暗い夜の街の中、私は必死になって階段を駆け上っていた。
「はっ……はっ……!!」
片手にはカメラ。勿論録画中。
体力がなくて今にも胃の中のものが飛び出しそうだが、それでも構えた手だけは絶対に下ろさない。
だって、今この瞬間を逃すわけにはいかないから。
勝手に侵入した雑居ビルの錆びた階段越しに見える景色――夜鳥羽中央駅上空に、
最初は目の錯覚かと思った。
人生のどん底だと半狂乱になって、絶望して。
遂には逃避の妄想が行き過ぎて幻覚を見たのかと思ったのだが……違ったらしい。
これだけ走ってカメラにも映るのだから、あれは間違いなく、現実で起きてることだ。
空がひび割れる……そんな嘘みたいなことが、今まさに起きているのだ。
「凄い、スゴイすごい……!!」
荒い呼吸でブレるカメラを必死に制御する。
まだ誰も気が付いていないのか、夜の街は静かなまま。
まあもう日付を越えた深夜帯だ。
わざわざ空を見上げて歩く人間は、希少だったのだろう。
私が屋上に飛び込んだのと、
あれは……そう、映画で見たおっきな氷床が砕ける音に似てた。
とっても重く分厚い何かが壊れていく音。
直後――
「あ……」
どっかの電波塔くらいの高さ――長さ? で現れた裂け目が夜空を割って、青く煌めく不思議な空隙を生み出している。
割れた筈なのに、
カメラの望遠を最大にしてなんとかそれを見えないかと必死に腕を伸ばすが……。
「……手?」
カメラの小さな画面の中。その幻想的な裂け目の縁を、真っ白な手が掴んだのだ。
人間の手とは明らかに違う、ヤケに骨ばって長い指だった。
それがもうひとつ。
裂け目の両端を内側から掴んだそれが、ぎぎ、と断裂を拡げていて。
まるで裂け目という檻から、誰かが出てこようとしている所に見えた。
――何、あれ……。
人間、理外の光景を目にすると騒ぐこともできなくなるらしい。
声を失い震える中、ゆっくりと広がる裂け目を見て、ふと気が付く。
「……あれ……」
カメラの画面から顔を上げて、裂け目を見る。
その大きさは数百メートルはあるだろう。もっとかもしれない。
なら……。
手元のカメラに映る手を見る。
最大望遠。それでこの大きさ。
じゃああの手は――実際にはどれだけ大きいというのだろうか。
音もなくその手は動き、甲、関節と続いて、頭が見えた。
山羊みたいな細長い顔。だけど目はなくて、鋭い歯が並ぶ深く大きく長い口が開いて――真っ赤な口内を曝け出す。
深く息を吸い込む、聞こえない筈の音が響いて。
『■■■■――!!』
ぼうおう、と遠く響く咆哮が鳴った。
「……ああ……」
思考は止まって、カメラの制御に集中する。
この動画は多分、世界の終りの――その始まり。
私は、そんなとんでもないモノを、捉えてしまったのだろう。
***
初タスクを終え、次なる目的は新たな商人の開拓。
というわけで、リズこと俺は危険領域を飛び出し夜鳥羽の街へと繰り出した。
そこまでの道は文香嬢が教えてくれた。
円形に広がる危険領域、その南端付近に抜け穴があるらしい。
街の南側に通じてるルートができたのも大変ありがたい。
「……結構寒いな」
時刻は昼前。吹き抜ける秋風は思ったより冷たい。
地方都市の建物は背が低く間隔が広い。廃墟化して所々崩壊してるせいで、風通しは更に良くなっている様だ。
流れる冷たい風の音も、遠く響く営みの音も、どこか色褪せ物悲しく見える。
……どこもかしこもボロッボロだなぁ……。
珍しく太陽が高く昇ってる時間帯の外出だが、目的の店は肉屋と違って
だから開くのは午前中。これまで避けてきた日中の移動となっている。
「変じゃねぇよな……」
いつもの恰好じゃ流石に目立つので、拾ってきた服を拝借している。
動きやすいパンツルックに緩めのロンT。
髪は結んで――超大変だった――結び目ごとハンチング帽で隠せば一般人スタイルの完成だ。
全部、この間の山口さん家からの借り物。ありがとう山口さん家の娘さん。いつか会えたら何かお礼するよ。
というわけで街を東に進んでいく――のだけれど。
ふと立ち止まって、周囲を見て思う。
「……静かだな」
勿論通りにはそれなりに人がいる。
ただなんというか……活気がないのだ。
巡回している
子どもたちだけが無邪気にはしゃいでるのが余計に落差を感じてしまう。
あと気になったのは、封鎖壁近くの家。
なんか人が集まって家具やら家電を運び出してるみたいだ。
