「……おや」
甘木達が出動したほぼ同時刻。
中央地区にて燦然と輝きを放ったホテルに気づいた影が1つ。
その人物が立つのは北側、商業施設跡。
硝子が砕けた窓際で、ちょうど手にしたブラーの頭を握り潰したところであった。
物言わぬ屍となったそれを待機していた雑用係の方へと放り投げ、その人物は優雅に腕を組む。
「何故、急に点灯を? ……もし、そこの方」
「はっはい! ……ぐぇっ!?」
手招きされた禿頭の男――
力こそ込めはしないが、あっという間の動きに掴まれた阿内は呻きをあげる。
「せ、赤兎さん、何を……」
「あそこは何です?」
「あそこって……?」
「見えないですか? あの光ってる建物ですよ」
そう告げて、赤兎と呼ばれた人物は掴んだままの阿内を窓の外へと突きだした。
途端に襲う浮遊感に青ざめながら、戦闘員は痛みで歪む視界で必死に建物の特定を急いだ。
「ほ、ホテルです。夜鳥羽セントラルホテル!」
「……ホテル? それが何故いきなり明るくなるんでしょう」
「それは……」
知らない、とは口が裂けても言えない。
流石に頭を潰されたりはしないだろうが、
逆に力を抜けばそれはそれで落ちて死ぬ。どちらにせよ相手の気分次第。
迂闊な言葉は口にできない。
阿内の頭を握っているスーツ姿の伊達男、赤兎。
彼は例の亡霊退治の為に派遣された特務戦闘員――
彼はこの国における
わざわざ髪を黒く染め、丁寧に撫でつけている。
出で立ちも、この戦場にあって靴に至るまで拘ったセットアップ姿。
チェーンを垂らす眼鏡は色気すら醸し出すが……その胸板はやけに分厚い。
――頭、潰れるっ……!! 落ちる……!? なんなんだよこの馬鹿力……!!
特務戦闘員、赤兎。
彼は良く分からない策を練っては単身突っ込んでその膂力で解決する武闘派――いわゆる脳筋である。
ただ本人にその自覚は一切ない。それが彼の厄介さに拍車をかけていた。
「それは?」
僅かに強まった握力に、阿内が必死に叫ぶ。
痛みに暴れると途端に浮遊感が襲ってきて更に思考が固まる。
それでも必死に答えを絞り出す。
「あ、あそこが予言者の拠点なんですよ!」
「ほう? それはどうして?」
――知るか!
そう叫ぶのをこらえて、阿内は思考を巡らせる。
彼はこのいかにも知的な作戦会議を楽しんでいるのだ。
そして悲しいことに、赤兎から解が出てくることはない。
彼が満足する答えを出さなければならなかった。
「――そう! 活性化、活性化を起こしてるんですよ! 装置には電源が必要なんです!」
嘘だ。いや、本当かもしれないが、ただの戦闘員に知る由もない。
「……なるほど!」
ただ、それを聞いた赤兎は阿内を元の場所へと放った。
優雅に腕を組んだ――つもりなのだろうが、腕と胸の筋肉でぎっちぎちの谷間ができた。
「ふむふむ、そういう理由なのですね。ありがとうございます」
「はっ……はっ……は、はい。そうです……」
「ワタシの任務は亡霊の捕獲ですが、確かに汀良さんが言っていた。『予言者の行く先に活性化がある』と。活性化が可能な設備、実に気になりますね」
眼鏡をくいっと上げて赤兎が告げる。
その眼鏡が伊達であることは、周囲の全員が知っていた。
そして、この後に赤兎が何を言うのかも。
「皆さん! 我々はあのホテルに向かいます。まずは予言者とその技術の確保に向かいますよ!」
「……」
なんてことを言ってくれたんだ、という他の戦闘員からの避難の視線を浴びながら、倒れた阿内は必死に首を横に振る。
だって他に赤兎が納得しそうな言葉などなかった。
彼が興味を持ったその瞬間に、あのいかにも危険なホテルに向かわなければならないのは決まっていたのだ。
すぐさま、その場で赤兎が人員を選抜、ホテル攻略部隊が編制される。
案の定阿内もその1人に選ばれた。
ああ、終わった。彼は絶望に打ち震える。
「さあ行きましょう! 汀良さんの期待に、見事応えねば!」
「……はい」
「残りの方々は引き続きブラーの撃破と解体を。活性化は絶好の稼ぎ場です。じゃんじゃん稼いでランクを上げなさい!」
選抜された自分たちにその機会はないのだが……。
周囲の戦闘員が溜息を吐く中、爛々と目を輝かせた赤兎が階下へと飛び出していくのだった。
そして数分後。
赤兎たちは件のホテルへとたどり着いた。
北側のエントランス前、煌々と光が灯る硝子戸を見て、赤兎は首を傾げる。
「……人の気配はなさそうですね」
