それから30分ほどかけて調査をし、咲良さんと最初のラボ区画に戻った。
先ほど空けたテーブルに、集めた資料を並べて顔を突き合わせる。
「さて、集めた情報を整理しようか」
「はい。まず、こちら」
俺が見つけた被検体リストを掲げてみせる。
「一番奥で見つけた、被験者のリストです」
軍人らしい男たちの顔写真と、そのカルテ。
全員男。軍服や迷彩服姿……やはり負傷した軍人を対象に行われていた実験らしい。
「民間人はいない、か」
「安心しました?」
「一先ずはな。この人たちが自分意志だったかは分からないが」
「それは確かに」
この施設の状況を見る限り、病院の役割もあったらしい。
つまり、移植にピッタリな身体はいくらでも見つかったわけだ。
死にかけの兵士を使ってしまえば同意もクソもない。
「写真に見覚えは?」
「……いや、ない。いくら父の部下とはいえ数が多すぎるからな。……この中の誰かが施設から抜け出したわけか」
「だと思います」
「それは……人間なのか?」
「さあ。それを調べるのでしょう?」
「むう……」
肉屋のことは一旦黙っておくことにした。
教えたら絶対ついて来るからなあ……この人をあの思いっきり非合法なお店に連れていくのはなるべく避けておきたい。
咲良さんには別なことを調べて貰って、その間に聞きに行く。残り時間的にもそれが良いと思う。
ホントに最悪の場合、肉屋とやり合う可能性もゼロじゃない。
その時に
「一旦、別のことを考えましょうか。他に情報は?」
「写真があった。恐らくこの施設ができた時の写真だ」
今度は俺が受け取って写真を眺める。
およそ20人くらい、2列に並んだ男女が立っている。
全員笑顔――ではなく真顔。
いかにも軍人らしい写真の撮り方である。
「この中に顔見知りは?」
「それもいないんだ。てっきり、父の顔があると思ったが」
「ふむ。いたら話は早かったんですが。これじゃあ何もわかりませんね」
「いや、それは違うな」
え?と顔を上げた俺に、咲良さんが写真を叩いてみせる。
「見ろ。白衣の人間が多いだろう?」
「そうですね」
前列の8人くらいが白衣。残りが軍人さんって感じだ。
つまりこの白衣組が医者か研究者ってわけだ。
「もしこいつらが医者なら……あの人が知り合いの可能性がある」
「……あの人って……まさか……」
知り合いの医者……。
なんか、この流れは不味いか?
知らず知らずのうちに身体が震え始めて――。
そんな俺に、咲良さんは絶望の一言を告げる。
「一通り調べたら山本医院に行くぞ。あの人に話を聞かないと」
ああ、やっぱり。
昨日の今日どころか今日の今日。
絶対に怒られる……。
「ついでにリズさんの治療も頼もう。顔が青いぞ?」
それは違う理由です……。
抵抗虚しく、今度は俺が引っ張られながら、ホテルを後にするのだった。
***
夜鳥羽ニュータウンは南地区に医院を構える医者、山本義政の夜は遅い。
今日も夜24時近く、
「肩が痛ぇ……」
さっきまでの時間で、夜鳥羽の医療従事者を集めての研修を行っていた。
ブラーによる負傷は野生の熊などによる外傷に近く、一定の知識や経験が必要な事例であった。
人員は少ないが、交代制で何とかやっていくしかない。
睡眠時間が著しく削られるが、その分ちゃんと昼間に仮眠は取っている。
これからはこの不定期睡眠が続くことになる。
身体が持つことを祈るとしよう。
幸いなのは住民の避難が進んでいること。怪我人は少なくて済むだろう。
数日の辛抱か、もしくは更なる激務が待っているかは
「……いや」
頭に浮かぶのは早朝やってきた奇妙な連中。
あいつらも戦うとか言ってたが……。
「あと2日だったか……あの人数でなんとかなるのか?」
裂け目に現れ始めた、
あれをこの夜鳥羽の戦力で倒せるのか分からないが、あのリズならやってのける気がしてしまうから不思議である。
活性化を収め、またしれっと治療を求めにやってきて――。
ふと、エンジンの音が外から鳴った。
「あん?」
すっかり下げたままだったブラインドを下ろすと、バイクが1台停まっていた。
2人で乗っていたようで、先に降りた運転手がもう1人を頑張って下ろしている。
気のせいだろうか。同乗者の方、オレンジの髪が見えた気がした。
「……はぁ」
深くため息を吐き、施錠していた入口を開ける。
顔を出したこちらに気付いたのか、運転手――
「お前……」
「あ、山本さん。良かった、いらっしゃったんですね」
安堵の笑みを浮かべている彼女の背後には、必死に視線を逸らしているリズがいた。
