ホテルの明かりに照らされたロータリー。
そこへ集う
完全装備の兵士たちを前に、
お前らの指揮権を寄越せ、と。
「……」
「……はぁ」
引き続き全員が呆気にとられる中、唯一この女に慣れ始めていた咲良さんが、溜息とともに言葉を吐きだす。
「……指揮権を渡せ? お前に?」
「そうだよ! アタシは役立つよー」
なにやらダブルピースを決めてそう言った。
腕の動きを追うように光が薄暗い空を煌めいている。
……あれ、どんな絡繰りなんだろうな。
ようやく我に返った甘木が、その言葉を受け頬を掻く。
「……すまん、十神。説明を頼む」
「ええと、何といえばいいのか……」
「説明? そんな時間はなーい!」
「何?」
会話を断ち切り叫んだ
「ほら見て、残り50時間。見えてくるよ」
そう告げたその直後。
今まで宇宙みたいな空隙が広がるだけだった空隙で、何かが蠢いた。
「――あ!」
……そういえば、あの人は夜鳥羽の裂け目が出現した瞬間を撮っていた。
そして今度は――。
「……骨の手?」
ぽつりと呟いたのは咲良さん。
その言葉の通り。
青く深い空隙の奥から、巨大な白い手がゆっくりと現れ、その縁に手をかけた。
みしり、と何かが歪む音がした。
家鳴りを馬鹿デカくしたような、柱や床が砕ける寸前みたいなその音は、空に重く響き渡る程の巨大な音色で。
呆然と見つめる視界の中、骨の手により
「裂け目を抉じ開けた……?」
「ああ、そっか。ほとんどの人は見たことないのか。見ての通り、あれが
「……!!」
活性化。その本命たる巨大ブラーの出現。
あの骨の手だけで数十メートルはありそうな怪物が、後2日で現れる。
あまりにも非現実的なその光景に全員が言葉を失う。
ただ1人、それを
「理解した? この夜鳥羽は、あと少しで活性化が起きる。アタシの予言は絶対なの」
「……」
「でも大丈夫。分かってるからこそ、アタシもあなたたちも今ここにいるの。というわけで、ほい!」
「……?」
「端末、見てみて」
「何を……っ、これは……!!」
なんだ? やけに驚いている。
タブレットっぽい端末を見て、画面と
「それ、このホテルの周辺地図ね」
「……俺らが映っている。しかも……沢渡!」
「は、はい!?」
「手ぇ上げろ! 両手だ!」
「へ? ……こう、ですか?」
「……動いた……」
奇妙なポーズをした若手の兵士。
周囲からは微かに笑い声が上がったが、指示をした甘木は震えている。
「リアルタイム……ドローンか?」
「ふふーん。技術は秘密。でも、これなら役に立つでしょ?」
「確かに……」
ああ、あいつの視界を見せたのか。
甘木が慌てて空を見てるが、何も見えないだろう。
神様製のチートだからなぁ……。
「あの
「その通りだよ。だが、指揮権はなあ……」
「別に指令を出すのはあなたでいいよ。ただ、アタシを横に置いて」
「……なるほどね」
僅かに引き下げられた要求。
そこが奴の目指す
「お前は、活性化を引き起こしているわけじゃないんだな?」
「あったり前でしょ!? そんなことしてなんの得があるっての! アタシは、ただ活性化を食い止めたいだけ。てか
なんて、淡く光る身体でそんな事を言い放つ。
……うん、どう見ても胡散臭いです。
俺ら来訪者って、この世界の人たちからすればとんでもなく怪しい、『要注意人物』だ。
見た目だけならあの赤兎とかいう筋肉馬鹿スーツと変わらない。
だからこうして能力を見せ、自分たちが無害で有用だと示さなければならないのだ。
俺ら、怖い転生者じゃないよ、味方だよ……ってな。
「それにそれに、アタシを仲間にするとお得だよー。ほら!」
「おーい」
呼ぶ声とともに、トラックが1台ホテルの前に滑り込んできた。
運転席には天パ店主。
そして荷台には
物々しい来訪者に身構えた甘木たちだったが、直ぐに片手を上げて警戒を解く。
「鵲さん?」
「や、久しぶり」
「どうしてあなたがここに……」
「この非常時、できることはしないとね」
杖をついて降りてきた天パ店主が、笑みを浮かべて足を叩いた。
「前ほど動けないけど、腕は落ちてないよ。気にせず使ってくれ」
「……」
「加えて優秀な味方もいる」
「……戀鬼一家。お前らが何故
次いで向けられた視線に、レンが肩を竦める。
「僕らは金で雇われただけ。報酬分の仕事はするよ」
「ヤバくなったら逃げるけどな!」
