ある時は食事の準備をしている最中。
「おい、スティははらがへったぞ。めしはまだか、ハゲ」
「あと少しでできるから良い子にして待ってろ。それと繰り返すが俺はハゲじゃない」
ある時は地図の確認をしている最中。
「お兄ちゃん、わたしにお本読んで?」
「これが終わったら読むから良い子にして待ってろ。今日はこの間の続きからだな」
ある時は道具の整理をしている最中。
「ねーレイちー、ヒマならさぁ、あーしの髪をとかしてー」
「もうちょっとかかるから良い子にして待ってろ。つーか今の俺が暇に見えるか?」
ある時は衣服の洗濯をしている最中。
「そこの平民。おもらしをしてしまったからわたくしの下着を別の物に召し替えなさい」
「全部洗ったばっかだから乾くまで良い子にして待ってろ。けど下着くらい自分ではけ」
ある時は野営の用意をしている最中。
「レイド、あたしの武器を置いとくから明日までにピカピカの新品にしといてよね」
「なら良い子にして待ってろ。けどいくら俺だって新品にするのは無理だからな」
これらは、ここ数日の間に彼女たちと交わした会話内容を、その時自分がおかれていた状況とともに抜粋したものである。
こうも事細かに覚えているのは、なにも俺の記憶力が優秀すぎるからではない。
単に日々の出来事を愛用の日記帳に記していたので、それらを読み返しただけだ。
しかしこうして振り返ってみると、良い子にして待ってろという台詞が常に入っているのが見て取れる。
別にねっからの口癖ではないのだが、この台詞を用いることで彼女たちは聞き分けがよくなるのだ。
普段は生意気だが、そこだけは素直だなと思う。後はなんとなく人情味にあふれた保護者っぽいフレーズなので、多様しているだけにすぎなかった。
そう、保護者。
現在の俺は
それも一人ではない。五人だ。
五人もの生意気盛り、育ち盛りな幼女たちの世話係を一身に受け持っていた。
とはいっても俺は児童養護施設の教員でもなければ人攫いでもない。
まして若い時分で父子家庭などでは断じてない。結婚どころか恋人すらいないこの俺がまさか子持ちであるはずがなく、世話をしているのはまったくの他人だ。
それは彼女たちとて同じこと。
五人の幼女はお互いに姉妹でも、親類でもなかった。今でこそかけがえのない仲間だが、それこそ出会った当初は赤の他人といっても差し支えない間柄だったはずだ。
ならどうしてこんなことになっているのか。
それを説明するには少し過去をさかのぼる必要がある。
記憶を戻すのは、今からちょうど一ヶ月前。
俺が新米執事として、とある
◆
聖アークリル王国王立冒険者育成学校ディ・アークズに執事科が特設されて今年で早十年になる。
そんな記念すべき十期生の締めくくり行事として本日午後、卒業式が厳かに執り行われていた。
天気は正に快晴。
予報では朝から雨が降るとのことだったが雲一つない。空まで前途有望な若人たちの門出を祝福してくれているかのようだ。
壇上では、志をともにした学友たちが次々と卒業証書を受け取ってゆく。いずれの背中にも執事としての誇りが掲げられ、新たな一歩を刻むための糧になっているようだった。
競争激しいここを無事に卒業できたとあって、彼らの顔はみな一様にほころんでいる。中には感極まって泣いている者もいたが、事情が事情なので誰も咎めることはしない。
「次、レイド・クォーズウィル!」
俺の名前が呼ばれる。いつの間にかもうそこまで順番が回ってきたらしい。
一つ手前の出席番号だった奴が降りてくるのと入れ違いに壇上へと昇り、今までの学友たちがそうであったように白髭を蓄えた老人校長から一言ありがたいお言葉(要約するとこれから頑張れという内容だ)と一緒に羊皮紙でできた卒業証書を受け取る。
「卒業証書授与に続けて、次の者を今期の名誉生徒に任命する」
ついでにもう一つ、今度は俺にだけある物が授与された。
それは金色に輝く方位磁針。
表面の蓋には、王国のシンボルである槍を持った戦乙女が刺繍されている。
この方位磁針は代々その年の主席卒業者に送られる大変誉れ高い代物である。
