第1話【少年は賢者の知り合い?】
アールスハイド王国の片隅の、その深い森の中にある打ち捨てられた廃墟……。
元はどこぞの貴族の屋敷であったのか、今ではその見る影もない悲惨な有様となった廃墟の中に、三人の幼い男女が楽しげに話していた。
「シドにぃはおとなになったらどうするの?」
「おれか?おれはそうだなぁ……このくにですっごいまものはんたーになる!そしてかせいだおかねでおまえたちにはらいっぱいうまいもんをたべさせてやるよ!」
「おいしいたべもの?!たべたいたべたい!カノンねぇは?」
「ぼく?ぼくは……うたうのがだいすきだから、うたでみんなをげんきにさせちゃうひとになりたいなぁ」
「カノンねぇのおうただいすき!シドにぃもそうだよね?」
「あたりまえだろ。それにカノンだったらきっとなれるって」
「えへへ……そうかなぁ?ところでタリカはおとなになったらどうしたい?」
「わたし?わたしはなんかすっごいものをつくりたい!」
「なんだよ、すっごいものって?」
「みんながあっとおどろいちゃうようなもの!あ、どうしさまみたいなひとになりたい!」
「それってまどうぐをつくるひとになりたいってことか?」
「そうそれ!ま
「ま
「むぅ……むつかしい……」
「あはは!でも、タリカならなれるよ」
「そう!ほんとにそうおもう?」
「あぁ、タリカにならなれるって」
「そうだったらいいなぁ〜」
「よし!おれたちさんにん、みんなでゆめをかなえよう!そしてこのさきずっとさんにんいっしょでたのしくくらすんだ!」
「「うん!」」
身寄りのない孤児である三人の微笑ましい夢……しかしその夢はこの数日後に叶わぬ夢となるのであった。
◇
アールスハイドから遠く離れた小国クルスト……その港町にて一人屋根の上に寝転んでいた少年がゆっくりと身を起こす。
「いやぁ……色んな国を回ってきたが、こんなに海風が心地良い所は無かったなぁ」
一眠りを終え、背伸びをしながらそう話す少年の名は〝シド〟────かつてアールスハイドに住まう孤児であった人物である。
彼は幼き頃に語っていた夢であった魔物ハンターとなり、今はその稼業の傍ら世界を旅して回っていた。
そんなシドは懐から取り出した一枚の封筒を手に小さく笑むと、それを再び懐へとしまって立ち上がる。
「さてさて、師匠から頼まれ事もされてるし、ぼちぼち里帰りといきやしょうかね」
そうしてシドが徐ろに指を2本立てた手を顔の前にかざすと、その姿は音もなくその場から消えるのであった。
所変わってアールスハイドでは、今やその名を知らぬ者は無く、魔法学院に現れた魔人を倒し、そして魔人オリバー=シュトロームの撃退を果たし、国を代表する魔法使い集団〝アルティメット・マジシャンズ〟のリーダーをも担う〝賢者の孫〟、または〝魔王〟、あるいは〝神の御使い〟とも呼ばれた少年〝シン=ウォルフォード〟がシュトローム率いる魔人達との戦いに向けて更なる研鑽を積んでいた。
先日は自身達の詰めの甘さによりあわやアールスハイドが壊滅の危機に晒された。
2名の元ハンターである魔人達を取り逃し、その魔人達がアールスハイドへと攻め入る事態にまで陥ったのだが、シンの祖父である〝賢者〟マーリンと、同じく祖母である〝導師〟メリダにより辛くもそれは防がれた。
しかし自分達のせいにより危機に晒してしまった事を重く受け止めたシン達は、二度と同じ轍を踏まぬよう各々に努力をするのであった。
さて、そんなシンが婚約者である〝シシリー=フォン=クロード〟と共に何気なく出かけていたある日の事、二人は偶然にも同級生であり、そして同じアルティメット・マジシャンズの一員でもある〝マリア=フォン=メッシーナ〟と、合同訓練の際に知り合った騎士学院の生徒〝ミランダ=ウォーレス〟が一緒にいるところに出くわした。
「マリア!……と、ミランダだっけ?何してるんだ二人して?」
「シンじゃない。なに?シシリーとお出かけしてるの?」
