戦闘開始する約1時間前。
地下駐輪場での調査を開始した俺を待っていたのは、思わず反吐が出そうなα部隊の戦歴であった。
――彼らα部隊に
うだるような暑さの中、ここでは人とブラーの凄惨な生存競争が繰り広げられていた。
8月21日。侵攻の激しい南西部の集合住宅でのブラー殲滅。
翌22日。南東部の前哨基地が
そのまま23日の深夜、ブラーが集まっていると思われる中央地区南東の商業施設を襲撃、これの奪還。
8月25日から3日間。拠点形成の間の哨戒任務。
……そんな具合で7日間も命がけで働かされ、合間の休息は恐らく1日だけ。
しかもその1日は、すぐ横の
食事も排泄も不要。栄養剤の投与だけは行われていたと記録にはあった。
補給要らずで戦える。しかもその兵士は単独で
「そう考えると、マジで理想の部隊だな」
まともにブラーの生態すら分からなかった当時、どれほど貴重な戦力だったか。
そりゃあ、司令官の中将を殺してでもやるわけだ。
絶望的な戦場で要るのは無能な上司より、敵を殺せる兵士。
なにせ既に師団が2つ壊滅してるんだ。
倫理や道徳をかなぐり捨てるには十分な数の死人が出てたんだろう。
そんな怪人部隊α。その誕生は、どうやら7月から8月にかけて。
夜鳥羽への陸軍第3師団の投入が4月。
そしてこの資料を見るに、比企中将の死後、α部隊が
夜鳥羽の裂け目が『沈静化』したとされているのが……10月の終わり。
およそ半年の夜鳥羽戦線。その後半の2カ月、彼らは命を捨てて駆け抜けた。
「元々死んでるけど。……ホントにイカれた発想だよなぁ。多田羅って奴、どんな頭してんだよな……」
碌な休みもなく戦場に投入され続けた彼ら。いくら単独で
だから当然、負傷者が出て来る。
9月5日。南西部で孤立した味方の救援に急行。二等兵である道屋が負傷、片腕を欠損。
9月12日。同地区に出現した特別個体との戦闘中、砲撃を受け鈴木伍長が頭部を欠損。作戦投入は不可能と判断。
立て続けに2名が死傷――ではないか。さっきの
……やっぱり、治療の嘆願がされている。即時却下されてるけど。
嘆願をしたのはこの席にいた奴らの管理担当らしい。
人らしい情はあったんだな。
「却下理由は……んん?」
α部隊の治療行為、その一切を禁ず。
管理者は戦闘後の撤収時も注意せよ。
戦闘員のこれ以上の怪物の接種は『暴走』を引き起こす可能性あり。
α部隊の監督者――恐らくこの席の人間への警告文。
その意味は……色々と知った今ならわかる。
奴らは身体にブラーを埋め込んでる。多分そのバランスは奇跡的に成り立っているだけの不安定なもので、治療をすると均衡が崩れちまうんだろう。
――あの戦闘員、赤兎って言ったか。あいつが真っ白化け物になったあれが、『暴走』なんだろうな。
そもそも肉屋の話では何十人もいた被検体で生き残ったのは僅か7人。
創れたのが奇跡な
その結果が、隣で未だ生き続ける……死に続けてる首無し怪人。
自分が
「えげつないねぇ……」
その後、9月末からはα部隊は主に中央地区への積極投入が行われたらしい。
夜鳥羽の戦線が収まる1月前。
ここから、戦いは激化の一途を辿る。
9月30日。駅周辺への威力偵察。巨大な腕を持つ怪物の襲撃により仁藤の死亡が確認。
10月2日。駅南東部の破壊痕の調査。怪物の襲撃により田淵が腹部を欠損。行動不能。
ここからα部隊は駅周辺に投入され続けた。
この時点でかなり夜鳥羽全体の確保に成功している。
その代償に部隊は半減したわけだが。
戦いは続き……そして、最後の指令。
――夜鳥羽中央駅を奪還せよ。
発令は10月20日。
以降の命令書は存在していない。
「駅に……裂け目に突撃して死んで来いって?」
あまりに簡素な文面からはそんな意図しか読み取れなかった。
しかも駅にって、なんにもならない命令だろこれ。
なんでこんな命令を?