つまりこれは今後執事として働くにあたって実益を兼ねた贈り物であると同時に、俺の執事としての実力を多分に証明してくれる優れ物なのだ。
自慢だが、俺はかなり優秀な人材なのである。
主席で卒業しておいて謙遜する方が嫌みったらしいから、遠慮なくそう自負しておく。
まあ人並み以上に努力はしてきたし、他の奴らが人目を忍んで別学科の女子と逢い引きしていた間にずっと己を磨いてきたのだから、当然と言えば当然だ。
おかげで仲むつまじい異性にはついぞ恵まれなかったが、積んできた苦労がこうして最上級の形で報われたのだから本望だ。
「卒業生代表、レイド」
全員に卒業証書が手渡されたところでもう一度俺の名前が呼ばれた。卒業生代表として全校生徒の前で答辞を読み上げさせるためだ。
ここでの最後の大役、失敗は許されない。まあ内容は頭の中に全て叩き込んでいるので、問題はないけどな。
そして実際に俺の脳内シュミレーション通り完璧にこなした。感動と興奮を過分に含んだ実に素晴らしい答辞だったとは俺の談(しかし自画自賛ではない、客観的な評価だ)。
「これにてディ・アークズ執事科の卒業式を閉幕とする」
校長のその一言を持ってつつがなく俺たちの学生生活は終了と相成った。
「さてと」
本来ならこの後で卒業記念パーティーがあるのだが、俺はそれに参加しない。
別に出席したくないわけではないのだが、あいにくこれからすぐにでも向かわなければならないところがあるからだ。補足しておくが、友達がいないからでは決してない。
「レイドくん」
と、後方から渋みのある声がかけられたので振り返る。
目の先には俺の恩師であるムールガンド先生が背筋を正して立っていた。
白髪交じりのオールバックが特徴的なナイスミドルである。
執事科の先生の一人で、学生時代俺もよく目をかけてもらったものだ。
一般的に自分より年上の人間には畏敬の念を抱くものだが、その中でも彼はことさら尊敬せずにはいられない人徳の持ち主だ。
なんでも昔は王城に本物の執事として仕えていたらしいのだが歳を重ねたこともあって現役を退き、ここで後進の育成に精を注いでいるのだとか。
おかげで温和そうな顔立ちとは裏腹に授業態度は厳しく、妥協を許さない性格もあって仲間内からの評価は芳しくはなかったが俺は苦ではなかった。
むしろあのぐらいスパルタな方がかえって俺をやる気にさせてくれたので、こちらとしては文句の付けようがない。有能な執事を育成するのにこれ以上ない人物であると断言できるほどだ。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます、これも先生がご指導くださったおかげです」
卒業証書を片手に頭を下げる。
「君は教え甲斐のある実に優秀な生徒だった。そんな君も明日からここに来ることがないと思うと寂しくなるね」
「たまにでよければ顔を見せに来ますよ」
「おお、是非そうしてくれたまえ」
先生は目尻の深皺を緩ませながら笑う。まるで初孫とのご対面を楽しみにしているかのような表情に、祖父のいない俺は一抹の照れくささを感じた。
「それでレイドくん、もう配属先は決まったのかね?」
モンスター住まうダンジョンにて他の冒険者を影ながらサポートする職業、執事。
そんな執事だが、基本的には指名制だ。
なので卒業シーズンともなれば執事同士の熾烈なアピール合戦が始まり、冒険者から声をかけられるのを待つわけだ。
そうして大多数の男は卒業と同時に執事として働き始めるのだが、もしも在学中に己の所属するパーティーが決まらなかった場合、残念ながらそいつは求人募集に奔走しなければならない。
だが俺には関係のない話でもあった。
なぜならばディ・アークズで優秀な成績を収めた人間を誰も放っておくわけがなく、当然俺は卒業後の内定をもらっていた。
しかしそこは執事科の主席卒業者だ、普通のパーティーから指名を受けることはなかった。
「実は
「ほほう、それはすごい!」
そう、俺は誰もが一度はあこがれるあの場所から声をかけられていたのだった。