「まぁ買いたいものがあってさ。それにビーンズ工房に顔出す用事があるし。二人は?」
「私達は今から魔物狩りに行くところよ。この前の事があったんだもの、今は少しでも強くなりたいのよね」
「なるほどな。ミランダもそうなのか?」
「そうよ。アルティメット・マジシャンズには及ばなくても、共に戦えるくらいにはなりたいもの」
そんな会話をしていた時だった。
不意にシンの背後から声をかけてくる者が現れる。
「ちょいと失礼。お尋ねしたいことがあるのですが宜しいですかね?」
『!!?』
背後から声をかけられたシンはもちろん、その場にいた全員がギョッとしてそちらの方へと注目する。
彼らがそのような反応を見せたのも仕方の無い事だろう……なにせその人物は今こうして声を発するまで、その気配すら感じさせなかったのだから。
「あぁ驚かせっちまったようですいやせんね?何分これがいつもなんで」
飄々とそう語るその人物はシン達と歳が変わらなさそうな少年だった。
少年は驚かせてしまったことを詫びた後、申し訳なさそうに再度言葉を繰り返した。
「ちょいとお尋ねしたいことがありましてね。いやぁ、この国の人間ではありやすが、おたくらが一番声をかけやすそうだったので」
「そ、そうですか……それで、聞きたいこととは?」
「あぁ、〝賢者〟マーリン殿のお屋敷は何処に向かえば宜しいんですかね?この王都に住み始めたってのは知っているんですが、なにせ詳しい場所ってのが知らないもので」
「え?じーちゃんに用事?」
「爺ちゃん?」
自身の祖父の名に思わずそう口走ったシン。
当然それを聞き逃す事など無く、少年は途端に訝しげな表情となって、次の瞬間にはその顔を覗き込むように寄せる。
「〝爺ちゃん〟……ってことは、もしやあんたが噂の英雄さんかい?魔王やら神の御使いやらとも呼ばれてる」
「そ、そうですけど……ちょっとその名では呼んで欲しくないかなって」
「別に良いじゃないですかね?そりゃあ気恥しいのではありましょうが、それだけ信頼を寄せられてるって事でしょう?」
「そう……なんですかね?すみません、そんな事を言われたのは初めてで……ところで、じーちゃんに何か用事でも?」
話題を先程のものに戻したシンに少年は途端にその事を思い出し、そして申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「いやぁすいやせん。有名人に出くわしてしまうと、人ってのはどうしても浮き足立っちゃうもんですね。あぁ、いえ……用事と言ってもそう大層なもんじゃねぇんですよ。ちょいと手紙を預かっておりやして」
「手紙?」
「えぇ。俺の師に当たる方がマーリン殿と旧知の間柄でして、俺がアールスハイドに戻ったら渡すようお願いされたんですよ」
「なるほどそういう事だったんですか。あぁでも……今は婚約者と出かけていた最中でして」
シンとしては案内しても構わなかったのだが、生憎にも今はシシリーと出かけている最中……愛しい婚約者とのデートを中断してしまうのはどうにも後ろめたい気持ちがあった。
すると会話を聞いていたシシリーがシンにこう告げた。
「私は構わないですよ?お買い物なんてまた今度すればいいだけの話ですし、それに困っている人を放っておいてまでするのは少し心苦しさがあります」
「流石は聖女様、心優しいですなぁ」
「シシリーの事も知ってたんですね」
「そりゃあ、お二人の仲睦まじさは他国でも有名ですからな。知ってます?イースではお二人の日々の生活を知りたがってる人達が多いんですよ」
「うおぉ……マジか……」
誰も自分達の関係性について反感を抱いている人はいない事に安心しつつも、プライベートの事まで知りたがっているという事にシンは思わず頭を抱えそうになった。
そんなシンを目の前にして少年は同情するかのように苦笑を浮かべていたが、不意に姿勢を正すとゆっくりとお辞儀をしてから名乗りを始めた。
「失礼。先程から名乗っておりませんでしたな。俺の名は〝シド〟、〝シド=ナルガミ〟と申します」
