少し時間は戻って。
リズが地下道へ突入したその直後。
「始まったわね……」
「ああ」
通信が途絶え、途端に静かになった駐車場で十神咲良は
次にリズから通信が来たらこちらも作戦開始。
それまでは、ここで待機となる。
「……不安? あんた、随分顔が険しいわよ」
「む……そうだな。不安でないと言えば噓になる」
自身の頬に触れると、僅かに震えているのを感じた。
極度のストレスで痙攣しているのだろう。これからまた命を懸けるのだ。恐れがあるのは間違いない。
「ただ、この顔の理由はそれじゃない」
「なら……そうね、リズが心配とか?」
自分の顔はクイズじゃないんだが。
苦笑いを浮かべつつ、首を横に振る。
「いや、彼女に関しては心配してない。リズさんなら何とかするだろう」
「じゃあ、何?」
「……分からないんだ、この状況が。この都市で……いや、この世界で今、何が起きてるんだ?」
「あはは、そうだね。それに関してはカンペキ同意見。異界の怪物と改造人間と来て、最後は神様かー。あまりにもぶっ飛んでるわよ、なにそれって感じ」
リズが『神晶』に原因がないか? と言った時は耳を疑ったが、この駐車場で
『――うわああああ!? ほんとだああああ!!!? 全部神晶の上じゃんかあああああ!!!』
……と。
そりゃもうとんでもない大声で、リズにひっぱたかれてたのを思い出す。
ブラーが来なかったのは奇跡だろう。
ただ、それをしてしまうのも無理もない。同じくらいの衝撃が咲良にもあった。
裂け目は神晶の上に出現する……そんな因果関係があったとは知らなかった。
現在確認されている神晶は全て都市の中にある。
神は常に人とともにあった――というわけではなく、神晶の周りに人々が住み着いたのが真実ではあるが。
――どおりでブラーは都市を狙い撃って現れるわけだ。
1つの謎が解けて、それもまたこの奇妙な高揚感というか、混乱に一役買っていた。
「裂け目の詳細な場所は公開されてないからなー。流石の私も気づかなかったわ」
「
「当然ね。後は、
「……そして、リズさんも」
「あいつの場合は神晶も知らなかったけどね。でも何らかの知識は持ってた。変な話よね」
「ああ……」
ある日突如として現れた彼女。そして
その出自も目的も不明。なんなら所属すら不明である。
彼女たちは一体何者なのか。
思い返すのは、2人の人物が告げた言葉だ。
最初は特捜の伊地知。
『あなた方が手を結んだ
味方であるはずの特捜は彼女たちを『敵』だと言う。
我々と敵対した彼らだが、目的はこの国の安全である事には変わりない。
そしてつい先ほどの権堂曹長との会話でも。
『もし御父上のことを知りたいのなら、リズさんと共に行くと良いでしょう。彼女はきっと、真っすぐ突き進んであなたを目的の場所まで連れてってくれることでしょうな」
だが
一体どちらを信じればいいのか。
数秒の静寂の後、目を開いて息を吐き出す。
「鷹村さん、改めて頼みがある」
「ん?」
「ここから先のこと、全て記録しておいてほしいんだ」
「え? ……良いの!?」
「むしろお願いしたい。私じゃできそうもないからな」
これから起きる何かを見届けること。
今の自分にできるのはそれだけだ。
彼女たちが何者だろうと、今この時、夜鳥羽を救わないという選択だけはあり得ない。
ならば突き進むのみ。
大丈夫、きっと何とかなる。
希望を求めて突き進み、奪われたモノを取り返す。
リズの言い訳――もとい持論を散々聞かされたせいだろうか。
この先に……あの混沌と化した駅へと進むことが不思議と怖くないのだ。
――この道の先にあなたがいる。そう信じるのも、悪くないだろう?
