夜鳥羽町の北西区画で起きた、
突如現れた異形の討伐後、裂け目の異常数値は奇麗に収まり、あれから異変は起きていない。
ブラーの出現法則は未だに謎のまま。
人々はいつやって来るかも分からない怪物の襲来に怯えながら日々を生き、封鎖した危険領域の監視と周辺区域の警護での『現状維持』を続けていた。
「……仁先輩……俺、俺……」
そんな中、
といっても、この崩壊しかかった現代において、結晶体となった故人の葬儀は基本行われない。
あくまで遺影を飾っただけの簡易的なもので、この場にいるのも支部の関係者のみだ。
ただ、簡易だろうとやることに意味がある。特に生き残った者たちにとっては。
「――沢渡」
そう声をかけたのは、制服――灰色のシャツと黒のスラックス姿の十神咲良であった。
今年で20歳。中央からやってきたまだ年若い隊長は、意志の強そうな目元を緩めて微笑みかけた。
「十神隊長。お疲れ様です。怪我は大丈夫ですか?」
「この程度直ぐに治る。気にするな」
額と右腕を包帯で包んだ彼女もまた、戦いの傷は癒えていない。
それでも隊長として、戦いの直後から現場に出ていた。
「……どうだ、少しは落ち着いたか」
「はい。ありがとうございます、休ませてもらっちゃって。人手も足りてないってのに」
「気にするな。こういう時は休息が必要だ。それに、どうせ人手は足りてない」
「あはは……笑えないですね」
ようやく笑みを見せてくれた新人に安堵しつつも、十神は紙コップのコーヒーを手渡し近くの椅子に腰かける。
「辛い仕事ですよね。死ぬような思いをして戦って、誰かが死んだら無能だって叩かれる。隊長こそ大丈夫でしたか? 遺族への説明、大変だったんじゃ……」
「ん? ああ、そこは問題はない」
――
なんて呟くのは心の中だけ。
問いかけに、十神は首を横に振る。
悲しいことだが本当に問題はなかった。
「田上に家族はいない。奴は、帯留野の出身だからな」
「……あの大規模侵食の……そうだったんですね。初めて知りました」
「あれで自分のことは話したがらない奴だったからな。無理もない」
正義感か復讐。大抵の隊員はどちらかを理由にここにやってくる。
田上は後者だった。
「早く部隊を持って故郷を解放する――それが奴の目標だったよ」
「……そっか。
「……そうだな」
ここに来た新人の多くは死の恐怖に耐えかねて、1年もしないうちに去っていく。
それを乗り越えて残るのは、殆どがブラーへの強烈な憎悪や怒りを抱く者ばかり。
命を賭してでも奴らを殺す。そんな気概でこの地獄を生き抜いているのだ。
でなきゃこんな辛く苦しい、死と隣り合わせの仕事などしていない。
この国が最後に戦争をしたのは数世代も前。
平穏に生きてきた現代人が人を喰う化け物と戦うには、何らかの狂気が要る。
「それで、お前はこれからどうする? 無理して続ける必要はないぞ?」
「……いえ、続けます。俺も家族を奴らに喰われてここに来ました。その上で先輩までやられて、逃げるなんてできませんよ」
「……そうか」
十神は新人の答えに喜び、直ぐ様そんな感情を抱いた自分に嫌悪を覚える。
――何を喜んでいるんだ、私は。人が死地に踏み込むのがそんなに嬉しいのか?
