「よっと……おおー。ここからならよく見えますね」
肉屋を後にした俺たちは駅……ではなく、その北側にある立体駐車場に陣取った。
放棄された車によじ登り、双眼鏡で駅を眺める。
「……やっぱり、駅にはブラーがいるな。しかもあんなに大量に……」
「そうねー。それに見て! 裂け目も
「……偵察が目的だからな。程々に頼むぞ」
すっかり打ち解けた同行者たちの会話を聞きながら、俺はじっと駅を見つめる。
――想像以上に広い。これは、簡単にはいかなさそうだな……。
目の前に広がる夜鳥羽中央駅。
その外観は俺の知ってる前世の駅とは微妙に異なる。なんというか、欧州風のターミナル駅? そんな感じ。
だからか、雰囲気は空港に近い。広く見晴らしのいい構内と、そこから接続する駅舎――列車の
東西に伸びる長方形の
それと全く同じ形状の構内。これらが斧の柄に当たる。
じゃあ刃の部分はというと、駅の西側、北向きに半球状のショッピングモールが隣接してるのだ。
3階建ての店内は天井まで吹き抜けになっていて、ぐるりと囲む通路には飲食店やら土産屋やらが並ぶ。
今は沢山のブラーがウインドウショッピングを楽しんでいることだろう。
「……そして、あれが例の代物ですか」
で、そんな駅の東端――斧の『柄尻』の部分。そこから、赤い光が立ち昇っている。
どうやらあの位置に『神晶』があるらしい。
「『神晶』って普段からあんな光ってるんです?」
「「そんなわけない」わ」
「……そうなんですね」
……君ら、相性いいね。
元々は緑の美しい結晶らしく、それが今は真っ赤に輝いている……明らかな非常事態です。
世界が違っても、『赤』はヤバい色らしい。血の色だからかな?
なんて、現実逃避はともかく。
裂け目を爆破予定だったが目標変更。あの真っ赤な結晶を神造武器で破壊する。それが蛇神様の
というわけで……まずは駅の偵察から。
「さて、どこから入りますか」
「正面から入る、は絶対ないわね。見てよあのブラーの数!」
「そうですねー。ひいふう……エントランス付近だけで10体くらいはいますか。想像よりは少ないですが」
『――
多分決め顔の
「……当たり前に割り込んでこないでください」
『ごめんごめん、思いっきり戦闘中でさ。現実逃避くらいさせてー』
そんなヤバい状況なの……?
「では
『えっとね! あの
「……思ったより大変そうですね……」
多分、目の前の数の数倍以上が封鎖壁周辺に群がっていることだろう。
あっちはあっちで大変だろうが、個人でこの数を相手にするのも非常に面倒。
「正面以外でどこか丁度いい入口はー……」
「阿内の地図だと地上に3つ、地下に2つ入口がある。近いのはエントランス横の通用口と、左右の歩道橋からショッピングエリアに入る扉だが……駄目だな、シャッターが下りてる」
メインエントランスの東側に小さな出入り口があるが、シャッターで塞がれてる。
恐らく他の2つも同じだろう。
手榴弾で破壊は可能だが、それだと音が派手に鳴ってブラーを呼ぶ。
周囲のブラーにバレずに入りたいのに、それじゃ本末転倒だ。
「地上からは難しそうですね」
『最悪、上から降りちゃえば?』
「それは本当に最悪ですね……一番可能性がありそうな地下に行きます。咲良さん、準備は?」
「問題ない。……援護は不要なんだな?」
「はい。私が引き付けますから、その間に作業を頼みます」
「了解。設置と調査よろしくね!」
「ああ」
「お任せください」
『頑張ってー! アタシを楽させてー!』
駐車場を降り、
さあ、行動開始だ。
***
駅内部に通じる2つの地下通路。
そのうち駐車場から近い、駅の真南の入口を目指して進んでいく。
ブラーに見つからないよう迂回しながら、ふと思った事を口にする。
「でも、この駅って不思議な構造ですよね。駅っぽくないというか……なんでこんな造りになったんでしょう」