その肩や腕からは、案の定真っ赤な包帯が覗いていた。
「……上がれ。この阿呆が……二度と馬鹿な事しないようにしてやる」
「お、お手柔らかにお願いします……」
どうやらもう一仕事しなければならないらしい。
ため息とともに、早速縫合の準備を始めるのだった。
***
「痛ったぁー!! ちょっ……痛いですって……!!」
「我慢しろ! 死にたくねえだろ。ほら、動くなよ……!!」
「ぐぎぎ……いっそ殺してー!!」
夜鳥羽南部。封鎖壁のほど近く。
最早周辺住民の避難はとっくに終わった、もぬけの殻の都市にある山本医院にて。
リズの緊急施術が行われていた。
『……なんか、凄い声聞こえるけど、大丈夫そう?』
「ああ。気にするな」
電話越しに心配の声を上げるのは
別行動をとったが、今生の別れでもない。定期的に連絡は取ると決めていた。
「そっちはどうだ?」
『順調だよー。皆で拠点を整備して、ブラーの襲撃に備えてるとこ。咲良さんたちは?』
「あの地下研究所で医療品を回収して、今は山本医院だ」
『あー。この声はそういう……リズ、ご愁傷様』
ぱん、と軽い音が聞こえた。
……多分手を合わせてるんだろう。
『でも、なんで医療品を?』
「山本先生に頼まれていたらしい。私はその手伝いだ」
『あー、なるほど』
嘘である。いや、半分は本当ではあるが。
父のことを調べていた、というのはなるべく黙っておいた方がいいとリズに言われたのでそうしている。
向こうには記者がいるから、と。
この
『でも、リズはこれから何をするつもりなんだろう』
こうして何気なく探りを入れて来る。
うっかり口を滑らせないように気をつけなければ。
といっても、リズの目的は本当に知らないのだけれど。
「今は何も分からない。ただ、彼女には命を救われたからな。気が済むまでは手伝うさ」
『そっか。じゃあ、なんかあったら連絡よろしく!』
「ああ」
そこで通話は途切れた。
いつの間にか叫び声も収まっていた。
時計の音だけが響く部屋の中、集めてきた書類を眺める。
「うーん……書類ではやはり良く分からないか」
例のカルテに薬品らしい物の発注リスト。
あとは各種報告書の中で名前の記載があったものを重点的に集めてきた。
名前はリズの提案だ。
自分も彼女も医療のことが良く分からないから、その意見には賛成だった。
残念ながら知っている名前はほとんどなかった。
勿論、父たち将官の名前はあるが、治療者の報告書に記載されてるのが精々だった。
収穫はない……が、彼なら知っている可能性はある。
「終わったぞ」
「お疲れ様です。……リズさんは?」
「ピンピンしてやがる。今回は寝ないつってるが、せめて1時間は安静にさせる。悪いが待ってろ」
「構いません。彼女は無茶をし過ぎです」
「……あの傷、今朝よりかなり塞がってやがった。相変わらずハンターってのは人間じゃねえな」
「あはは……」
彼女の場合は何らかの
カップに薬缶の水?を注ぎながら、山本がこちらをちらと見る。
「その書類は?」
「実は、あなたに見て欲しいものがありまして」
「……こちとら仕事明けなんだがな」
「すみません。直ぐに済みます」
どさっと目の前に座った彼に、例の写真を見せる。
「これは?」
「夜鳥羽の危険領域内にあった施設の写真です。この中に見覚えは?」
「あー……ちょっと待て」
目をぐっと押さえて眺め、それでも駄目だったのか虫眼鏡を取り出した。
「すみません、疲れている所」
「本当だよ。これが一体……ちっ」
言葉が途切れ、舌打ちが飛んできた。
写真をこちらに向けると、白衣組の1人を指で叩く。
「こいつ。こいつだ」
「お知合いですか」
「ああ。俺が勤める予定だった病院の理事長。一家全員医者の金持ちのボンボンだよ」
「そんな方が……」
普通の医者ではないとは思っていたが、想像よりもずっと立場ある人間だった。
「逃げたと思ったが、こんな所にいやがったか。危険領域の中と言ったか?」
「はい。裂け目のすぐ近くです」
「……はっ、なんだ。肝が据わってんじゃねえか。それだけ報酬が良かったか?」
「かもしれません」
もし行われていたことが事実なら、巨額の金銭が動いたことだろう。
施設の建造、運営。それに情報の秘匿。必要な対価は大きそうだ。
「その理事長は今どこに?」
「中央で実家の理事をしてたはずだ。
「……あそこですか」
中央にいた時に通ったことがあった。
……口封じで、なんてことはないらしい。
また1つ安心できる事実。
ただ、それは同時に中央まで聞きに行かねばならないことも意味している。
……残って調べるべきだったか?
