夜鳥羽セントラルホテル、その3階層。
そこでは乱戦が巻き起こっていた。
「撃て撃て!! ……クソッ、どこ行きゃいいんだよ!」
「おい! こっちが通れるぞ!」
「待て、そこはまだ罠が……っ!!」
ぴん、と張ったワイヤーがピンを抜く微かな音が鳴る。
直後起きた爆発が、壁や扉を破壊し粉塵を巻き上げた。
「ひぃ……!!」
「馬鹿、見えなくしてどうすんだよ、この……」
『■■■■――!!』
「ちっ、来やがった!」
その粉塵を乗り越えて、巨大な怪物が飛び出した。
明かり……ではなく人間の気配に誘われ、ブラーもまたホテルに乗り込んできたのだ。
3m近い巨体は通路に身体を擦りつけながら禿頭の男へと突き進む。
「撃て、撃ち殺せ!!」
咆哮と共に突き進むブラーに軽機関銃の掃射が放たれる。
巨大な顔面や胴に銃弾が叩き込まれ、それでも止まらぬ怪物の腕が空を薙ぐ。
「ひっ……!!?」
『■■■■――!!』
「に、逃げろ……!!」
男たちは銘々に行動を――逃走を開始した。
だが直ぐにその足は止まることになる。
「なんだこれ、迷路かよ……」
彼らがいる宿泊客用の本館3階。
その構造は至極単純であった。
通路は1つ。中央にエレベーターホールがあり、両端に階段が設置されている。
本来はとても迷うような構造ではない。
ただいざ踏み込んでみると、通路を挟むように並ぶ2列の部屋群は壁が破壊され繋がっていたのだ。
つまり3つ通路がある様なもの。
それらを繋ぐ扉や、逆に道を塞ぐ瓦礫も含めると、道は想像以上に複雑だった。
当然そのそれぞれに罠があり、更に粉塵が視界を塞ぐ。
恐らく安全に通過できるルートがあるのだろうが、眩しい照明と戦闘の衝撃で、戦闘員達は自分がどこにいるのかも分からなくなりつつあった。
そんな彼らを狙う襲撃者が2つ。
1つがブラー。もう1つは――。
「おい逃げるな! 戦え!」
爆破の粉塵が未だ止まない廊下にて。
階段へと走る仲間を罵る戦闘員の1人が、迫る巨体に銃口を向けた。
元々腕っぷしに自信のあったその男は、自らの力で成り上がれると固く信じて夜鳥羽へやって来た。
不運にも赤兎に選ばれここに来たが、それすらも特務戦闘員に気に入られるチャンスと鼻息を荒くした。
そんな彼は、目の前の怪物を倒せると信じて疑わない。
「死ね……!!」
『■■■■――!!』
罵りと共にブラーへと軽機関銃の銃口を向けたが――そこに、小さな影が滑り込む。
「――邪魔」
重く鋭い銃撃音。
2連射の散弾銃がブラーの頭を吹き飛ばし、顔の半分を失った巨体がふらりと崩れる。
「え……」
突如入った救いの手。
感謝の視線を向けたら、戻ってきたのは拳銃の銃口。
「は?」
「8人目っと。お、良い銃持ってんねー。鞄がパンパン……次!」
鳴り響いた音とともに、男の視界はブラックアウトするのだった。
もう1つの襲撃者、拳銃の亡霊がホテルを奥へ奥へと進んでいく。
「テメェ、さっさと行け!」
「でも罠が……!!」
「知るかよ、おら進め!」
「ぃ……ぎゃああ!!」
「ははっ、馬鹿が……ぎっ!?」
「なにしてんだお前? ……次!」
バネの音と同時、雑用係の若い悲鳴が響く。
蹴飛ばされて罠にかかったのだろう。
その死体を乗り越え進んだ戦闘員もまた、鳴り響いた銃撃音に沈んだ。
「逃げろ……!!」
「おう、逃げろ逃げろ。できたらなぁ! はははっ! ……おっ、このタオルいいなあ」
真上からは連続した爆発音が響き、左右や下からも悲鳴が聞こえる。
そんな混乱のただ中に阿内はいた。
「……くそっ、訳が分からん……」
罠にブラー、加えて正体不明の襲撃者。
まさしく大混乱だが、間違いなくこの混沌の原因は赤兎だ。
彼が何も考えずに突き進んだせいで、罠が壁やら扉やらがぶっ壊れて辺りは粉塵だらけ。
所々道が塞がっているのもあって、部屋を通って迂回しなければならなかった。
――ていうかなんでホテルがこんなことになってんだよ!?
