『■■■■――!!』
銃撃音に衝撃音。そして遠く響く
びりびりと振動する窓を見つめながら、夜鳥羽支部指揮官、甘木が沈痛な面持ちで通話をしていた。
「――はい。既に腰まで抜け出ています。そうです。急速に裂け目から這い出ようとしています。この僅か数時間で、です。ありえない? まさか、観測は出来てるでしょう? ――ええ。既にこちらで迎撃の準備を進めています……はい? 住民の避難――そちらは……」
ちらとこちらを見たので、
勿論
もう避難する住民ではない……よね!
こちらを見た甘木は、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。
「
「――終わった?」
「……ああ。怒鳴られたよ。何故さっさと報告を上げない、ってな」
盛大に吐いた溜息は、きっと電話先のせいだろう、うん。
「んなヒマないっての! ねえ?」
「違いない。それに、報告ならどうせあいつらがしてくれる」
後ろ手に指した親指は、階下――特捜を放り込んである部屋を向いている。
この騒動の、3割くらいの原因である彼らは、大慌てで上司に泣きついていることだろう。
このまま捕まって、アタシたちが負けたらあいつらも死んじゃうしね。
……勿論、負けないけどさ。
「でも
「全くだ。無事だったから良かったものの……まあいい。こうなったらもう何もできまい」
携帯端末を仕舞いながら、窓の横に立つアタシの隣にやってきた。
「状況は?」
「変更なし。ただそろそろきつそうかな」
窓の外、新たに作った壁に囲まれて瑞希が戦っている。
今も侵入してきた
肩でぜーぜー息してる。うわー、苦しそう。
「瑞希! もうへばったか?」
『ああ!? てめぇが呑気に電話だとか言うから残業してんだろうが! さっさと交代しろ!』
「いいだろ、報酬は払うんだから」
全然嬉しくなさそうにそう告げて、スレッジハンマーを肩に担ぐ。
彼の
5年前の生き残り連中は、大概何かがおかしい。
――人のこと、言えないけどさ。
とびきり
部屋を出ていこうとして、甘木がアタシに振り返る。
「ああそうだ、
「へ? なんで?」
「中央からの救援、本隊は3日かかるが、近場の部隊が駆けつけてくれるらしい」
「げ、思ったより早いね」
この協定は非公式。夜鳥羽支部の中でならいいけど、中央の人間からしたらアタシは未だ犯罪者。
顔を合わせるのは不味い。
万が一こんな事態になったらあたしは支部の非戦闘員のふりをしながら手伝うことになってる。
そのための準備も済んでる。
そろそろ着替えるかー……んん?
「部隊が来るの? 大隊とかじゃなくて?」
「ああ。分隊だ」
「……それってまさか……
問いには頷きが返ってきた。嘘でしょ……タイミング悪。
β部隊。夜鳥羽や他の裂け目での経験を経て、
その戦績は栄光と血塗れ。
……案外、
まあそれはいい。
近くにいたのは予想外だったが、戦力が増えるのはいいことだ。
――仲良くできないかなあ……。流石に無理かなー?
浮かんだ甘い考えに、直ぐに首を振って切り替える。
いけない。こういう甘い考えに直ぐに乗るから今まで失敗してきたんだ。
得体のしれない部外者? はい、排除……なんてことが当たり前に起きる相手だ。
今回は堅実に、堅実に……。
「じゃあアタシは隠れておくよ。通信は切らないでね?」
「当たり前だ。お前こそ約束は守れよ」
「勿論! 活性化を食い止めるのがアタシの悲願ですから」
手を振りながら着替えに向かう。
同時に展開した視界で各所の様子を確認していく。
広がるマップに映るのは、どでかい
今にも抜け出しそうに藻掻いているのが恐ろしい。
この世界の人間も馬鹿じゃない。アレが大暴れする前に討伐されるだろう。
それまで耐えるか、アレを殺すのが
ここからが正念場。打つ手を間違えたらまたゲームオーバーだ。
「お互い上手くやろうね、
まったく、そんなゲームを選んだつもりはないんだけれど。
溜息とともに、
***
時刻は16時半を過ぎた頃だろうか。
残り時間はどんどんと減っているこの状況で、俺は怪人・白瀬の後ろを歩いていた。
『コッ――』
「……」
沈殿した埃の臭いが充満する地下駐輪所の隠し部屋。かつてα部隊の拠点だった場所。
武器弾薬のために来たはずが、まさかの怪人との遭遇だった。
――思わずついて来ちゃったけど、この状況……何?
