夜鳥羽中央駅。
裂け目が消えてすっかり月夜に沈むその場所に、けたたましい音を鳴らしてトラックが滑り込んできた。
「――急げ!」
少し低い女の声が響くと同時に、武装した兵士たちが展開していく。
間もなく駅は包囲され、中は仔細に調べられることだろう。
「……どうだ?」
「おっ、カメラに映った。範囲ギリギリだからコマ送りだけど。やっぱり駅に入ってきたね。助けに来た……って感じじゃないねー」
「そうか。
「だねー。……逃げててホントによかったわ……」
「本当だな」
深い安堵を覚えながら、十神咲良は息を吐き出した。
リズたちに戦闘を任せて駅を脱した咲良たちであったが、そのまま危険領域外に逃げることはしなかった。
起きる全てを記録する――咲良と
きっかり10分後、駅から青い光の柱が立ち昇って。
至る所から白い粒子がふつふつと浮かび始めて。
遂には浮かぶ裂け目が閉じて――周囲は静寂が包み込んだ。
『撮れたか?』
『ばっちり!』
後は監視カメラの映像含めて諸々回収して終わり――その筈だったのだが、その瞬間に通信が入った。
――PEN:離れた方がいいよ。こわーい猟犬が向かってる。
ふざけたペンギンがぶら下がって表示したそのメッセージは間違いなく
その内容は一見すると悪ふざけにしか見えないが、そんなことをする筈もなく。
少し考えて――咲良はその意味に気が付いた。
――中央の
すぐさま距離を開けて遠距離からの監視に切り替えた所、見えたのが今の光景だ。
あのまま駅近くにいれば捕えられていた可能性があっただろう。
――それにしてもやけに素早い……もしや、駅で何が行われていたか知っているのか?
「特捜といい、中央は隠し事が多いらしいな」
「そりゃそうでしょ。裂け目やブラーに関して、
少なくともこの国には、という彼女の言葉には頷ける。
なにせ今の局長は、この夜鳥羽で全てを見てきた男なのだから。
「さ、急ぎましょ。あいつ等ならカメラにも直ぐ気付くと思う。さっさと逃げないと、データを送る暇がない」
「ああ。ただ、行き先は変更だ」
裏手に止めた車へと急ぐ。
元の作戦ではこのまま東のガレージに向かって、そこから鷹村が各種データを公開する手はずだったが……。
「リズさんの拠点に行かなければ。彼女が戻ってくる可能性もゼロじゃない」
「あ、そっか。知らせないとマズいか」
リズはまさしく
「それに礼も伝えなければな」
「……そうだね。まさか、本当に裂け目を閉じちゃうなんて。信じられない」
「ああ……終わったんだな」
「ね」
静寂の都市の中。
頷きあって2人は恩人であるリズのいるだろう北西の拠点へと向かう――のだけれど。
「……え?」
数十分後、鷹村の運転で辿り着いたリズの拠点前。
だがそこには巨大な
「ここが? 地下に拠点があるのか?」
「ううん……ここに大きな建物があって……ええ?」
それぞれの窓から身を乗り出して、2人は困惑の声を上げた。
咲良はついぞこの拠点を訪れたことがなかったから混乱は少なかったが、少し前までそこに立っていた鷹村の動揺はすさまじかった。
「道を間違えたとかは……」
「そんなわけない! 間違いなくここ。だって見てよ。こんな空地、あるわけないでしょ?」
彼女が指し示す場所には、確かに何の建物もない空き地が広がっている。
家が2~3軒は入りそうな広さ。
別に建物が崩れて更地になった場所は夜鳥羽では珍しくはないが……。
「確かに残骸も何もない。綺麗すぎるか」
「そうそう! あいつの拠点は間違いなくここにあった……んだけど……ちょっと行ってくる!」
「あ、待て。あぶな……くはないか」
慌てて車を飛び出した鷹村を追う。
少し迷って、拳銃だけ手に取った。
先に行った鷹村は、何故だか空地のすぐ手前で屈みこんでいた。
「どうした?」
「ねえ、これ」
彼女の指し示した先には、箱が1つだけ置いてあった。
一抱えくらいのコンテナにはマガジンとスマートウォッチを重しにして紙が置かれていた。
