「……終わったか」
夜鳥羽の中央地区、とある建造物の最上層。
そこで
急遽明かりの灯ったホテルでの戦闘。
復旧した明かりに釣られ、各勢力が集まった乱戦になったようだが……電源が落ち、戦闘音も消えた。
終わったということだろう。
「途中で窓塞ぎやがって……おかげで状況がなんにもわからん」
甘木が観測できたのは、あの謎のペンギンから『手伝え』と言われた特務戦闘員の戦闘のみ。
ただその戦闘だけでも、充分過ぎる衝撃があった。
――特務戦闘員の怪物化……と言っていいのか? あれはなんだ?
戦闘員、赤兎。その耐久力はそこらの
不死身……という訳ではないだろう。
戦闘は既に終了している。
万が一あの特務戦闘員が勝ったのなら、未だ暴れている筈だ。
あんな現象があるなど聞いたことはなかった。
ホテルに入った筈の伊地知たちとの通信も途絶えた。
活性化まであと2日。ここでのんびりしている暇はないというのに。
――くそっ、情報が足りん。
ホテルに入るなというあのメッセージにいつまで従っていればいいかも分からない。
ますます窓が塞がれたのが惜しい。
十神たちが勝ったのか、それとも特捜が全てを終わらせたのか。
ここからでは何も分からない。
どうしたものかと悩んでいると、再び端末から音が鳴る。
「……っ!!」
慌てて画面を見ると、映るのはやはり謎のペンギン。
ぶら下がってきたそいつをタップすると――耳元から女の声が響いた。
『――あー、あー。聞こえる?』
「……聞こえるよ」
『お、良かったー!』
随分と若い女の声。
今までは文字だけの、それも一方的なやり取りだった。
ペンギンを多用するあたり渋い男の声などは想定していなかったが……にしても若すぎる。
この荒れた戦場で聞くとは思わなかった種類の声色に驚き、思わずホテルの方を睨む。
いつの間にかホテルには再び煌々と明かりが灯っていた。
「お前は?」
『アタシ? 君たちが
「……!!」
告げられた名に目を見開く。
予想はしていたが、ハッキリ名乗られると流石に驚く。
「どうやって通信を?」
『それは秘密。録音も逆探知も無理だから、よろしくね』
「……了解した」
何が「よろしく」なのかは分からないが……とりあえず納得することにした。
今はとにかく時間がなく、情報も不足している。
「我々の仲間がホテルにいるな? そいつらは?」
『生きてるよ。ただ、急いで治療しないとちょーっとマズいかも』
煽る様な言葉に眉を顰める。
「……何が目的だ? 俺に何を望んでる?」
特捜を人質にするつもりか? まさか、十神も?
身構える甘木の耳元で、ふっと笑う声が聞こえた。
『それは直接伝える。ホテルの入口で待ってるから、回収に来てくれる?』
「……」
『あれ、疑ってる? 大丈夫、何もしないって! あなたの大事な部下も一緒だし』
「……十神か」
『そうそう。なんなら声、聞く? 移動するからちょっと待ってもらうけど』
「いや、いい。直ぐに行く」
どうせ伊地知たちの回収は必須事項だ。
周囲の部下たちにハンドサインで集合をかける。
伊地知たちが倒れた今、もうこの前線拠点も不要。
すぐさま撤収に入る。
『ありがと! 急いでねー』
「ああ。10分で向かう」
呑気な声に呆気にとられつつ、通信を終えた。
途端に静かになった夜の街を見つめ、安堵の息を吐く。
――これでなんとか活性化に間に合いそうだ。
特捜と
甘木にその経験はないが、活性化が始まれば、大量のブラーたちが封鎖壁に押し寄せてくると聞く。
ブラーは危険領域の外には出られない。
ただ、周囲に
あれはブラーの遠征艇にして輸送艇。
雑兵であるブラーは
今のうちに人員配置と装備の準備をしなければ、かなりの大損害が出ることになる。
――しかしあいつ、どうやって
恐らくさっきの通信の言葉は真実だろう。
十神は
あと、先ほど10層で特務戦闘員・赤兎と戦闘していたオレンジ髪の人物も仲間だろう。
特務戦闘員相手に戦っていた様子をみるに、上位のハンターか何かだろうか。
……まあ、なんでもいい。
これで晴れて街の防衛に専念できるのだから。
そのためにもまずは特捜たちの確保に向かわなければ。
「……ん?」
部下とともに歩き出して……ふと気づく。
あのオレンジ髪。あれは、いつか話題になっていた『銃の亡霊』ではないだろうか。
特徴的な服装に髪色、なにより拳銃を扱っていた。
何故そんな人物と十神が行動を共にしているのかは不明だが……。
「5分で撤収、ホテルに向かうぞ! 急げ!」
今は全力で出来ることを。
街を守るために甘木達は行動を開始するのだった。
時刻は20時を回ったところ。
活性化まで残り2日と、4時間。
***
「通信終わったよー。10分で来るって!」
「あ゛ー……」
「ちょっと、リズ? 生きてる?」
「多分……」
すっかり暗くなったホテルの10階層にて、俺は大の字でぶっ倒れていた。
会話できてるから死んではないよな?