「そうですね。音も特には……」
見上げる高さの巨大ホテル。
10階層は軽く超えていそうだが、明かりの割には静かなものだ。
「ブラー!」
「撃て!」
「……む、奴らも寄ってきましたか。流石に大人数過ぎましたかね」
12名の戦闘員と6名の雑用を引き連れてきたのだが、過剰だっただろうか。
幸いただの雑兵。銃撃で仕留めたのを確かめ満足気に頷く。
「流石は汀良さんお墨付きの戦闘員ですね。手際が良い」
「は、はあ……」
適当に選ばれただけで、半分以上の人員が汀良に会ったこともないのだが……雰囲気で話しているだけの赤兎には関係がないことである。
「
「はい。南東を中心に浸食中です。直にこちらへも来るでしょうが……」
「やはり。では他が来る前にさっさと終わらせましょうか。あなた」
「へ?」
近くにいた雑用係の肩を掴み、顎でホテルのエントランスを示した。
「入ってみてください」
「……は、はい」
軽く掴まれただけで骨に響いたその握力に震え、禿頭の男は恐る恐るホテルへと足を踏み入れた。
数歩進んで、周囲を見渡して――。
「大丈夫です! 何も――」
ありません、と続けようとした時、後ずさった足が何かを踏んだ。
カチッと鳴った直後、男の姿が消えた。
足元ががばっと開いた。落とし穴だ。
「ぎぃいいいい――」
奇怪な叫び声のあと、どちゃりと音がする。
「……」
「……あれは、なんです?」
顔色1つ変えずに、指をさして赤兎が問いかける。
阿内は青い顔で口を開く。
「罠ではないかと……」
「ホテルに? 何故?」
「予言者の拠点、だからではないでしょうか……入ってきたブラーを倒すため、とか」
「……なるほど」
凄く真面目に頷いて何事か考えているように見えるが、その実何も考えていない。
筋肉を膨らませ導き出された結論は――。
「よし、全員で乗り込みましょう」
「……何故!?」
「大丈夫です。ワタシが先頭を行きます。ついてきてください」
「ちょ……、赤兎さん……!!」
落とし穴を飛び越えて先を進む。
ブラーを落とす用途なのかやけに大きなその穴を越えて着地した時、赤兎の足は何かのワイヤーを断ち切った。
「……むむ?」
首を傾げた直後、バン、と真っ黒なスパイクが立ち上がって赤兎に激突する。
鋭いその先端を受け、赤兎の身体が吹き飛んで穴に落ちていく。
阿内を始め、戦闘員たちが慌てて穴の淵に駆け寄って、叫ぶ。
「赤兎さーん!!!」
「……なるほど」
だが、直ぐに赤兎の落ち着いた声が穴の中から響く。
慌てて覗き込むと、落とし穴の壁――むき出しになった基盤の鉄骨に掴まった赤兎がいた。
彼はそのまま勢いをつけて穴から飛び出してきた。
その身体にはスパイクに穿たれた痕はどこにもない。
「万が一穴を避けたり脱したりした相手を突き落とす二重の罠……天才ですね……」
「……いやぁ……」
そこまでの罠じゃない。なんて思うが、確かに殺意は高い。
ブラー用なのだろうから当然だろうが。
どちらかというと、それを受けて無傷の
ぱんぱんと服の汚れを叩き落して、彼は今度こそ穴を飛び越えた。
「さあ、皆さん行きますよ! 目指すは最上階! ワタシに続けぇ!!」
「……はい」
叫んで、あろうことか走り出す。
協力しながら必死に大穴を避けた禿頭の男たちを置いて、彼は颯爽とホテルを走り出し――再び何かのワイヤーを引き千切る。
「……ん?」
それは手榴弾に繋がるワイヤートラップ。
颯爽と進む赤兎の背後で爆発が起きる。
幸い、赤兎が速すぎたために後続が巻き込まれることはなかったが……。
「ひぃ!?」
「……騒がしいホテルですね。皆さん、急いでください!」
「ま、待って……!! ぎゃぁぁああ!?」
「待っててくださいね、汀良様! この赤兎が必ず……!!」
特務戦闘員、赤兎。
理知的な見た目から繰り出される、圧倒的な脳筋行動。
彼の
衝撃に反応して勝手に存在を吸って硬化するその装備で彼はただひたすら突き進む。
その背後で仲間たちが次々と脱落したり逸れるのも構わずに。
リズたちの仕掛けた誘蛾灯にまずは北から1匹が誘われるのだった。
***
「上手く起動したようだな」
「そうですね。良かった良かった」
煌々と灯る明かりを見ながら、俺と咲良さんは満足げに頷く。
俺らがいるのはホテルの地下。
関係者以外立ち入り禁止の、非常電源が置かれたエリアだ。
「しかし、本気でやるんだな……相当危険な作戦だというのに」
