廃墟と化した夜鳥羽町の封鎖地区、その北西区画。
そこに立つ3名の兵士が穴だらけになった異形の死骸を見下ろしている。
「はっ、はっ、はっ……!!」
「――ブラー
「す、すみません……俺が乱射したせいで……」
黒い防刃服の上からボディーアーマーを纏った完全防備。
「気にするな。駆除は4度目だろう。それにしては上出来だ」
「そうそう。ちゃんと倒してるし、ルーキーにしちゃ上等だよ、沢渡君」
「でもいきなり3体も……よ、夜だとこんなに出るものなんですか? ブラーって」
明らかに錯乱し
「奴らに視覚はない。朝だろうが夜だろうが関係はない」
「じゃあなんでこんなに多いんですか……? 毎週駆除してるのに……」
「我々が対処できてるのは南の外縁部だけだ。ここまで奥に踏み込むことは滅多にない」
自然と3人の視線が東へ――都市の中心部へと向く。
広大なニュータウンの中心部に出現した空間の断裂。
あれが出るとその都市は封鎖される。が、それでブラーの出現を止められるわけじゃない。
放っておけば奴らは無限に湧き続ける。
その根元を断つ手段は……未だ聞いたことがない。
「そ。オレら
「あはは……」
田上の
3人が所属する対ブラー専門の駆除部隊――
人類の脅威たるブラーの国からの完全撲滅を掲げてはいるが、増え続ける化け物と被害者数のせいで万年人手が足りていない。
そもそも数年で人口が2割以上も減ったこの状況で、まともに訓練を積んだ若人などほとんど存在していない。
近年は女性隊員も増えていると聞く。中央から回ってきた半裸の優男が映った人材募集のポスターを見た時、あまりの不甲斐なさに涙した隊員も少なくない。
だからつい2ヶ月前に入ったばかりの新人がこんな危険地帯の調査任務に駆り出される。
夜鳥羽ニュータウン。出現してもう5年近く経つ、国内でも最古に分類される裂け目には大した支援は来ないのだ。
――それが何故今更活動を再開する? 勘弁して欲しいものだ。
心の中で溜息を吐きながら、十神は周囲を見渡す。
もう音にブラーが寄ってくる気配はない。
これで打ち止めらしい――。
「……む」
ウェポンライトで照らした、向こうの通りの窓。
ちらと動いた光に向けてライフルを撃ち込んだ。
「居ましたか?」
「……いや、音がない。気のせいだったようだ」
ブラーは基本先手で仕留めなければならない。
少しでも人を喰った個体は、ライフルの連射すら避け得る。
ただその分奴らは騒がしい。最初の奇襲さえ受けなければ対処は可能である。
「他班からも報告なしっす」
「……よし、移動するぞ」
「うっす。……しかし、急になんなんですかね、裂け目の異常反応なんて」
「……さてな」
つい先日観測された、裂け目の光量増加。
まだほんの僅かな上昇だが、これが規模を増すと活性化と呼ばれる災害に発展する。
勿論まだまだそんな危険視をする段階ではない。
ただ、こういう反応が起きた時は決まって
そのため緊急での探索と駆除を行っているのだが、めぼしい成果はでていない。
「こうして
「そっすね。こんだけ音出して反応ないなら、不発っすかね」
奴らは音で寄ってくる。
計器が異常を示す程の個体が出たというなら、間違いなく人に飢えている筈。
真っ先にやって来ると思っての戦闘だったが……。
「あの、もしまた大型……テラ級のブラーが出たってんなら、俺らじゃ対処できないですよね……?」
「ああ。中央の連中を呼ばないと駆除はできん。ただ、そんな大型だったら外から分かる」
「そうらしいですね。……俺、
活性化。裂け目が起こす最悪の厄災。
その際には、普段のブラーの数十倍は巨大な怪物が現れると言われている。