「……あ。顔色、良くなったわね」
「む、そうか? ならやはりこれでいいんだろうな」
「……?」
ふっと軽くなった心と共に何度か飛び跳ね、身体の具合を確かめる。
うん、大丈夫。いけそうだ。
「じゃあ私も行ってくる」
「はいはーい。頑張って!」
咲良もまたリズを追って駐車場を飛び出した。
ブラーの彷徨く道を静かに進みながら思い出すのは、道中の車内で話したリズの作戦案であった。
『――作戦ですが、そもそもそれを立てるには情報が少なすぎるんですよね』
だから作戦を立てるための作戦です、と彼女は笑った。
『まずは情報収集から。駅の中、裂け目と神晶の周辺がどうなってるかの調査から始めましょう。そのために、私が囮になりますよ』
巨大な建物の向こうから銃声と咆哮が響くのを聞きながら、十神は人気――もとい
周辺の怪物たちは、騒がしいリズの方へと集まっている。
リズから聞いたスニーキングの極意、といってもただ音に紛れて歩くだけだが、それも使う必要すらなかった。
「さて、上手くいくのか」
手袋を外し、胸元に差した短刀――『裂雷』を引き抜く。
反射で青に煌めく刃に力を……否、命を込めて。
刃から雷を迸らせる。
「……っ」
くらりと、意識が僅かに霞む。
自分が抜け出ていくその瞬間、ふと思い起こすのは権堂の言葉。
リズが出ていって、阿内という
『結論から申しましょう。あの施設を建てたのは……その指示したのは、間違いなくあなたのお父様、十神重左少将でした』
結果は単純で、予想通りの回答であった。
つまり特捜は嘘などついてなかったということでもある。
『夜鳥羽に投入された第3師団は、戦闘開始直後から壊滅の危機にありました。これまでの2つの裂け目から得られていた情報を基にブラーの討伐方法は幾つか考案されていましたが、奴らの能力はそれを凌駕していた。戦線は瞬く間に押し広げられ、住人の避難が間に合わなかった地区も多かった』
『……』
『その中で、 4つの怪物討伐のための計画が夜鳥羽に投入、実行されることとなりました』
『……4つ?』
『はい。例えば後の
甘木の武装なんかがそれだろう。
これまでの銃火器とは違う発想の武装。
それを実戦の中で検証していく計画だった。
『他にも広域殲滅用の兵器、戦術の開発……そして、生物兵器』
物々しい単語に息を呑む。
『それは、毒物とかそういう……?』
『ええ。未知の生物は我々の知らない病理を運んできますが、その逆もありということですな。あの地下病院は、元々その調査目的で建てられました。
『なるほど』
あんな場所にあったのも、そういう理由なら理解ができる。
外から隠し、ひっそりと研究を行う必要があったのだ。
『ただ、その過程で多田羅少佐が気付いたのです。ブラーの、その脅威の変態性に』
『……人体に埋め込めば、その再生も可能だと?』
『はい。そして、強力なブラーを埋め込めば、奴らに対抗できる戦力が造れるのではとも考えた』
生物兵器とはまた違う、5つ目の発想。
それがα部隊誕生のきっかけだった。
『ただ、師団長の比企中将は頑なに反対なされたようでしてなあ。まあ、ご自身の名の下に人体実験を行ったなど、いくら緊急事態とはいえ恐ろしかったのでしょう』
『……比企中将は、戦死なされたと聞きますが……』
問いかけに、権堂はにっこりと笑みを浮かべた。
『ええ。ブラーが押し広げた戦闘区域から離れた安全な区画に移る途中で、
奴らは神出鬼没。ただし喰う人間を選ばない。
盾になる人間がいればそちらを優先的に喰らうから、将官たちは比較的安全に移動ができる……筈だったのだが。
『ほほっ。それが、
『……!!』
『施設は秘密裏に作られた。そして、その存在は徹底的に秘匿された……そういうことです』
『……ああ、そうか』
父が起こした奇跡。その絡繰りは、やはりあの研究所にあったのだ。
『どうして、私に教えてくれたのですか? あなたの身も危ない情報の筈だ』
『……お願いがあるのです。どうか白瀬軍曹を、彼らを解放してあげてください』
『彼を?』
『ほほっ。ええ、彼にもう自我はない。ただ、無為に敵を撃滅するだけの存在になってしまいました。……どうか、眠らせてあげてください』
それが報酬です、と彼は身体を揺らしてそう言った。
『……わかりました。必ず』
『ほほっ、どうかよろしくお願いいたします』
……なんて言ったが、自分に白瀬軍曹を倒せる力はない。
ただ、そもそも倒す必要がないのだ。
だって彼らは危険領域の中でしか生きられない。
リズの目論む裂け目破壊が本当にできるならそれで……。
――父様。あなたの代わりは私がやろう。そして、あなたを見つけて全ての真意を問いただしてやる。
もし父が自分を夜鳥羽に送った理由が、自分の尻拭いをさせるつもりだったなら……見つけ出してぶん殴る。
「私にはその権利がある。だよな、リズさん」
ようやく鮮明になった視界に浮かぶのは、何故か楽しそうに笑って拳を突き出す、オレンジ髪の女性。
そこに拳を合わせるように突きだして。
「……ああ、やろう」
恐らく遠のいたのはほんの一瞬。
閉じたシャッターを開けるには、鍵にあたる部分を切り裂けばいい。
チェーンソーなどを使うらしいが、切り裂ければなんでもいい。
「……剣を磨いて、することがこれか……」
呆れつつ、やることをやる。
火花散るシャッターを切り開き、鍵を開ける。
重たい戸をなんとか持ち上げ――中へと侵入した。
籠った空気がぶわりと漂う。
血と錆びの香り。この都市では慣れ親しんだ匂いだが、それがやけに濃い。
そして銃撃の音が響く。
リズが戦っているのだろう。
広大な吹き抜けには数多の肉塊とブラー、そして浮かぶ裂け目が見える。
ここからでも見下ろせるが……やはり2階からでは死角が多い。
――急ごう。
目指すは3階層。
そこに監視カメラを設置するのが十神の仕事、その1つ目であった。
階下へと慌ただしくブラーが走っていくのを見送りながら、その足音に合わせて回廊を進んでいくのだった。