武器はさっきの部屋に置いてきたから、今の俺は人間よりちょっと強いだけ。
目の前の怪人相手なら瞬殺だろう。勿論俺がされる側。
一応、胸ポーチには重撃弾と赤兎のグローブがあるが……この装備でアレと戦うのは絶対に嫌だ。
――幸い、戦う気はなさそうだけど。
目の前を進む怪人・白瀬元軍曹は俺のことなんてまるで覚えてない様子。
あれだけ激しい戦いを繰り広げたってのに……と思ったけれど。
そういや、こいつ目が見えないもんな。
相手を識別して記憶する能力なんてないのかもしれん。
「んー……」
ぺたぺた歩く怪人の後をかんかんとついていく。
武器庫の隣は少し細長い執務室になっていて、机やらラックやらが置かれてる。
廊下を無理矢理部屋にしたみたいな造り。机とか1人分しかないけど、なにこれ?
「んー?」
首を傾げてると、白瀬はそのまま奥に向かう。こいつの席じゃないらしい。
そっちも別の扉があるようだが……その見た目に息を呑む。
……わあ、鍵だらけ……。
扉には後からつけられただろう鍵穴がひいふうみい……5つくらいある。
全部外側からかけるタイプ。
どう見ても牢獄である。ここ駐輪所だよな?
「……ああ」
パチンと指を鳴らす。
この机、アレだ。ゲームの牢屋にある看守の部屋だ。
どおりで大量の鍵がついてるわけだ。
……そんないかにもな牢屋に、この怪人は何の用があるの?
てかここ、奴らの拠点だよな……? 何故こんなモンがある?
「……」
色々と嫌な予感を覚えつつ、今は未施錠らしい扉を抜ける。
恐る恐る足を踏み入れた先の光景は――しかし、想像を遥かに
「……ベッド?」
それなりに広い空間には、質素なパイプベッドが規則正しく並べられていた。
後は荷物入れらしき木箱に、簡素なテーブルにボロボロのソファ。……以上、それだけ。
これ……寝床か?
それも最低ランクのやつ。
極貧の学生寮みたいな最低限の設備であった。
『――――』
そんな部屋に白瀬はいた。
並ぶベッドの1つに腰かけ、ぼおっと中空を見つめている。
「……えぇ……」
何してんのあれ。てかどこ見てんの……?
