戦闘音が激しくなるのを、十神咲良は地下から聞いていた。
爆発音に何かが砕かれる破砕音。
とても銃撃戦の音ではない。
「随分と激しい……建物が持つのか?」
頑丈に造られた建造物だろうが、この音と揺れは不安を煽る。
リズの火力も赤兎の力も、この巨大な建物を砕くには足りないはずだが、得体がしれない2人だ。どうなっても不思議ではない。
故に、急がねばならない。
十神の仕事は例の地下施設の調査と記録。
特捜が秘匿したがる情報を得て、奴らを夜鳥羽から排除するために取引を行う。
そして支部の兵力を取り戻して活性化への対処に全力を注がせるのだ。
――そんなことが可能なのか? ……なんて、くだらない疑問は今更か。
リズに
彼女たちは何故か活性化を乗り切り、この街を守れると信じて疑っていない。
部外者で、如何にも怪しい姿の彼女たち。
普段ならばただの戯言と笑うだろう。
だが、笑って切り捨てるにしては、彼女たちはあまりに本気であった。
先程の会話を思い出す。
『1つだけ聞かせてくれ。君の『命』は、あとどれくらい残ってる?』
『えーっと……8回くらいでしょうか』
彼女が持つ謎の再生能力。
あと8回あれを用いれば、彼女は死ぬということだ。
――最初に会った時もそうだった。たかが遺影のために、彼女は自らの命を捨てたのだ。そして今回も……。
そこまでして部外者が命を賭けて何になるというのか。
そんなもの、正義や使命感以外の何物でもないだろう。
だからこそ十神は今ここにいるのだ。
たとえこれが許されざる犯罪行為で、反逆行為なのだとしても。
――この街は私が守るぞ、父様。あなたの次は、私が……!!
ただその入口には電子錠が施されていて、カードキーが必要だった。
当然そんなものは持っていなかったのだが、そこは
『秘密の入口があるから大丈夫!』
そう告げた
這ってようやく通れる穴だが、その先は確かに施設内へと繋がっているようだった。
『アタシたちが上で暴れてる間に調べちゃって!』
『……あなたは見てるだけですけどね?』
『むむ! 失礼な、仕事はしてるでしょ! それに、ここからはアタシも……』
『それより! お前は何故こんな抜け穴を知ってる?』
始まりそうになった2人の痴話喧嘩を止め、
ここは恐らく旧陸軍の中でも秘匿レベルの高い施設。
当時下士官だった甘木や、工兵だった鵲店主も知らなかった場所。
その秘密の抜け穴を、何故この予言者は知っているのか。
『なんでって、自分の拠点にする場所は良く調べることにしてるの。見つけたのはその時だよ。あ、でも中は大して見てないよ、時間なかったし』
『……』
怪しい返答だが今は信じるしかない。
そうしてリズと別れた直後に施設へと入ったのだが。
「……寒いな」
這い出た先は、ベッドの下だった。
何故だか、どこかから出てきた冷気が霧の様になって床を這っている。
周囲は研究施設か病院かといった様子。
何故だか血に汚れたベッドが並び、棚には包帯などの医療品が僅かに見えた。
「陸軍兵士の治療施設か……? こんな裂け目の近くで?」
あり得ないと直感が告げている。
いくら裂け目ができた直後だっとしても、医療所を作るならもっと外側、戦闘区域外だ。
あったとしても臨時の仮設天幕とか。それこそ昼間に調べた地下駐輪場にあったような施設の筈。こんな広い敷地に作る代物ではない。
しかも――。
「これは……」
施設の奥。
やたら分厚い、透明な壁に囲まれた施術台には、真っ白な巨体が固定されていた。
ブラーだ。
どうやら、その解剖を行っていたらしい。
――そうか。ここは、ブラーの研究施設。
おぞましくはあるが、理解はできる。
突如現れた怪物。その調査を行っていたのだろう。
非人道的行為ではあるが、相手は怪物。人間ではない。
腹を掻っ捌こうが、心臓を兵器にしようがなんの問題もないのである。
ここに造ったのは研究対象の
例えば万が一ブラーの体内に凶悪な感染病が潜んでいたとしても、裂け目ごと焼却してしまえば済むのだから。
ちなみに、国外ではミサイルや艦砲による裂け目への直接攻撃も行われている。
その成果は芳しくなく、そういった方法によって破壊できた例は聞いたことがない。
これもまた、裂け目周辺が異界化していることが原因とされている。
その中でも裂け目は
外からでの物理的な攻撃には強いらしい。
そんな状況のため、裂け目やブラーに関する情報はまだまだ不足している。
この研究施設もきっと必要なことなのだ。
なんならこの国がブラーと戦えた理由がこの施設だった可能性すらある。
ただ、それはそれで疑問は浮かぶ。
もしここが十神の想像した通りの施設なら、特捜は何を必死に隠そうとしているのだろうか。
「……む?」
ふと視線を止める。
これまでとは毛色の異なる、職員用の執務室らしい場所。
そこにバインダーに挟まれた書類が置かれている。
何となく手に取ったそれに書かれたのは。
「『特殊滲体の人体移植に関して』……?」
これは……実験の記録……?