なんて、わけわからんことを考える位には呂律も意識もあやふやだった。
ただ、背中に当たるむき出しの床はがたがたで痛いし、腕や胸当たりの傷口もドバッと開いて、どくどくと血が流れているのを感じる。
多分生きてるが、死にかけてもいる。
そんな状態だった。
「なら急いで! 10分で特捜を運ばないと!」
「あ゛ー……」
それでも頭には
重撃弾は威力もヤバいが、快楽も重たい。骨の髄まで痺れてる気がする。
おかげで痛みも少ないが、それが切れたら今度こそ動けなくなるだろう。
だから急がないといけないんだが……。
――疲れた……。
全身から力が抜けて全然動ける気がしない。
ぼやけた天井が映る視界に、金に煌めく女の顔が割り込んできた。
何故か光るマスクを着けた、
「もう、さっさと起きて……!!」
「……いたたたっ!? もっと丁寧に……!!」
「時間がないって言ってるでしょうが!」
「……何してるんだ、お前ら」
騒いでいたら、目の前に咲良さんがやってきた。
「あれ、咲良さん。良くここが分かったね」
「エレベーターがここで止まってたからな。ほら、応急キットを持ってきた。急いで治療しよう」
「すみません……」
そのまま2人で壁際まで運んでもらってから、特捜が持っていたらしい応急キットで、咲良さんに傷口の止血だけしてもらうことに。
服の袖を捲っていると、咲良さんが周囲を見回し首を傾げた。
「そういえばあいつは……赤兎はどうした?」
「倒しましたよ。ただ、消えちゃいましたけど」
「……? 逃げられたのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……ほら」
指さした先には奴が来ていたスーツが落ちている。
あれで逃げてたらほぼ裸で生きてることになるが、勿論そんな事はない。
特務戦闘員・赤兎は間違いなく死んだ。
ただスーツの周囲には肉の欠片1つ落ちていない。本当に綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
「……どういうことだ?」
まあ、分かんないよね……俺だって良く分かってないんだから。
あの民族風クナイを刺した事で奴は消失した様に見えた。
あれ、なんだったんだろうなあ。
今は
ブラーはともかく、人まで消えるのはヤバすぎる。
多分、あれが
「――うん、そのまま真っすぐ! その先、右側の屋根に1体いるから」
奴はいつの間にか別の相手と通信を始めていた。
相手は多分天パ店主たちだろう。
……ここまで案内してるのか? なんで?
分からんが、何か意味があるのだろう。
俺は背後の咲良さんの方へ顔を向け、左手だけで肩を竦める。
「まあ、後で説明しますよ。それより10分で
「……!! そうか。なら、急がないとな。――ほら、腕を上げろ」
「はーい。痛てて……」
手早く処理してくれたおかげで、とりあえず血は止めた。
しばらくはこれで良いだろう。
……正直、本音を言えばさっさとリセットしたい。
超ラッキーなことにホテルでは死ななかった。
故に貯金はたっぷり残ってる。
1回くらい死んでリセットしてもいいんだが、下の階には
どうせこのホテルには2度と来ないんだ。
あれだけは回収して帰らないと。
物資がたっぷり。武器もいっぱい……。
「ふっふっふっ……」
「……何故笑ってるんだ……」
「おや失敬。つい嬉しくて。さ、地下に行きましょう」
「……ああ」
訝しげにする咲良さんを無理やり押して歩き出す。
……っと。
忘れずに赤兎のスーツを拾い上げる。
俺らが倒したんだから、もらっていいよな?
「持っていくのか?」
「ええ。使い道は分かりませんけど……おっと」
ポケットから何かが落ちた。
何かのカートリッジ。緑の蛍光に光る液体が詰まっている。
「……なんでしょう、これ」
「さあな。だが、連中が持っていたとなると普通の代物ではなさそうだ」
「んー?」
確かにいかにも怪しい液体。
絶対ヤバイ代物だろう。気になるが……。
「ほら、今は時間がないんだろ。後にしろ」
「ですね。
「あ、うん! ……へへへ、作戦大成功だね!」
にやけながら駆け寄ってくる、金に煌めくサイバーマスク美少女。
その容姿を改めて見て、咲良さんが溜息をもらす。
「え!? なに!?」
「いや……リズといい、君たちの容姿はその……普通じゃないな」
そりゃ、神様製ですから。
……いや、俺の身体は違うか?
