同時刻、午前8時。
夜鳥羽南部の雑居ビルの最上階及び屋上にて。
不動産会社のオフィスを改造してつくられた狙撃拠点に、
「ふーんふーんふーん」
「……まだ食ってるし……」
テーブルには職員が用意した握り飯が置かれ、銘々に朝食を取っている。
そんな中、
更に頬にもパンパンな彼女を見て、瑞希が顔を青ざめる。
「……食べ過ぎじゃね?」
「ふはは、アタシはいくら食べても平気なのだ」
胸を張ってそう告げる煌めき金髪娘。
「食料は貴重なんだから、浪費すんなよ」
「浪費とは失礼な! 大事なスタミナ限ですよーだ……よし、補給完了! さっさと終わらせちゃうかー!」
ごくりと乾パンを呑み込んで、立ち上がる。
「終わらせるって?」
「ん? これ」
レンたち狙撃犯が試射を行っているのだ。
狙撃拠点の最重要項目。安定して狙撃ができる状態の確立である。
「おー、当たってる。綺麗に頭! 位置も距離も問題なさそうだねー」
「……マジで見えてんだな。なあ、この後もオレらと組まねえか?」
「えー? この後は……ちょっとまだわかんないかな」
「よし、勝ったら考えろよ!」
瑞希が慌てて立ち上がると走り出した。
多分、レンの所に行ったのだろう。
――これで活性化を止めたらどうなるか、アタシもわかんないんだけど……。
ゲームクリアでこの日々が終わるのか。
それとも別の街に移って、この世界を救い終わるまで戦い続けるのか。
負け続けの
――大丈夫。今回は勝てる。
条件は過去最高だ。
枯れた裂け目とすら言われた夜鳥羽の戦力は不安だったが、なんとか味方につけて封鎖壁付近で戦える砦を作ることができた。
突貫工事だったがなんとか間に合うだろう。
加えて、上位ハンターに同じ転生者という特別な戦力も手に入った。
きっと大丈夫。
不安点があるとすれば、その大事な戦力であるリズが自由行動をしていることだけれど……考えようによってはいいことでもある。
もし本当に裂け目と
そしてそれだけの準備なら、完璧に整ってると断言できる。
「後はリズの方が上手くいくかだね」
彼女が単独で危険領域にいると知った人間は、皆自殺志願者だと震えていた。
この世界の人間には、リズの行動はあまりにも無謀なのだろう。
唯一、彼女の正体を知る自分でさえよくやるものだと呆れるくらいだ。
ただ。
――ま、リズなら殺しても死なないでしょ。
皆どこか、彼女に期待している。
何かとんでもないことを引き起こしてくれるのではと。
かく言う
――君がクリアすればアタシもクリア。もしもの時の仕込みもバッチリ。駄目だったらアタシがやるから……頑張ってね。亡霊さん。
鼻歌を奏でながら、この後の予定を考えていると。
ふと耳に、レンの声が響いた。
『――ねえ。なんか、
「……え?」
呆然と呟いたその直後。
遠くから地響きが聞こえるのだった。
***
『――ちょ、ちょっとリズ! 緊急事態!!』
「……
そう告げる俺の視界には、地面に叩きつけられた巨大な腕が映る。
まだ片腕だけのそれに
「這い出ようとしてる……?」
『なんでよ、まだ40時間もあるのに!!』
「
『んない! ……ううん、出て来るんだけど、早すぎる!』
「……そうなのか」
まあ確かに、あの状態から40時間近くかかるなんて思えない。
精々12時間? もっと短いかも。
「というかお前の予言は? 思いっきり外れてるじゃん」