「……工兵。狙撃手に前衛……」
最後の
問いかけはなし。
赤兎との戦いは見てただろうから、今更話すこともないけど。
「この人たちがアタシの仲間。いい戦力でしょ?」
「……ああ、そうだな」
「で、どうする? 指揮権もらえる? それとも、アタシらを使う?」
「……」
支部員たちにざわめきが広がり、途端に賑やかになったホテルのロータリー。
その中心で仄かに煌めく金髪娘を見て思う。
――なるほどね。誘蛾灯作戦……狙いはこれか。
邪魔者を排除して、
それが狙いだったわけだ。
奴の『ゲーム』は箱庭シミュ。
その目的は街を改良しユニットを集めて、来る
ただこれまでの3度の失敗のせいで、特捜やらハンターやら、本来味方にすべき勢力から追われることになった。
奴にとっては最悪の事態だっただろう。
自分を追う奴らだけを排除して他の
「……分かった。お前の要求を呑もう。ただし、指示は俺がする。お前は司令部で補佐を頼む」
「それでいいよ。あ、でもアタシの仲間はこっちで動かすよ?」
「構わない。情報共有は頼むぞ」
「勿論。改めて、
「甘木だ。よろしく頼む」
硬い握手が交わされた。
これで晴れて、夜鳥羽防衛部隊が結成されたわけだ。
ここにいる人員によって、2日後に来る活性化の準備と対処が行われるのだろう。
「それで、甘木さん。この後の行動予定は?」
「……活性化に備え、封鎖壁周辺に前線拠点を設置する。2日あればなんとか間に合うだろう」
「オッケー。じゃあ急がないとね」
素早くこの後についての話し合いが進んでいく。
最早彼らは共同体。その行動は素早い。
「……あ! その前にホテル内の
「多いな……了解した。おい、運ぶぞ! 急げ!」
暗く冷えたホテル前は急に熱を帯び、隊員たちが慌ただしく動き出した。
戀鬼一家たちは周辺の警戒に移動を始め、天パ店主は部隊員と地図を拡げてなにやら相談中。多分、今話していた前線拠点についてだろう。
そして
そして俺は……1人首を傾げていた。
「……うーん」
「浮かない顔だな」
「あ、咲良さん」
いつの間にか咲良さんが隣にいた。
俺と彼女は戦闘直後。運び出しは免除ということらしい。
慌ただしい皆をぼんやり眺めていると、彼女がこちらを覗き込んできた。
「傷口が痛むか?」
「いえ……とても痛いですけど。大丈夫です」
「そうか。では、悩み事か?」
「……そんなに分かりやすい顔をしてましたか」
「ああ」
そうか。残念ながら腹芸は向いてなさそうだ。
小さく嘆息し、嬉しそうに甘木となにやら話している
「私たち、ばっちり利用されちゃいましたね」
「……まあ、そうだな。結果を見ればそういうことになるな。……不満か?」
「んー……。いえ、多分そこに大して不満はない、と思います」
『誘蛾灯作戦』。その本命はあくまで夜鳥羽支部の戦力。俺や咲良さんは、そのための駒だったってわけだが……それ自体は別にどうでもいい。
嘘じゃない。本心からそう思える。
だって、使えるものは何でも使うべきだろ? それは俺も同じ考えだから。
ただ、そうやって兵を集めて
俺のゲームじゃない。
なら……俺がここにいる意味って、なんなのだろう。
多分、そのことをずっと考えてるんだと思う。
「咲良さんはこの後どうされるんです? 彼女たちと一緒に戦うんですか?」
問いかけには、強い頷きが返ってきた。
「そりゃあ、戦うさ。謹慎の身だが、それは上が勝手に決めた事。特捜もいなくなった今、私はもう自由に戦える」
「まあ、そうですよね」
この人はそういう人だ。
じゃなきゃ謹慎食らっておいてなおこの場所にいたりはしないだろう。
この街にとって……いや、この世界にとっても貴重な人材だと思う。
「そういうリズさんは? 戦わないのか?」
「うーん……戦いはするんですけどね。ちょっと、違うというか……」
「……?」
そう、なんか違う。
だって、俺のゲームはルートシューター。
大量にやって来る
そんなことしたら一瞬で弾切れ。あっという間に死亡するのがオチだ。
相性が悪すぎる。
そんな俺を、あの神様モドキが送ってくるはずが無い。
それこそ
つまり、俺の
……でも、じゃあ俺のすべきことって何?
結局、そこがずっと分からないのだ。
神様モドキに騙され、ここに連れてこられて。
なんの説明もなくゴミ漁りをして、拠点を直して……その先にすべきことって、なんだ?
