崩壊世界でルートシューター   作:穴熊拾弐

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第67話 Suture⑤

 

 

 その時、青い光が暗くなり始めた夜鳥羽の空を貫いた。

 宙に浮かぶ裂け目のほんの少し手前。青黒い空隙を隠すように、太く長い柱が尾を引いて消えていった。

 

 時間にしておよそ1分程度の出来事。 

 だがそれは、夜鳥羽で戦いを繰り広げていた者たち全ての動きを止めた。

 

「……あれは?」

 

 南拠点で最初に異変に気づいたのは狙撃手のレンだった。

 まずは明らかな光量の変化に。そして直ぐに警戒の視線を張り巡らせて――地上の変化に。

 

 ――裂け目の方向。

 

「10時方向。裂け目周辺に異変」

『何? ……なんだありゃあ!?』

「うるさっ」

 

 甘木の叫びが耳元と下から響いてくる。

 混乱は分かるがもう少し声を抑えて欲しいものだ。

 

『レン、見えるか!?』

「うん。裂け目付近で光が上がって消えた。それよりも問題は地上(そっち)側。ブラーの動き、止まってない?」

『何? ……っ』

 

 重い沈黙。即座に否定しない辺り、例のオートマップで確かめているのだろう。

 そしてレンの視界はより明確に事実を教えてくれる。

 つまり……。

 

「終わったかぁ……」

 

 大きく息を吐いて力を抜いた。

 どうやら今回も生き延びたらしい。

 チャンネルを切り替え、相方に繋げる。

 

「瑞希、生きてる? 終わったよ」

『おう。早かったな』

「多分亡霊がなんかやったんでしょ」

 

 どうやったかは知らない。だが、ずっと重苦しく漂っていた危険領域の圧が薄らいでいる。

 あれが何かしたのは間違いなく、あの柱もブラーの停止もその結果だろう。

 

 ふと、足元からどよめきが広がった。

 見れば壁付近に現れていた雑兵(ノーマル)が動きを止め、その輪郭が解けて消えていく。

 銃弾すら耐える外皮がぱらぱらと消えていく様子は――。

 

「炭酸みたい」

『あ? お前好きだっけ?』

「『飲みたい』じゃないよ。あー、でも今は飲みたいかも。喉ががびがび」

『だな! つっかれたー! 金貰って帰るぞ!」

「大丈夫、もう振り込まれてるよ」

 

 2000万案件は失敗したけど、代わりの報酬は手に入れた。

 いつの間にか振り込まれてるのも確認できた。

 良かった。ここで騙されていたら自分たちも彼女を追い続けなければならなくなった。

 ただ――。

 

「逃げられちゃったね」

『らしいな。あのやべえ連中が慌てて追っていったし。……あの能力、欲しかったんだけどなあ』

「β部隊だっけ? あれと争うのは流石にごめんだね。なにあれ。強すぎでしょ」

『だなあ……。世界ってのは広いなあ!!』

 

 漂白部隊(SBEU)の特級戦力。

 噂には聞いていたけどあまりにも規格外だった。

 あれが予言者(シアー)を追うならこちらは素直に退く――そう思わせるくらいには。

 

「まあでも、簡単には捕まらないんだろうね」

『ははっ。そっちもそうだな! 変なヤツらだったな。次あったら今度こそ仲間にするぞ!』

 

 死闘を経て尚、真っ直ぐ前を向く相棒に笑みを浮かべて、すっかり熱の引いた狙撃銃を拾って担ぐ。

 

「帰ろう」

『おう』

「あー、腰痛……」

 

 この任務はこれで終了。

 だがまだ夢までの目標金額までは遥か遠く。

 次なる戦場へとハンターたちは旅立っていく。

 地上では、ようやく事態を理解した兵士たちの歓声が湧き上がっていた。

 

 

***

 

 

「――ねえ、あれ見て!」

 

 そう叫んだのは誰だったか。

 崩れかけの家屋から家具を運び出していた少女――足立文香は、その声に反応して空を見た。

 

「……え?」

 

 そこにはいつも通り浮かぶ裂け目がある。

 5年前からずっと見ていたそれはもう細かな形すら覚えてしまっていた。

 いつどこで見ても頭の中で形を思い出せる。何なら目を瞑っても浮かぶそれに……変化が起きていた。

 

「え? あれ、気のせい? ……なんか、細くなってない?」

 

 ほぼ同様の呟きをその場にいた皆が揃えて口にした。

 あれだけ見た、空を埋め尽くす裂け目が形を変えている。

 言葉と動揺が伝播し、その場にいた作業員の全員がいつの間にか動きを止めて――更なる変化にどよめきが起こった。

 