王国探検隊とは、王族であるアークリル家直々に認可された民間冒険者のことである。
本来冒険者は国に属さない自由な存在なのだが(多少の制限・制約はある)、王国探検隊は国に属する代わりに様々な恩恵が受けられる。
定期的な物資の配給や各種重要資料の閲覧許可などは序の口で、他にも宿の料金が五割引になったり、少額ながら月毎に給料も支給される。
これだけでも十分に魅力的だが、その中でも新発見のダンジョンを優先的に探索させてもらえるなんてのは、冒険者にとって一番嬉しい特典ではないだろうか。
俺がこの申し出を受けたのもそんな諸々の豪華特典につられてのことだ。
といっても、それがすべてではないけどな。
王国探検隊には『
そのパーティーの現リーダーであるヴィオレット・イデアは、国内に数人しかいないとされる
その類いまれなる槍と盾さばきから、現代に復活した戦乙女として恐れられている彼女に俺は心の底から憧れていた。
大きくなったら自分も王国探検隊のメンバーになるんだと意気込み、他人から引かれるほど努力して、こうして実際にその夢が叶う寸前のところまできた。
「ふむ、君の能力なら王国探検隊からスカウトがくるのは当然と思っていたが、いざその時がくると自分のことのように嬉しくなるね。君が入学当初からあそこに所属することを目標としていたのを知っていたからかな」
過去を懐かしむ先生の双眸には涙が溜まっていた。これには卒業式ですら泣かなかった俺の目頭も思わず熱くなる。しかし泣く時は王国探検隊に所属できた時と決めている。
「ということはこれから王城に出向くのだろう? ならこんなところでいつまでも年寄りの相手をしていないで早く行きなさい」
「ええ、慌ただしくてすみませんが……」
申しわけなさげに伝えると、如才ない笑みを浮かべた先生が俺の両肩をポンと叩いた。
「影ながらいつでも君の応援をしているよ。頑張りなさい」
「……はい! それでは失礼します」
俺は尊敬する恩師に今一度感謝し、次にしばらく訪れることはないであろう学舎に心の内で別れを告げ、足早にこの場を後にした。
◆
「……うむ、確かに本物だな」
催し物などで一時的に開放されることがもあるが、基本的にアークリル城への一般人の立ち入りは禁止されている。そのため城に何らかの用事がある場合には事前に入城申請を提出して許可を得なくてはならない。
そんなわけで俺も城の中には片手で数えられる程度しか来訪したことがない。今回だけ特別に入城許可証が王国探検隊の招待状に同封されていたので、城門前で見張りを行っている衛兵に持参したそれを見せたところだった。
「通ってよし。ただし、くれぐれも粗相がないようにな」
一応の飾り文句とともに衛兵が脇に控えたので、ようやく城内に足を踏み入れる。
「レイド様ですね? お話は伺っております」
すると息つく間もなく入り口で待機していた数人のメイドに挟まれて連行、もとい丁重に案内をしてもらった。
おかげで、有名芸術家が寄贈した絵画や調度品をゆっくり見て歩くことができなかった。せっかくのチャンスだというのにもったいない。
「ここでしばらくお待ちください」
連れてこられた先は主に社交界などに用いられる大広間である。
以前ここを訪れた際は王城らしく厳粛な雰囲気に包まれていたが、今はまるで城下町にでも迷い込んだかのように賑やかだった。
それもそのはず、同時収容人数百人超の大広間には貴族とは明らかに異なる人物が多数集まっており、和やかに歓談していたからだ。
そのほとんどは女性で、まばらに点在する男連中はその輪に加わることもできずに女性らの話に聞き耳を立てながら、手持ちぶさたそうに部屋の片隅で待機していた。
その中に見知った顔もあれば、噂はよく耳にするが実際に見かけるのは初めての者もいる。彼らは互いに無言の圧力をかけ合っており、ピリリと肌を刺すような視線が新たに参入してきた俺にも注がれる。
探りあいは最初から始まっていた。今この場にいる人間は俺と同じ王国探検隊に選ばれた人間なのだ。つまり同業者であり将来の競争相手ということになる。