集団泥棒……じゃあなさそうだ。
……聞いてみるか。
通りすがった兵士さんに声かける。
「あの、あれは何をされてるんですか?」
「ん? ……ああ、ほらあれだよ、避難区域の家具とか資材が足りないってんで封鎖壁近くの家の物を運び出してるんだ」
いきなり見たら驚くよね、と笑うおじさん兵士に合わせて笑みを浮かべとく。
警戒心ゼロ。これは今の容姿のおかげかね。
それとも人の形してりゃ安全か? ……擬態するブラーとかいんのかな。気になるとこだ。
「運び出す……そうなのですね。ご丁寧にありがとうございます」
「おう。嬢ちゃん、お使いかい? 気をつけてな」
「はい」
親切なおじさんにお辞儀をしてから歩き出す。
……なるほどね。封鎖壁に近い家はどうせ住めないから、家具とか色々再利用しちまおうってことか。
確か文香嬢たちは仮設住宅暮らしだって言ってたから、そういうとこに運ぶんだろう。
家を壊すのは視界確保も兼ねてるのかね。
ただ、いくら人が住まないからって他人の家を壊したり家具を持ち出すなんて普通じゃない。
多分、もう家具やら家電やらの供給が満足にいってないんだろう。
新しいものが来ないから、無事な家から持ち出さないといけないくらい困ってると。
「街は無事なのにねぇ……」
ブラーが出るのは都市部。しかも狙いは餌である人だけだから、大型が暴れたりしない限りインフラは無事。
農業や畜産業なんかはそもそも都心から離れてるからこっちも無事。
そういう意味で、奴らは随分と優しい侵略者と言えるかもしれん。
その分とにかく人を喰うがな!
人手がゴリッゴリ削られて、結局食料もインフラも大打撃を受けてるんだろう。
……そう考えるとこの世界、結構滅びる寸前なのかもしれない。
うーん、末期。
そんなことを考えてたら、いつの間にか目的地に辿り着いた。
「……ここか」
入り組んだ路地の奥、一軒家の1階を改装したらしいその店。
ここが目的地のジャンクショップ
「なんか、普通の建物だな……」
そう思ったのも一瞬。
近づいてみたら、店の周囲に売り物なのかゴミなのか分からんものが大量に積まれてた。
自転車の籠に放り込まれた炊飯器とか、開けっ放しの冷蔵庫に入った達磨とか。
「粗大ごみ……じゃあ、ないな……」
全部値札ついてるわ……正気かよ……。
てか、ここに家電売ってるじゃん。家から運び出さずとも買えばよくない?
色んな意味で変な店だが、果たして。
ガラスの押戸を開けて中に入ると、無数に積まれたゴミ……もとい品物に出迎えられる。
棚とかそういうのを越えてみっちり物が詰まってる。圧が凄い……。
「すみません」
声には何も反応がなかったが、暖簾のかかった奥の部屋からは何やら作業音が聞こえてくる。
鞄をおろしながらカウンターの向こうへと声を張り上げた。
「あのー!」
「んん? ああ、はいはい!」
ヤケに元気な声が返ってきたかと思うと、眼鏡の男が顔を出した。
骨ばった頬。ぼさぼさの天パの髪が無造作に伸びた瘦せぎすの男。
足が悪いのか杖をついている。
何故か赤い半纏を纏ったそいつがへらへらと笑いながらカウンターにやって来た。
「へへ、悪いね、ちょっと裏で作業してて。何かお探しで?」
「ここならジャンクの買取をしてくれるとお聞きしまして」
「……んん?」
笑顔でそう言ってカウンターにどすんと鞄を置くと、口角と眼鏡をくいっと上げた。
「今、ジャンクを売りに来たって言ったかい?」
「え? ……ええ、言いましたけど」
「見せて」
「へ?」
「見せてって言ったの! ほら、早く!」
いきなり大声を出されてビクッと身体が跳ねる。
店主は満面の笑みを浮かべ、興奮気味に椅子を引っ張り出して腰かけた。
引き出しから作業用なのか荷物を出しながら、店内に響く明朗な声で続ける。
「さあ、ほら、急いで! 時間は有限だよ!」
「……はあ?」
ジャンク品売りに来ただけなんですけど……怖っ……。
バンバンとカウンターを叩く彼の前に恐る恐る鞄の中身を取り出す。
「……こちらです」
「やった! どれどれー」
持ってきたのはボルトとかそういうのじゃなく、壊れたスマホとか、ちょっとは価値がありそうな小物にしてきた。
最初だしな。ついでに何を買い取ってくれるのか聞き取りをしておきたい。
「……へえ? ふうん? ……おお!」
おっさんは並べていったそれらに飛びつき、食い入るように眺め始めた……んだけど。
な、なんか息荒くない……?