そこには――。
お世話になりました。
私が回収した服を残していきます。
文香さんによろしく。
リズ
「……どうやら、行ってしまったようだな」
「あはは。わけわかんない! あんなおっきな建物がどうやったら消えてなくなんのよ!」
「……不思議な人だった。最初から最後まで」
困惑を通り越して笑い始めた鷹村を余所に、咲良は暗く沈んだ空を見つめる。
出会った時から最後まで、彼女は本当になにもかもが常識外れだった。
「……案外、本当に神様の関係者なのかもな」
「かもねー。……また会えるかな?」
「会えるんじゃないか? きっと、別の裂け目で」
……そうだ。まだ終わったわけじゃない。
この国にある数十もの裂け目の1つが消えただけ。
彼女はきっと次なる仕事へと向かったのだろう。
――なら、私がすべきことは……。
「鷹村さん、頼みがある」
「ん? どしたの?」
「一緒に探しに行かないか? この国で起きていることの真相を」
自分もまた、奪い返すための戦いを始めよう。
鮮やかに去っていった亡霊の背を追って、十神咲良もまた歩き出すことを決めた。
***
夜鳥羽の裂け目消失から1週間が過ぎた。
「……はあ」
すっかり冷えた空気に溜息を吐き出して、夜鳥羽支部隊長である甘木は書類をばさりと机に置いた。
「事後処理、めんどくせー……」
特捜もβ部隊も、あの後直ぐに帰っていった。
代わりにやってきた中央部隊も夜鳥羽の裂け目が消失したことを確認すると、予備部隊と詳細不明の調査団を残して直ぐにひき返した。
少しくらい手伝ってくれてもいいのに。
なんて口を吐きつつ諸々の対応をさせられ、ようやく一息をついて。
ああ、夜鳥羽は救われたのだ――と気付いたのが、つい一昨日のことであった。
――裂け目って消えるんだなあ……。
現場にいた身であるが、何が起きたのかを殆ど理解できていない。
誰がどうやって裂け目を消したのか……全てはあの怪物とともに消えてしまった。
そして――部下だった十神咲良もまた、あの日から姿を消した。
あの日、あの時に危険領域の中にいたそのほとんどが煙のように消えてしまった。
夢だったのかと、そんな冗談は押し寄せる仕事が掻き消してくれたが、残念ながら十神咲良も誰も戻ってはこなかった。
――あいつのことだ。きっと生きてはいるんだろうが……。
特捜とβ部隊――中央は、十神咲良の失踪を正確に把握している筈。
彼女もまた
甘木の知る十神咲良とはそういう人間であった。
「――甘木君、準備完了したよ」
「鵲さん」
かつん、と杖の音を鳴らすのは鵲。
記者の鷹村も消えて、
元々ここが故郷で裂け目出現直後から戦い続けた彼にとっては、この復興が本番なのだろう。
「助かります。一緒に行きましょう」
「うん」
「……あれから連絡は?」
「ないよ。元から自由に飛び回ってる奴だからね。その内ひょっこり帰って来るさ」
「……そうですね」
まあいい。後始末は俺らの仕事だ。
これから夜鳥羽は忙しくなる。まずはブラーが本当に消えたかの探索。
それが済んだら瓦礫や結晶体、散らばった銃器などの危険物の
「この国の誰もやったことがない仕事だ。重要だよ?」
「そうですね。でも、嬉しいです」
「……そうだね。皆の分も、僕らがやろう」
「はい……!!」
拳を突き合わせ、男たちは外へと向かう。
陽光に照らされた夜鳥羽の町並みは、ここ数年で一番活気に満ち溢れていた。
***
「――はいこちら、マフラーです」
「わ、ありがとうございます……!!」
封鎖壁間近の建物跡地にて、足立文香はやってきた住人に衣服の入った袋を手渡した。
まだ昼間だが既に肌寒い11月頭。
ありあわせの衣服を身に纏った人々は、ほんの僅かな衣服でも嬉しそうに顔をほころばせる。
あの日、裂け目が消失した後。
文香たち家屋の解体を行っていたボランティアチームは、そのまま危険領域周辺の復興の手伝いを名乗り出た。