そもそも自分がしっかりしていれば、仲間の死を防げたかもしれない。
自身も死にかけ、結果としては
仲間が、死んだというのに。
『――ふふっ、さあ、ここからです! 全部、奪い返してみせますよ……!!』
死ぬ間際に彼女が放った言葉が頭を離れない。
我々は、奪われてばかりだ。街も、人も、未来も。
奪い返すなんて、夢のまた夢……。
「……っ!!」
思わず潰しそうになった紙コップの中身を慌てて流し込んだ。
「熱っ……」
「あ、そうだ。隊長、結局例のもう1人が誰だか分かったんですか?」
「……いや、何も」
十神は短く息を吐き出す。
そちらに関しても、気が重い彼女であった。
結局、あの日現れた女性の身元は分からず仕舞い。
支部の関係者や地元民にも聞いて回ったが、そんな人物に誰も心当たりはないという。
可能性が高いのはハンターだが、奴らがこちらに情報を提供する筈もなく「そんな奴はいない」の一言であった。
あの目立つ容姿だ。誰も見たことがないなんてありえない筈なのだが……。
「そうですか、先輩の仇を取ってくれた人でしょ? せめて誰か分かったら良かったのに……」
「……そうだな。それこそ、遺族への報告もできやしない」
十神にとっては命の恩人でもある。
そして――。
昨日、十神は約束通り足立文香という少女の下へと向かった。
あの家に住んでいたのならばと避難区域を訊ねたらすぐに見つかった。
遺影を手渡すと、彼女は膝から崩れ落ちて大泣きし始めた。
『ありがとうございます……!! 本当に……ありがとうございます。良かった……これで、忘れない……』
後半は微かな声であったが、その気持ちは痛いほど良く分かる。
この時代、あまりにも人が死に過ぎる。
急激な変化に普通の人間はついていけないのだ
――忘れない。意味は違うがその通りだな。我々は決して忘れるわけにはいかない。
死んでしまった仲間のこと。助けられなかった市民のこと。
その全てを忘れず、この国を正常に戻してみせる。
改めて燃え滾る様な使命を貰えたことに感謝する十神であった、が――。
――あなたのことも、決して忘れない。
少女の願いのために命を賭けた者がいた。そのことをなにより、心に刻み込まなければならない。
その高潔さが誇らしくもあり、何故死なねばならなかったのかと悲しくもある。
結局、例の女性についても聞きそびれてしまった。せめて名前だけでも知りたかったのだが……。
あの人物は足立文香から遺影の回収を依頼された筈。
また時間をおいて聞きに行くとしよう。
「……そういえば」
彼女は黒い服を身に纏い拳銃を扱っていた。
思い出す特徴は、噂されていた『銃の亡霊』そのものだ。まさか彼女が……?
なんて考えて、十神はかぶりを振る。
「……まさかな」
「? どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。さあ訓練に行くぞ。もしこのまま裂け目が活性化するならここは戦地になる。それまでに徹底的に鍛えるからな」
「あ、はい!」
2人して立ち上がり、紙コップを回収場所に置こうと歩きだす。
――分からない事だらけだが、あなたの分も私がこの街を守ってみせよう。
亡き女性に向けてそう誓う十神であった……が。
ふと通り過ぎた支部の男たちの雑談が聞こえた。
「なあ聞いたか? 例の亡霊また出たらしいぜ?」
「またか? 幽霊にしちゃ化けて出すぎだろ。別人じゃねえの?」
「でもあんな目立つオレンジの髪、他にいるかぁ?」
「……!!」
「……? 隊長? どうしたんですか?」
突如立ち止まった十神に新人が声を掛ける。
「すまん、沢渡。訓練は1人で頼む」
「へ?」
「――お前たち! 今の話を詳しく……!!」
部下たちを追いかけ、彼らの噂話を問い詰める。
そこから出てきたのは……やはり亡霊についての目撃談。
その容姿は、あの時のものに酷似していて――。
「……生きてるんかい!!」
直後、支部内に珍しく十神の叫び声が響き渡るのだった。
***
「――はっくしょん! ひぃ~、冷てぇー」
文香嬢のタスクを終えてから5日。
あれからタスクが大量増加――なんてことはなく、いつもの日々を送っていた。
「ふーん、ふーん、ふーん♪」
機嫌よく鼻歌を奏でながら、俺はばさりと毛布を水桶から取り出した。
この間拾ってきたやつだが、暖かくて分厚いので寝具として最高に役立っている。
ただこの廃墟群の中だと埃が多くて直ぐに汚れちまう。だからこうして洗濯しているわけだ。
勿論洗濯機なんてものはない。なので水で濡らしてひたすら搾る!
