突如として崩壊しかけたこの世界に連れられてきたリズこと俺。
廃墟と化した夜鳥羽という名の巨大都市での、1月ちょっとの放浪の末に巻き起こった活性化騒動。
同じ転生者だという
きっと、あれをぶっ倒すのが俺の役割なんだろう。
……どう考えてもルートシューターのボスじゃないが、他にそれらしいものもない。
とにかく、50時間後に出て来るあれに対抗するため、俺は
何故かいた咲良さんからタスクを受けることになった。
それが例の地下施設の調査である。
これもゲームクリアに必要なタスク。
そう信じて、俺は再びこの廃墟を動き出し始めたのだった。
「とりあえず、行ってみますか? 飴、いります?」
「ああ、頼む。飴はいらない」
「むう……」
飴を放り込んで、頷く咲良さんと地下へと向かう。
もう特捜も
「それで、どうして地下施設を?」
「……実は、誰にも言えてなかったんだが……」
咲良さんが、バックパックからバインダーを取り出し手渡してきた。
なになに……は?
記載された文言は――『特殊滲体の人体移植に関して』。
「これ、もしかして人体実験……?」
「……恐らくは」
「それは……なんというか……とんでもないですね」
いくらこの崩壊寸前の世界だろうと、流石にそれは禁忌じゃない?
内容的に、
……改造人間でも創ろうとしてたのか?
「爆破する価値はありそうだろう?」
「……そうですね……これは……」
とんでもない極秘事項である。
知っているというだけで命が狙われそうな激ヤバ案件。
ただの傭兵なら全力で逃げるんだろうが……咄嗟に隠した俺の口元はとんでもなくニヤけてる。
――地下の
俄然興味が湧いて来た。
秘密の地下研究施設。そこには高額&超貴重アイテムが湧くのが定番。
つまり、拠点の改良が必ず進む……!!
「いいですね、ぜひ調べましょう!!」
「……私の鞄には盗品は入れないからな」
「書類入れてる時点で同罪です! さあ、行きますよ!」
「ぐっ……」
咲良さんの手を取って、開け放たれたままの研究室に足を踏み入れた。
瞬間、つん、と鼻を僅かに刺激する臭いが漂う。
血や埃とも違う、薬品の残り香。
「……暗いですね。電源、消さなければ良かった」
「また面倒なのに絡まれても困る。懐中電灯で我慢しよう」
「はーい」
鞄を入口横に下ろして、電灯で照らしていく。
照らし出されるのは薄暗い緑の室内。
分厚い暗緑色のテーブルに並ぶ試験官。パソコンっぽいモニターや、顕微鏡なんかのいわゆる研究所っぽい代物が並んでいる。
いかにもな研究施設。
その中に、物々しい爆弾が置かれていた。
「わあ……」
「起爆装置は破壊済みだ。安心しろ」
そうは言うが、いきなりはビビります。
いや、まあ俺は死んでも大丈夫なんだが……それでももしもを考えると身体が震える。
まあ、貰うんですけど。
起爆しないなら安心安心。
「……」
咲良さんが信じられない目で見てくるが関係ない。
次は……PC! こっちは物理的な中身ではなく、咲良さんのための情報が目的。
近くにあったPCを手当たり次第につけていくが……動かない。流石に電源がないと無理か。
「残念、データが見れたら良かったんですが」
「どうせパスワードがわからないだろ、諦めろ」
「……確かに。念のため、後でHDDだけ抜き取りますか」
ゲームだと何故かPCを起動させずに解体する事が多かったけど、そもそも認証を突破できないのか。
諦めて書類とかを探すしかなさそうだ。
あんまり時間もないし、サクサクやろう。
「まずは奥までざっと調べてみましょうか」
「ああ」
2人で奥へと進んでいく。
この地下施設。入口から直ぐにこのラボ区画があって、3つの通路が繋がっている。
うち1つは仮眠室やトイレなどに繋がる脇道。
残り2つが、奥の区画へと繋がっている本命だ。
「想像以上に広いですね……」
廊下はそれぞれ左右に幅広く作られており、パーテーションで区切られた小部屋には無数のベッドが並べられていた。
「ここで人体実験を?」
「いや、ここは兵の治療所でもあったらしい。本命は奥だ」
「なるほど、治療施設……」
ん? てことは、医療品が手に入る?