「この国では聞き慣れない名前ですね?」
少年……シド=ナルガミの名にシシリーが思わずそう話すと、シドはニッコリと笑ってこう答えた。
「それはそうでしょうな。俺の師……まぁ養母でもあるのですが、養母はアールスハイドから東に遠く離れた島国の出身でしてね。故にアールスハイドどころか大陸では聞き慣れない名前なのですよ」
「東の島国?聞いた事無いわね」
「まぁ、エルスから先は広大な砂漠地帯ですからな。それに師の話ではかの島国は今、鎖国状態にあるそうなので、尚更知る人はいないでしょうや」
「サコク?」
「国が他国との関わりを絶つ事ですよ」
「なんたってそんな事に?」
「さぁねぇ。まぁ色々とあるんでしょうよ。そのせいか故郷に帰れなくなったと師は嘆いておりましたなぁ」
「それは可哀想に……それで、うちのじーちゃんと旧知の間柄って話してましたけど、具体的にどんな……」
「それについてはマーリン殿から聞いた方が早いでしょうな」
「それもそうですね」
そうしてシンはシシリーとのデートを中断し、シドを家へと案内することに決めたのだった。
ちなみにマリアとミランダだが、どうやら二人もシドの事が気になっているようで、魔物狩りを中断して彼らについて行く事に決めた。
そうして歩くこと数分後……遂に彼らは家へと到着する。
「流石はかの英雄のお宅……予想以上のデカさだな」
「まぁ、じーちゃん達の功績への御礼として貰ったらしいけどな」
向かっている最中にも色々と話をしていたシンとシド……その際にシドがシン達と同じ歳だということが分かり、それにより同い歳から敬語を使われることが嫌だったシンからのお願いとしてこうして砕けた口調へと変わっていた。
「ただいま〜」
「これはこれはシン様。本日は若奥様とお出かけだったはずでは?」
「あ〜そうだったんだけど、じーちゃんに用事があるって人がいて、でもこの場所が分からなかったらしくて、だから案内しに戻ってきたんだよ」
「左様でしたか。ならば直ぐにマーリン様をお呼びいたしましょうか?」
「いや大丈夫だよ」
そう言ってシンはこの屋敷の執事であるスティーブとの会話を後にする。
それを後ろで見ていたシドは酷く感心した表情を見せていた。
「はぁ〜……やはり賢者の孫ともなると、貴族子息のような扱いをされるんだなぁ」
「こう見えてまだ慣れてないところもあるけどね」
「いいんじゃないか?傲慢になるよりかはな」
「傲慢なシン君はちょっと想像つかないですね」
「まぁ自重はしてくれって思うけどね」
「うるさいなー」
「なるほど……だからなのかね?そうして周りが寄ってくんのは」
「……?」
シン、シシリー、マリアの会話を聞いていたシドがポツリと漏らした言葉はシンには聞き取れていなかった。
しかしそばにいたミランダには聞こえていたのか、ミランダは同意するように小さく頷いていた。
「おや、出かけたんじゃなかったのかい?」
リビングに入ると、ソファーで寛いでいたメリダが驚いた様子でそう話す。
それに対しシンは先程スティーブにしていた時と同じ説明をメリダにもしていた。
「あの爺さんに用事ねぇ……そんで、そこにいる見慣れない顔がそうかい?」
「初めまして導師メリダ殿。俺はシドと言いまして……失礼ながらメリダ殿、〝ナルガミ〟という名に聞き覚えは?」
シドが挨拶がてらそう尋ねると、メリダは僅かにその目を見開いた。
その事にシン達が不思議そうにしている中、メリダは静かに立ち上がってこう告げる。
「今マーリンの奴を呼んでくるさね。あんたらはそこで座って待ってな」
「う、うん……分かった」
様子が変わった事を聞きたかったシンだったが、あまりのメリダの真剣な表情に聞くに聞けず、言われた通りソファーへと腰を下ろす。
そうして待つこと数分……メリダがマーリンを連れてリビングへと戻ってきた。
「なんじゃメリダ?せっかく寛いでおったというのに」