『なんか凄い勢いで時間が減ってる……』
「……つまり、活性化は40時間よりも早く起きると。そういうことか」
『う、うん。こんなの初めて……どうしよう』
「どうするも……やることは変わらないだろ」
そして俺は――。
「
『へ?』
「こうなったら予断は許されない。できる限りやってみるから、後は任せた」
『ちょっ……』
イヤフォンを外し、阿内君へと素早く駆けよる。
「阿内さん、逃げますよ」
「……助けてくれるのか?」
「情報、教えてくれたでしょう。約束は守りますよ」
彼の拘束を解きながら、周囲を観察。
物資も武器もある。これなら何とかなるな。
「ただ、申し訳ないですが、道中寄り道をします」
「え?」
時間がない。ついでに
頭の中に地図を思い浮かべる。
一番近い
「寄り道って?」
「ちょっと、
「へえ!? な、なんで……」
「そりゃあ――」
恐る恐る問いかける阿内君に、俺は背後の窓を親指で指し示す。
「爆破するんですよ。あれを」
やっぱり、俺は俺のゲームをするべきらしい。
微かな揺れを感じながら、俺は笑みを浮かべるのだった。
***
『どうだ? 見えるか?』
「――うん、見えるよ。もう手首までは出てるね」
夜鳥羽の封鎖壁の外側。
雑居ビルの屋上に作られた狙撃拠点にて、甘木の声に戀鬼一家の凸の方、レンが頷いた。
封鎖壁の向こう、あらゆる建造物が潰れた先。青く佇む裂け目から真っ白い骨の腕が飛び出している。
まだ肉眼では判別できず、望遠鏡等でようやく視認できる程度だ。
だがそれでも、車程度なら軽々握りつぶせそうな巨大な質量がこちらに這い出している。
『ちっ、どうなってんだ』
「活性化まで出てこないんじゃないの?」
予定時刻まで40時間はある。
フライングにしても、早すぎる。
『その筈なんだけど! いわゆる異常事態ってやつ!』
「呑気な……」
『しょうがないでしょ! こんなの誰も想定してないもの』
「ご自慢の予言にはないわけ?」
『あるわけないでしょ!』
知らないよ、なんて軽口は呑み込んだ。
そもそも予言自体が異常事態で超常現象。理解の外の代物だ。
現に相方の瑞希はずっと目を点にして首を傾げてる。
それにふっと笑みを浮かべて、落ち着いた頭で問いかける。
「で、どうすんの? 皆も理解してるでしょ? あれが出て来るとどうなるか」
活性化において厄介な
それは、ブラーの行動範囲の拡大だ。
『
「うん。あの周辺は避難が完了してるからいいけど、壁は持たない」
本命である
それは、非常にマズい。
『あの様子、40時間……いや、その半分も待ってくれるかは怪しい。一旦、12時間で出てくると仮定するよ』
通信先で鵲――拠点形成の責任者となった彼が言った。
それは同意。今にも飛び出してもおかしくはない。
『鵲さん、どうだ?』
『半日あればこの拠点作りは終わるよ。こっちはなんとかなる。避難の方は?』
『……今日中には終わらせる』
つまりまだ完了はしてない。
そんな中で壁が壊れたら大混乱。更に
「僕らは精々、雑魚を殺すしかできないんだけど」
『安心しろ、全員そうだよ。だからマズいんだが』
迫るだろう
そして倒せる増援が来るのは、変わらず『活性化の2日後』。しかも、それも希望的観測。
その時間が約1日伸びるというのは……絶望だ。
ビルを遥かに超す怪獣を、精々手に持てる銃器や色式武装で何とかする……無理じゃない?