試しに近寄ってみたら、注射器の残骸っぽいものが落ちてる。
包帯もあるし、探せば色々見つかるだろう。
「ふっふっふ……」
「……まあ、それくらいならいいか」
「咲良さんも段々わかってきましたね。その調子ですよ」
「嫌な慣れだ……」
咲良さんが侵入した抜け穴はこの一角にあったらしい。
そのまま奥へ向かうと、部屋に繋がった。
そこにはガラス張りの小部屋があって、中心にベッドが鎮座してる。
こっちは腕やら足やらを拘束できるタイプの厳ついヤツ。
遠隔操作できそうな物々しい手術ロボットみたいなのもあるし、とにかく
「……ここですか」
「だろうな」
ここで解剖とか移植とかしてたってことか。
えげつなー。
ガラス小部屋は計3つ。
そのうちの1つは、腹を掻っ捌かれたブラーが拘束されている。
「ここを、私の父が作った……かもしれない」
「え?」
咲良さんがふとそう告げた。
驚いて彼女を見るが、こちらを向く事なく、素早く書類の中身を確かめている。
必死で、真剣で、焦りが浮かぶ背中であった。
「私の父、十神重左は5年前、この夜鳥羽の対応にあたった陸軍将官だった。彼は派遣された師団の、旅団長。派遣された兵士たちの半分を統括する立場にあった」
「鵲さんが十神旅団とか言ってましたね。偉い人だったんですね」
「……夜鳥羽の前に現れた2つの裂け目は、派遣された師団がどちらも全滅した。その直後、急遽任命されたのさ」
「それは、それは……」
滅茶苦茶スケープゴートじゃん、お父様……。
「そんな父たちの目的は、
「突如現れた怪物の駆除。妥当ですね」
「……それと、もう1つ」
呟き、彼女はガラスを叩いた。
その先に繋がれたブラーを見つめ。
「ブラーという生物の
「……あの学校と、この地下施設。確かにやっていることは調査ですね」
頷きが返ってくる。
甘木隊長とか天パ店主たちが正面からブラーと戦っている裏で、ひっそりと行われていたのだろう。
「あれ? でも鵲さんは学校は『十神旅団』とは別口って……」
「そう言っていたな。だが、当時の父は上から数えた方が早い責任者だ。知らなかった、が許される立場か?」
「……ふむ」
まあそれも確かに。
学校やホテルの改造なんて、そう簡単にできることじゃない。
「ここのこと、お父上から聞いたことはないんですね」
「ああ。この書類を見つけた時は、本当に驚いた。私の家族も、
「……どんなお父様だったんですか?」
この国で最初期に現れた裂け目、夜鳥羽。
その動乱期を生き抜き、
恐らくこの国で最重要人物にあたるそいつは……一体どんな男だったのか。
「……優しい人だったよ。少なくとも、私にとっては」
部屋の端から順に光を照らしながら、彼女が呟く。
「父は若くして陸軍将官に上り詰めた麒麟児で、『鬼の重左』なんて呼ばれていたらしい」
「そういう二つ名、軍人さんがつけるものなんですね……」
ダサくね?とは言ってはいけない。
「気にしなくていい。私も聞いた時は少し笑ってしまった。ただ、それくらい優秀だったのは事実だな」
「というと?」
「さっきも言ったが、夜鳥羽はこの国では3番目の裂け目だった。といってもほぼ同時期なんだが……その前の2つの対応に当たった師団は、あっという間に壊滅して、活性化を引き起こしたのさ」
そういえば皆、『最初期』の裂け目とは言ってたが、『最初』とは言っていなかった。
前2つの師団はそれだけの大損害を出していたのに、夜鳥羽は……十神重左たちは耐えた。
それがどれだけ凄いことか、今ならよく理解ができる。
例えばレンたちの故郷、帯留野は何もない更地になった。
だがこの夜鳥羽は未だに殆どの建造物が健在だ。
それは
「しかも戦いの途中で、師団長――父の上司もまた戦死を遂げた。父は、実質夜鳥羽攻略の最高責任者となったのだ」
そして守り切ったと。そりゃ
彼女の父は稀代の英雄。娘としてはさぞ誇らしいことだろう。
……この施設さえ、見つからなければ。
「人体実験……」
呟いた俺の言葉に、咲良さんが頷いた。
「私は、夜鳥羽で起きた『奇跡』の理由がここにあると踏んでいる」
「お父様の采配で勝った、とは信じていないのですね」
「父は間違いなく優秀だったさ。ただ、この成果は
「それに?」
首を傾げる俺に、咲良さんがふっと笑う。
「リズさんは知らないだろうから言うが、私の父は2年前に失踪したんだ」
「……ああ」
――もう局長ではない。
誘蛾灯作戦の決行前、咲良さんが言っていた言葉だ。
辞めたとか死んだとかかと思ったが、失踪。
「彼が失踪した直後、この国にある裂け目の10カ所が、突如として活性化したんだ」
「へ?」
「その時の被害は膨大で、あまりにもタイミングが絶妙だった。それから私の父は、ブラーに国土を明け渡した
「それは、それは……」
お嬢様とか言ってたが、とんでもない。
彼女は国中から恨まれる大罪人の娘だったのだ。
「そんな父が、もしブラーと通じていたなら。――そんなことが可能かは知らないが、もしそれができたなら。それは、もしかしてこの夜鳥羽の時から始まっていたのかもしれない」
彼の『奇跡』は、ブラーと結託して行われたものだったと?