「何あの白いの!?」

 

 封鎖壁の向こうから白い粒子が大量に上がりはじめたのだ。

 この国の――否、世界中の人間にとって、白は奴(・)ら(・)の(・)色(・)。

 それが小さな粒とはいえ、封鎖壁を越えるそれに平静でいられる住人は少ない。

 

「――ひぃいい!?」

 

 動揺は恐怖に変わり、手にしていた資材を放り投げて逃げ出すものが出ていく中。

 足立文香は1人、呆然と空を眺めていた。

 

 ――なんでだろう。あの光、知ってる……?

 

 光とともに駆け抜けた風。

 その感触に何故だか覚えがあって、身体は安堵していて――。

 

「――あ」

 

 だからだろう。文香には、その変化がはっきりと理解できた。

 ふっと空に指をさして、叫ぶ。

 

「……閉じてます。と、閉じてますよ、裂け目!!」

 

 叫び声がやけに響いて、数人の足が止まって更に数人の視線を空へと向けさせた。

 文香のその言葉通り、裂け目がゆっくりと閉(・)じ(・)て(・)い(・)く(・)。

 細くなるなんてものではない。あれだけ広がっていた青黒い空隙がなくなっていくのだ。

 

 自然と混乱は収まり、静まり返った皆が見守る中。

 およそ十数分をたっぷりかけて裂け目は閉じ、一本の太い線に代わり――。

 

「あ! 消えた!」

 

 その線さえも、最後は消えてなくなり……月夜の闇に塗りつぶされた。

 

「……裂け目が、消えた?」

「消えたよね!? だって、あそこに――」

 

 5年間、いつも視界を埋めていた忌々しい裂け目が消えた。

 その実感が皆に広がるのが更に十数分。

 皆の声が、ざわめきが、ふつふつと煮えたって。

 

「――おおおおおおお!!!」

 

 それは巨大な歓声と咆哮となって、夜鳥羽の南部にて爆発した。

 唯一、護衛の兵士たちだけが慌てふためく中、足立文香は呆然と空を見上げる。

 その脳裏に浮かぶのは、何故かあの黒服の不思議な女性。

 

「……リズさん?」

 

 さっきの風。何故だか彼女の匂いや気配を感じた気がした。

 あの刺激的な火薬の香り。そしてやけに自信満々で安心する声。

 

『奪われたものを取り返す――全くその通りですね。あなた方にはその権利がある。そして、私(・)に(・)は(・)そ(・)の(・)力(・)が(・)あ(・)る(・)。……なのでお手伝いしましょう』

 

 始めて会った時に彼女が言ったその言葉。

 彼女はきっとその通りに行動して……見事、取り返してくれたのだ。あの化け物から自分たちの故郷を。

 

「……ありがとう」

 

 ふとそんな言葉が口をついた。

 何が起きたのかは分からないけれど、夜鳥羽は救われた。

 きっとそれだけは事実だと文香は思うのだった。

 

 

***

 

「――廉也、止めて!」

 

 阿久津の鋭い一言に路上を北に――夜鳥羽中央駅へと走っていたトラックが急停車した。

 仲間たちの困惑と非難の言葉を無視して、阿久津は外へと飛び出す。

 

「隊長? どうしたんです?」

「見なさい。裂け目付近で光の柱……恐らく発生源は『神晶』……やられた……!!」

 

 青い光の柱はゆっくりと消えていく。

 皆が呆けている中、阿久津だけは素早く動く。

 

「全員装備の格納を! 急いで!」

「どうしたんです? 戦闘区域ですよ?」

「裂(・)け(・)目(・)が(・)消(・)え(・)ま(・)す(・)! 装備を守りなさい、早く!」

「――了解!」

 

 理解不能だろうと指示に従う。それがこの国が設計した精鋭部隊である。

 優秀な部下たちの動きを見ながら、久方ぶりの突撃銃(アサルトライフル)を担ぎ、阿久津は息を吐く。

 

「……まあ、もう不要なんでしょうが」

「はい? なんです隊長?」

「戦いは終わったということです。副長(デン)、本部に連絡を」

「あいよ。なんて送ります?」

「――夜鳥羽は取り戻された、と」

 

 視界の端に映る雑兵(ノーマル)が解けて消えていく。

 危険領域は消失し、この夜鳥羽一帯は5年振りに我ら人類の所有物になったのだ。

 

 が、阿久津の表情は晴れない。

 まるでこの事態が悪であったとでもいうように。

 

 ――やられた。こんな衆目に晒された状態で……これではもう、隠せない。

 

 姿こそ見せないが、多くの勢力がこの戦いを見守っていたことだろう。

 我が国での裂け目の消失。その『公的な』第一号。

 その影響は計り知れない……この国は荒れることだろう。

 

 ――好き勝手やりやがって、何も知らない観光客が……!!

