タイトル以上のことは無いです

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第1話

 

 

 

 ドラッグストアのレジで会計を済まして外に出ると、じっとりとした熱気に身体を包まれた。ミンミン、ジージーとそこかしこから聴こえてくる蝉の鳴き声が、アスファルトから立ち上る陽炎で滲んだ景色に染み入るように響く。

 

 高く青い空から降り注ぐ日射しに容赦なく照らしつけられて、麦わら帽子をかぶって来て正解だったなと思う反面、どうせなら日傘を差して来ればよかったかもと少し後悔した。

 

 暦の上ではそろそろ夏も終わりに近づいているというのに、気象予報士がテレビで連日のように災害レベルと騒ぎ立てている暑さはまだ当分和らぎそうにない。

 

 

「あつー…」

 

 

 これだけ暑いとみんな出かける気も失せるのか、休日のお昼だというのに通りを歩く人の姿も疎らにしか見られない。思わず溢した独り言も、当然だけど自分以外の誰の耳にも届く事なく蝉の鳴き声に掻き消されていった。

 

 

(…智子、暑さでバテたりしてないかな?それか冷房のかけすぎで体調崩したりしてないといいけど)

 

 

 ハンカチでパタパタと顔を扇ぎながら思い浮かべるのは、今から会うあいつの顔。最後に会ったのはもう3日も前だけど元気にしてるかな。

 スマホを取りだし、今朝智子に送ったLINEを確認する。

 

 

【お昼頃にそっち着くから。何か食べたいのある?】

 

 

 返信どころかまだ既読もついていない事に少し寂しくなるけど、仕方ない。ここのところずっとバイトやら原稿の執筆やらで忙しかったみたいだし、昨日も夜遅くまで起きていたのかもしれない。だとしたら、まだ今も眠っていてLINEに気づかなかったとしても仕方ない。仕方ないのだけど。

 返事をくれないのはともかく、また原稿にかかりっきりで食事や身の回りの事が疎かになってる智子の姿が容易に想像出来て、思わず溜め息をついてしまう。そっちの方は仕方ないじゃ済ませられない。やっぱり智子には私がついてないとダメだ。

 

 

【もうすぐ着くよ】

 

 

 一応、もう一度智子にメッセージを送っておく。たぶん智子がこれを見るのは私が智子の家に着いた後だろうから、あまり意味は無いと思うけど。

 

 さて、と。

 

 肩に掛けた鞄と、いろいろと買い込んだ食材がぎっしりと詰まったエコバッグを持ち直して歩き出す。

 

 お昼ごはんに回鍋肉(智子の好物)を作ってあげようかと思ったけど、もし智子が寝起きならお昼はもう少し軽いものにしたほうが良いかな。いや、でも智子って朝から割としっかり食べるほうだしな…。

 

 …まぁ、着いてから聞けばいいか。

 

 

 相変わらず無遠慮に輝く太陽から少しでも身を隠すよう、なるべく日陰を選んで歩くこと10分足らずで目的地に到着した。比較的築年数の新しい、小綺麗な建物。大学を卒業した後、本格的に作家を目指して活動を始めた智子の新たな生活の場となったアパート。私としてはもっと防犯設備の整った所を選んで欲しかった。せめてエントランスにオートロックの扉がついたマンションとか。世の中物騒なんだ。智子に蠱惑された男や女どもがいつ押し入って来ないとも限らない。

 

 そんな事を考えながら2階へ続く階段を上り、智子の部屋のドアチャイムを鳴らす。少し待ったけど反応が無かったから合鍵を使ってドアを開けた。一歩足を踏み入れると、部屋の中のひんやりとした空気が外気にさらされて火照った私の顔を撫でた。気持ちいい。

 

 

「智子ー、起きてるー?」           

 

 

 その場に荷物を降ろして薄暗い部屋の中へ声をかけてみたけど、返事は無い。

 

 

「…智子ー?」

 

 

 もう一度声をかけてみるけどやっぱり智子はまだ眠ってるらしく、静まり返った部屋からはなんの反応も返ってこなかった。

 

 ……。

 

 ………。

 

「…上がるね」

 

 