「よう、レイドじゃないか」
連中の一人が俺にそう声をかけてくる。いかにも粗暴な印象を与える偉丈夫だ。
その上がさつで馴れ馴れしくて、いびきは耳障りなほどうるさくて、しかも料理の味付けは濃くて、身長の割に足が可哀想なくらい短くて、妙にげっぷが臭くて、トイレに行っても手を洗わなそうな——。
「おい、なんか失礼なこと考えてねーだろうな?」
「まさか、そんなわけないだろ」
「ならいいけどよ」
「全部本当のことだからな」
「図星じゃねーか!」
「あーうるせえ大声上げるな俺を含めた周囲の人間に迷惑だろ」
顔をしかめながらそう言うと目の前の男は押し黙った。こういうところは素直である。
この男の名はカイリ・ドーン。
ディ・アークズ出身の執事仲間で、誠に不本意だが一応俺の親友でもある。まあ今のやり取りからも分かるように力関係は完全にこっちが上だ。
「こんなところで会うとは奇跡だな。さては大道芸でも身につけたか?」
「せめて奇遇だなって言えよ! 普通に王国探検隊から招待状が届いたから来たんだ!」
ほらこれが証拠だ、とカイリは懐から一通の手紙を取り出す。訝しみつつ内容を確認すると、なんとアークリル家の盾を模した判が押されていた。
つまり紛れもない本物だ、本物なのだが……。
「俺はともかく、よくお前にも届いたな。それこそ奇跡だろ」
普通ならばこのにべもない言葉に憤慨するところだが、神経が図太いこの男はニヤリと笑って、
「届くに決まってんだろ。俺はお前のライバルだぜ?」
臆面も照れることなくそう言ってのける。
そうなのだ、学校でのこいつの成績は俺に次ぐほどで、こう見えても優秀な生徒だったのだ。
普段はだらだらと気を抜いて間抜けな姿を披露しているが、いざ実習となると人が変わったかのようにきっちりとこなす。
本人曰く「いつも気を張ってると疲れるからオンオフを使い分けているんだよ」とかなんとか。
実際それでいい成績を残せているのだから器用な奴ではある。
しかしこいつは致命的なまでに運がない。
というのも、同期に完全上位互換であるこの俺がいるからだ。
そのせいでせっかくの存在が霞んでしまっていたのは申しわけないと思う。
謝る気はさらさらないけど。
「執事科時代は万年ナンバー
執事科時代の通算対戦成績は秘密裏に行われたのも合わせると五百回は優に超す。
しかしながらこいつが俺に勝利した回数は皆無で、だからこそ万年ナンバー二と影で呼ばれていたのだが、慈悲深い俺はそこには触れずにこう言い返す。
「やれるもんならやってみろ」
こういうやり取りは嫌いじゃない。競い合う相手がいてこそ自己研鑽に張り合いが出てくるというもの。そういった意味ではカイリはよきライバルだ。
他の連中が俺との勝負を早々に諦め避ける中で、こいつだけはいつも突っかかってきた。何度叩きのめされてもめげずに敗因を分析し、食らいつく努力をしてきた。
時には自らの欠点を敵であるこの俺に尋ねてきたこともあった。なのでうっとうしい奴だとは思うが、カイリのことはなんだかんだ認めてはいる。
調子に乗らせるから面と向かっては言わないけどな。
「……それはそうと緊張するぜ」
普段は繊細さとは無縁のカイリもさすがに落ち着かない様子だ。これからこの国を統治するアンダルシア女王と対面するからだろう。
聖アークリル王国初代統治者が女性だったこともあり、この国は何百年に渡って女王制が採用されている。
そして王国探検隊の所有権を女王が有しているため、この集まりに彼女が出席するのは当然という話なのだが。
「その辺でやめとけよ、お前が慣れないことして雨でも降ったらどうする」
「いや降らねーよ!?」
「血の雨は降るかもしれないだろ? ……お前の」
「誰が降らせるんだよ!」
互いの緊張をほぐすべく軽口を叩いていると、これまで何の音沙汰もなかった向こう側の出入り口が前触れもなく開かれる。
瞬間、今しがたまで騒がしかった広間内がすっと静まり返った。
この場を見えない緊迫感が支配する。
「——全員集まっているようだな」