「ええ。
爆発音やら喧騒が鳴り響く真上を指差して、俺はそう告げた。
――誘蛾灯作戦。
その内容は至極単純。
ホテルの非常電源を復旧させて明かりを灯し、そこにやってきた連中に罠を
俺の適当な呟きを拾って、作戦化したものらしい。
そこに天パ店主の知識と
俺の想像を遥かに超える、より凶悪な代物に。
『アタシの脱出と、邪魔な敵の排除。両方を実現するのが、この作戦ってわけ!』
『……そんな事が可能なんですか?』
『うん、できるよ』
例のガレージ基地にて。
作戦概要を聞き終えた俺の疑問に、天パ店主が頷き答えた。
『ホテルってのは大抵が非常用の電源を持ってるものさ。それを修復すれば……電源は復旧するよ』
この天パ店主は軍の技術官であった。
いろんな施設の基地化も担当していたから、夜鳥羽の建造物の構造については詳しいらしい。
『ただ、あれ以来放置されてるから修理は必要だと思う』
特に劣化しそうな部品と燃料、後は修理用の工具も天パ店主が用意してくれていた。
探索も早めのホテル到達も全てが作戦のため。
夜になるまでに修理をなんとか終わらせて、こうして作戦を開始できたわけだ。
「じゃあ、やりますか。そっちは任せますよ」
「……ああ。そちらこそ死ぬなよ?」
「勿論ですよ」
これから、俺たちは別行動をとる。
『ホテルには重要な場所が2つある。1つが最上階。もう1つが地下だよ』
『そこには何が?』
『最上階にはアタシがいるよ。で地下には……秘密の施設があるみたい』
『それは一体……』
『さあ? 電源が入ってないからアタシも詳細が分からなくて。ただ、ちょこっと
という話があったため、この状況で俺たちは2手に別れるという選択をした。
俺だけがエレベーターに乗って上に向かい、侵入者の撃退を行いつつ
咲良さんは地下施設の調査。
そして……恐らくやって来るだろう特捜の対処をし、俺たちの逃げ道を確保してもらう。
お互い死線を潜ることになる。
集めてきた装備でできる最大限の準備を手早く済ませていく。
そんな中で、咲良さんがふと話しかけてきた。
「……本当に問題なく動いてるんだな」
「はい?」
「その肩だ。相当な大怪我だっただろうに」
「ああ。問題ありません、見ての通り頑丈ですから」
「……」
またシャドーボクシングをみせたら睨まれた。
美人の無言の圧、怖っ。
「冗談ですよ。私には少し特殊な絡繰りがあるんです」
「……だろうな。でなきゃありえない。リズさん、あなたは私の目の前で爆死したんだから」
そういえばそうだった。
彼女にだけは言い訳ができない死に方してるんだよな。
だって味方になるなんて思わないじゃん……やってみたかったんだよあれ。
「1つだけ聞かせてくれ。君の『命』は、あとどれくらい残ってる?」
ん? なんだ。
必要な事なんだろうし、この人たちに知られるなら心配もそんなにしないが……。
「えーっと……8回くらいでしょうか」
猟銃含めて復活するならそれが限度だろう。
……もうちょっと金稼ぎたいんだけど、咲良さんがいるから盗めないよな。そもそも拠点に持って帰らないと効果なさそうだし、残念。
「……それほどまで……」
「なので私のことはあまり気にせず、ご自身の安全を第一に考えてください。私と違って、あなたは怪我1つで大事なんですから」
「……分かった。必ずリズさんを守ると誓うよ」
「何故!?」
自分を大事にしろって言ったばかりだろうが。
まあいい。今は先を急ごう。
「では、行きますね」
「……ああ。いよいよだな。武運を祈る」
『待ってるよー!』
意気込む彼女と拳をぶつけ、俺を乗せたエレベーターは閉じた。
そのままエレベーターは上へと向かい、1階で止まる。
ホルスターから拳銃を引き抜き、深呼吸。
『準備はいい?』
「……ああ。案内頼む」
『オッケー! 行くよー!』
エレベーターが開くと同時に、俺は飛び出しホテルを駆け抜ける。
従業員用の出入り口を蹴り開けて、目の前で恐る恐る歩いていた――多分逃げようとしていた
「ごっ……!?」
「まず1人。残りは?」
『銃持ち11。雑魚5。あと強そうなの1!』
「多いな……後のやつから狩ってくぞ」
罠の遅延と混乱、更に広いホテルの構造に迷い分散した侵入者を、下から追いかけて各個撃破する。
それが誘蛾灯作戦の概要である。
さあ、戦闘開始だ。
銃を片手に、俺は笑みを浮かべながらホテルの中を突き進んでいくのであった。