それはちょっと無理がある気もするが。
咲良さん自身も自嘲の笑みを浮かべながら首を振った。
「なんにせよ、私はここを調べなければならないんだ。ここなら、父の足跡が分かるかもしれない」
人体実験を行っていたかもしれないこの地下施設。
それは、この国の裏側。知ってはならない暗部だ。
「特捜が必死になって消そうしたことで、確信に変わった。ここには何か『秘密』があるとな」
「なるほど、それで……」
どおりで俺を頼るわけだ。
明るみに出れば
あっちは
迂闊には話せなかったんだろう。
「私は知りたいんだ。父がこの夜鳥羽で何をしたのかを。この地で何があったのかを。……本当に彼は、この国を裏切った悪なのか?」
「……もし、悪だったなら?」
「――私が父を止める。どんな犠牲を払っても」
探る様な問いに、咲良さんはこちらを真っすぐに見つめ返し、告げる。
その手は、あの雷剣に添えられている。
……例え命を使い果たそうとも、ってことか?
その手に震えはなく、顔に恐怖はない。
どうやら、決意は固そうだ。
「……わかりました。そういうことなら、改めてお手伝いしましょう」
「ありがとう。助かる」
「いえいえ。言ったでしょう? あなたには、奪い返す権利が、私にはそれを代行する力があるんです」
「……ふっ、そうだな。まずはここから、だな」
また怒られるかと思ったが、柔らかい表情になった咲良さんと頷きあった。
それに、俺にとってもこの状況はありがたい。
今俺が欲しいのは情報だ。それも裂け目とかブラーに関する極秘情報。
ここなら、それが手に入りそうだ。
貴重な物資もありそうだし、一石二鳥ってやつだ。
「……む」
というわけで通路の突き当たりにあった解剖部屋を調べていたのだが……壁際にもう1つ扉があることに気がついた。
銀のスイングドアで、頭の位置位にある覗き窓の向こうは暗くてよく分からなかった。
「想像以上に広いですね……あそこは私が調べてみますね。咲良さんは引き続きこちらを」
「分かった。頼む」
「いえいえ」
咲良さんから離れて扉を開くと、通路ではなく部屋に直接繋がっていた。
「どうだ? また通路か?」
「いえ、部屋ですね。広くもないので、ここが行き止まりのようです」
それだけ伝えて中へと入る。
更に濃密になった薬の苦い残り香に顔をしかめつつライトを向けると、そこには銀の土台に支えられた巨大なガラス筒が3つ、並んでいた。
「……ガラス筒?」
人体実験の現場にありそうランキング堂々の第1位。
そしてあって欲しくないランキングもきっと1位だろう。
なんか、すんごく嫌な予感がする。
「……っ」
念のため拳銃を引き抜き、映画でやってた、右手でライト、左手で拳銃を構えるやつをやってみる。
手首の上に手首乗っけるやつ。確かに安定するなこれ。
ライトの僅かな灯りを頼りに部屋を調べていく。
中には何もいないが……1つ、真ん中の筒だけ硝子が派手に割られていた。
「えええ……やっば……」
絶対なんかいて出てきてるじゃん。
ハザード的な事起きてるじゃん!
え? てことは逃げたの? んでひょっとしてまだ居るの? その……移植されたやつ。
慌てて拳銃を周囲に向けて警戒するが、そんなやついたらとっくに
とはいえ銃は構えつつ部屋の探索を進める。
ここはテーブルや棚があって資料が残ってる。何か情報が得られる筈だが……。
「えーっと、経過報告に……薬のリスト? あとは……」
手あたり次第めくって、取り出して――手を止めた。
「これ……そうだよな?」
偶然手に取った黒いバインダー。
そこに留められていたのは……誰かのプロフィール。
多分、
一番上は、頬のこけた丸刈りの男。
多分軍人。詰襟の服着てるし。
そのままめくっていくと、数人の顔写真が現れるが……全部似たような服装、髪型の男ばかり。
嫌なのが、線だけの人間の絵が描いてあって、全員どこかしらが塗りつぶされてるところだ。
最初の男は右腕。次は両足……てな具合。
……多分、塗ったところを縫ったんだろうなあ……。
うげ、と顔をしかめつつ何となくめくっていって――息を呑んだ。
「……はあ?」
腹の底から、大声が漏れた。
咲良さんに聞こえるかもとか、そんなんどうでもいい。
だって、最後の紙に載っていた顔写真。
これって――。
「……肉屋?」
あの地下に潜む巨躯の商人。
肉屋と思しき兵士の顔写真が貼られていたのだった。