扉の奥から現れたのは、なんと俺が敬愛してやまないヴィオレットさんその人だった。
切れ長の赤い瞳にスッと高く通った鼻梁。後ろで結んだ赤銅色の長髪は雄々しく燃える炎をそのまま透過したかのようだ。
女性らしいその凹凸に富んだ上半身を覆うのは荒山を削り出したかのようなぶ厚い鎧である。鎧の腰回りには縦にスリットが入っており、そこから鈍色のロングスカートが放射状に広がっている。
目を見張るような容貌に反し無骨な鎧姿だが、不思議と彼女に似合っていた。まるで一種の芸術品のような彼女の姿に誰もが息を飲む。それだけ完璧な美を彼女は有していたのだ。
風の噂では、彼女のあまりの美しさに見惚れたとあるお偉いさんが求婚を求めたのだがすげなく断られ、そのことに逆上した相手が腕利きのゴロツキに彼女を襲わせたものの、すべて返り討ちにあったとか。
またこちらは噂などではなく実際にあった話で、たった一人で地方の農村で悪逆の限りを尽くしていた夜盗を壊滅させた通称『
そんな数々の伝説を持つ、誉れ高き王国探検隊のトップが登場という、まさかのサプライズに大広間内がにわかに沸く。もちろん俺もその中の一人だった。
「私はヴィオレット・イデア。若輩者ながら王国探検隊で『
澄んだ音色のような美声が大広間内に響き渡る。思わず聞き惚れてしまいそうだ。女王陛下に謁見できなかったのは残念だが、これはこれで嬉しかったりする。不謹慎だけど。
「女王様が弱ってるって噂、本当だったのか」
隣でやけにかっこつけてカイリがぼそりとつぶやくが、彼女の声が聞こえないから少し黙っていてほしい。なので奴の脇腹を肘で小突いたらおかしなところに決まったらしく、ぐふっと呻いて余計にうるさくなった。しなきゃよかったと反省。
「今日この場にいる者には王国探検隊の案内状が届いたものと思われる。だからといって君たちはまだ王国探検隊の加入を正式に認められたわけではない。現時点で王国探検隊に加入できるだけの素質がある者に声をかけただけに過ぎないのだから。そこで君たちにはまず最初に入団審査を受けてもらう」
ヴィオレットさんの言葉に周囲の人間から今度はどよめきが起こる。
「これよりこちらで事前申請されたパーティー毎に執事の振り分けを行い、各パーティーに一つ課題を出す。それに見事合格できれば王国探検隊への加入を認めよう」
要するに実力テストってわけか。
ダンジョン探索は常に死と隣り合わせだ。
己の力量を測り損ねて、ダンジョンを生涯の寝床に決めた冒険者の話は枚挙に暇がない。あの場では力の足りない者は淘汰される運命にある。
それを補うためのパーティー制度だが、確実じゃない。モンスターの攻撃や不測の事態でいつ仲間がいなくなるか分からないからだ。
ダンジョンにおいて最終的に頼れるのは己の力だけである。だからこそ、こういった実力査定が必要なのだろう。
「私も在籍する王国探検隊は完全実力主義の世界だ。そのため実力なき者は容赦なく切り捨てさせてもらう。だが誤解がないよう言っておくが、なにもこの試験は君たちをふるい落とすのが目的ではない。有能な者はすべて引き入れる所存だ。従って、先着順で合否を判定することはない。もちろん期限は設けさせてもらうが、基本的にここに集まった全員が合格することを前提に話をさせてもらう」
なるほど、実に合理的だ。こういうのは競争心を煽るあまり必要以上に脱落者が出る危険性がある。
いくら実力者揃いの冒険者といえど焦りは正常な判断を鈍らせるからな。そのような事態は彼女たちも本意ではないのだろう。だから先着順で合否を判定せずに、ゆとりを持った状態で入団試験に挑めるよう配慮してくれているのか。
その心遣いはいいのだが、これまで競争の世界に身を置いていた俺個人の見解としてはいささかぬるい気もする。まあ優秀な人間をたくさん引き入れるに越したことはないけども。
「それではさっそく執事の振り分けを開始する。指名された者からすみやかに配属されたパーティーと合流するように」
