「さて」
と俺は独り言。そして眠る朝比奈さんを背中に背負った。軽くも重くもない、丁度いい重量。自然と俺の足取りも緩やかになる。
「いくら女とてずっと背負うのは疲れるだろォ。交代しないか?」
しばらく道を進んだ辺りで銀時が下心を隠す気もない顔で言った。できるか、そんなこと。俺はコイツに対しゴミを見るようなジト目を向けて睨んだ。
「……冗談に決まってんだろ。俺がみくるちゃんをオンブするなんて通報案件だ」
少なくとも5〜6割ぐらいは本気にしか見えんかったぞ。
さらに進み、俺たちは目的地の東中学校へと辿り着いた。俺の中ではハルヒと谷口の母校としてお馴染みだ。ついでにお馴染みのお方が校門をよじ登っていた。
「おい」
俺は声をかける。なぜ目の前のそいつが誰か解ったのかが我ながら不思議だ。後ろ姿だし、背も一回りほど小さく、多分こなたぐらい。黒いストレートヘアは中途半端に長かった。
ひとえに夜の学校に侵入するなんてことをする知り合いが他に思いつかなかったせいでもあるが。
「なによっ」
この瞬間、俺はやっと3年前に来た実感が湧いた。本当の話、俺は過去に来たらしい。
「なに、あんた達?変態?誘拐犯?怪しいわね」
間違いない、ハルヒだ。3年前の、つまり中学一年生の涼宮ハルヒ。
暗いので細部の表情まではわかりずらいものの、その目は明らかに不審人物を見るそれになっていた。
「お前こそ、何をやってるんだ」
「決まってるじゃないの。不法侵入よ」
「元気な嬢ちゃんだねー」
そんな堂々と犯罪行為を宣言されてもな。あと銀時はそれを「元気」だけで片付けるんじゃない。
「丁度いいわ。誰だか知らないけど、あたしのやること手伝いなさい。でないと通報するわよ」
通報したいのはこっちだ。だがしかし、俺たちには朝比奈さん(大)との約束がある。俺らはハルヒが盗んだ鍵であけた校門へと足を踏み入れた。
暗がりで幸いだった。このぶんでは俺と朝比奈さんと銀時の顔もよく見えてまい。3年後のハルヒは、俺たちには会ったことなどチラリとも考えてないようだったから、そうでないと困る。
校庭に入ると、ハルヒは体育用具倉庫の裏に俺たちを連れて行く。錆だらけのリアカーに車輪付きの白線引き、石灰の袋が数個転がっていた。
「夕方に倉庫から出して隠しておいたのよ。いいアイデアでしょ」
自慢してハルヒは粉袋を荷台に積み込んで取っと手を持ち上げた。リアカーを危なっかしく押しているのを見て、俺は朝比奈さんを倉庫の壁にもたせかけてから
「変わってやるよ。それよこせ。線引きはお前が待て。」
そんな協力態勢を見せたのが起爆剤となったのだろうか。使えるモノは美品の中古だろうが訳ありのジャンク品だろうが関係ない、と言った具合に俺と銀時をこき使った。
「あたしの言うとおりに線引いて。あたしはここから正しく引けてるか監督しないといけないから。あっ、そこ歪んでるわよ!何やってんのよ!」
初対面のはずの高校生達(片方は俺から見ても10歳以上年上だが)にまるで当然かの如く命令する気合いは、やはりハルヒらしい。もし俺がコイツと初対面で、こんな女子中学生に出くわしていたら真性のヤバイ奴だと思ったことだろう。
谷口の言っていた突如グラウンドに現れたメッセージは、まさか俺たちが描いたものだったとはな。
「ふーん。まあまあね」
苦心の末描ききった模様群をハルヒが見て一言。座る俺の横にやってきて
「ねえ、あんた達。宇宙人、いると思う?」
突然だな。
「「いるんじゃねーの」」
俺は長門の顔を思い浮かべる。あとなぜか銀時とシンクロした。声が似ているせいで、同じ音声をほんの少しタイミングをずらして再生したように聞こえたな。ハルヒも目を見開いている。
「じゃあ、未来人は?」
「まあ、いてもおかしくはないな」
倉庫の壁に寄りかかって寝ている朝比奈さんを思い浮かべた。それに今は俺自身と銀時が未来人だ。
「超能力者なら?」
「配り歩くほどいるだろうよ」
「胡散臭いやつには気をつけろよ」
無数の赤いスーパーボールと(隣の銀髪糖尿病予備軍のせいで)胡散臭いスマイルが脳裏をよぎる。
「異世界人は?」
「沢山いて多種多様かもな」
俺が朝比奈さん並に絶大な信頼をよせる異世界組を頭のキャンバスにイメージし、それと一瞬だけ銀時の方を見る。「俺がその異世界人なんだよなぁ」とでも言いたげな顔をしていた。
「ふーん。ま、いつか」
するとハルヒは俺と銀時を交互に見て
「それ北高の制服よね」
「まあな」
「あんた達、名前は?」
「ジョン・スミス」
こっちが俺で
「ギン・スミス」
これが銀時だ………何コレ。
「………バカじゃないの。特に後者」
特に後者……うん、それはそう。
「匿名希望ってことにしといてくれ」
「あの娘は誰?」
「俺の姉ちゃんだ。突発性眠り病とかいう奇妙な病にかかっていてな。持病なんだ。なんの前触れもなく所構わず居眠りをすもんだから、かついで歩いていたのさ」
「ふん」
信じてない顔でハルヒは横を向く。話を逸らそう。
「それで、これはいったい何なんだ」
「見れば解るでしょ、メッセージ」
「織姫と彦星宛か?」
ハルヒは目を大きくして驚いたように
「どうして解ったの?」
「……まあ、七夕だしな。似たようなことしてた奴に覚えがあっただけさ」
「隣の人?」
銀時を指差して言った。
「いや、あいつは偶然居合わせた知り合いの下ネタ野郎だ」
「なーんだ……って、最悪じゃない…」
ハルヒは一時間前の俺と同じく、彼をゴミを見るようなジト目で睨んだ。
「それにしても…あたしと似たことをした人…ね…。ぜひ知り合いになりたいわね。北高にそんな人がいるわけ?」
「まあな」
それがハルヒ自身なんだよ。こんなことをしようとするのは今でも後でもお前だけさ。
「北高か……」
なにやら思案げにハルヒは呟いて、しばし音量ゼロのスピーカーのように沈黙したかと思ったら、いきなりこう言った。
「帰るわ。目的は果たしたし。じゃあね」
すたすた或いはトコトコと歩き出す。手伝ってくれてありがとうのセリうもなしか。
「おい!ちょっと待てよ嬢ちゃん!」
すると突然何の前触れもなく銀時が去って行こうとするハルヒを呼び止めた。
「もし、やたら口調が老成した奴と会ったら仲良くしてやれよ!それと世界を大いに盛り上げるためのギン・スミスをよろしく!ほらお前も。ギンのとこはジョンにしろよ。」
「…世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく!」
訳もわからぬまま彼に言われて俺もそうした。
「な、何よ急に!?意味わかんない!!!」
ハルヒは三年後の自分が、俺たちによく見せる怒った顔をして走り去った。