ぬぼーっとした顔に知性は感じない。
あの恐ろしい怪人の姿はどこにもなかった。
「……期待して損した」
思わず吐き出した声にも反応はない。
てっきり怪人用の秘密兵器とか、あのホテル地下の研究所みたいな秘密施設でもあるのかと思ったのに。
床も壁も天井すら剥げた、ぼろっぼろな寝床には碌なものがなさそうだ。
てかこいつら、寝床にあれだけ厳重な鍵をされてたのかよ。
マジの牢屋じゃん。どんだけ怖がられてたんだか。
なんて疑問は溜息とともに吐き出して。
「……帰るか」
隣の看守部屋はともかく、この部屋には碌な物資はないだろう。
どうか戦いが終わるまでここでのんびりしててくれよ、白瀬君。
そのままそろりそろりと部屋を抜け出そうとして。
背後から
『――――』
「……?」
てっきり白瀬が動いたのかと思ったが違う。
部屋の端っこ。別のベッドからの音。
……他にも誰かいるのか? いや、そんなまさか。
暗い室内で視線を凝らして――今度は息を止めた。
白瀬の2つ隣のベッド。そこに、何者かの足が見える。
「へ……?」
『コッ――』
その音に白瀬が反応して立ち上がった。
奴はすぐ隣のベッドの横に立ち、何やら作業を始めた。
それらが意味することは、多分1つ。
「……」
するするとその側に近寄ってみれば。
直ぐにこの部屋の――というより怪人
「……そういうことか」
部屋に並ぶベッドは7つ。
うち1つは白瀬が腰かけ、4つは空。
そして残り2つには、
――全滅したんじゃ……いや、でもこれは……。
驚いたのも一瞬。今度は混乱が頭を満たす。
眠る怪人たちは、どちらも全身のどこかが吹き飛んでいた。
目の前のこいつは腹に大穴。更に片足が消し飛んでる。
隣のあいつに至っては首から上がない。
じゃあさっきの物音はというと、なんと不思議なことに屍が時折ぴくりと動いているのだ。
そして白瀬がその屍の寝る向きを変えてる……介護者にやるみたいに。
その手つきは丁寧で優しげで。慈しむように、怪人が怪人の世話をしていた。
つまり……
「えげつねぇ……」
意識はないよな? そうだよな?
もしあるんなら、地獄じゃないか……。
「流石にそんなわけ……ないよな?」
頭から上、吹き飛んでんだぞ。
それはあまりにも……あまりにも非人道的過ぎるだろ、咲良さんのパパたちよ……。
「……はぁ」
事情が変わった。ここの情報は調べて咲良さんに伝えるべきだろう。
幸い時間はあるし、目的の武器はもう見つけた。
少しくらい調査をしても問題ないだろう。
「よし、やるか」
白瀬がもう1人の面倒を見始めたので、その間に周囲を確かめる。
荷物は着替えと本がいくつか。後は写真が沢山飾られている。
殆ど生前……改造前の写真に見える。白瀬は目が見えないが、肉屋みたいに見える連中もいたのだろう。
……家族の写真も多いな。こっちは風景……故郷の景色か?
手に取ってみた家族写真の裏に手書きのメモがあった。
『年末は君たちと』
「……ちっ」
肉屋め、厄介なモン押し付けやがって。
鍵を俺に託して別れる寸前。奴は確かこう言った。
『わたくしからの、最後のご依頼です。……この夜鳥羽を、
肉屋のあの言葉。『彼ら』ってこいつらのことだろう。
もう意識だけの存在になった奴らを
そういうことらしい。
「武器は前金ってか……」
もう一度、重苦しい溜め息を吐き出す。
悍ましい光景に感情がぐるぐる回って気持ち悪い。
だってそうだろ?
こっちはただのゲームの延長、死んだ後の暇つぶし――そのつもりだったのに。
家族の思い出を取り戻すとか。
命を懸けてでも父親を追いかけるとか。
最後は死に損なった連中の命を終わらせろって?
いつの間にか、随分と色々と背負ってしまった。
「……はぁ。まあでも、やることは一緒か」
部屋を揺らす微振動。きっと
あれを止めなきゃ全てが台無し。
今はその制限時間が寧ろありがたい。
さっさとやる……その焦りが、あらゆる重荷を紛れさせてくれる。
「『神晶』をぶっ壊して裂け目を消し飛ばす。そしたら全てが上手くいく」
文香嬢の故郷も奪い返せるし、咲良さんも夜鳥羽を離れて父親を追えるだろう。
そして怪人たちもまた、眠りにつけるんだろう。
肉屋が俺みたいなのに協力した理由。
それがきっと、これなんだ。だから……お望み通りやってやるよ。
そのためにも、部屋を調べるとしよう。
飴の包装を外して口の中に放り込む。
青りんご味。さっぱりした甘みで思考がスッキリ。
……ん?