『うーん、私も詳しくは知らないわ。ただ、当時は海外や中央に負けない魅力的な都市をつくる、というのがこのニュータウンの構想だったみたいねー』
「あー」
やけに外国かぶれな昔の建築物や街、あるよね。
この駅もそのお仲間だったのかも。
『神晶の辺りはまた雰囲気が違って面白いわよ。夜鳥羽の少ない観光名所ね』
「名所……今となっては超危険区域ですけど。どちらかといえば自殺の名所……?」
『あはは、確かに。あ、でも。5年前はある意味観光地だったのよ? ブラーの侵略から唯一生き残った都市だ!……って。まあ直ぐにそれどころじゃなくなったけど』
「へぇ、そんな時代もあったんですね……っと」
気の抜ける雑談をしていたら、目的地へとたどり着いた。
「階段見つけました。ブラーもいません」
『どうだ、入れそうか?』
「ちょっとお待ちを。ゴミが多くて……あっ、ガラス戸! しかも風化して割れてます。行けますよこれ」
『良かった。第一段階は突破だな』
「ですね」
その分ゴミやら瓦礫で歩き辛いけど、ブラーたちに囲まれるよりは余程マシだ。
――さて、この先はどうなってるか……。
いよいよラストステージへの突入だ。
この身体には珍しく鼓動が高鳴る。
深呼吸を繰り返してから一気に飛び込む――のだけれど。
その足は直ぐに止まってしまった。
「……え? なにこれ?」
『どうした?』
「いえ、なんというか……何かの体内にでも入った様な……」
『……?』
よくあるコンクリにタイルを張った地下通路は、さらにその上から真っ白な肉でコーティングされた奇妙な迷宮の様になっていた。
床も壁もぶよぶよの肉が張り付いていて、場所によっては瘤の様に張り出している。
瘤はなんか知らんが脈打ってる。なんか出てこないよな……。
『入れなさそうか?』
「いえ、大丈夫です。……行きます!」
全力で、けれど静かに走行開始。
肉だらけの通路は隠れられる場所も多いが、その分ただでさえ狭い道幅が更に狭い。
つまり戦闘は必至。
今も通路の角から出てきたブラーが、こちらを向いた――。
「なんの!」
瞬間に
頭部を素早く破壊。
おかげで断末魔も上げさせなかった。
「……」
息を殺して待つこと数秒。
地下に数体のブラーの鳴き声が響いた。
「まあ、気づかれますよね……地上はどうです?」
『反応なし!』
「それはなにより。このまま最短で行きます。咲良さん、ルートは?」
『しばらく直進。次の通路を左。後は道なりで、右手側に階段がある』
「はーい。では集中するので音声を切ります。また後程」
『死ぬなよ、リズさん』
それは無理な相談かもです。
通信を切って、小さく息を吐く。
よし、やるか。
走って間引いて……ぶっ壊す!!
心の中で叫んで全力失踪。
瘤の向こう、現れたブラーの頭部を撃ち抜き破壊した。
再び通路に殺気が満ちる。
なるべく静かに、まずは通路の敵を一掃する。
「さあ――どいたどいた!」
『■■■■――!!』
裂け目――ではなく『神晶』爆破作戦、前哨戦の開始である。
***
地下に赤い血しぶきが舞う。
くぐもった悲鳴が地下通路に響き、頭部を失った巨体が崩れ落ちる。
僅かに動くその首を踏みつぶし、足に骨の砕く鈍い感触が響いた。
「――次!」
『『『■■■■――!!』』』
通路の向こうから白いブラーが3体仲良く走り込んでくる。
たまにいるんだよな、ああいうグループ。兄弟か、仲良しか?
どちらにせよ。
「複数は無理!」
狙いがブレて損傷は浅いが、可能な限り足を潰す。
右の1体の足が潰れ、衝撃に揺らいだ際に、既に倒した死骸の血肉で滑って崩れる。
「ラッキー!」
その隙に、突っ込んで来る他の2体に連射。
足を撃って僅かに怯んだその隙に、ベストから手榴弾を引き抜いた。
――そろそろ咲良さんが動く頃。なら、いいだろ!