数は少ないが映像は出回っている。が、あまりに非現実的過ぎて、直接見たことのない人間にはいまいち危険度が伝わっていない事が多いのが現状である。
「あー、そうだな。沢渡、お前が見たことある一番大きな人工物ってなにがある? 建物とか乗り物とか」
「え? ……そうですね。駅前のホテルとか、あとは……あ、飛行機!」
家族旅行で乗ったことがあるんですと、沢渡が指を立てた。
「えっとな、この夜鳥羽に現れた
「へ……?」
「全長が確か150m。車とか家とか踏みつぶして歩き回る化け物が生まれるんだ。しかも4足歩行。速いぞー」
映画の怪物でさえ2足歩行。
それが倍の手足で襲ってくると考えると……あまりにも恐ろしい。
「……っ!! そ、そんなのがいたら、流石に分かりますね……」
「そうそう。なのに数値が異常ってんで、オレらが駆り出されてるわけ。ただ、計測も完璧じゃなくてさ。たまーに何もないのに反応すんだよ。後はちょっと強力なやつが生まれただけとか。どのみち、隊長がいれば問題ないよ」
「で、ですよね」
恐らくは誤作動。
裂け目の研究は進んではいるが完璧ではない。
加えて夜鳥羽の裂け目は最初の出現後の動乱が落ち着いて以降、4年もの間静かだったのだ。
何故今更。全員がそう思いながらの出動であった。
「ねえ隊長。これ、例の亡霊の仕業ってわけじゃないですよね?」
「またその話か」
あれから数日が経ったが、未だ亡霊の出現は続いているという。
昼間の定期掃討時にも奴が狩ったと思われるブラーの死骸が確認できた。
首を破壊し、内蔵を抜き取っている。明らかに手慣れたものの仕業であった。
支部の仲間が市場の動向を追っているが、やはりブラーの売り先は不明だ。
一体どこの手の物なのか。そちらも悩ましい十神であった。
「流石に裂け目の異常とは別件だろう。今は忘れろ」
「はーい」
「……2時間経った。行動限界だ、戻るぞ」
「了解。沢渡、先行するから後ろつけ」
「は、はい!」
マニュアル通りに素早く帰還を始めた彼らだが――。
「……あれ? なんか揺れてません?」
先頭を行く田上がそう呟き、足元を覗き込んだ瞬間。
アスファルトを突き破った長く巨大な
「……あ?」
「へ……? 先輩?」
「……っ、下がれ!!」
呆然とする新米の肩を掴んで後ろに放り投げ、十神が銃を構え撃つ。
だが腕は直ぐに引っ込んでしまった。
「ちっ……」
どうやら計器の故障ではなかったらしい。
地中に潜み、音もなく近づいていたのだ。
「……地下にいたのか……」
戦闘態勢に入った兵士の前で、道路が凄まじい音を立てて爆散。
地下から異形の怪物が飛び出してくるのであった。
「お、お、大きくないですか、あれ!!?」
ウェポンライトが照らす異形――伸びた尾に首。
前に酷く傾いた姿勢でありながら、その高さは十神の倍以上。
姿こそ先の幼体に近いが……あまりにも大きすぎる。
「沢渡、振り返らずに走れ」
「は、は……?」
「早く! 増援を連れてこい!」
そう叫んでから十神は銃を乱射した。
夜間で単独、しかも相手は人を喰ったブラーである。
最悪の遭遇戦が始まるのだった。
***
「あっぶねー……死ぬかと思った……」
戦闘地点を偵察しようと山口さん家の3階から覗き込んでいたら、いきなり撃ってきやがった。
ちょっと覗いてただけなのに……化け物かよ。
幸い肩を僅かに掠めただけ。
その辺の棚から見つけたハンカチで縛って、血が垂れるのだけは防ぐ。
「痛って……」
てかなんであいつらがいんだよ。定期清掃はまだ先だろ。
だがそれは昼間に、もっと人数をかけて安全に行ってる。
こんな夜中に、しかもたった3人でやるなんて普通じゃないが……。
「……ん?」
なんか揺れたな。地震か?