 

「で、どうします? 戻ります?」

「……はぁ」

 

 問いかけに熱くなった息を吐き出した。

 猟犬に怒りは不要――なのだけれど。

 巨漢の副官の探る様な目線に、阿久津は引き攣った笑みを返すしかなかった。

 でないと怒りでどうにかなりそうだったから。

 

「……このまま行きます。夜鳥羽中央駅、そこにこれをした愚か者がいる筈。……絶対に逃がさない」

「そうなりますよね。アイ・マム」

「……それやめなさい。あなたはこの国の兵士です」

「へへっ。さっ、行きますか」

 

 即座にトラックに乗り込み走り出す。

 駅にまだ潜むだろう不穏分子達を捕まえるために。

 

「――もぬけの殻……? 馬鹿な、あり得ない……!!」

 

 だか数分後、阿久津の怒号が響き渡ることになる。

 何故ならそこには予言者(シアー)も、その仲間も誰もいなかったのである。

 

「探せ! まだ近くにいるはず……!! デン、本部へ連絡。予言者と亡霊を指名手配!! 賞金も賭けろ!」

「了解、ボス」

「予言者(シアー)め、絶対に逃がさん……!!」

 

 後に『予言戦役』と呼ばれたこの戦いは、公的には耐え忍んだ夜鳥羽支部と救援に来た漂白部隊(SBEU)中央軍の共闘により夜鳥羽を奪還したと記録されている。

 ブラー出現から5年。この国が最初に奪われた3つの都市の1つを奪還した輝かしい栄光の一幕として、長く語り継がれることになる。

 そしてこの事件を端を発して更なる混沌が巻き起こることになるのだが……それはまだ、誰も知らない未来の話。

 

 

***

 

 

 阿久津が吼えるその少し前。

 

「――おお! マジでやったの!?」

 

 立ち昇った青い光を予言者(シアー)は丘の上から眺めていた。

 手で庇をつくり、眺める先には小さく浮かぶ裂け目。

 その姿にはまだ変化はない。

 

「……見た限り変化はありませんよ?」

「ふふん、君には分からないよね。でもアタシには分かるのだ。あれは直ぐに閉じるよ」

「あなたが言うのなら、そうなのでしょうな。そうですか、彼女はやり遂げましたか」

「だねぇ……まさかホントにできるとはなぁ……」

 

 誰にも見えない自分だけのシステム画面には、夜鳥羽の防衛成功の文字が躍っている。

 中央本隊が来るまで耐えるつもりだったが、本当にあの来訪者は成し遂げたらしい。

 

 ――イヤホン外された時はキレそうになったけど、スマートウォッチは律義につけてくれてた。ありがとうね、亡霊さん。

 

 正直怪しかった共闘関係だが、神様はちゃんと見てくれてた。

 これで彼女だけじゃなく自分もステージクリア。

 3度も失敗して終わりかと思ったが、4度目の正直でなんとか達成できた。

 長く苦しい戦いがこれで終わり――な、筈もない。

 

「ねえ、アタシのこと見えてる?」

「はい?」

「……ごめん、何でもない。やっぱり一個壊したくらいじゃ駄目だよねー」

 

 画(・)面(・)に現れたのは報酬選択の文字。

 残念ながら元の世界に帰れるわけでも、このゲームな終わるわけでもないらしい。

 結局どうにかしてこの世界を救わなければ終わらないのだろう。 

 裂け目の数がどれだけあって、来訪者がどれだけいるかもしらないが、途方もないことだけは理解できる。

 

 ――奴隷じゃないんですけどー。……まあ、光明見えたからいいか。

 

 縛りプレイはこれで卒業。

 亡霊のおかげで、夜鳥羽(ここ)では良いものが手に入った。

 

 ――武器も資源も情報もたっぷり回収。なにより……。

 

「そういえば君、なんて呼べばいい?」

「――ほほっ。変わらず肉屋(ブッチャー)で大丈夫ですよぉ」

 

 手を下ろした予言者(シアー)の横に立つのは、2mを軽く超す巨体。

 異常発達した脚部を持つその男は、真ん丸な身体を揺すって笑う。

 あの特級戦力・猟犬部隊(ハウンド)の先輩……否、プロトタイプ。

 戦力としても技術者としても貴重な彼がいれば、次の裂け目も楽に戦える。

 