「耐えられるの?」
『むむむ……ひっじょーうに、まずーい!』
……あんまりマズくなさそうな声色だけれど。
実際は、とんでもない大ピンチ。
皆が困惑と恐怖に黙る中、パンパンと頬の張る音が聞こえた。
『こうなったら、仕方なし!』
「……?」
『甘木さん! 非常事態宣言を発令します!』
『ああ?』
予言者の突然の宣言に、甘木が困惑の声を返す。
なぜお前が。全員のツッコミを無視して、予言者は続ける。
『資材を集めてください! できる限り、大量に!』
『資材ぃ? なんだ、バリケードでも作るのか?』
『そう! ……こんな風に!』
瞬間、
具体的には封鎖壁、その一部が赤茶けたブリキの壁で塞がれたのだ。
甘木の冗談が、まさか目の前で現実になった。
「……あ」
『なんだ、ありゃ……』
『アタシの秘密兵器! 素材を使って、建造物をつくる! 今は材料が足りないから、脆い壁だけだけど』
「あの壁、オマエのだったのかよ!?」
隣で瑞希が吼える。
リズの物かと思った色式武装。それはこっちの能力だったと。
つまりあの時は、最初から2対2だったわけか。
やられたなぁ……と笑みを浮かべるのは一瞬。
「あれ、瑞希でも壊せるよ、耐えられる?」
雑兵なら多少防げても、巨大な
『資材があればちゃんとした壁も作れるよ。
『……そうかもしれん。ただ資材つってもなあ……どれくらい要る?』
あの規模の壁を作る資材の量なんて、想像もつかない。
そうして予言者が示した素材――木材や石材の量は実に、民家が4軒は建てられる量だった。
……なんで知ってるかといえば、レンたちもまた、焼け野原の故郷に家を建ててるからである。
稼いだ金で故郷を再建。それに、彼女の能力は最適に見えた。
というより、あんなの要らない組織がない。
「ますます欲しいな、アイツ」
「……だね」
『一応備蓄はあるが……そんな数、残ってないぞ。どう集める?』
制限時間は1日か、半日か。
予言者の予言すら越えて事態は動き出した。
『理想は壁の中の建物を壊せればいいんだけど、今は無理かな』
『当たり前だ。……待て、建物を壊すのか?』
『そう。別に森を伐採したり、山を切り崩してもいいんだよ? でも、そっちのが大変でしょ?』
資材なのだから当然といえば当然。
ただ今、その要求は非常に重い。
『人手が足りない。人員は全て稼働させてる!』
『いるでしょ。避難所にいっぱい』
『……民間人を使えと!?』
ざわめきが階下から響いた。
この通信は全員が聞いている。下手したら暴動が起きるざわめきを、
『今は緊急事態! 有志だけでいい。手伝う時間も任せるよ。でも、いい? 資材の量で、街も人も、生き残る
『……』
『街を守りたいなら……皆でやろうよ。この街で暮らす、皆でさ』
眼前に広がる廃墟は未だ明るく、白く照らされる。
かつて侵略を受けながらも未だ形が残る都市を守るため、予言者が未だ明るい声色で告げるのだった。
***
「文香、準備は?」
「――大丈夫、直ぐに終わる!」
父からの声に応え、足立文香は肩掛け鞄に遺影を仕舞った。
今度は連れていく。形見のペンダントを胸にかけ、外で待つ父と妹の下へと急いだ。
「避難は? バスだっけ」
「そう。南門に避難民は集合」
「お姉、手」
「はいはい。行こう」
周囲のざわめきに不安がる妹の手を握って歩き出す。
そのまま集合場所へと向かうが、そこでは想像以上に人が集まっている。
既に到着しているバスは、動き出す気配がない。
「あれ? バスは?」
「……見てくる。2人ともここにいて」
父が群衆に紛れた後、様々な囁きが耳に届いた。
怒り、悲しみ……幸い悲鳴じみた言葉はないけれど。
ただ、何故か皆困惑している様に感じた。
――家の解体って、ホント?
――封鎖壁の近くじゃないっていうけど、街を壊すんでしょ?
――化物がうようよしてんのに? そんなの、無理だろ……。
「……?」
何故だろう、避難とは違う話を皆がしている。
「お姉、あれ」
「? なになに……っ」
中学生の妹が指さす先には、物々しい装備の軍人がいた。
輸送を行う隣町の警察官ではない。夜鳥羽支部の
まさに今、危険領域で戦ってる筈の彼らが何故ここに……?
『――繰り返し説明します! 我々は今、封鎖壁周辺の建造物解体にご協力いただける方を募集しています』
「……え?」
逃げるんじゃないの? だから避難せずに止まってた?