呟きが部屋に響いたその時、ふと異なる音が鳴った。
消音された小銃の連射。撃たれたブラーと人の悲鳴。
別勢力の襲来の音色であった。
「……っ!」
直後、すぐさま解錠の電子音が施設に鳴り響く。
息を殺して身を隠した十神の耳に、連中の素早い足音が鳴る。
奥へ奥へと迫ってくる音から逃れるために、入ってきた穴の中へと滑り込んだ。
穴はベッドの下。
お陰で侵入者の素早いクリアリングから逃れる事ができた。
「
「……無人? まさか、気付かれていない……?」
聞こえてきた声に、十神が身を固くする。
――この声、伊地知……!!
特捜たちの長。
それが真上の戦闘を無視してここにやってきた。
「そんな筈はない。奴は的確にこの施設を根城にしている。知っていなければできない芸当だ」
「上では
「……電源復旧から時間は経ってない。妥当ですね。なら、今のうちにやりますよ」
「……?」
一体何をする気なのか。
再び素早く移動し始めた兵士の1人が、十神のすぐそばで何か作業を終えて出ていった。
――調べるか。
意を決して顔を出して、作業を終えた場所にライトを向けた。
そこにあったのは、赤いタイマーが表示された四角い灰色の箱。
テープでぐるぐる巻きにされた、粘土のような代物には見覚えがあった。
爆弾だ。
どうやら、奴らはここを爆破するつもりらしい。
「……っ!!」
ぞわりと全身に怖気が走る。
知られたくない秘密施設。
ブラーや危険領域が隠してくれていたそれを、突如現れた
――馬鹿な、なぜそんな事をする必要が……。
ハッと目を見開き、先ほど手にして鞄に突っ込んだ書類のことを思い出す。
特殊滲体の人体移植。
直ぐに特捜が来たせいで深く考えてなかったが、その文字が示すことは1つだ。
――人体実験……?
この崩壊しかけた世界において、それでもまだ守られていた一線。それが、ブラーの心臓や肉を生物に埋め込む移植行為だ。
あくまで個人の責任であった。
だが人体実験をこの夜鳥羽で、史上最初期の裂け目でやっていたとなれば話は変わる。
最初期にブラーの侵攻を受けながらも耐え、生き延びた。
そんなこの国の輝かしい戦いの歴史が、途端に悍ましいものに変貌してしまう。
――だから爆破して消すわけか……。
地下施設だけ壊れればいいが、下手すればホテル全体に危険が及ぶ。
――特捜は
むしろ邪魔者を始末できて両得だと考えていても不思議ではない。
なにより、このまま隠れていては十神自身は間違いなく死ぬ。
やるしかない。
念のため書類の入った鞄を穴に残し、その辺にあった箱で穴を隠す。
消音器をつけた拳銃を構え、施設内を素早く進む。
爆弾設置を進める1人を見つけると、背後から口元を抑え、首にゴム弾を叩き込んで意識を奪った。
さっきの会話や足音から察するに、残った特捜は恐らく4人。
気づかれる前に、そして爆破される前に倒しきる。
さあ、正念場だ。
遠く上から響く音を聞きながら、十神は覚悟を決めるのであった。
***
粉塵舞うセントラルホテルの5階層。
俺は後ろへと走りながら迫る巨体へとカービン銃を連射した。
「ぬはははは!!」
もぎ取った扉とともに突っ込んで来た赤兎が、蹴りをぶち込んで扉を弾き飛ばしてくる。
奴の革靴で衝撃が弾け、2m近い金属塊がこちらへと吹き飛んできた。
「ぅおっ!?」
横に転がって回避。
背後で扉が跳ね回り、スパイク罠あたりを作動させた金属音が響く。
――人間の蹴りの威力じゃねえな!
悪態を吐きながら前を見つめる。
当然の如く、両腕を掲げた赤兎が突っ込んで来ていた。
「ほぁっ!!」
凄まじい速度の突撃。
奴の足を狙って連射するが、構わず弾かれ接近される。
振り抜かれたぶっとい足を交差した両腕で受け止めるが――当然破裂が起き、衝撃が2重に骨へと叩き込まれる。
先ほどの扉と同じように廊下を奥へと転げ回る。
「づっ……痛ってえなあ!!」
「ブラーだろうが殴り殺せる。それが汀良様にいただいたワタシの
なんとか立ち上がろうとした俺へとストンプキックが飛んでくる。
それを寸でで避け、奴の足を脇で掴み取った。
ぶっといその脚に拳銃の連射を叩き込む。
「むっ……!!」
1弾目を受けたスーツが弾け、当然俺の身体に衝撃がモロに伝わる。
痛いが我慢。それでも離さずそのまま同じ場所に連射を繰り返し――4射目。
「ぐっ!? ……おお!!」
弾は弾かれず、破砕音ではなく鈍い肉への着弾音が鳴った。
――当たった!