ダンジョンに挑む集団のことをパーティーと呼ぶ。パーティーは五人の冒険者と一人の執事から構成される。なのだが、それはあくまで一つのパーティーにおける登録最大人数であり、実際にはそれより少ない人数で行動しているところもある。
削られるのは主に執事とか執事とか執事である。
なにせ人数が多ければ多いほど、一人あたりのダンジョン探索で得た報酬の分け前が減る。それでも戦闘能力のある冒険者は一人いるだけで個々の致死率が下がるので、素行に問題でもない限りある程度は妥協せざるを得ない。けれども基本的には戦力にならない執事はその限りではないのだ。
ある程度ダンジョンにおける知識や経験が身についたのでもう用済み、と半ば強制的に追い出されることがままあるらしい。そのため熟練冒険者たちのパーティーには執事がいないことが多いと聞く。
ただしそれは、一般的な執事の話だ。
ディ・アークズにて主席卒業を果たしたこの俺のように、有能な執事にはとんと無縁の話だろう。
「これで決めることができるな」
自分の名が呼ばれて男集団から抜けていく執事を黙って眺めていると、隣で腕を組んだカイリが話しかけてくる。相手をするのが億劫だったので無視を決め込むと、同じ台詞をさも初めて口にするかの如く繰り返してきやがったので、仕方なく構ってやることにした。
「……なにがだよ」
「俺様とお前、真に優秀な執事がどっちかってことだよ」
素直に相手して損した。んなもん、とうに分かりきっていることじゃないか。
「そんなもんとっくに学生時代に決着がついてんだろ。主に俺の全戦全勝で」
「あれはあくまで前哨戦だっつーの! 本当の勝負はこれからだっつーの!」
あっ、このバカ、いきなり大声を出すなって!
「——そこの二人、仲がいいのは結構だが、私語は慎みたまえ」
「す、すみません!」
俺たちに向けられた注意に対して慌てて謝罪する。ほらみろ、この状況で大声出したらこうなるに決まってるだろうが。くそ、カイリのアホのせいで俺までヴィオレットさんに目をつけられたじゃないか。変な誤解されたりしたら許さないからな。
「あー、ビビった。やっぱ『まつろわぬ槍』のリーダーは迫力が違うぜ」
さしものカイリも注意されたばかりなので小声になる。
そもそもお互いに話さなければいいのだが、おしゃべり好きのこの男はこれぐらいでは口を閉じたりはしない。
またとばっちりで怒られると困るので、いっそのこと物理的手段で奴の口を潰そうかと画策していると、
「次、ロロナ隊所属——カイリ・ドーン」
隣でアホ面を衆目にさらしているお喋り男の名が呼ばれた。
「ふ、やっとこの俺様をご氏名のようだな。いやぁ、モテる男は辛いぜ」
「どうでもいいけどさっさと行けよ。後がつっかえてるんだから」
先に行ってるぜ、とカイリは片手を上げながら配属されたパーティーと合流する。
どうやらこの時点で残っている執事は俺一人だけのようだった。従って次に自分の名前が呼ばれるのは確定しているが、なんだかあいつの背中を追いかけるみたいで癪である。まあ残り物には福があるというし、このぐらいは我慢しよう。それに大物ってのは大抵トリを飾るものだしな。この俺が担当するパーティーだ、きっとカイリのとこより優れているに違いない。
「以上で振り分けを終了する」
たとえばそうだな、前衛職が二、中衛職が一、後衛職が二の理想的なバランスの……、ってヴィオレットさんは今なんて言った?
まだもうろくしていない俺の耳が確かなら、彼女はこう言ったはずだよな。
——以上で振り分けを終了する、と。
いやでも、流石にこれは聞き間違いだろう。だって俺が余ってるんだぞ? そんなのはあのカイリに後れを取るくらいありえないことだ。つまりこれは白昼夢、もしくは疲労による幻聴のどちらかだ。
そうに決まっている。もっとも白昼夢だとしたらそれはそれでマズいので、ここは疲労による幻聴の方を選んでおこう。大して疲れてもいないが、そこは気にしない方向で。でないとこの事態への理由がつかないし。
超絶ハイパーエリート執事であるこの俺がまさか門前払いだなんてあるわけないだろう? あるわけないよな? あるわけない、よね?
