「……どうしてこんなことに……」
十神咲良のぼやきは、乾いた風に乗って廃墟に消えていく。
目の前に広がるのは無人の廃墟。
沢山居たはずのブラーすらいなくなった静寂の廃墟に、自分の鼓動の音だけが響く。
「……大丈夫だ、十神咲良。ちょっとした仕事を済ますだけだ」
もう何度目かの言葉を囁いて、胸に挿した短刀に触れる。
父からの贈り物。『裂雷』と銘に彫られた
これに触れていると、何故か彼の顔が頭に浮かぶのだ。
ずっとその憎悪を燃料に戦ってきたけれど、今は何故か、安心を求めてしまう。
あの夢を見たからだろうか。会いたいと、素直な言葉が浮かんでしまう。
「……っ」
そんな思いを慌てて振り落とす。
――それが甘いというんだ。十神咲良……。甘えは捨てろ。これから私は、命を賭けるんだ。命を……。
東へと視線を触れば、裂け目から現れた巨大な腕が見える。
広告用のよく出来たオブジェ……ではない。
今もググッと蠢き、鈍い破壊音が鳴り響いている。
「……本当に
この夜鳥羽に来て2年、沈黙を保っていた裂け目が活性化に突き進んでいる。
活性化は
急がなければ、大変なことになる。
例えば、この
「……っ」
跳ねる鼓動。命の危険があると想像しただけでこれだ。
どうやらまだ覚悟が足りていないらしい。
銘の僅かな窪みに指をそわせ溜息を吐き出していると、空の向こうから地響きが鳴る。
「……急ごう」
いつもと勝手の違うカービン銃を構え、十神は
***
『わ、私……私のせいで……!!』
「あー、鷹村さん? 一先ず落ち着いてください」
突然鳴り響いた電話の向こう。
何故か号泣している
『……ご、ごめんなさい……取り乱したわ……』
「構いません。今はそれより情報です。どうして咲良さんが中央地区に? ――ああ、いえ。そうじゃないですね」
今は呑気に話を聞いている暇はない。
こんな慌てて連絡してきたんだから、先に聞くべきは。
「咲良さんは今どこに?」
『ホテルよ。夜鳥羽セントラルホテル!』
「……ホテル? なんでまたそんなところに……」
『それは、特捜の代わりに地下の爆破をするって……』
「……ぇぇぇ?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
何がどうしてそうなったの? 馬鹿なのかあの人は!?
事情を聞きたい……が。
「そっちから救援は!?」
『無理よ。今は活性化の対処に精一杯。どんどん封鎖壁周辺にブラーが集まってて、今にも壁を破壊しようとしてる』
「……? 外には出られないんじゃ?」
だからずっと壁は健在だったんだろ?
『ああ、そうだった……無知っ娘だった……えっとね』
明らかに頭を抱える衣擦れ音を鳴らしながら、
『一言で言うと、
「あー。つまり、あの裂け目から
あれの全長が分からないが、飛び出てる範囲は10mとかそこらだろう。
そんな範囲を移動できるようになっても大した脅威じゃ……あ。
「そうか。壁は超えられる……つまり、壁を壊せるわけですか」
『そう。今までは行動範囲外に建ててたから大丈夫だったけど、触れるようになった。まだ極一部だけど、それでも壁が壊されたら厄介な事になる』
今はいい。狭い範囲が壊れても、そこがチョークポイントになるだけで狙いやすくすらなるかもしれない。
問題はその後。
『でも
「押し寄せるブラーを止められず、街中に奴らが広がると。それは……大変ですね……」
下手したら全滅コース一直線かも。
そんな状況で
しかも特捜の命令で動いてるっぽいしなあ……。
今取り仕切ってる
……ますます何してんだよあの人。置いていくんじゃなかった。
『今、中央とこっち側にブラーが集結してる。このままじゃ咲良さんも……』
「そうでしょうね……わかりました。直ぐに向かいます」
『ありがとう……本当にありがとう……わ、私、車で迎えに行くから!』
「は?」
なに言ってるの?
「死にますよ?」
『中央に集まってるから、そこ以外……東側から入れば大丈夫……!! 私の責任でもあるの。だから……!!』
「……わかりました。ただ、ホテルに乗りつけるのは私が合図をしてから。いいですね?」
『う、うん。……本当に、ありがとう……!!』
通話を切って、深い息を吐き出した。
事態はいきなりフルスロットル。
「何が何やら……」
ともかく、急がないと。
今のやることは……3つか?