奴の身体に弾丸を叩き込めたのだ。
だが直後奴が自ら身体を回転させて拘束は剥がれ、距離を開けられた。
もう数発叩き込んで膝を壊したかったが……仕方なし。
絡繰りが分かれば十分!
「耐えれて3発か! 案外しょぼいなそれ!」
「この一瞬で気が付くとは、あなた
「見りゃ分かんだろ筋肉馬鹿が!」
顔面に拳銃を放って、防がれている間に隣の部屋に飛び込んだ。
「痛ってえ……」
震える両手で素早くリロード。
倒し方が分かっても、奴がタフな化け物なのは変わらない。
ただ、ダメージは叩き込めた。あれを繰り返すしかないだろう。
『奥は2つまで罠なし!』
「了解……っ!!」
音を立てずに壁に開いた穴を通る――寸前に、壁をぶち破って腕が現れた。
首を掴まれ、壁に叩きつけられる。
その瞬間に障壁が弾けて視界が白くトビかけた。
「ぐっ!?」
「捕まえたぁ!!」
『ちょ……壁!!』
壁の向こうから破裂音が響く。
僅かに緩んだ拘束から抜け出してそのまま腕に拳銃を連射。
奴が腕を引き抜くまでに5発を叩き込み、
「ぐおっ……!?」
壁の向こうで嗚咽が漏れる。
今の装填で実弾に変えたおいたのだ。
コイツに手加減は必要なし……!!
「助かった!」
『いーえ。2つ先までは行っていいよ!』
「了解」
そのまま部屋を奥へと進んでいく。
……今の腕、カービン銃で撃てばよかった。
そうすりゃ片腕は確実に吹き飛んでただろう。
ただ、この狭い室内じゃ小銃の取り回しが悪い。
猟銃に至っては装填に時間がかかって使えやしない。
「まずは足を潰さないとな……」
『……ねえ、なんとか10階まで行ける?』
「ん? どうした?」
『アタシに策アリ! 連れてってくれれば、こいつを倒せるよ!』
「ホントかよ……っ!?」
会話は背後からの音にかき消された。
どのみち、降りるならあいつを倒さないと無理。
助けに行くっていって敵を連れてくのは馬鹿らしいか。
「……信じるぞ!」
『任せなさい!』
「よし、そしたら――」
「みぃつけたぁ!!」
叫び部屋に突入してきた奴から逃げる様に、通路へと飛び出す。
もう防御方法を心得た奴はカービン銃の連射だろうと突っ込んでくる。
掴んだりするなりして固定しない限りは防がれちまう。
厄介な事この上ない、が――。
「ホアッ!! ……っ!!」
砲弾みたいな奴の拳を避け、壁がぶち破られる。
その瞬間、奴の表情が歪むのを確かに見た。
見ればスーツの右袖は真っ赤に濡れている。叩き込んだ2発は確かに効いてるらしい。
「はっ! 痛いか! いつまで殴ってられるかなぁ!!」
「なんの、これくらい……!!」
顔面への数発を受け止めた赤兎の回し蹴りが壁を穿つ。
粉塵が視界を塞ぎ、直後それを吹き飛ばすようにしてストンプキックが飛んでくる。
避けきれずに右肩に激突。
蹴りと破裂の2段階の衝撃に身体が吹き飛んだ。
「……っ!!」
カービン銃が通路の奥へと転がっていく。
折角閉じかけていた傷口がどばっと開いて血が噴き出す。
激痛に右腕が震える。これじゃ使い物にならない。
「はっはー! いつまで銃を撃てますかね!?」
「ちっ……」
この狭いホテルでの戦い方を覚えてきてやがる。
そしてやはり耐久力じゃ勝ち目はないな。
笑みを浮かべた奴が腕をぐるぐる回してこちらへと迫る。
後ずさりながらカービン銃を目指すが……。
「おっと!」
素早く俺を飛び越えた奴が、カービン銃へと足を踏み下ろした。
炸裂が起こり、銃が半ばから破壊される。
「……!!」
「はは、これで――は!?」
その衝撃で、奴の足元の落とし穴が作動。
奴は真下の階へと落ちていった。
「
『ほいっと!』
同時に落とし穴を塞いでもらう。
これで完璧。
馬鹿め、俺がただで銃を捨てるか!
銃で駄目なら俺が自分から近づいて落とすつもりだったが……引っかかってくれてなによりだ。
「よし、今のうちに上るぞ」
『待ってるよー!』
階下で轟音が響くのを確かめながら、10階へと全速力で移動を開始……しなくても俺には充分。
俺は最初に乗ってきた従業員用のエレベーターへと向かうのだった。
はは、いない俺を追って10階まで罠を突破してきてくれよ、筋肉スーツ野郎!