奴らの足下に手榴弾を放り、俺は瘤の影に隠れる。
金属が転がる音が微かに響いて――爆発音が地下空間内に響き渡った。
「――ッ!!」
リロードしつつ、破片と肉が飛び散るのを2秒待って飛び出す。
紅白の煙を走って跳び越え、まず最初に転ばしたブラーの頭に拳銃を撃ち込みトドメを刺した。
すぐさま振り返って、残党の確認。
煙が僅かに晴れ、2体の様子が見えた。
片方は両足を失って倒れてて、もう1体が片足を失いながらも立ち上がっていた。
『■■■■――!!』
尾と片足で迫ってくるそいつの顔面に連射。
顔面を吹っ飛ばし、それでも放たれた振り下ろしを避けて――。
「死ね!」
回し蹴りでトドメを刺した。
断末魔を上げながら滑っていくのをスルーして、リロード。
倒れた奴らに掃射をして、戦闘は終了した。
「……はあ」
これで8体くらいは倒したか。
一旦周囲は静かになった。近くのブラーは掃討できた様だ。
勿論他の階段付近にはまだまだいるだろうが……今は上階に向かうの優先。
ただ――。
「こっちも肉で埋まってます、と」
半分くらい肉で埋まってた。歩きにくそうだ……。
通路よりも悍ましい光景にやる気が失せる。
ここでこうなら、構内は一体どうなってんだ?
てか服も顔もベトベト……。
この身体の不便な所は、死んだら臭いすら新鮮に戻ること。臭いのには全然慣れない。
「感触もな……気持ち悪い」
上がりたくないが、行かないとどうにもならない。
溜息を吐き出してから、通信を繋げる。
「――咲良さん、階段までのルート確保できました」
『無事だったか! 封鎖は?』
「ええと……大丈夫です。上に通じてます」
『良かった。では、こっちも頃合いを見て侵入する』
「お願いします。合図は手榴弾で」
……行くか。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
諦めて足を踏み出し、ぶよぶよした階段を上っていって――しばらく。
遂に俺は駅内部へとたどり着く。
「……」
ここは……改札前か。
南の地下道から侵入した俺は、駅の南西の端にいる。
目の前には半々球のショッピングエリアが広がっているのだが――。
「……ひっどいな、これ……」
そこもまた、肉の宮殿だった。
半々球状のドームの輪郭に走る2つの回廊。その全てに白や赤の肉塊が付着している。
『■■■■……』
「……っ」
当然ブラーが多数うろついていて、今も直ぐ側を通り過ぎていった。
幸い、案内図やらベンチやら自販機やらが肉塊になっているせいで死角がとんでもなく多い。
――隠れて進むにはいいが、見晴らしは最悪だな……。
全容を把握するには上階に行かなければならない。
ただ、
――裂け目は……あれか。
右手側奥、半分になったドームに接して東へと伸びる、煉瓦の壁に挟まれた通路の最奥。
そこに浮かぶ裂け目の、更にその真下に立ち昇る赤い光が今の俺の最終目的地。
あそこに『神晶』がいらっしゃるわけだ。
とんでもない名前だが、その名の通り神様由来の人外案件。
本来は美しい緑色が、今は真っ赤に光を放ってる。
『
『
……ご神体って壊して平気なの? 頼まれたからやるけどさ。
細長いとはいえその巨大さは直径5mは優にあるだろう。
神造武器の爆弾で破壊できるといいが……。
『――――』
『――――』
その前に、やべえのがいるな……。
真っすぐ続く駅の構内、浮かぶ光までの距離およそ600m。
突っ走れば直ぐの距離だが、当然そう簡単にはいかないらしい。
ゴツゴツのゴリラみたいな巨腕
破壊力と機動力に特化しました、みたいな組み合わせの奴らが神晶の前を彷徨いてやがる。
あれを突破するのは大変そうだ。
あんなのがいる中でのんびり爆弾設置をしてる暇はないし、かといって遠くから爆弾ぶん投げて起動は流石にやる度胸はない。
つまり、倒すか誘い出すかする必要がある。
加えてまだ姿を見せていない怪人・白瀬軍曹もいる。
――面倒だ……。
どうにかしてその手段がないか、調べなければ。
例えば
それこそ上階から飛び降りて神晶に飛び乗ったりとか?
足がバキバキになるだろうが、あの怪物どもを突破するよりは楽そうだ。
――まあ、考えるのは後でいい。
あれは最終目的地。
そして情報を集めることだ。
通信装置に手を触れ合図を告げる。
「開始します」
精々長生きするとしよう。
意を決して、俺は手榴弾を密集するブラーへと放り込むのだった。