足元の
阿内君を肉屋前の出口で外に逃がす。
そして咲良さんの救出。
全てをうまいこと達成するには……。
「あのー、終わりました……?」
「……阿内さん。丁度良かった」
恐る恐る物陰から出てきた阿内君に、鉈を手渡した。
「へ?」
「少しだけ離れます。その間に、これの解体……お願いできますか?」
「……なんでぇ……?」
なんでだろう。
俺もよくわかんないけど、全部丸っとやるにはこれしかないのだ。
後は……近くの自転車屋、探さないと。
それから10分後。
俺は近くの一軒家の高橋さん家にあった自転車の鍵をぶっ壊して、全力で漕いでいた。
すまない高橋さん。いつかあったらお礼をする。
「……ブラーがいないな」
ほんの数日前、レンたち戀鬼一家と激戦を繰り広げた通りにシャーッとなる自転車の音だけが虚しく響く。
もちろん遠くからの戦闘音やら咆哮は聞こえるけど、それだけだ。
活性化目前で中央は増えたブラーがウロウロしてる……筈なんだけど、視界にそれらしき影はない。
もうびっくりするくらいいない。引き潮みたいにざあっと、怪物たちの気配も消えてしまった。
「嵐の前の静けさってやつ?」
その中に踏み入るのは、闇夜の山に立ち入るくらい恐ろしい。
……下手すりゃ化け物に殺されるんだから、もっと怖いか。例えが悪いな。
死んでも平気なこの身体。
だってのに、奇妙な静寂に肌がびりびりと震え続けてる。
それは、ホテルに着いても変わらなかった。
相変わらずブラーの姿はなく、静寂が周囲を包み込んでる。
自転車のスタンドを立てる音が嫌に響いた。
念のため銃を構えはしたが……ブラーが飛び出してきたりはしない。
なんなんだ?
「咲良さんは……どうせ地下だろ」
そのまま地下へと入り、研究所へと向かうが……。
「……?」
中も静かなもの。
明かりはついてないのは当然だが、だからってこんな静かなのはおかしいだろ。
だって、咲良さんがいる筈で……。
「――咲良さん? リズです! 聞こえますか!」
叫んだ声にも反応はなかった。
……まさか、別のフロアにいる? そんな馬鹿な!
ここ以外にあの人に用事なんて――。
思考は、途中で途絶えた。
だって振った視界、物陰に倒れた巨体を見つけたから。
ブラー、その死骸だ。
薬品の残り香に隠れていたが、ほんのりと血の香りが鼻腔に触れる。
途端鋭敏になる感覚が、
ハッと振った視界に、たった今までいなかった筈の影が現れていた。
『――――』
「……ヒト……?」
それは、人間の様に見えた。
すらりと伸びた手足は長く、身の丈は俺の倍はありそう。
あの赤兎よりも細いが高い。
だからってガリガリってわけじゃなく、しっかりと肉が詰まっている。
服は着てる。暗緑色のTシャツはギチギチで。そこから伸びる、均整の取れた
その頭部には、人間の男の顔がついている。
くすんだ金の髪。
目は虚ろ。だが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
『コッ――』
こここ、とクリック音のような音色を発するそいつは、どう見たって人間ではない。
だからってブラーにも見えないが……。
――手に持ってるのは、腕か?
血まみれの腕。太さや形状は、多分ブラーのもの。
それをぶらりと掴んでる。
ブラーを狩ってる? なら味方か?
だが、残念ながらどう見ても
なにに一番近いと言われれば、異形化した特務戦闘員・赤兎か、それか――。
「……肉屋?」
呟いた、その瞬間。
『ココッ』
奴は横跳びで俺の視界から掻き消えた。
奥の肉壁が空しく血肉をまき散らす中、横から鈍い
「――!!」
振り向いた視界に赤い閃光が迸ると同時に、俺の意識は消失する――
「――なんのっ!!」
寸前で、何とか踏み止まった。
衝撃と激痛で意識は消失寸前。
腕を砕かれ、そのまま頭も割れたのか視界は潰れてる。
ああ、クソッ。
こりゃ駄目そうだ。
『――――』
ノイズだらけの音の中、多分奴の動く音がした。
それがやって来る、その前に……。
見えなくてもわかる、いつもの位置に括りつけた手榴弾をピンごと引き抜いて、叫ぶ。
「――30分耐えてください! それで……っ」
こいつを殺す。
言い切る前に、今度こそ俺の頭は砕かれるのだった。
探索成果:死亡
収入:―
支出:¥ 50,000 【蘇生費用】
¥ 250,000 【突撃銃補充】
¥ 30,000 【拳銃補充】
¥ 40,000 【手榴弾補充】
¥ 12,400 【弾薬補充】
残額:¥1,152,650
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:衣類の回収、引き渡し
4:裂け目の爆破
5:爆弾の材料入手
6:阿内の護送
7:十神咲良の救出