改心悪女四種盛り 作:白のワイん
さて、固まってしまった琴音さんをどうするか。
「わかった。わかったから」
「……」
「いい加減、いい時間だ。飯にしよう」
「……はい」
やっと安心したのか手が離れる。
やれやれだな……。
「適当に作るが、食べるか?」
「(コクリ)」
さて、献立はどうしようかな。
俺一人なら冷凍した作り置きのおかず食って終わるとこだが、琴音が一緒では流石にそれはまずかろう。
とりあえず、ささみがあるからメインは確定。
適当に火を通して冷蔵庫のハニーマスタードでもかければなんとかなるだろ。
ジャガイモ、にんじんを適当にぶつ切りにして蒸し器に。
玉ねぎは真っ二つにしてささみと一緒に火にかけてしまおう。
今のうちにスープ用の合わせ調味料作って──ー
「……」
琴音様が見てる。
気付かないふりをして作業は続けるがめっちゃ見てくる。
あの、その立ち位置は完全にホラー演出……。
あー、米炊いてないじゃん。
冷凍ご飯を琴音に出すのはちょっと抵抗あるなぁ。
仕方ない。朝用に買ってた丸パンを出そう。
「お待たせ。男飯だから質は目を瞑ってくれよな」
「……いえ、大丈夫です」
「じゃ、いただきますか」
「……いただきます」
とりあえず肉と野菜とスープみたいなどシンプルメニューだが本当に良かったんだろうか?
ささみを焼いたやつ、根物を蒸して焼いたやつ、玉ねぎのコンソメスープ。あと近所のパン屋の丸パン。
味見した感じ、食える味にはなってるはずだが琴音の舌を満足させるレベルとは到底思えないが……。
「どうだ? 食えそうか?」
「……はい」
「?! 大丈夫か? マスタードつけすぎたか?」
「いえ、そうじゃないんです。ただ」
なつかしいな、と──ー
涙を流しながら一口一口噛み締めて食べる琴音。
お、おう、気に入ってくれたなら良いんだ。
これはどう読む?
俺の料理が懐かしいのか、家で食べる手料理が懐かしいのか。
どちらにしろ、家庭料理を懐かしむようなシチュエーションとは何か。
家にいた時は母さんが作ってたのを食ってたけど……自室で。
母さんの料理は家庭料理っぽく無い。あれはプロの犯行だ。
となると、手料理に親しみが湧くようなことが近い将来起きるのか?
箱入りお嬢様が家庭料理を日常的に食うシチュエーション……。
わからん。
その上で、料理をありがたがるような状況など想像の埒外だ。
「……ご馳走様でした」
「はい、お粗末さま。片付けはやっとくから先に風呂済ませな」
「いえ、私も、手伝います」
「……じゃ洗った食器、拭いてくれるか」
「(コクリ)」
昼間の食堂の件といい、琴音の中でとんでもないパラダイムシフトがあったように思う。
とにかく自立に意識が向いているようだ。
結局、新婚夫婦みたいに二人でシンクに立って後片付けをすることになった。
なんとなく息が合わなくて指が触れ合った時に「あっ」とか声出したりなんかして……。
まじて温度差に風邪引きそうです。
琴音を風呂に向かわせて、俺はリビングのソファに大の字で埋もれて太い息を吐いた。
変なところで体力を使ったな……。
ある意味、正しい家族、兄妹の距離感なのかも知らない。
まさか俺の方が適応しきれんとは。
しかし、奈緒は大丈夫なのだろうか。
かなり焦燥していたようだが……。
佐倉のおばさんにクリーニング代受け取った旨を連絡するついでに奈緒がちゃんと帰ったか確認したが、帰ってはいるようだ。
正直、シカト決め込んで引き篭もりたい気分であるが、どうやら俺の死亡イベントが控えているらしいからそうもいかない。
とりあえず、兵藤ユウマはクロ確定として、他の四人がどうなっているのかさっぱりわからない。
一体誰が味方で、誰が敵なのか。
四人全員が俺の味方であるかのように振る舞い、他三人のうち一人を兵藤ユウマの共犯であると訴えている。
人狼ゲームは苦手なんだ、勘弁して欲しいぞ……。
琴音が風呂を上がって自室に戻ったのを確認したので、俺も風呂にする。
……風呂上がりの年頃の子と言うのは目に毒すぎる。
邪心はないが条件反射で視線が泳ぐのは許して欲しい。
決してチラチラ覗き見たりはしてないから。
以前の琴音には考えられない無防備さだ。
油断すると長風呂しがちなのでさっさと風呂を出る。
そろそろ入る時に開始した洗濯も終わってる頃だ。
「あっ……兄さん」
なぜかランドリー室で鉢合わせした。
あ、しまった。
琴音の下着を一緒に回してしまった。
まずったか……?