……そういや、そもそもこの夜鳥羽戦線って
原因っぽい『神晶』は残ってて裂け目も健在。
ブラーは依然として徘徊してる戦場を、どうやって終わったと判断したのか。
その答えは、命令書に記載があった。
封鎖壁建造に際し、α部隊の健闘を期待する。
指揮官は本部からの報告をもって作戦終了。
部隊を破棄して帰還されたし。
「……そういうことか。安全に建造するための捨て駒ってやつね」
夜鳥羽戦線の終結。それがあの都市を覆う壁の建造だった。
半年の戦いの果て、十神重左と多田羅はブラーの生態を正しく把握したのだろう。
奴らには行動範囲がある――そこを封じる様に壁を立てれば、そもそも無理に戦う必要もない、と。
駅に、『神晶』に攻撃を仕掛ければブラーは集まる。ついでに全滅してくれればそれでいい……そんなところか。
まあなんでか生きのこってるんですけど。
「……ん?」
最後の命令書の裏に、赤い殴り書きが残っていた。
震えた文字で、一言。『許してくれ』。
多分書いたのはこの席の管理者かな。
懺悔の言葉。罪悪感に押しつぶされたのだろう。
異形になってまで自分たちのために戦った仲間に、『死んで来い』と命令したのだ。
こんな言葉も浮かぶのかもしれない。
「……はぁ……」
これで大体事情は分かった。
咲良さんに土産ができた。良いかは知らないが。
後は……。
『コッ――』
「……白瀬」
顔を上げれば、白瀬がこちらを見つめていた。
白濁した目に変わらない表情から感情は一切読み取れない。
ただ……。
『――――』
「ん?」
奴は1枚の紙を差し出してきた。
くしゃくしゃのそれは、殴り書きがあまりにも酷く解読に時間がかかったが……どうやら嘆願書らしい。
すずき、たぶち
なおして
たのむ
「……ここに来て、資料を見てさ。ずっと気になってたんだよ。なんでお前があのホテルにいたか」
こいつらに最後に出された命令は夜鳥羽中央駅の奪還。
あのホテルで咲良さんを襲う理由はなかった筈なんだ。
あそこにいた理由は……。
「守ってたんだな。あの施設。あそこが仲間の治療に必要だって分かってたんだな」
『――――』
「……やっぱりちゃんと自我あるんだな、お前ら。よし、決めた」
パン、とファイルを閉じて立ち上がる。
大体1時間くらい。ここまでだな。
「悪いが治療は却下だ。だが、代わりに頼みがある」
『――――?』
実は、奴らの任務記録を探ってる間に分かったことがもう1つある。
それは、命令の仕方。
――ある筈なんだよな。こんな怪人相手に安全に指令を出す方法がさ。
そしてそれは見つかった。
机横のスイッチを操作すると、隣の部屋から眩い光が漏れてきた。
壁にあった回転灯が駆動したのだ。アレは別動力らしくて助かった。
続けて壁に掛けられていた笛を鳴らす。
けたたましい、独特の音色が鳴り響き――白瀬の身体が直立不動に変化した。
『――――!!』
「ぉほん。……ええと」
残された資料を基に、声色だけ整えながら――告げる。
「なあ白瀬。お前、まだ言葉分かるよな。……寝てる仲間のこと、分かるよな?」
『――――』
「なら聞け。お前も、仲間も、まとめて終わらせてやる。だから、手伝え。夜鳥羽中央駅、そこにいるブラー全員をぶっ殺せ」
『――コッ』
返答は一音。
直後、白い巨体は掻き消える様に姿を消した。
「はっや……やべ、俺も急がないと」
慌てて武器を回収して戻って――俺たちの最後の戦いが始まったんだ。
***
というわけで、新たな仲間を得ての戦闘開始。