幸い、細腕にしちゃ力はあるから雑巾みたいにやればオッケー。
「手が小さいから時間かかるけどな……!! ふぬぬ……!!」
だだっ広い教会は干すとこには困らない。
コードを結んで繋いだ洗濯紐で入口辺りに干せば洗濯は完了だ。
「これで良し。じゃ、行くか」
ぱぱん、と手を叩いてそう呟く。
今日はゴミ漁りはなし。
代わりに行くところがある。
荷物の入った鞄を背負って、向かうは東地区。
そこにジャンクを専門に扱う店があるらしい。
教えてくれたのは勿論文香嬢だ。
――あの時、俺が手榴弾で自爆した後。
教会で無事に復活した俺は、文香嬢にペンダントを届けた。
自爆したのにどうやったかといえば――そう! ルートシューター定番のポーチシステム!
少数の小物なら死んでも持ち帰れるっていうゲームの『お約束』がまさかの現実に実装済み。
俺の場合のポーチは、何故か死んでも着たままのこのローブ。胸元にある内ポケットに物を入れておけば例え死に戻っても中身はそのまま。
おかげでペンダントを持ち帰ることができたってわけだ。
ちなみに復活場所は横の塔屋なのでバレる心配もなし。
遺影も
いやあ、ただ物を拾ってくるだけで喜ばれるのは嬉しいが、なんだかこそばゆい。
ゲームじゃどいつもこいつも淡白だからなあ……。
『あの、何かお礼をさせてください……!! じゃないと帰れません!』
なんて言うものだから、2つだけお願いしておいた。
1つは俺のことを決して誰にも言わないこと。あの
そしてもう1つが、整理してもらったジャンクの売り先の情報だった。
『――え? 機械とかの部品の買取? ……ひょっとして、あれ、売るんですか』
その瞬間に天井知らずだった好感度が一気に地の底まで落ちた気がするが、気にしない。
ルートシューターでゴミを売る場所がないなんてありえないのだ。
というわけでお願いしてみたら、渋々教えてくれた。
『……それなら、鵲でしょうか』
『カササギ? 鳥の?』
『はい。といってもお店の名前ですけど。ジャンクショップっていうんですかね? 中古の物を色々と扱ってるお店です。多分、あそこなら買い取ってくれると思いますよ?』
というわけで、溜めに溜めたゴミを売りに行こうという訳である。
ふふふ、タスクの次は新たな商人の解放だ!
ありがとう文香嬢。
やっぱり、街の人とコネができるってのはいいもんだ。
ちなみにちゃんと外まで送った。
帰りにうっかり遭遇したブラーに殺されたけどな……。
呑気にスキップしてた俺が悪いんだが。
良いことがあると気が緩むね、失敗失敗。
しかし、ついにあのゴミどもを売る機会が来たかも知れんのだ。
楽しみだなあ……。
飴を咥え、からころと味と音を楽しみながら封鎖区画の外へと向かう。
「ふーん、ふーん、ふーん♪」
月明かりでなく陽に照らされる廃墟は、どこか色褪せて見える。
かつての地方都市、今は殆どの住民がその住処を追われ、怪物蠢く廃墟群と化してる。
そんな場所に突如放り込まれてひと月。
ようやくゴミ漁りに光明が見えた。
その行き着く先は分からないが、視線は自然と裂け目に向かう。
……多分、最後はあそこに行くことになるんだろう。
わざわざこんな場所に転生させたんだ。
神様モドキの狙いがあるとしたらそれくらいだろう。
武器を集めて設備を増やして……最後には俺がこの地を裂け目から解放する?
「……んなこと、できるのかね」
化け物に雷剣に浮かぶ裂け目。
どう見てもSFかファンタジーな世界で、ゴミと銃器で生き残る、か。
大分無理がある気がするけどね。
ただ――。
『住む場所も奪われて、友達も知り合いも沢山死にました。そして、このままじゃ母の思い出すら奪われる……あんな気持ち悪い怪物に? そんなの嫌です』
『ここで動かなきゃ、あたしは一生後悔する。だから――っ!!』
文香嬢みたいに苦しんでる人が沢山いるなら、出来る限りやってみるかと、そんな気も湧いてくる。
「どうせ暇だしなー」
それが神様モドキの企みってのは腹立つが、蘇らせてくれた礼だ。
試してみるくらいはしてみようと、そう思うのだ。
「さっ、まずはジャンクショップ! こいつら、いくらで売れるかなぁ……」
裂け目を横目に、新たな商人の下へ歩き出すのだった。
探索成果:―
収入:―
支出:―
残額:¥604,350
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復