「すまん。琴音の分、一緒に回しちまった」
「いえ、それはいいんです。自分で干したいのですが、その」
「ああ、色々場所がわからないか。こっちの棚だ」
下着干し用のピンチーやハンガーの場所を教えてやる。
この家、ランドリールームに室内干しスペースがあるが琴音の下着と一緒に干す、かぁ。
母さんがいるときは、一手に引き受けてくれてたから気にすることはなかったが自分で干すとなるとなぁ。
「? なにか?」
「いや、なんでも無い」
本人が素知らぬ顔で可愛らしい下着を干し終えてる。
おっさんが気にするのもキモイだけか。
とりあえず忘れよう。
そんなことよりしれっと洗濯干し出来てる琴音がヤバい。
一度もそんなことしたことないはずだが。
ふと視線を下げると琴音が片手にスマホを握っていた。
“ブラジャーの正しい干し方”
Oh……
見なかったことにして俺もさっさと自分の分を干してランドリー室をでる。
いかん、いかんぞ。
今まで悠々自適な一人暮らしだったのに……。
早く慣れないとミノキとアデノの世話になりそうだ。
娘さんを持つパパとかこんな気持ちなのかな。
ヴー! ヴー!
自室で延びていると着信。なんと。
「もしもし、父さん? 珍しいじゃん」
『ああ、そう言うこともある』
「……どの件? 色々あるけど」
『出来た息子で本当に助かるよ。母さんも褒めてたぞ』
「世辞はいいから。とりあえず、何も起きてない。今のところは」
『そうか? 昼ドラ並みの修羅場があったそうだが』
「どっから聞いてくんのそれ!?」
『いやいや。高瀬の娘さんが意気消沈していたからな』
「あー……そっちから」
『お前のことだから抜かりはないだろうが、フォローしとくんだぞ』
「いや、それはするけどさぁ……そもそも許嫁ってなに? 本気であのお嬢さんと結婚させる気?」
『話を聞いた時は論外だと思っていたがね。本人に会って気が変わった』
「うそぉん……本気で言ってるの?」
『まあ、本人は別に思うところがあって一時的に名目が欲しいだけだそうだ。気に入ったなら今のうちに頑張って口説くんだな』
こんのクソ親父め。アメリカンな高笑いしとる場合かよ。
「あーあーもういいですー。本題がそれなら切るぞ?」
『お前の生存確認で連絡しただけだ。元気そうな声が聞けたから用件は終わりだ。そちらからは何かあるか?』
「ええ? ……進学先は他県にでて一人暮らししようと思うけど、どう思う?」
『……お前がそういう心配しなくていいように私と母さんがなんとかやってるんだ。結論を急ぐんじゃない』
「高校決める時にも同じこと聞いたよ。まあ、わかったよ。とりあえず保留ね」
『すまない。それではな』
ダメ元で言ってみたがダメだったか。
こうなっては全部丸く収めるに俺が家を出るのが1番手っ取り早いかと思ったんだが。
高校の時も同じ話をして両親にマジ説教された。
子供が変な気を使うんじゃ無いと。
愛されてるなぁ。
しかし、父さんの高瀬のお嬢さんに対する好感度が思いの外高い。
一体何を話したんだ?