「……」
つい、と視線が向くのは裂け目。
その向こうから飛びだそうとしている巨大な怪物。
「咲良さん、教えて欲しいんですけど。今のこの戦力で、
「……いや、難しいだろう」
逡巡はほんの一瞬。
彼女は正直に答えをくれた。
「数日耐えて、中央から来る本隊の戦力を待つ。できるのはそれくらいだ」
それくらいだが、それができる戦力は揃った。
なるほど理解した。
「そうですか。ということは……救援が来るころには、多くの人が死んじゃっていますよね」
「……そうなるな」
「ふんふん」
明るい声で話しながらホテルから
色々と世話してくれた天パ店主たちも。
そして、文香嬢たち街の人たちも。
きっと、結構な割合の人が死んでしまうのだろう。
うーん。
それは何というか、寝覚めが悪いなあ。
……本当に、それしか手段はないのだろうか。
そんな、淡い期待が胸の奥で揺らめいた。
「……裂け目」
「……ん?」
ふと、視線を
にやけ顔でカメラを回している、何故かこの場にいる一般人。
いつか、あの人が言っていたことを思い出す。
『――裂け目出現の動画はそれなりにあるけど……
確かそれを撮ろうとしてハンターに依頼して、借金抱えたんだよな。
今思えば相当無茶な依頼をしたものだ。
だって、誰もそんなことやったことがないんだろ?
そんなことが――もしできるとしたら。
それはきっと、
「……まあ、試す価値はあるか」
「リズさん……?」
「――あ、リズ!」
甘木との会話を一旦終えたらしい
「話は済みました?」
「うん。南側に3つ拠点をつくって、アタシたちはその真ん中に位置どる。状況に合わせて西と東両方に対応できるようにね。そこでさ、君は――」
「それなんですけど、私、パスで」
「……へ?」
「だから、私はパスで。同行はここまで。後は1人でやりますよ」
興奮気味の
俺ははっきりとそう告げた。
***
「……お、あったあった」
すっかり暗くなったホテルの客室で、俺は放り投げた鞄を見つけた。
……重っ。何キロあるんだこれ。
武器とか無線器とか相当いいものが拾えたが、怪我した身にはちとキツイ。
教会に戻るまでに傷口が開かないことを祈ろう。
「――よし、全員乗ったな! 行くぞ!」
外から甘木の鋭い声が響き、トラックが動き出した。
連れだって数台の車両がロータリーを出ていくのを、窓から眺める。
結局、俺が単独行動することを
奴としても目的である
俺がいなくても十分と判断してくれた。
勿論活性化時にはちゃんと戦う。
そのことを条件に、俺の2日間の自由行動は許された。
別に奴に許可なんて貰わなくても、好き勝手やればいいんだけどさ。
奴には俺の拠点や能力――情報を握られている。下手して敵に回したら一瞬で俺はゲームオーバーだ。
ま、奴にそんな余裕はないだろうけど。
「さて、これからどうするかなー」
一先ず教会に戻るのは確定として、2日間で何をするか。
活性化が起きる前に止めてみる。
そんな目標を立ててはみたが……んなことどうやればいいのか。
「とりあえず、拠点を直してみるかな」
実はさっき、天パ店主に頼んでいた修理品も受け取っている。
それに、ホテルと地下駐輪所から集めたもので思いついた修理もある。
ふふ、さあどんな結果が出るか。
ウキウキ気分で地上へと戻ると――。
「……リズさん」
「咲良さん!? 甘木さんたちと一緒に行かなかったんですか?」
そこには十神咲良が、バイクに寄りかかって待っていた。
いつの間にか
「実は、私もリズさんと一緒に行動の自由を貰ってな」
「ええ……? なんでまた……」
街の安全を最優先に守るなら、甘木たちとさっさと封鎖壁に戻るべきだ。
だが、彼女はそうしていない。
「……実は、リズさんに頼みがある」
「なんでしょう?」
「ここの地下施設。そこの調査をしたいんだ。……手伝ってくれるか?」
「……ふむ?」
「ここには私の父の――十神重左の情報があるかもしれないんだ。それを、調べたい」
どうやら、新たなタスクが動き出したらしい。
このギリギリのタイミングでのタスク出現。
この世界が『ゲーム』だとは思わないが、まだ俺にも勝ちの目がある。
そう、神様モドキに言われた気がした。
「その話、詳しく聞かせて貰えませんか?」
残り2日。
やるだけやってみましょうか。
探索成果:―
収入:―
支出:―
残額:¥1,575,050
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:衣類の回収、引き渡し
4:夜鳥羽中央の指定地点への到達
5:予言者の発見、保護
6:医療用品の回収、引き渡し