慎重に、もう一度窓を覗き込む。
狙撃が来なくて安堵したのも一瞬。
移動を始めた
「わお」
真下――道路の下から飛び出してきた
そしてそれを、飛び出してきた巨大な頭がパクリと呑み込む。
「うそぉ……」
狙撃なんてすっかり忘れて窓に張り付く。
崩壊した道の下から現れたのは、とんでもなくデカい怪物。
熊みたいな腕にはぶっとい爪が生えてやがる。あれじゃ人の首なんて一発で吹き飛ぶ。
「
討伐されたと文香嬢が言っていた巨大個体程じゃないが、放っておけば街くらい簡単に滅ぼせる強個体ってのがたまに湧く。
大方、外から見つからねえから油断してたんだろうが、まさか地下にいるとは……。
奇襲でいきなり1人死んじまった。
「てことは、マズいな……」
『――――』
ごくりと兵士の頭を呑み込んだ奴の身体が
真っ白だった身体が赤黒く変わっていくのだ。
これが
奴らは人を喰う度に色を得て強くなる。そうして何十人も喰ったブラーは手が付けられない怪物になっていく。
「2人じゃ倒せねえだろあんなん……」
ありゃ餌行きだな。御愁傷様。
案の定1人を逃がした最後の1人――さっき俺を撃ってきた奴が残って応戦してる。
必死に銃撃しているようだが、致命傷には遠そうだ。
哀れ、怪物に出会ったのが運の尽き。
こりゃタスククリアは無理そうだ。
俺は大人しく帰ってまた後で探しに――。
「……行けなくね?」
今怪物たちが戦ってるのは、俺の目的地である文香嬢の生家の直ぐ近く。多分あそこの3軒隣。
あんな簡単に地面を吹き飛ばした化け物と銃やら手榴弾を持ってる連中が戦ったら……家、ぶっ壊れない?
たまに忘れそうになるが、これはゲームじゃない。
今この時は現実で……壊れた家は、再出撃で元に戻っていたりはしないのだ。
つまり。
「……
え? じゃあなんすか?
俺は今から、あの化け物共の戦いの中に突っ込まなきゃいけないんですか?
拳銃と手榴弾1つで?
「いやいやいや……死ぬだけだろ」
縛りプレイにもほどがある。
だが、現実は非情。流れる時間は待ってはくれない。
そうこうしてる間に、家の中に逃げ込んだ残った方を追って、ブラーが入口をぶっ壊して突っ込んでいってる。
ああ、そっちは駄目!
「くそっ……恨むぞ、あの神様モドキ」
ホルスターから拳銃を抜いて窓に向ける。
そのまま適当に2発ほど撃ち込んだ。
その瞬間、衝撃とともに炸裂した凄まじい快感が脳髄を駆け巡り、窓硝子とともに理性が弾け飛んでいく。
「――――っ」
銃を撃つたびに駆け巡る脳内麻薬。
無駄に弾を消費する要らん機能――って訳じゃない。
撃てば撃つほど、音と衝撃と快楽で頭のネジが外れていく。
どうあがいても死を想像する化け物に挑むには、正気なんてものは要らねえんだ。
「クソ神様モドキが、ならもっと強い武器寄越せやぁ!」
ああ、ダメだ。まだ足りない。
更に撃ち込んで頭のネジをブッ飛ばす。
もっと、もっと、もっと――!!
「――ははっ!!」
瞬間、ぶわっと広がり弾ける視界。
火薬と鉄を血管にぶち込まれたみたいに、駆け巡る血と快楽に身体が躍動する。
これで良し……!!
まだ僅かに残る恐怖と硝子を蹴破って、そのまま窓から道路へと飛び降りた。
ほら、やっぱり3階くらいなら平気だ!
丈夫だなこの身体! これなら行けんだろ!
「そのタスクは俺のだ、化け物……!!」
轟音と土埃を上げ続けている道路の奥へと、俺は全力で駆け出した。