「文句言うんじゃないよ。あんたにも関係してることさね。どうやら〝あの子〟と関係がありそうな子が訪ねに来たんだよ」
「あの子?どの子じゃ?」
「あんたを訪ねに来た子は〝ナルガミ〟と口にしていたのさ」
「ナルガミじゃと?!ふむ……確かにワシに関係しておるのぅ」
そんな会話をしながらソファーへと腰を下ろすマーリンとメリダ……そしてマーリンはシドの方へと顔を向けて口を開いた。
「お主かの?ワシに用事があるというのは」
その言葉にシドは直ぐに立ち上がり、深々と頭を下げてから話し始めた。
「お初にお目にかかります、賢者マーリン殿。本日は我が師であり、そして育ての親でもある〝ナユタ=ナルガミ〟からの命により、お二人への手紙を渡しに参った次第にございます」
そうしてシドは懐からあの封筒を取り出し、それをマーリンへと手渡したのであった。
それを受け取ったマーリンは早速封を開け、入っていた手紙へと目を通し始める。
その合間に数分の沈黙が流れたが、手紙を読み終えたのであろうマーリンは途端に優しげな表情を浮かべた。
「そうか……あやつは元気にしておるのか。しかし故郷に帰れなくなったというのはちと可哀想じゃのぅ。もしメリダやシンが良ければ、うちに遊びにでも誘おうかのぅ?」
「そうさねぇ。あの子も苦労しているようだし、それに久しぶりに会って話がしたいと思ってるしねぇ」
「そう言って頂けるとは、師もきっと喜ぶでしょう。もし宜しければ今からその事を伝えても?」
「構わんさね。ちなみにだけど、あの子があんたの師匠ってことは、当然あんたも〝アレ〟を使えるのかい?」
「勿論ですとも。自分で言うのもなんですが、俺は師の唯一無二の弟子でもありますから」
『???』
三人の会話が理解出来ていない事で完全に蚊帳の外であったシン達は揃って首を傾げる。
そんな彼らの目の前でシドは徐ろに窓を開けると、懐から取り出した紙につらつらと字を書き始め、それが終わったかと思えば折り畳んだそれを咥えながら両手を数回、別々の形へと組んだ。
そして最後に鳥の形のように手を組むと、驚くことに陽の光に照らされ出来ていた影から一羽のカラスが飛び出したのだった。
「うわっ?!」
「きゃっ?!」
その光景にシンとシシリーは驚き、マリアとミランダも声は発しなかったものの目を丸くさせている。
「これを師に……ナユタ=ナルガミの元へ届けてくれ」
自身の腕に止まったカラスに紙を差し出しながらシドがそう告げると、まるで言葉を理解してるかのようにカラスはそれを咥え、翼をはためかせて窓から飛び去っていった。
その光景を見て感心の声を上げたのはマーリンとメリダであった。
「いつ見ても驚くもんじゃのぅ」
「本当さね。あたしらでは到底出来ない芸当さね」
「あはは、師がお二人の事を話さす際にその事をよく話してましたよ。その反応が嬉しくて、ついつい使ってしまうとも話していました」
「あの子は……ナユタはあの子達の中で一番のしっかり者じゃったが、時折いたずらっ子のような事もしておった」
「よくあたしらを脅かしては笑っておったさね。本当に……親へのイタズラが成功した時の子供のようだったよ」
そうしみじみと語るマーリンとメリダ……しかし痺れを切らしたのか、シンが恐る恐る口を開いた。
「じーちゃん、ばーちゃん……俺達ついてけてないんだけど?」
「おぉ、そういえばそうじゃのぅ。すまぬのぅ、懐かしいもんを見たせいでついつい忘れておったわぃ」
「これに関してはマーリンを責められんさね。あたしだってシン達もいることを忘れてたよ」
「おい……」
祖父母から忘れ去られていたことにジト目で抗議するシン。
しかし二人の様子からシドは二人の過去に関わる人物の関係者なのだろうと理解し、マーリンに尋ねることにした。
「それで……色々と聞きたいことがあるけど、先ずはその〝ナユタ〟……さん?ってだれ?」
「そうさのぅ……先ずはそこから話すべきじゃのぅ」
そうしてマーリンはシン達にポツリポツリとナユタ=ナルガミという人物に関する話を始めるのであった。