罠だらけだったり部屋がぶっ壊れてたり。
調度品が積まれてバリケードの様になっている場所もある。
これまで訪れた危険領域にこんなものはなかった。
最古の裂け目、夜鳥羽。ここは何もかも常識からは外れていた。
「高そうなホテルなのに……勿体ない」
瓦礫の散らばるベッドは高級そうだ。
接収してここで寝泊まりできたら最高なのに、罠だらけではそれも叶わない。
せめてアメニティくらいは持って帰りたい。
そんな阿内の淡い願いは、ドアの吹き飛ぶ音に掻き消された。
『■■■■――!!』
「あはははっ!!」
「化け物が2匹……逃げ場はないな」
笑ってる女はともかく、既にブラーが集まりつつあるのが厄介だった。
戦闘員になって日の浅い阿内は、単体でも幼体ブラーに勝てる気はしない。
今も銃撃音にがくがくと足が震える。ブラーも怖いが、錯乱した仲間に撃たれるのも恐ろしい。
――死んでたまるかよ……!!
今生き残るための手段は2つ。
赤兎に追いつくか、地上に降りて逃げ出すか。
少し悩んで、阿内は前者を選んだ。
――ここまで無理やり連れてきたんだ。アンタに賭けるぞ……!!
「よし、行くぞ、行くぞ、行くぞ……っ!!」
意を決して走り出す。
扉を出て、通路を全速力で駆け抜けた。
その瞬間に襲撃者は阿内を捕捉する。
「居たぁ!!」
「ひぃ!?」
背後から鳴った銃撃音に慌てて身体を飛び込ませるが、左肩に直撃。
だがゴム弾だったらしく血は出ていない。
それでも骨は砕け、激痛に身体が悲鳴を上げた。
――なんでバレてんだよ……!! 透けて見えてんのか!?
激痛に身がよじれるが、それでも死の恐怖が勝って身体を引き起こした。
『■■■■――!!』
「邪魔すんな!」
止まれば死ぬ。
そのままブラーが横槍を入れたのを幸いに、部屋を通って奥へと進む。
――階段!
電気の復旧したフロアにあって、唯一薄暗い階段に飛び込む。
ほとんど四つん這いになって4階へと駆け上がって、足を止める。
「ここも……なんで!?」
5階へは階段が破壊されて上がれなくなっている。
跳んで掴めば……とも思うが、しっかりと瓦礫で塞がれていた。
階段はこの本館の両端に存在しており、上の階に進むには必ず棟の中を横断していかなければならない。そしてその道中には罠がある。
面倒な造りだ。
しかも襲撃者はそれらを無視したかのように最速で突っ込んでくる。
ブラーもあっという間に処されたらしい。
――ば、化け物……!!
何とか必死に通路を走る。
先を進む赤兎に追いつくため――。
「――捕まえた」
「……へ?」
だが耳元から聞こえた声に、視界がぐりんと回転する。
「ぐぇ……?!」
「これで10……武器持ちは大体やったか?」
直後に頭に衝撃が走り、蹴り飛ばされたのだとようやく気づいた。
……何故……?
揺らいだ視界の先に見えたのは、落とし穴。
恐らく赤兎が一度引っ掛かって開けたそれを、奴は下から登ってきたのだ。
――んなことが……なんだこいつ……。
「んー、こいつの武器はもういいか。鞄が一杯。部屋の物も大体同じ……ホテルってその辺微妙だよなあ」
化け物じみた身体能力。
何故か周囲を漁っているその姿を、阿内はようやく視認した。
「……赤い髪……?」
「ちっ、しぶとい……」
溜息を吐きながら女が近づいてくる。
銃器を全身に纏った美貌の女。
訳の分からない存在だが、ハンターなんかにはそんな人外の連中がごろごろいると聞く。
だがそんなことより。
追い詰められた阿内の脳は、生き残る方法を必死に導き出した。
――赤……いや、オレンジの髪、黒い服、拳銃の女。こいつ、間違いない……!!
いや、間違っていてもいい。
生き残るため、阿内は全身の力を振り絞って――声を張り上げた。
「赤兎さーーん! ここに、亡霊がいまーーーす!!」
「は? お前……何を……」
相手は逡巡した。
その僅かな隙が、阿内の命を救った。
「――なーんですってぇ!?」
響き渡る男の咆哮。
途端に足音が真上から鳴り、背後の階段から破壊音が轟いた。
上の階にいた彼が、詰まった階段をぶっ壊したのだろう。
助かった……!!
