「ただいまー」
分厚い戸を開け拠点である教会に戻ると、寝ていたらしい三毛が出迎えてくれた。
「――!!」
「おー、お前まだいたのか」
簡易寝床で呑気に寝てらっしゃった。
一応、扉も少し開けておいたんだけど……あの巨大な
図太い猫である。
「飯は……食ってるな。ほれ追加だ。これ食ったら逃げろよー」
「――?」
キョトンとしてこっちを見てる……駄目そうだ。
まあ今はこいつに構ってる暇はない。
水を舐めてる三毛の横を通り抜け、地下室へと向かう。
「ふっふっふっ……!! おい三毛、今回は過去最大の戦利品だぞ!」
「――?」
久しぶりの地下室。まずは銃器ラックの前で足を止めた。
ずっしり重たいバックパックから取り出す戦利品その1――銃!
代わりに猟銃を失ったが……もう役不足だろう。
復活登録を解除して、代わりに新武器2つをガラス筒に入れて新規登録を済ます。
『――――』
また上から駆け抜ける何かが通り過ぎる轟音が鳴って、登録完了。
一旦は拳銃と
「ふへへ……
死んだときの修理費は考えない。だってどうせ馬鹿高いから。
まあ、猟銃が10万だから一発破産はないだろ……多分。
「武器はこれで良し。次は……これ!」
引っ張り出したのは地下駐車場で手に入れた無線機。
これと
「通信設備の完成ー!」
通信設備 Lv.2
PC、無線、電話の3つの機能を備えた通信ステーション
ネットに無線、スマホで電話もいける。
まあ、今は
だけど!
「プロジェクターをつければ……壁一面の地図の完成!」
「――!!」
当然危険領域内は大半が穴抜け状態だが、これまで訪れた建物たちの位置関係や距離感が分かるのはありがたい。
「こうしてみると、広いなー……」
東西7km。南北10㎞。道も隙間も大きいが、その分かなり巨大な都市である。
あと2日で回れる場所は多くはない。
考えて動かなければ。
「で、次。これが目玉だ」
鞄の底、幾重にも緩衝材に包んで保護してきた素材一式。
特に閃きを引き起こしたキーアイテムを手にした時は、脳髄をぶん殴られた様な衝撃に襲われた程だ。
そんな、今日のメインディッシュであるそのレシピは――。
ホテルの発電機修理に使った工具一式!
地下施設で見つけた薬品を扱うガラス器具とか色々!
後は天パ店主に頼んだ銃整備に使う機材諸々。
最後にその辺で拾った机を組み合わせれば……ワークベンチの完成ー!
ワークベンチ Lv.1
ありあわせの機材で作った作業台
拠点における最重要設備と言っていい。
銃のカスタマイズに、弾薬の作成……はできる気がしないけど。
他にも様々な物品が作れるようになる。
例えば……爆弾とか。
「んっふっふっ……」
そう、俺は思いついたのだ。
ルートシューターであんな巨大な裂け目と化け物を対処する唯一の方法を。
――あの、シアーが持ってきた民族風クナイ。
刺しただけで赤兎が消滅したアレを、
『……何その、そのまんまな名前』
『アタシに言わないでよ!? スキルツリーを進めてたら貰えたの!』
『貰えた? なんで? お前戦わないだろ』
『ユニットに持たせるんだよ。物資と場所があれば武器工場も作れるんだから、アタシの能力』
『マジか。それをさっさとやれよ』
『無理! 人手も物資も全然足りないよ。……でもこれがあれば、凶悪なブラーでも対処ができる』
『……
『うーん、試してないけど……流石に無理かなあ』
残念。
あれを持って行ってぶっ刺せば終わり、なんだったら話は早かったんだが。
『そもそもどういう武器なわけ?』
『説明では「神気」を注ぎ込んでブラーを消滅させる、って』
『神様パワーってことか……?』
良く分からん説明ではあるが、理解はできる。
神様が用意したスペシャルウェポン。
……なら、俺の場合は?
その答えこそ、このワークベンチ。
あらゆるタスク品や必需品を作る、ルートシューター必須の設備がここで火を吹くわけだ。
「このベンチで裂け目を――いや、あの
そしてそれは、爆弾だと思ってる。
あんな巨大生物を追い返す銃や弾なんて作れる気、しないし。
なにより爆弾なら現物が手元にある。
特捜連中が地下施設爆破に持ってきた爆弾。
それらを全部拝借してきた。
「それ以外の素材はなんにも分からんけど。……まあ、またなんか思いつくだろ!」
勿論当てはある。
それは、この拠点地下にある設備だ。
ワークベンチやシューティングレンジなんかの定番設備と大きく異なるモノ……そう、ブラー解体所。
ここで手に入る素材で俺の神造武器が作れる。そう考えるのがゲーム的だろ。
つまり――ブラーの心臓を使った爆弾だ!
というわけで、ここで爆弾作って、でき次第裂け目にぶち込む。
名付けて――裂け目&
「そのためにも……行くか、肉屋」
色々やってるうちに朝日が昇り始めてる。
新規登録した
重装備だが、肉屋と戦うなんてつもりはない。
なんのためかって、当然ブラーだ。
そもそも複数相手も面倒だってのに、拾った
拠点に戻る前に3体ほどと戦って、もう随分使っちゃった。
「……弾、売ってるかな……」
咲良さんのための情報収集も大事だけど、俺的にはそっちの方が大事。
でも「あなた人体実験の被検体で、多分人間じゃないですよね?」なんて聞いて穏便に行くかな……。
……一応、俺に賭けたとか言ってくれてたし、信じるからな……。
「行ってくる。お前も逃げろよー」
「――!!」
飴を放り込み、三毛の頭を撫でてから、今度は徒歩で肉屋へと向かうのであった。
***
同時刻、午前5時頃。
夜鳥羽の裂け目、その外縁部にある封鎖壁の外側では、甘木たち支部の兵たちが戦闘に備えて詰めていた。
それなりに裕福だろう3階建ての一軒家を間借りした簡易基地で、支部員たちは必死に危険領域の観測を続けている。
「――裂け目の数値、更に上昇を続けています」
「
「……あれが、押し寄せて来るんですか?」
震えながらそう言うのは、夜鳥羽支部の新人である沢渡。
封鎖壁に設置されたライトに照らされた灰色の廃墟群。その中を無数の白い異形が蠢く様はこの世の終わりの様で恐ろしい。
いつも定期清掃に訪れる時の危険領域と比べて、5倍はブラーがいるだろうか。
活性化が本格的に起きれば更に増えていく。
そんな数が壁に押し寄せたら……。
想像に、身体の底から震えが起きる。
「……っ」
「おう沢渡! ちょっと来てくれ!」
「は、はい!」
慌てて立ち上がり、簡易指令室となっている広いリビングに入った。
そこでは通信手や観測手が作業する中、声の主――隊長の甘木が待っていた。
彼は沢渡を見ると、思わずといった様に噴き出した。
「お前、ビビってるなあ! 真っ青だぞ!」
「そりゃ、怖いですよ。なんですかあの数……!!」
「はは。あれでもまだ増えるぞ。……まあ、俺の知識は5年前のやつだがな!」
そう笑う甘木の腕や首元は傷だらけ。
今外に見える景色とは比べ物にならない凄惨な戦いを経験した彼と違い、沢渡は身体が震えて仕方がない。
ブラー憎しと思ってはいても、結局命の危機は恐ろしい。
必死に震えを抑えつつ、沢渡が問いかける。
「……この街は、どうなるんでしょうか」
「そこは俺たちの頑張り次第だ。3日もすれば増援が着く。それまで被害は最小限に抑えられれば、直ぐにまた元通りだ」
それはつまり、失敗すれば街が壊滅するということ。
……死ぬ気で戦わなければならない。
震える身体に力を込めて、何とか奮い立たせる。
やるんだ沢渡。ここでやらねば、死んだ家族と先輩に顔向けができない。
「……で、だ。沢渡」
肩を叩く甘木の顔は、そんな沢渡とは真逆の優しい笑みで。
「お前に、ちょっと頼みたいことがあるんだ。いけるか?」
「は、はい!」
「よし! よく言った。こっちだ」
案内された先には夜鳥羽の地図が壁に張りつけられており、その1点を甘木が指さした。
そこは今いる壁間際から更に数百m程離れた地点。
「ここに狙撃手を配置して後方支援と、後退時の拠点をつくるんだが、手と足が足りない。支部員をトラックで運んできてくれるか。2人……そうだな、新見と森中を連れていけ」
「了解しました!」
「緊急時はそのトラックでこの基地から人員を逃がす。通信装置を手放すなよ。寝てる時も、クソしてる時もだ。いいな」
「は、はい……!!」
命令を忘れない様記憶に刻み込む。
後方待機といわれて安堵する自分が情けないが、これも大事な任務。死ぬ気でやらねば。
ただ――。
「んふふふー」
「……
「もっちろん。久々のまともなご飯だよー? たっぷり補給しないとね!」
聞こえてきた声に振り向けば、居間にある大机でホテルで合流した協力者たちが会話をしている。
その中の1人、
「……見てるだけで腹いっぱいになりそ……しかも全部味違うし」
満面の笑みで箸を割る彼女を、呆れ顔で瑞希が眺める。
湯に溶けた粉末スープの刺激的な匂いが……4つ。
混ざりあった油と調味料の独特な香りがこちらまで漂う。
「普通醤油だろ。なあレン」
「僕はラーメン苦手。うどんがいい」
「なら醤油だな! ほら2票だ」
「は!? 味噌でしょ味噌。バターも入れれば完璧でしょ」
「味噌ぉ!? あんな甘いの好んで食う奴の気がしれねぇわ……てかだからそんな体型……」
「は、腹は関係ないでしょ!? ずっと隠れてたから動けてないのよ!!」
ぎゃあぎゃあと、明らかに場違いな声が響いてきている。
それを見て、沢渡は苦い顔でそちらを指さす。
「……あの、隊長」
「言うな。俺も、ちょっと後悔してる」
頭を掻きながら、甘木が深いため息を吐きだした。
「今は
「分かりました」
「――それ、僕も行くよ」
杖を突いてやってきたのはジャンクショップ鵲の店主。
甘木のかつての同僚で、今は拠点形成の指示役を買って出てくれている。
「……鵲さん」
「僕とあの味噌の人……鷹村ってのは戦いじゃ役に立たないからさ、こっちで使ってよ」
「すみません、助かります」
沢渡は知らなかったが、彼は甘木と共に5年前を戦った陸軍の工兵だったそうだ。
甘木が敬語で喋る相手というのは、珍しかった。
鵲は元軍人とは思えない柔和な表情で首を横に振る。
「お礼を言うのはこちらだよ。この街のためにありがとう」
柔らかな笑みを浮かべて鵲が頭を下げる。
その背後では彼の仲間が騒いでるから対比がもの凄い。
ただ、彼の言葉は正しい。
この街のために戦う。自分たちが抜かれれば、多くの人が死んでしまう。
ここで逃げたとしても、その繰り返しで直ぐに死ぬだろう。
だからやるのだ。今、ここで。
「……!!」
沢渡の目に熱が宿ったのを見て、甘木と鵲店主は視線を交わして互いに微笑んだ。
「救援まで3日だよね? つまり後5日、可能な限り生き残らせるのが僕と君の仕事だ。よろしくね、沢渡君」
「……はい!」
指示された仲間を呼びに行こうとして、ふと窓の外を見る。
さっきよりブラーの数が増えている気がする。多分気のせいだろうけど……。
「今頃、彼女たちは戦ってるのかな」
隣に立った鵲が朗らかな声でそう言った。
彼女たち……ここに不在の十神と、もう1人。亡霊と呼ばれたあの女性。
「……リズさんとかいいましたよね。あの人、今、あのブラーの群れの中にいるんですか……?」
「そうみたい。よくやるよー」
「本当に……」
数を減らしとく、とか笑顔で言い出した時は訳が分からなかったが、何故だか誰もそれを止めなかった。
流石に距離があるから銃声は聞こえないが、今も戦っているのだろうか。
「もしかしたら、本当に止めちゃうかもね?」
「え?」
「じゃあ、行こうか」
「あ、はい!」
活性化――決戦に向けての準備は進んでいく。
***
「……はぁっ、はぁ……やっと、着いた……」
拠点を出てから1時間ちょっと。
俺はようやく西の端――肉屋の側にたどり着いた。
息は絶え絶え、服や武器には至る所に返り血が付着していた。
「ブラー、増えすぎだろ……」
道中、信じられないくらいの数のブラーがうろついていて、問答無用で襲い掛かってきた。
いつもなら2体いれば多いルートで、計6体のブラーに遭遇。
幸い
「時間優先で心臓も諦めたし……大損だ……」
ホテルで金を失わなかったから貯蓄はまだまだあるが、非常に勿体ない。
その分、情報を持ち帰らねば。
「――おやリズさん。ようこそいらっしゃいました」
「おはようございます。朝早くからすみません」
「おほほっ、私は1日中ここにおりますから、いつでも来ていただいて大丈夫ですよ」
満面の笑みでそう答える真ん丸の巨躯。
危険領域の西端辺り。地下に店を構える謎の男。その背後からは相変わらず重低音が鳴り響いている。
俺は背負っていた
「ほほ?」
「これの弾、あります? あるならあるだけ」
「ふうむ……探してみましょう」
マガジンを外し残弾を太い指で確かめると、振り返って棚を漁り始めた。
どうやら在庫がありそうだ。
良かった……。ホテルの武器とかは粗方回収されたから、またどっかの拠点跡を漁らないといけないところだった。
「他にご用件は? まさか弾をお買いに来たわけではありますまい?」
……結構こっちも重要になってたんだけど、確かに本命は別。
「はい、お聞きしたいことがありまして。……あの
「ほほう? わたくしの商品ではご不満ですかな?」
「あ、いえ。そうではなく……」
俺の考え――裂け目とその奥にいる
「……裂け目を破壊、なるほど。ですが、裂け目にはミサイルや砲撃も効かなかったのですよ?」
「そうですね。そう聞いています」
危険領域は半異界。
その根源たる裂け目もまた半分――いや、かなりの割合が異界の存在なのだろう。
そんな相手にこの世界の物理武器は効きにくい。
「だからこそ、奴らの心臓を使うんです。奴らの世界のエネルギーで作った爆弾なら、きっと効くでしょう?」
加えて、こっちは神様のブースト付き。
きっと効くさ。
「……ふむふむ」
俺の唐突な依頼に笑うかと思ったが、肉屋にその様子はない。
むしろかなり真剣な顔で考え込んでいる。
「……具体的には、何をお教えすればよろしいですかな?」
「爆弾は手元にあります。設備も。足りないのは、爆破のエネルギーを『異界側』に変換する技術や機構です」
だから効くし、その機構そのものはブラーが体内に宿してる。それの逆をやればいいだけだ。
「おほほっ、そういうことでしたら、お力になれそうです」
くるりと部屋の方を向いて何かを弄り始める。
デカい背中でなんにも分からないが……協力してくれるらしい。
「……自分で聞いておいてなんですが、教えていただけるのですか? 企業秘密かと思いましたが」
「ほほっ、勿論その通りですが、あなたの頼みならば別ですよぉ。言ったでしょう? あなたに賭けると」
「……ありがとうございます」
そう、肉屋はかなり協力的。
裂け目の活性化を俺が止めることを信じ、力を貸してくれている。
だがもしこいつが
「ではそちらもご用意しましょう。製法とその材料。全ては無理ですが可能な限りお渡ししますよ」
「本当ですか。ありがとうございます……!!」
「ただし、核となる心臓はリズさんご自身で用意していただく必要がありますよ? それも普通の個体ではなく、
「当然です。ちゃんとご用意してみせますとも」
「おほほ……」
「ふふふ……」
悪い笑みを浮かべて、サムズアップ。
弾も買えて、爆弾の製法と材料まで融通してくれる。
本当、最高の商人だよ、肉屋。
……だからこそ、これを聞くのは恐ろしいんだが。
「――あと、もう1つだけお聞きしたいことがあります」
「……おや。それは一体――」
こちらを見た肉屋の目が見開かれる。
俺の手には、拳銃が構えられていたからだ。
それでも身じろぎすらほとんどせずに、肉屋は穏やかな声で尋ねて来る。
「……ご質問は、なんでしょう」
「夜鳥羽セントラルホテル、その地下にある研究施設に関して」
振り返った肉屋の目が、すっと細められた。
そんな彼に見せる様に、ポケットから被検体の写真を取り出した。
「あなたは、この施設にいた。そうですね?」
「……」
「教えてもらえませんか。5年前、あそこで何が行われていたのかを」
「……おほほっ」
薄暗い地下店舗。
その主である肉屋は、分厚い瞼に隠れた目を細めて、甲高い笑い声を発するのであった。