 いつまでもその場にいても仕方ないから、改めて声をかけて部屋に上がった。まぁ、私と智子の仲を考えれば今さら勝手に部屋に上がるくらいどうって事ないけどね。とりあえず買ってきた食材をしまっちゃおう。キッチンの冷蔵庫を開けて、ついでに中身もチェックする。…うわ、賞味期限今日までのタマゴまるまる残ってるじゃん。早めに使ってって言っておいたのに。…あぁもう、このお肉もだいぶ傷みかけてる。っていうか最後に見た時からほとんど食材が減ってないような…?もしやと思い近くのゴミ箱を覗いてみると、予想通りカップラーメンの容器がいくつも入っていた。

 

 

「…まったく」

 

 

 料理が出来ない訳でもないだろうに、少し目を離すとこれなんだから。とりあえずお昼は野菜をたくさん食べさせてあげよう。カップラーメンばかりで栄養が偏ってるだろうし。あ、あとタマゴも使っちゃわないと。

 

 

「よしっ」

 

 

 智子に作ってあげるお昼の献立を考えつつテキパキと手を動かし、冷蔵庫の中に食材をしまい終えた。

 

 すぐにでも調理を始めたいけど、まずは智子を起こさないと。野菜を切る音やスープの匂いで智子を起こすシチュエーションも捨てがたいし、なんならそのまま寝起きの智子に『ご飯もいいけど先に笑美莉ちゃんを食べちゃうぞー』なんて抱きつかれてキモがる激レアイベント発生に賭けたい気持ちもあるけど、今は1秒でも早く智子の顔を見てここ数日不足していた蠱惑分を摂取するほうが先決だ。

 

 

「智子、もうお昼だよ」

 

 

 呼びかけながら寝室の戸を開けて、照明のスイッチを入れる。

 

 ベッドと机と、それと原稿を書くときに使うらしい資料用の本や漫画が雑然と詰め込まれた大きな本棚がひとつ。女子の部屋とは思えない簡素な風景に、申し訳程度の遊び心を示すように変な顔文字みたいなデザインのクッションが転がっている。

 

 私の声に反応したのか、ベッドの上で頭からつま先まですっぽりとタオルケットを被った智子が少しだけモゾモゾと動いたけど、またすぐにスヤスヤと寝息を立ててしまった。

 

 

「…智子」

 

 

 タオルケットを少しだけ剥がして、智子の顔を覗かせる。相変わらずあまり健康的とは言えない顔色が、今日は特に疲れているように見えた。もう少しこのまま寝かしておいてあげたほうがいいかな、なんて考えながら智子の顔を見つめていると、知らず、まるで引き込まれるように私の顔が智子の顔に近づいていく。

 

 こうして間近で見ると意外なほど長いまつ毛と、小さな鼻。薄い唇は時々むにゅむにゅと動いて、何かを誘っているように思える。こいつはなんで寝てる時でさえいちいちこうも蠱惑的なんだろう。急速に高鳴る胸の鼓動にせっつかれるように、さらに顔を近づけていく。

 

 

 …と。

 

 

「んんっ…」

 

 

「っ!?」

 

 

 智子が突然小さく身じろぎして、私は慌てて距離を取った。

 

「んあっ」と声を上げてぼんやりと目を開いた智子と、しばらく無言で視線を交わし合う。やがてようやく少しずつ意識が覚醒してきたらしい智子がむくりと上半身を起こし、「んん~っ」と大きく伸びをした。

 

 

「……おはよう、笑美莉ちゃん」

 

 

「……う、うん。おはよう、智子。今からご飯作るけど食べれる?それとももう少し寝る?」

 

 

「ん、起きる…ってかなんか笑美莉ちゃん顔赤くない?」

 

 

 智子の言葉に内心ギクリとしながら慌てて取り繕う。

 

 

「そ、外、歩いてきて、暑かったから」

 

 

「あー、そっか…てっきりまた寝込みを襲おうとしてたのかと思った」

 

 

「ち、違うの!本当に暑かったの!普通に起こしてただけだから!」

 

 

「わかったわかった」

 

 

 ふぁ、とあくびをする智子に悟られないように、いつの間にか乱れかけていた呼吸を静かに整える。危なかった。眠りながらも私の理性を乱しにくるなんて、本当に智子は油断ならない。

 

 




ただの妄想の垂れ流しなのでここで終わりです。
ありがとうございました。

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