「オッケー。ホントはあの白瀬君も欲しかったんだけど」

「ほほっ、それは無理な相談というものです。彼はもう碌な自我が残っておりませんでしたから」

「でも君は平気でしょ?」

「……約束したのですよ。あの日、最後の作戦の最中で。彼はあそこで仲間を守る。わたくしが借(・)り(・)を(・)返(・)す(・)――と。だから、あなたの申し出はわたくしとしても有難かったのですよ」

「ほほう、なるほどね」

 

 ならば良かった。渡りに船ってやつね。……こういう言い回しも一緒なのかな?

 

 なんて冗談はともかく。

 奴らは功績も大きいが、取り零しも多かった。

 それらを全部頂いて……アタシが勝つ。

 勝手に連れてきた恨みは大きいよー、神様。

 

「……あ、そうだ」

 

 画面をちょちょっと操作してっと。

 

「どうされました?」

「ん? なんでもないよ」

 

 これで貸し借りなしね、リズ。

 

「ちょっと2人とも、もう出しますよ!」

「はいはーい」

「じゃあ行こっか」

「ええ。……ところで、本気でやるのですか? 彼を通じても交渉に乗ってくるかは……」

「いいのいいの。駄目でもともと」

 

 けらけらと笑いながら、予言者(シアー)が告げる。

 

「アタシはね、肉屋(ブッチャー)。賭けるならいつも最大。やるなら派手に、が信条なの」

「……ほほっ。それは大変そうだ」

「その分勝てば大儲け。今回みたいにね」

 

 互いに笑いあって、2人は阿内の待つ軽トラへと急ぐ。

 歩き出した直後、予言者(シアー)はもう1度眼下の夜鳥羽を振り返った。

 

「じゃあまたね、亡霊さん。お互い頑張ろうねー」

 

 あなたのおかげで色んなものが手に入った。

 ……次は味方だと良いね。

 

 手を小さく振って、予言者(シアー)とその一行は北の危険領域へと消えていった。

 

 

***

 

 

「――ぐへぇ!?」

 

 またまたべしゃりと塔屋に落ちる。

 通算何度目だろう……数えておけばよかった。

 漂流した時みたいに壁にでも傷つけてさ。

 

「でもここ暗いからなあ……」

 

 記録をするにはちと面倒だ。

 やっぱり照明の改良は必要なのかもしれない。

 あの巨大シャンデリアがどこで手に入れられるか全くわかんないけど。

 

 どっかのホテルとか……ああ、もしかしてあのホテルを探せばあった?

 まあ今更戻らないけどさ。

 

「てかあれで『神晶』壊せたんだよな? その辺良く分かってないんだけど……」

「――?」

 

 会堂へと戻ると三毛に出迎えられた。

 君、最後までいたね。

 

「逃げろって言ったのに……まあ終わったからいいのか?」

 

 その頭を撫でて――息を吐く。

 さあ、これからどうしようか。

 

「なーにしようかなぁ……」

 

 ぼーっと考えて……多分5分くらいが経った。

 

「……え? ホントに何すりゃいいの?」

 

 静寂に俺の声が虚しく響く。

 これで裂け目がなくなった……んだよな?

 ならこの後は別の裂け目に行くんだよな? 多分。

 こっから行くの? でも一番近い北の裂け目でも1時間は余裕でかかるだろ?

 

「バイクとか車とか使えってか? 一体どうしろって……ん?」

 

 困惑は、突如鳴り響いた鈴のような音に掻き消された。

 更に地響きみたいな揺れが起きる。

 それは次第に強さを増していっている。

 まるで何かが近づいているみたいな……。

 

「これ……神造武器を貰った時の……」

 

 確か、この教会はい(・)つ(・)の(・)間(・)に(・)か(・)出(・)現(・)し(・)て(・)い(・)た(・)って文香嬢が言ってたし。

 じゃあ……つまりそういうことか。

 どうやら直ぐに出発するらしい。

 

「んー、となると挨拶もできないな」

 

 肉屋とか咲良さんたちにも別れの挨拶くらいしたかったんだけど。

 この様子だと、残りあと数分とかだろう。

 

「……あ、そうだ」

 

 あれくらいならできるだろう。

 そうと決まればさっさとやるか。

 

「三毛、出ていかないならついて来い」

「――?」

 

 俺、なるべく全部のミッションやる派なんだよね。

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