うん、だからさっきのは聞き間違い。なんだよ俺も歳を取ったかな、ははは……。
「不備はないな? それでは各自、担当の者から試験課題について説明を受けてくれ」
やっぱり聞き間違えじゃなかった!
俺の体はまだ衰えてなかった!
ちょっと待ってくれ、ということはこの無情な仕打ちは現実の出来事か!?
こんなの到底認めることができない。『この執事がすごい!』の取材だって受けたことがあるんだぞ。だから今からでも遅くないから、「さっきのは冗談だ」と言ってくれ!
しかし現実はかくも残酷で周囲に注意を向けると、当惑するこちらをよそに各所で王国探検隊の隊員による説明会が開催されていた。当然、俺一人だけを放置して。
おかしい、これは罠だ。なぜならカイリのマヌケが選ばれて俺が選ばれないわけがないからだ。おそらくあいつは便宜を図ってもらうために賄賂でも支払ったんだろう。
いつも金欠を訴えてよく俺に泣きついてきたのは、こっそり裏でへそくりを貯めるためだったのか。なんという伏線だ、腐っても俺のライバルなだけはある。
……いや待てよ、もしもこの推理が当たっていたとしたらヴィオレットさんが金に目がくらんだ卑しい女性になってしまうので、やっぱり今のはなし!
くそっ、すっかり混乱している。どんな時でも冷静沈着がモットーだったはずだろう。
だから落ち着け、落ち着くんだレイド。お前はやればできる子だ。できる子なんだ!
ちらりとカイリに視線をやると振り返った奴と目があった。自身に向けられる恨めしげなまなざしに気づいたのだろう、カイリは優越感ここに極まれりといったなんとも小憎たらしい表情を返してくる。
く、屈辱だ。
まさかあいつにコケにされるとは……!
なあ、こんな扱いってあるか?
俺はこれでも由緒正しきディ・アークズ執事科を主席で卒業したエリートなんだぞ?
なのにこんなことってあるかよ。
きっと人選がどうかしていたに違いない。
そうだ、そうに決まっている。
ならば俺がすべきことは一つ、王国探検隊の方々に直談判するしかない。だが誰にすればいいのか。いくら王国探検隊のメンバーとはいえ、末端の人間に直訴しても意味はあるまい。
もっと上の立場の人物といえば、それはやはり——。
「レイド君だな」
「なんだよ、こっちは今忙しい……って、えっ?」
声をかけてきた人物を確認し、思わず驚愕した。
だってそうだろう、眼前に佇んでいたのはなんと先ほどまで向こう側で音頭を取っていたヴィオレットさんなのだから。
これは夢幻かと疑う前に、「そうか、忙しいか」と当てが外れたような素振りを見せたので慌てて彼女に弁解をした。
「ひゃい、ウソウソ冗談です間違えました全然これっぽっちも暇です!」
のはいいのだが、あのヴィオレットさんに話しかけられた緊張から盛大にてんぱった。
これまで生きてきた中でひゃいなんて言葉を口走ったことなんてないのに、なんでこのタイミングで新境地切り開いてんだよ。
恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい気分だ。というより自ら穴を掘って埋まりたいくらいだ。
とりあえず心の中で呼吸を整えてから、
「それで俺になんの用ですか?」
照れ隠しのため、やや強引に会話の軌道修正を図る。幸いヴィオレットさんは(素敵で偉大な)大人の女性だったので、さっきの失態は見事にスルーをしてくれた。というわけで俺もその出来事についてはすべてなかったことにし、素知らぬ顔でシリアス風味な表情を形作った。
それが功をせいしたのか、彼女ははっきりとこう口にした。
「君に是非とも紹介したいパーティーがあるんだ。だから私についてきてくれないか?」
くせ者ぞろいの幼女たちは次の回で出ます。
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