だって俺が目覚めた時は周囲に両親らしきバラバラ死体があったもんな。
そう考えたら俺って転生じゃなくて憑依なのか?
この身体が現地の物ってのも、中々信じがたいけどさ。
――そういや、
俺みたいに周囲に死体があったのか、気になる。
「そうかな? 変?」
「変……ではないかな?」
「いえ、変ですよ。なんですかそのマスク」
「これ? 通信装置だよ。ほら、お家でカラオケするみたいなやつ?」
シャコッと音が鳴って口元が隠れると、マスクに『通話中』と文字が現れる。
芸が細かい。てか、必死に戦った後にこいつのおふざけに付き合うの、ダルすぎる……。
「「……はあ」」
「なんで!? 面白くなかった!?」
時間を無駄にした。
そのまま3人でエレベーターへ乗り込んで、地下へと向かう。
重低音の響く箱が動く中、
「それで?
「何、あの2人を? 危険じゃないか?」
俺の問いに、
「うん、呼んだよ。でも大丈夫、ちゃんと護衛もいるからさ」
「護衛……ひょっとして、あの2人?」
「うん。戀鬼一家」
やっぱり。確かにそろそろ瑞希も起きてる頃か。
頷く俺に対し、知らなかったのか咲良さんは驚いた顔をしてる。
「……戀鬼一家? 何故奴らが……」
「アタシが雇ったの。出会ったのは偶然だったんだけど、これからの戦いには少しでも戦力が必要でしょ?」
なんなら俺を捕まえに来てたからな。
なんで一緒に戦うことになってるのか、全くもって経緯が思い出せない。
「それはそうだが……何故ここに集める」
「ふふん、それこそがこの作戦の目的だから!」
「「……?」」
揃って首を傾げる俺たちに、金に煌めく美少女予言者は、指を振るって微笑んだ。
「『誘蛾灯作戦』――その最後の仕上げ、だよ!」
特捜に、ブラーに、
ホテルに集う『蛾』は、どうやらまだ他にもいたようであった。
***
そうして、10分後。
暗く沈んだ筈の夜鳥羽の危険領域において、唯一煌々と輝く夜鳥羽セントラルホテルにて。
俺たちはロータリーに止まる複数の車両を出迎えた。
中からぞろぞろと現れたのは完全装備の真っ黒な軍人たち。
その先頭を進むのは、ブラーと遜色ないくらいの大男。
何故かハンマーを担いだそいつが、ゴーグルを持ち上げ声を張り上げた。
「――十神!」
「甘木隊長!」
咲良さんがエントランスから駆け寄り、部隊員たちと笑顔を交わす。
分かってはいたが大半が男。
ただ、まだ線の細い連中も多く、年齢層も若そうだ。
だって、多分30代の天パ店主とか、あの甘木とかいう隊長がベテラン枠を務めてる組織だ。
それこそ隊長の咲良さんも20歳らしい。……まあ彼女が隊長なのは
「十神隊長! 良くぞご無事で……!!」
「沢渡。お前も無事だったか」
「こいつは将来有望だな。お前も、怪我はなさそうだな」
「はい」
ああやって話している連中皆、活性化が起きたら死ぬかもしれないわけだ。
……可能性は高いだろうなあ。
ほんと、この世界終わってるわ。
「特捜は……そこか。生きてるんだな?」
「はい。気絶はしていますが、無事です。ただ……」
「ん?」
「伊地知ともう1名は、私のこれを使ったので……」
咲良さんが申し訳なさそうに胸の短刀を叩いた。
彼女の
「ああ、そりゃあ……急がないとな。おい、回収しろ」
「「はい!」」
素早く隊員が動き出すのを、横の
ただジッと、甘木の方を見つめている。
その視線に、ようやく相手も気が付いた。
「それで? そちらのお嬢さん方は……」
「紹介します。こちらが――」
「アタシが
マスクを外して手を振る
まあ、いきなりこんなのが出てきたらビビるよな……。
「……お前が……」
「驚くのも無理はないけど、本物だよ。証拠に、ほら」
ぴこん、と甘木とかいう男の腕から音が鳴った。
慌てて腕を見た甘木が、困惑した様に首を掻く。
「その声に、このペンギン……間違いない様だな」
「そうそう。役に立ったでしょ?」
「……それで? なんで俺たちと接触した? 特捜と引き換えに、お前は何を俺たちに望む?」
探る様な問いかけに、
「アタシが欲しいのは、あなた達」
「……何?」
「あなた達の指揮権をアタシに頂戴? きっと、損はさせないから」
……マジで?
全員が呆気にとられる中、蛾たちを引き寄せる輝くその女は、怪しく微笑むのだった。