「これ、袋から出しても平気?」
「……戻してもらえるなら」
「勿論! やったね、ちょーっと調べさせてね」
なにやらトレーに虫メガネ?を出して調べ始めた。
「……直せば使える、こっちは無理だから部品いき。このリモコンは……」
むにゃむにゃ呟く声が不気味で距離をとる。
放っておいて、店の中を覗いていく。
といっても中も基本は外と同じ。用途不明の小物やら家具、家電などが店の至る所に置いてある。
ランプの傘にすっぽりハマった果物の置物。時計の隣にロボの模型……お、電気ポットがある。
これがあればお湯が沸かせるけど……先に電気系統調べないと駄目かなあ。
1階の電気とか地下の冷蔵庫とかは動いてるけど、他は全然。なんもわからん。
「あの、外とかそこらにある家電って使えるんですか?」
「んー? ああ、ダメダメ。そのままじゃ無理。あれ全部ジャンク品」
「……なるほど」
そういえばジャンクショップだった。
なら、ここに家電が並んでるのも納得だ。
「部品があれば修理ができるんだけどさー、今はその部品が不足してるの。ほら、この街は中途半端に街が無事でしょー? そういう場所より、もっと被害が大きいところに回されちゃうんだよね」
「そうなんですね」
「そ。ブラーは都市を狙う。だから街工場だったりが使えなくなって、部品系は結構供給がギリギリなんだ。化け物なんだから食糧狙えっての。ねえ?」
「はあ……」
「まあ、だから――そういうわけで!」
「わっ!?」
バン、とテーブルを叩いて店主が立ち上がった。
「君が持ち込んでくれた品はさー、まさに僕が今欲しているモノなワケ!」
「……そ、そうなんですね」
「ね、ね。こんな品々をどこから!?」
「えっと、北西区画ですけど……」
「北っ……せい……?」
膨らんだ勢いが凄まじい勢いでしぼんでいった。
あ、言ったら不味かった? てっきりハンターとかが良くやってるのかと思ったけど。
「あの……」
「……君、思った以上にワルだねえ」
不安を覚えたその直後、眼鏡を光らせ店主が笑う。
「そういうの、大歓迎! 危ない物でもなんでもいいよ。ただし、絶対ウチ以外で売らないでよ!」
「は、はあ……」
……よかった。問題ないらしい。
ただこの反応、本来はアウトな行為っぽい。
多分、既に放棄されているとはいえ、北西区画から拾って売るのは相当なグレーゾーンなんだろう。
売る場所を間違えたら一発アウトの牢屋行き。
気をつけなければならない。
都市は崩壊寸前だが、そういった倫理とかはまだ死んでないってことか。
ただこれで俺はジャンク品の売り先も手に入れたことになる。
ゴミ漁りがますます捗るね。
「んふふふ、これで色々直せるぞー!」
「あの、では持ってきたものは……」
「勿論全部買うよ! 今してるのも査定だからね、ちょっと待っててー」
「それは、どうも……」
まさか全部買い取ってくれるとは。
ジャンクショップ鵲、最高だ。
「――待たせたね、買取金額だけど……」
提示されたのは10万弱。
うん、相場がわからん。
ここは素直に売って、後で明細を見て整理するとしよう。
「はい、問題ありません」
「ふふふ、ちょっと色をつけといたから。また持ってきてね。君なら修理した奴も優先で売ったげるから!」
「ありがとうございます」
……ん? 修理?
……いるじゃん。拠点の修理できそうな人!
「あの、相談があるのですが良いでしょうか?」
「んん? なになに、君なら何でも答えてあげるよ?」
よしきた。
あの拠点の良く分からんモノたちの修理、手伝ってもらうとしよう。
「北西区画内に活動拠点を作ろうと思いまして。その修理に協力していただけませんか?」
「ええ!? なにそれー、超面白そう!」
俺の提案に、再び眼鏡が怪しく光ったのだった。
探索成果:―
収入:¥94,200 【ジャンク売却】
支出:
残額:¥615,150
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復