文香の家族を始めとした他の有志達も名乗り出て、あれから毎日街の掃除と、物品の回収・整理を続けていた。
そして今日はもう所有者が不明になった品々の配布が行われている。
文香の担当は、衣服である。
――リズさんのくれた服、役に立ってますよ。
ここにはいない恩人の顔を思い浮かべ、文香は作業を続ける。
いつか見た鵲さんの配布会かそれ以上の賑わいを見せている。
皆、表情が明るい。
そして置かれたラジオからはアナウンサーの興奮した声が響いている。
『――先週、突如として消滅した夜鳥羽の裂け目では、
夜鳥羽の
街には記者さんらしい人がいっぱいいて、できる限り話さないようにと学校からは指示が出ていた。
ただSNSをやっている子なんかは聞く耳持たずで毎日あちこち駆けずり回って発信を続けている。
――5年前を思い出すなあ。
あの時は街全体が暗く沈んでいたけど、今回は皆笑顔だ。
「……リズさん、どこに行っちゃったんだろうなあ……」
十神咲良さんが服とメッセージを届けてくれたけど、彼女自身には会えなかった。
咲良さん曰く『彼女は次の仕事に行ったよ』とのことだった。
きっと、別の裂け目へと向かったのだろう。
結局、あの人が何をしにここに来たのかは分からないけれど……。
『うーん、私の場合は事情が少し特殊なんですけど……まあ、簡単に言えば仕事ですね』
『……仕事?』
『ええ。神の思し召し、というやつです』
『神って……?』
初めて会った時にしていた会話。
その意味が今ならわかる。
だって、さっきのラジオが言っていた。
どうもこの消失には『神晶』が絡んでいるのだ――と。
――リズさんって、本当に神様の眷属様だったのかも……なんて、そんなわけないか。
神様は飴玉をくれないし、良く分からないゴミの整理を頼まないし、それを売ったりもしない。
ただ――きっと夜鳥羽を救ってくれたのは彼女だと、そう思う。
――リズさんのことは秘密……約束ですよね。
2人だけの秘密。
だから、またどこかで会えるといいな。
その時はお礼を言おうと、文香は強く決意するのであった。
***
「――はっくしょん! ひぃ~、寒ぅ……」
ひらけた廃墟の中、俺のくしゃみが空しく響いていく。
11月に入って季節は冬目前。
昼前だけど結構寒い。この世界に温暖化という概念はないのかもしれない。
「やっぱり暖房器具が要るな……」
毛布を絞りながら呟く。
洗濯乾燥機は夢のまた夢だし。
やっぱりあの、創作の中に出て来るドラム缶暖房器具をやってみるか。
「……ドラム缶ってどこにあるんだ? 工場?」
夜鳥羽では工場はなかったからなー。ここにあると良いんだけど。
「……まあまず、ここがどこか把握するところからだな……」
目の前に広がる廃墟の街並み。
それは1月以上過ごした夜鳥羽とは、また違った景色が広がっている。
ここに来て3日目――まだ街の名前には辿り着けていない。
「またやり直しかよ……」
あの後、視界が真っ白に包まれた俺は、気付けばこの街に来ていた。
当然巨大教会と一緒に。やっぱりこれは神様が移動させているモノで、俺の
拠点設備が無駄にならなかったのはいいが、情報面は完全にリセット。
街並みも全然違う。
てかやたら寒い……もしかして北側か?
「外国とかじゃないよな。俺、英語とか無理だぞ……」
分からないことだらけ。
ただ、遠くに見える裂け目だけは変わらない。
「……全部壊すまで終わらないとか、ないよな……」
どうやら、まだまだ先は長そうだ。
まあいいか。どうせ暇だしな。
「やってみますかー」
まずは夜を待って、また探索に向かうとしよう。
うん、と伸びをして。
探索に向けた準備を進めるのであった。
探索成果:―
収入:―
支出:―
残額:¥323,050
進行中任務
1:■■■の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:衣類の回収、引き渡し