周囲にざわめきが広がり、動いた群衆に、押されて慌てて妹を抱き寄せる。
『命の危険があります! 避難も最後になります! それでも、街を守るために必要な作業なんです! ……夜鳥羽を守るために、皆さまの協力が必要です!』
「……!!」
「お姉?」
不意に籠った手の力に、妹が首を傾げた。
あたしは今、馬鹿なことをしようとしてる。
そもそもただの高校生が役に立つかも分からないけど。
「あたし、行ってくる」
「ちょ……っ、お姉!?」
「――すみません! あたしも、お手伝いできることありますか……!!」
驚く兵士たちの顔を見ながら、あたしは自分の意志をはっきり告げた。
自分の街は自分で守る。
そして、奪われたモノを取り返す……だよね、リズさん。
***
『――あ! やっと繋がった! ちょっとリズ!』
「ん? どうした?」
それから1時間後――午前9時の夜鳥羽北部。
粉塵が舞う住宅街で、通信装置を起動した瞬間に飛んできた声に応答する。
『どうした、じゃない! 緊急事態なのに通信切って! 何考えてんの!』
「何って……こっちはこっちでやることやってんだよ。てか見えてんだろ。腕時計は外してないぞ」
『むむむ……』
そんな余裕もないってか。
まあ、当然か。
なにせこいつは予言者。神様製のタイマー持ちだ。
「で、なんの用?」
『情報共有! こっちは大慌てで拠点の準備を進めてるんだけど、時間も人員も足りなくなった。……だから、緊急対応をとることにしたの』
「……ん?」
そうして、彼女たちが行ったことを知る。
「――民間人を巻き込む? 本気か、お前」
『本気も本気。じゃないと間に合わない』
「……そんなにヤバいのか」
『うん。皆にはまだ言ってないけど、後12時間。それで、活性化が始まる』
「……四分の一かよ。何があったんだ……」
『その調査も、君にお願いしたいんだけど……ねえ、そっちこそ本当にやるの? 裂け目の爆破』
訝しげな問いかけに笑う。
「おうよ。そのために
そう告げる俺の足下には、首を吹っ飛ばした
この辺を縄張りにしていた細長い蜥蜴人間風のやつだった。
首と尻尾がやたら長くて、特に尻尾の先には傘みたいについた鋭い刃が4つ。
それで首をぶった切って喰らうっていう
「すっかり
とはいえ、重撃弾は命の前借り。
それも多分最大HPを消費するやつだから、乱用はできないけど。
『ブラーの心臓で爆弾……効くの? それ』
「さあな。ただ、これが俺にできる精一杯! これで駄目なら、神様モドキを恨め」
『とっくにやってる。恨みで神が殺せるならとっくに全滅してる。君がここに来ることもなかったでしょ』
「ははっ、違いない。……あ、そうだ」
パチンと指を鳴らす。
「裂け目周辺の地図を見つけたんだ。送るからデータ化頼む」
『勿論! できることはやるよ。お願いだからアタシを楽させてー!!』
「ああ。期待して待ってろ」
通信を切って、鉈を取り出そうとすると。
『■■■■――――!!』
遠く、声が鳴り響く。
まるで船の汽笛のようなそれは、
次いで、ガラスに罅が入る様な破砕音。
こっちは多分、奴が裂け目を押し広げた音。
「……焦らせるねえ」
迫るタイムリミット。
爆弾を作って乗り込んで……間に合うと良いが。
からころと飴を舐めながら、今度こそ解体をと足元を見る。
「……ん?」
『■■■■……』
電話している内に、
踏んでいた尻尾は切れていた。
「……蜥蜴の尻尾きり?」
こいつら、いちいちなんかの生物モチーフだよな。
足をブッ飛ばしておいてよかったよ。
「ほら逃げんな。急いでんだ」
くねくね動く頭に狙いを定めて、
びくりと跳ねて、
よし、今度こそ死んだ。さっさと解体して戻ろう……と思ったらスマートフォンが鳴り響く。
「今度はなんだ……!!」
苛立ちながら画面を見ると、
……あの人から? 何の用だ。
「――はい、リズです」
『ああ、よかった通じた! ねえリズ、咲良さんが!!』
「……? 咲良さんがどうしました?」
『単独で中央地区に向かってるの! お願い、助けて……!!』
「……はあ?」
なにしてんだ、あの人。
非常事態の連続。とりあえず冷静になるために飴を放り込むのだった。