「――やるぞ、白瀬。ぶっ殺せ!」
『――コッ』
『■■■■――!!』
大気震わす咆哮に、俺と白瀬が構わず突撃。
合体
俺単体なら間違いなく力負けする相手だが……。
『――ココッ』
左右に分かれて避けた俺ら。
内側にズレた方、白瀬が床を砕きながらその懐へと入り込んだ。
ずどん、と爆音が鳴り響く。
『■■■■――!?』
推定4m近くある巨体が轍を残して後退していく。
どんな蹴りだよ……。
「味方で良かった……!!」
その隙にこちらは脇を抜けて『神晶』へと突き進む。
ぶっちゃけ、この合体
白瀬が相手してくれてる間に爆破をできればそれでいい……が。
『■■■■――!!』
背後から破裂する様な咆哮が鳴り響き、悍ましい
今の音、
「ぅおおおお!!」
『――コッ』
こちらへ振り向き突撃しようとした合体
ぐるんぐるんと回転しながらの一撃は凄まじく、ビリビリとした余波がこちらまで届く。
「ナイス、そのまま抑えてろ!」
『――――』
その隙に全力疾走を開始。
『神晶』まであと300m。駆け抜ける――!!
この身体は足も速い。
銃を抱えたこの状態でも、40秒あれば十分。
白瀬が稼いでくれた時間。無駄にはしない。
外は咲良さんたちに。背後は白瀬に任せ。
俺が対処すべきは、未だぼとぼと落ちて来る
そしてまだ動く前の雑魚なら、
「はっはー!」
走りながら掃射。
迸る炸裂音に振動が、俺の頭を揺らして快楽を迸らせる。
死に戻る身体でも未だ浮かぶ死の恐怖も、この夜鳥羽に未だ沈殿してて
赤と白の血煙を飛び越え、俺は遂に『神晶』の足元へ到達した。
「……やっとだ」
苦節1月半。
何度も死んで、やっとここまでたどり着いた。
鞄から取り出した神造爆弾。ここに来て、埋め込まれた赤い宝石が強く光を放っている。
リィン、と高鳴る音が駅構内に響き渡った。
……あってんだな、ここで!
「ならば良し!」
通信装置に触れて思いっきり声を張り上げた。
「――いけました。咲良さん、鷹村さんは脱出を!」
『――やったか!』
「はい。それと、鷹村さん。通信を全員に繋げてください」
「……マジでやんのね……合わせたわ。言って!」
ほんのちょっとだけ深呼吸をして。
もう一度、あらんかぎりの声で吼えた。
「――今から設置します! 10分間耐えてください! それで、終わります!」
これでOK。
スイッチを押して爆弾を起動。
即座ではなく時限式。設定時間は――10分。
甲高い警告音が鳴り響く。
肉屋が設定したタイマーの音だろう。
神様が作り変えた大理石風の見た目だが、その辺の機構は変わらないらしい。
「さあ、ここから正念場」
残念ながら近づいて「はい爆破」では終わらない。
そんなことをしたら咲良さんたちが危ない。いやマジで。爆弾の威力がどれだけあるのか、誰にも分からないんだから。
せめて安全圏まで避難して貰わないと。
そしてその間、爆弾を守り切る必要がある。
「お金残しててよかった……1回は死んでいい!」
神像爆弾で死んでも平気だよな? 信じてるぞ、蛇神様!
背後で真っ赤な光が瞬く。
爆弾……ではなく『神晶』からだ。
どくんと脈打つ様に広がった光が周囲に伝播し、落ちたばかりのブラーの卵に触れていく。
「ああ、ああ……全員強化されちゃって……弾足りるかな?」
弾切れしたら拳銃と
力尽きても、最悪死んでも大丈夫。後は背後を守り切るだけ。
「白瀬ぇ!! 最後まで付き合え!」
これで本当に最後の戦闘。
その火蓋がたった今、切って落とされた。