いや、あれ以上の滞在は危険だし、リズさんがの治療が優先だった。
そう自分を納得させていると、山本先生が口を開いた。
「何を調べてるんだ?」
「山本先生は、もし身体を欠損して死にかけた兵士にブラーの身体を移植したとして、生き残れると思いますか?」
「あ? 無理に決まってるだろ。人間の腕に熊の腕を移植して治ると思うか?」
「それは……無理ですね」
ブラーという理解不能の怪物だから可能性を考えてしまうが、熊と言われればどれだけ馬鹿なことを言っているのか良く分かる。
「だろ? なんでそんなアホなことを?」
「これを」
リズさんが見つけたカルテを見せる。
「なんだこりゃ」
「その理事長が関わっていた施設のカルテです。負傷した兵士の身体にブラーを移植した可能性があります」
「はっ……んな馬鹿な……」
否定をしようとして、直ぐに押し黙った。
「……どうしました?」
「少なくとも、俺には無理だ。いや、
「……危険領域内なら、それができると?」
「知らん。俺は入ったことはないからな。ただ、あれは半分別の世界なんだろ?」
外と中では文字通り世界が違う。
なら、可能性はゼロではない、か。
「ただそうなると、この被験者たちは外には出られないですね」
「だろうな。外出た瞬間身体が弾け飛ぶんじゃねえか?」
つまりまだ夜鳥羽に潜伏している?
いや、そうか。
「
「だろうな。奴らは危険領域に住んでるんだろ?」
正確には異なるが、囲地にいなくとも滞在は可能だろう。
――ブラーが移植された人間……その戦闘能力は高いのか?
それこそホテルにいた戦闘員、赤兎など。
あのレベルの能力を持つとなるなら、その手段に手を出すのも――。
――いや、分からない。私は、裂け目ができた直後の動乱も、活性化も知らない。
外法に手を出す程の戦場を自分は知らない。
これから活性化が起きればわかるのだろうか。
……そんな事態が起きてほしくはないけれど。
「ありがとうございます。助かりました」
「ああ。……折角だ。他のも渡せ。暇なときに見ておく」
「助かります。何かあれば甘木隊長にお知らせを。私に通じます」
「わかった。じゃ、俺は寝る。好きに出てっていいぞ」
そのまま彼は受付奥の部屋に消えていった。
「……ふう」
静かになった待合室で、革張りの椅子に背を預けて息を吐き出す。
ホテルに向けて行動を開始してからほぼ丸一日。
これでようやく人心地がついた。
父のことはまだわかり切っていないが、今のところは安心できる気がする。
もう少し調べなければならないだろうが……。
「……いかん、疲れが……」
どろりとした眠気に襲われ、意識が沈んでいく。
少しも抗うことはできず、そのまま眠りについてしまった。
***
あー、死ぬかと思った。
正直戦闘より、
まだ全身痛いが、今度は呑気に寝ている暇はない。
さっさと色々と探索に行って、ヤバくなったらリセット。
そう決めて治療室を出ると、咲良さんがソファーで眠っていた。
「おっと……」
疲れて寝ちゃったか。
この人もずっと気を張って戦ってたもんな。無理もない。
この様子じゃしばらく起きないだろうから……今のうちに拠点に戻ろう。
咲良さんになら拠点の場所とか、俺のことを色々と教えてもいいけど、後々何かに影響しても面倒だし。
「メモだけ残しってっと……」
「――帰るのか?」
「わっ!?」
背後から
見れば受付奥の扉から顔だけ出していた。
「あ、はい。また後で戻って来るとは思いますが」
「そうか。医療品、ありがとな。助かった」
「いえいえ、こちらこそ治療、ありがとうございます」
それだけ言って引っ込んでいった。
びっくりした……。
さて、気を取り直して。
鞄を背負って医院を出ると、イヤホンを耳に付けた。
「見てるか?」
『見てるよ! 治療お疲れ様』
「本当にな……金は余ってるってのに」
街はすっかり静か。
バイクに跨がり、エンジンを駆動させる。
単独の運転ならかなり危ないが、今なら
『で? どうすんの? 拠点の改造でもする? ベッドとか置いたりさ』
「ベッドか、それもいいなあ……でも、流石に後回しだ」
『だね。あー、三毛ちゃん触りたかった!』
「また今度な」
そんな機会があればだけど。
「頼みがある。お前……というか甘木さんか
『ん?』
「襲ってきた
俺や
特捜、ハンター、そして
他2つは当事者がいるから、奴らの情報を調べてみよう。
空に浮かぶ巨大な裂け目。
その奥からゆっくりと迫りつつある怪物を見つめる。
「マジでデカいじゃん……あれか? 実は防衛軍的なゲームだったのか?」
銃ではあるが、視点もジャンルも違う。
ルートシューターであのゲームやったら即死するぞ。
「あれを倒すか、裂け目を閉じるか」
果たしてそれがやれるのかどうか。
わざわざ呼んだんだ。それくらいはできると信じるぞ、神様モドキ。
「さ、やってみますかー!」
まずは拠点、そして肉屋。
時刻は間もなく24時。これで残り時間は2日を切る。
その短い時間でどこまでできるか……いざ、勝負といこうか。
探索成果:―
収入:―
支出:¥ 40,000 【治療費用】
残額:¥1,535,050
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:衣類の回収、引き渡し
4:医療用品の回収、引き渡し
5:肉屋に話を聞く
6: