ぐわんぐわんと、何かの駆動音が響く地下店内。
腰の高さのカウンターを挟んで、数倍はある巨体の店主に、俺は彼の禁忌に踏み入る問いを投げかけた。
「教えてもらえませんか。5年前、あそこで何が行われていたのかを」
「……おほほっ」
笑い声に、彼の肉がゆさっと揺れる。
ただのプレスで俺は潰れる自信がある。それほどの巨体。
しかもその身体は
それでも、構えた拳銃の狙いを頭につけながら俺は肉屋からの答えを静かに待った。
気が遠くなるほどの静寂が続いて、しばらく。
「――そうですか。もうその情報にたどり着かれましたか」
分厚い唇をニヤリと歪めて。
肉屋は実にいつも通りの穏やかな顔でそう言った。
「流石はわたくしが見込んだお方だ。素晴らしい!」
「……そんな反応をされると、困りますね」
「ほほっ、まさかわたくしがリズさんを攻撃すると? そのつもりなら重撃弾をお渡しなどしておりませんよ」
まあ、それはその通り。
俺は拳銃を降ろして溜息を吐き出した。
「……驚きましたよ。地下研究所にあなたの顔写真があるんですから」
「ほほっ、それは失礼いたしました。ただ、こればかりはわたくしにもどうしようもありませんから」
「ふふっ、そうですね」
弛緩した空気に自然と笑みが浮かぶ。
俺としてもこの肉屋は生命線。戦いに発展する様な事態にならず、ホント良かった。
「――改めて自己紹介を致しましょう。わたくしは権藤豊。かつての陸軍第3師団に属していた兵士です。階級は曹長。主に西部の防衛任務に従事しておりました」
その後の彼の自己紹介曰く、十神旅団ではない第二旅団の所属で、ブラーとの戦闘中に起きた建造物の崩落により両足を切断。
戦闘続行不能状態にあった彼に、例の人体実験の被検体の打診が来た。
そして彼はそれを承諾。手術を受け――生き延びたということらしい。
「人体にブラーを埋め込む……そんなことが本当に可能だったのですね」
「そうですねぇ。本当にあの生物は不思議です。こうして生きているのが、今も信じられませんな」
たぷたぷの顎を撫でながら、肉屋はそう告げる。
「――特殊滲体の人体移植。わたくし
「僅か7人……」
「12%で死ぬはずの兵士が蘇る。それも、単独で
そうして生まれた7体の
彼らは夜鳥羽奪還のために、様々な任務に投入されることとなった。
「ただ当然、わたくし達は他の兵士とはあまりにも
「チーム……もしかして、α部隊ですか?」
「おお、よくご存じで。その通りですな」
あの地下駐輪場で見かけた命令書。
そこに書かれた『α部隊』こそが、肉屋たち怪人部隊だったのだ。
色々と繋がってきた。
そして、この夜鳥羽で何が行われてきたのかも。
「……前に見かけた指令書では中央地区の奪還を行う、とありました。それを7人で……もしかして、かなり危険な任務を任されていたのでは?」
「ええ。普通の兵士であれば軽く全滅する危険地帯がわたくし達の居場所でした」
特殊個体の討伐、ブラーの巣と化した地区の奪還。
危険領域内で消失した住民や味方の捜索……。
無数に発生する任務の危険度の上から順に、彼らは投入されたのだろう。
強い上に最終的には見捨ててもいい。指揮官にはこれほど都合のいい部隊はなかっただろう。
「酷い扱いですね」
「ほほっ、なに、どうせ一度は死んだ身です。それが
「やっぱり強いんですか」
俺の問いに、肉屋はゆさりと頷く。
「人を喰っていない
「あなたの移植箇所は確か……」
「両足です。瓦礫に膝から下を潰されましてね。そこを移植しました」
肉屋がその巨体を立ち上がらせ、カウンターを軽々と乗り越えてきた。
ずん、と狭い店内が揺れる。
「おっと……」
「おほほ、失礼しました。……これで、わかりますかな」
今まで腹から上しか見たことがなかった肉屋の巨体。
業務用冷蔵庫みたいに馬鹿でかい身体。白いシャツに赤いエプロンがパツパツの服装だったが、その下は何故か短パンで。
そこから覗く足は――真っ白だった。
「……!!」
恐竜の足みたいな3本指。
爪は鋭く、ふくらはぎがぼこっと異常発達している。
赤い筋の切れ目がいくつかあって、足に力が入るのと同時に僅かに開くのが見えた。
どう見ても人間のそれではない。
「
ほほほっと笑うが、全然笑えない。
200㎏とかありそうな身体だが、それを実現したのはこの凶悪な脚のおかげってわけだ。
……全力で走ったらバイクより速そうだ。
「これは……凄いですね」
「でしょう? 我々はあの手術によって超人的な力を手にしました。……代わりに、危険領域から出られなくなりましたが。危険領域を出れば身体が崩壊を始めてしまうのてすよ」
「そこはブラーと同じなのですね。あ、だからここに店を……?」
「それだけが理由ではないのですが、まあ、割合としては大きいですな。今となってはわたくし1人、ここでこの街の行く末を見守っておりました」
「……はぁー、なんというか、途方もないお話ですね……」
人体実験の話だけでもとんでもないのに、まさか生き残りがこうして存在しているとは。
流石怪物が存在する世界。倫理観がぶっ飛んでるし、その結果現実もゲーム並みかそれ以上の混沌と化している。
咲良さん、あんたの父親は想像以上に凄いことに関わってたかもしれないぞ。
てかこれ、絶対メインストーリーに関わる重大情報じゃん。
ああ、こうなるんだったら咲良さんを連れてくるんだった……。
「お聞きしたいことは他にありますかな?」
……ここらが潮時かな。
咲良さんのために情報は集めたいが、これ以上は俺が覚えてらんないし。
肉屋が安全だってわかったんだから、後は本人を連れてきて彼女に聞いてもらおう。
「えっと……実はこの情報を欲してるのは私ではなく、別の方でして」
「……やはり。十神咲良さんでしょう?」
「それもご存知でしたか……」
もしかしたら俺がこうして聞きに来るのもお見通しだったのかもな。
まあ、それなら話は早い。
「では続きは彼女を連れてきてからで。まずはお願いした爆弾用の装置の方から……」
「勿論ですとも。まずはこちらを――」
「ふんふん」
俺は俺の目的のために、肉屋と準備を進めていく。
終わったら迎えに行くから、ちょっとだけ待っててくれよ、咲良さん。
***
――疲れ果てて眠った時、私はいつも父の夢を見る。
『咲良、よくやったな。私はお前が誇らしい』
父との最初の記憶が、その言葉だった。
まだ幼い頃。
通っていた剣術道場の大会で優勝した時だ。
父に――十神重左に頭を撫でられ褒められた、一番古い記憶。
私が生を受けた十神家は、代々軍人を排出する家系であった。
父は若くして陸軍少将に任じられた麒麟児。
軍服姿で部下を従える父の背は大きくて、格好良くて。
父である以上に憧れの人であった。
『おとうさま! さくらもかならず、おとうさまのような軍人になってみせます!』
『おお、そうか? はは……なら頑張れ。楽しみにしてるぞ』
『はいっ!』
幼い娘の愚かな夢だと思っていたのだろう。彼はいつもそれを苦笑いで聞いていた。
実際、愚かな夢だったのだろう。
当時の陸軍に私のような女性士官の居場所は少なく、また私も、その慣例を突き破れる程の才はなかった。
唯一、剣術においては最優秀の成績を収めたが、この銃器の普及した時代においては大した役には立たなかった。
『咲良。大会、優勝したそうじゃないか。優秀な娘を持てて私も鼻が高いぞ』
『……はい。ありがとうございます』
『どうした。不満か?』
『いえ、そんなことは……!!』
父が褒めてくれるのは嬉しかった。
でも私は、軍人として褒められたかったのだ。
くだらない子供の我儘。機嫌を表に出すなど軍人として相応しくない。
……それでも、褒められたい自分が情けなくて。
そんな感情でぐちゃぐちゃになった頭を、父は優しく撫でてくれたのだ。
『私は、咲良の真っ直ぐで綺麗な剣が好きだよ。そのことは覚えておいてくれ』
「……ありがとうございます」
そんな優しい父であったが、こと軍人としては飛びぬけて優秀だったと聞く。
先に軍人となった優秀な兄たちもまた順当に実績を積んでおり、私がなにもしなくとも十神家は安泰であった。
きっと私は軍学校を出ると同時に、お祖父様辺りが選んだ適当な誰かの嫁になるのだろう。
そこには銃と剣を捨てた穏やかな――退屈な日々が待っている。
ああ、なんてくだらない人生だ。
私の努力など所詮小娘の悪あがき。唯一皆が認める剣に縋って、気絶するまで剣を振るっては生傷を増やす、そんな日々だった。
潰れて固くなった剣ダコが家族へのせめてもの意趣返し。
今思えば青くて笑えてしまうけど、当時の私は必死だった。
誰か、この檻をぶっ壊して外に連れ出してくれ。
そんなくだらない願いが通じてしまったのだろうか。
5年前、あのブラーという怪物が現れたことで、事態が……いや、世界そのものが一変してしまったのだった。
そして、それは父までも変えてしまった。
突如として消え、多くの活性化を引き起こした売国奴。
彼の足跡を追えば、その理由が分かるのだろうか。
青く輝く裂け目に向かって消えていく父の背を追って、私は何故かゆっくりとしか動かない足で必死に追いかけて――。
『■■■■――――!!』
その向こうで、青い裂け目からビルより巨大な異形が、咆哮を上げながら這い出していた。
「……お父様……」
ぱちりと開いた視界には、見知らぬ天井が映っていた。
つんと香る薬品と革の臭い。
そういえば、山本医院にいたのだと思い出した。
――またこの夢か。
疲れ果てて気絶する様に眠ると、決まって父の夢を見る。
甘えだろうか。
それとも後悔?
世界とともに変わってしまった父。その傍にいられなかった自分の不出来を呪っているのかもしれない。
「……なんてな」
くだらない感傷を振り払うように顔を振り、おかげで目が冴えた。
周囲を見れば、白い日差しが差し込んでいる。
――夜が明けている……!!
「……っ!!」
勢いよく起き上がる。
待合室のソファで寝落ちてしまっていたらしい。
周囲に人はおらず、目の前のテーブルにはエナジーバーと手書きのメモ。
『先に行きます。起きたらご連絡ください』
『SBEU基地にいる。施錠は不要』
「リズさん!」
立ち上がって医院の奥へと駆ける。
1時間は寝かせると山本さんは言っていたが、逆を言えば、それを過ぎれば彼女は……。
「……いない」
案の定、医院のベッドのどこを見てもリズはいなかった。
このメモの通り、先に危険領域へと戻ってしまったのだろう。
私としたことが寝てしまったらしい。
壁の時計を見れば6時30分。
6時間以上も眠ってしまっていたらしい。
疲労があったので仕方ないことだが……これで残り時間は41時間と少し。
「リズさん、あんなにボロボロだったのに、どこにそんな体力が……」
何かをしに危険領域内に入ったのだろうが、追うべきか。
手がかりがないかとスマートフォンを見ると通知が1件。
リズからだった。
情報入手
ここ、来れます?
――指定場所は……西の端? なんでそんなところに……。
ご丁寧に地図の画像付きで送られてきたメッセージに首を傾げる。
案の定、彼女は既に危険領域内に戻って活動を始めていたらしい。
ほんの数時間寝ている間に、事態は更に複雑に動いているようであった。
良く分からないが……情報があるならありがたい。
すぐさま飛び出そうとした時、今度は別の着信が入った。
「なんだ? ……電話?」
私用の携帯にそんなものが来るとは思わなかった。
そういえば今までは
表示された相手は……。
「……鷹村さん?」
リズが
番号を教えた覚えはないが、誰から聞いたのだろう。
とはいえ緊急の連絡かもしれない。直ぐに応答して――。
『おはようございます、十神さん』
「……その声、伊地知……!!」
まさかの通話相手に、思わず声を荒げてしまった。
「なんの用だ。というか、鷹村さんは……!!」
『落ち着いて下さい。彼女には協力してもらったのですよ』
「……なに?」
『全てはこの国の安全のため。ですから、どうかお願いです。我らの代わりに、あの施設の爆破を頼みたい』
「……?」
そうして告げられたのは、想像とはまた違った事態の変化であった。