『……?』
白瀬がじっとこちらを見てる。
……鼻が効くのか? 効きそうだなぁ。
「お前もいるか? ほら」
今あるのはキャラメル味なのでそれを奴の口に突っ込んだ。
すげぇな。こんな事しても反撃されない。
……やっぱり、ここにいるのは『仲間』なんだな。
「俺は怪人じゃないんだけど」
よし、やるか。
制限時間は……1時間かな。
「ここにきて棚と机を漁る……ルートシューターらしいっちゃ、らしいか?」
からころと飴を鳴らしながら椅子に移動。棚を引き出しては中を改めていく。
書類、書類……。
映画とかでよく見る黄土色のバインダーに挟まれたそれらを机に出しては確かめる。
「……っち」
それは、思わず舌打ちが漏れるくらい、気味の悪い内容であった。
***
「――遅い! あの阿呆は何してるの!!」
夜鳥羽中央駅の北にある立体駐車場にて、
腰に手を当て、むむむと遠く北の方を睨みつけている。
「……落ち着け。そして声を抑えてくれ。いつ奴らに気づかれるか分からないんだ」
「そんなもの気にする前に時間切れよ! なんで1時間も音沙汰ないのあの馬鹿は!」
「それは、本当にその通りなんだが……」
彼女の言葉通り。
死に戻った――と言われても未だに理解できないけれど、彼女からの連絡は途絶えていた。
元々、
「
「駄目ね。やっぱり返事がない」
その
ただ、
「あれだけ這い出ていれば、向こうの状況は聞かなくても理解できる」
「まあ、そうね……」
そう呟く咲良の視線の先。
裂け目の向こう側には、およそ腰の辺りまで抜け出た
『――――』
ぼうおうと遠く鳴り響く咆哮の後、ずずん、と地面が揺れる。
5年前、自分自身が潰した『這道』に、
その勢いで何とか這い出ようと動いているのだろう。
――いつの間にか、骨のような身体には真っ白い肉が生まれ、その全身を覆い始めている。
顔は長細い山羊に似ている。
四肢は狼のそれを思わせるが、それにしては腕が長すぎる。
だらんと伸びた両腕は、四つん這いになった猿か人か。ただその指は鋭く長い。
まるで色んな生物を混ぜたような――否、自分たちの知る何かに例えるのが最早意味のない行為なのだろう。
あれは、異界の怪物なのだから。
そしてあの
「急がなければな」
「わかってるわよ! 何もできないのはリズが来ないせい!」
既に大まかな解析と、それに基づいた作戦立案は済ませた。
後は実行するのみ……なのだけれど。
肝心のリズが不在なのであった。
「18時前……もう残り3時間! 余裕はないわよ」
「……先に準備だけしておこう。最悪は我々だけでやる」
「うぇ!? 私も!? ……や、やったるわ!」
「はは、その意気だ――お、来たか」
排気音が高らかに響いた。
赤くなり始めた光が差し込む最上階に、バイクが滑り込んで来た。
乗っているのは当然、リズである。
「……お待たせしました!」
「ぅ遅い!」
「すみません! でも、その分収穫はバッチリですよ」
飛び降りながら彼女は巨大な鞄を揺らしてみせた。
更にバイクの後部には無理矢理括り付けたらしいコンテナ。
「……どれだけ武器を持ってきたんだ?」
「えーっと、ざっと10丁くらい? 弾薬もばっちりですよ」
「流石、武器商人の秘密の倉庫ってこと?」
「ふふん、それだけじゃありませんよ」
「「……?」」
「で、作戦は? 何か決まりました?」
「あ、ああ……勿論だ」
「良かった! なら急いで、もう時間がありません!」
物凄い形相で睨みつける鷹村さんと顔を見合わせる。
咥え煙草のように飴を舐めるリズは、この状況であってもいつも通り。
「……誰のせいで……」
「まあまあ」
夜鳥羽中央駅――その北にある立体駐車場。
そこに作られた臨時