
だからこの辺の住人はみんな家を捨てて、南東の郊外に造られた仮設住宅で暮らしてるらしい。
彼女も、そこから抜け出して侵入してきたのだろう。
命を落とす危険を冒してまで……一体、なんのために?
「その時、母の遺影と形見を家に置いてきてしまったんです」
「遺影に、形見? ひょっとしてそれを取りに?」
「……はい」
「それは、それは……」
そのためにこんな危険領域に入ってきたのか?
驚きが隠せなくて、酷い顔をしてたのだろう。俺の顔を見た文香嬢がふっと笑う。
「馬鹿げてますよね、自分でもそう思います。父にも言われました。『一緒に過ごした思い出があればいい』って」
「お母様はその……ブラーに?」
「あ、いえ。母は病気で。ブラーに殺されたわけじゃありません」
でも、それでよかったのだと文香嬢は言う。
「電力不足に薬も足りなくなって。生きていたら、きっと苦しんでたでしょうから」
「街のほとんどが呑まれちゃいましたもんね」
都市のど真ん中にあんな裂け目と巨獣が現れて、都市機能はほとんどが停止しただろう。
むしろ良くまだ生き残ってるよ、この街の人たち。
「はい。裂け目ができた時は本当に街が滅茶苦茶で。アルバムとかも何も持っていけなくて、父のスマホも壊れちゃって……母の記録は残ってないんです」
「なるほど、それで遺影と」
「……はい。最近高校生になって――ほとんど機能停止してて、配達とか配給の手伝いばかりしてますけど、ようやく1人での外出が出来るようになったんです」
今なら探しに行ける。
そう思って、偶然見つけた封鎖壁の隙間から潜り込んだ……そういうことらしい。
そして見事にブラーに見つかり、俺に助けられた、と。
なるほど。事情は分かった。
ただ、話を聞いてなお、動機はわからなかった。
形見はともかく、命を懸けてまで母親の遺影を取りに行く理由って、何?
「……最近、記憶の中の母の顔が曖昧になるんです。あんなに大好きだった筈なのに」
俯き、それでも決して足を止めずに、文香嬢がぼそりと呟いた。
「顔もうろ覚えで、声も他の誰かと混ざって思い出しちゃう。このままだと、あたしの中にいる母が消えちゃうんです」
「……」
「顔が見たい。声が聴きたい。でも、写真もビデオも全部この危険領域の中。父は思い出があれば、なんて言いましたけど、その思い出も全部ここにあるんです」
「
前世でいう自衛隊と警察を混ぜたような組織だし、頼めないのか。
俺の問いには首を横に振る。
「断られました。個人の忘れ物を探しに行く事はしないって」
「そうなんですね」
そんな余裕はないと。
冷たいとは思わない。
多分何万人も住んでる巨大都市だしな。そんな事してたらキリがないだろう。
「ハンターにも相談しましたけど、依頼額が高すぎて諦めました」
「……公的組織も、民間の企業も、それとご家族も、あなたに『母親のことは諦めろ』と言ったわけですか」
「……はい」
「でも、それでもあなたは諦めなかった。……それは、何故?」
「……最初は諦めました。だって、皆そうやって我慢してるから。仕方ないんだって……でも」
ぎゅっと鞄の肩紐を握りしめて、まだ幼さの残る彼女は必死で言葉を絞り出した。
「あたし、思うんです。……なんで、あたしたちが我慢しないといけないんだろうって」
「……おや」
思わず足を止めた俺に、彼女ははっきりと視線を向けて、告げる。
「住む場所も奪われて、友達も知り合いも沢山死にました。そして、このままじゃ母の思い出すら奪われる……あんな気持ち悪い怪物に? そんなの嫌です」
家を失うのは我慢できる。
近しい人が死んでしまうのはとっても悲しいけど、もっとたくさんの人が死んでしまっている以上自分だけ文句は言えない。
でも、家族の……母親の記憶を失うのだけは許せない。
「
「……例え、死ぬことになってもですか?」
「死ぬのは嫌だし怖いけどっ! ここで動かなきゃ、あたしは一生後悔する。だから――っ!!」
荒げようとした言葉を、口を塞いで止めた。
殆ど抱き留める形になってしまって、彼女は驚愕に固まった。
「すみません、どうかお静かに」
「……!!」
ここはブラーの生息域で、奴らは音に反応する。
だから静かにしないといけない。
彼女やこの街の人は、あのブラーとかいう怪物にあらゆるものを奪われたのだ。
命に住処。安全に、自由。そして――思い出までも。
それは許せないと、高校生になったばかりだから今は15歳? ……そんな子が命を賭けてここに来たってことか。
震える、温かい背を撫でて落ち着かせる。
「手、放しますよ」
「……すみません。あたし、悔しくて……」
「……」
「……死ぬのは嫌です。あんな化け物に喰われるなんて絶対に嫌。……でも、何もしないのはもっと嫌なんです」
俺の腕にしがみつきながら、まだ幼い少女が震え、必死に首を振る。
「忘れるなんて嫌だよ。もっとずっと一緒にいたかったよ……」
震え、潤んだ声で彼女は呟く。
誰もいない虚空に手を伸ばして。
「行かないで。あたしの記憶から、お願いだから消えないで」
「……」
「会いたいよ……お母さん……」
消えてしまいそうなくらいか細い声で、少女はそう呟いた。
感情が溢れて、泣き叫びそうになるのを袖を噛んで必死に堪えてる。
偉い子だ。俺の言いつけを必死に守ろうとしてくれる。
ここに来たのも、母親を愛してたから。ただそれだけなのだろう。
「……なるほど。そういうご事情ですか」
「……はい。その結果死にそうになって、リズさんにも迷惑をかけちゃって……あたし……」
「いえ、それはいいんです」
例え命を捨てることになっても叶える。
そう決意して、自分の命を賭けたのだ。
結果は散々だったけれど……それでも、ただやられるだけの人生を否定したのだ。
「むしろ、気に入りました」
「……え?」
いいね。
そういうの、凄く良い。
彼女は命を賭けた勝負に出て――俺に出会った。
ああ、本当に……最高だ!
まさかこんな出会いがあるとは思わなかった。
本当に偶然の出会いだった。
少しでも違う道を進んでいたら彼女はあっさり喰われて死んでいただろう。
だがそうはならなかった。ならなかったんだ。
「あなたのその考え、素晴らしいと思います」
「……そう、ですか?」
「ええ。奪われたものを取り返す――全くその通りですね。あなた方にはその権利がある。そして、
なのでお手伝いしましょう、と俺は言う。
そういう事だろ、神様モドキ。
「え? え……?」
「私も丁度人手が欲しかったんですよ。どうでしょう。文香さん」
ぱん、と手を叩いて彼女に微笑んで。
「その遺影と形見の回収は私が行いましょう。代わりに少しだけお手伝いをお願いしたいのですが、構いませんか?」
そんな提案を告げるのだった。