「……ちっ、来やがった……」
前からは顔の良い女の恐ろしい悪態が聞こえる。
そのまま阿内を狙う……ことはせず、素早く武器の装填を始めた。
そしてその判断は正しかったらしい。ほんの数秒で、背後に赤兎が駆け下りてきたのだ。
どん、と鈍い足音を立ててやって来た赤兎が、額を抑えながら荒々しく息を吐き出す。
「……素晴らしい。汀良さんの言った通りだ……」
「……スーツの筋肉男……こいつが……」
銃で武装したオレンジ髪のシスターとスーツ姿の筋肉男。
この世のものとは思えない姿をしたちぐはぐな2人の邂逅。
女が鞄を放り捨て、赤兎が眼鏡の位置を直す。
そのまま睨み合うこと、数秒。
仲間たちの悲鳴や怒号が響く中、今この場だけは静寂が包み込む。
「……っ」
ごくりと、阿内の唾の音が響いた直後。
2人の顔が笑みに染まった。
「「……ぶっ飛ばす!!」」
「ひぃぃい!?」
突っ込む赤兎に、迎え撃つ亡霊。
必死に後ずさる阿内を置いて。
化け物同士の戦闘が開始された。
***
特務戦闘員。
それは、
『
電源の復旧作業中にそんなことを教えてくれた。
ハンターは髪で、
見た目で分かりやすすぎるだろ……そりゃブラーは目、ないけどさ。
『……あ、いた! それっぽいの見たよ!』
『おお、どんな奴だ?』
『えっとね、スーツ姿で、筋肉ムキムキで……』
『……なんだそいつ……』
スーツ姿? この危険領域で?
なんだそいつと首を傾げていたら、咲良さんが納得した様に頷いた。
『眼鏡をかけてて、黒髪をワックスで固めてる?』
『そうそう、そんな感じ!』
『あいつか……厄介なのが来たな……』
『知ってるんですか?』
まさかそれだけで分かるとは。
そんなに有名な奴が来たってことか。
『ああ。特務戦闘員、赤兎。全身を
『……というと?』
『スーツ姿と言っただろう? あれは衝撃に応じて硬化する
『着てるもの全てが? ……大分自殺行為に見えますけど』
衝撃に応じるならパッシブで発動するってことだろ?
そんなもん、直ぐに
『それが、
『なるほど……燃料切れは考えない方が良いってことですね』
あの血結晶
スタミナ無限のタンクが襲ってくるとか勘弁しろ……。
しかも今度は単独で挑むことになる。
罠で死んでくれるのが一番だろうが、難しいだろうな。
戦い方を考えておこう。
――なんて、思っていたんだが……。
「……っ!!」
地下駐輪場で手に入れたカービン銃をぶっ放す。
人間なんて軽く殺せる実弾の連射だが……。
「はっはー!」
掲げたスーツの袖に全て弾かれる。
顔面を両腕で守る奇妙な姿勢は、一見すると何もできないように見える。
ただ、そのまま突っ込んで来た赤兎の突進を避けると、背後の瓦礫を弾き飛ばしていった。
――なんで爆発すんだよあの服!
火や熱こそ出ないが、衝突した場所がバチン、と弾けて衝撃が発生する。
どうも服そのものが硬いのではなく、服の外に衝撃膜とでもいうようなモノを発生させているようだ。
そのせいで、奴の硬い身体は攻撃にもなる。
殴れば衝撃、防げば鉄壁。構えて走れば装甲車。
しかも
さあ、どう攻略するか。
すぐさま瓦礫から飛び出してきた赤兎が右ストレートを放つ。
それをスウェーで躱して肘目掛けて拳銃を連射。
着弾場所で小規模の炸裂が起きる。同じ場所への連射は、素早くずらして防がれた。
「……へえ?」
「ほぁったあ!!」
奇怪な掛け声で振り回されたラリアットを転がり回避。
ただ掠った裾が破裂して肩に衝撃が走った。
痛っ……。厄介だなその服!
転がり起き上がった俺に、奴が吠える。
「その首、貰いますよ亡霊!」
「どいつもこいつも……!!」
なんで狙いが俺なんだよ……!!
俺、なんかしたか?
……したか、
『周囲はさっきの雑魚だけ。遠慮なくやって』
「了解。さっさとくたばれ……!!」
「ウー! ハー!!」
銃撃音と破裂音が響き渡る。
白い光の結晶が飛び散る中、胸筋膨らませ飛び掛かる筋肉スーツ眼鏡との戦いが始まるのだった。