母さん好みの娘ってところが気に入ったか。
いやぁ、流石に人生二周目の俺でも結婚以降は未到の領域だ。
まだ成人前からゴール決めるのは躊躇する。
父さんと電話してたら頭が茹ってきたな。
今日は脳みそを酷使しすぎた。
水でも飲んでくるか……。
部屋を出ようとドアに手をかけようとした時、隙間が空いていることに気づく。
……。
「琴音? いるのか?」
「! ……!!」
ドアが静かに開ける。
予想通り、琴音が立っていた。
が、顔面蒼白で指先が震えている。
どうやら電話を立ち聞きしていたらしい。
内容が地雷だったようだ……。
動揺が激しいらしく、ドアが開いたことに気付いているかも怪しい。
「琴音、大丈夫か」
「っ! に、いさん」
「ほら、中に入れ。顔色最悪じゃないか」
「兄、さん……兄さん」
「落ち着け、無理に喋らなくていい」
「い、いかないで」
「うん?」
「私、もう迷惑を、ぜんぶ、ひとりで」
「琴音……」
「だから、だから……でていかないでぇ」
「大丈夫だ、ここにいるよ」
言ってることが支離滅裂になってきている。
よくない兆候だ。
とりあえず肩を抱いてベッドに座らせた。
琴音は俺の胸元に顔を埋め体を震わせている。
呼吸が落ち着くまで頭を撫でてやる。
風呂上がりだと言うのに体が冷え切っている。
体調を崩さないといいが……。
仕方なく「兄さん、兄さん」と俺を呼び続けて啜り泣く琴音をずっとあやし続けることにした。
それからしばらくして、やっと琴音の呼吸が落ち着いてきた。
震えも止まったようだ。
「落ち着いたか」
「……はい。兄さん、その」
「なんだ?」
「急に、兄さんと呼んで、変に思われませんでしたか」
「……いまさら恥ずかしくなったか?」
「ち、そうではなく!」
「俺はちょっと照れた」
「っ!」
「でも、悪い気はしないな」
「……からかってますか」
「ごめんて。こんなことなかったから、ついな」
「悪いと思ったなら、もう少しだけこのままで居させてください」
「ああ」
それっきりお互い黙り込んでしまうが気まずさはない。
8年越しにまともなコミュニケーションが取れた気がする。
それほど長い間をおかず、琴音が口を開いた。
「もう、大丈夫です」
顔を埋めたまま喋る琴音の声が心なしか冷たくなった気がした。
「私の話、聞いてください」
「学校でのことか?」
「はい。もうご存知でしょうが兵藤優馬は、ダメです。絶対に近づかないで」
「奈緒との話、聞いてたんだな」
「……申し訳、ありません」
「いや、いい。じゃあ、あいつはやっぱり父さんの……」
「それは、わかりません」
「わからない?」
「お祖父様の遺書にはそうだと書かれていたそうですが、内容はお父様とお母様しか確認していません。お二人も警戒していると言うことはそれなりに疑う余地が残っていると思います」
なるほど、道理だな……。
案の定、父さんの子供だったか。
だが、どうやら父さんに身に覚え、と言うより自分の子だと言う確信はないらしい。
琴音でさえ即座に引き取ったんだ。
心当たりがあれば経緯はどうあれ責任を果たすために迷いなく引き取ってるはずだよな。
「学校でも極力二人きりにならないようにする、で良いんだよな?」
「はい。それと……高瀬紬も」
「……」
「あの女は、兄さんを踏み台くらいにしか思っていません。だから、決して油断しないで」
「……ああ」
「明日は屋敷に戻ります。あの二人の好きにはさせません」
油断はしない、が昨日みたいな距離感で来られたら絆されそうだ……。
ここで言ったらシバかれそう。
言いたいことを言い切った琴音はスッと俺から離れて立ち上がる。
「先程言ったことは、忘れてください。進学先の件は私が口出しする事じゃありませんでした。申し訳、ありません」
「……」
「それでは失礼……っ!!!!」
琴音が踵を返して出て行こうとした時、急に固まってしまった。
俺からは背中しか見えないが、なにが……?
そのままフラフラと俺の机に歩み寄っていく。
恐る恐る掴んだのは包装された長細い箱。
あ、それは──ー
「ぁ……こ、れ」
「見つかっちまったか。それな、去年渡し損ねた誕生祝い」
「……は」
去年、琴音が物書きをするなら、と選んだ万年筆だ。
俺が買える範囲の価格帯だからそれほど良いものじゃない。
素直に渡しても無駄になりそうだったから作戦を考えてたら渡すタイミングを逸してしまったのだ。
「今年の誕生日に父さんに頼んで代わりに渡してもらう気だったんだ」
「……」
「その、かっこ悪いことこの上ない。なんかごめんな」
き、気まずい。
「よかったら、それさ……」
「……受け取れません」
「え?」
「私に、受け取る資格なんてありません」
「琴音?」
「おやすみなさい」
俺に箱を押し付けた琴音は逃げるように部屋を出ていった。
終始俯いて表情は見えなかったが、あれは……。
地雷塗れで何がどう爆発すんのか最早検討もつかん。
明日から本当に大丈夫かよ。
結局、奈緒と琴音の話に新しい情報はほぼなかった。
強いて言うなら兵藤ユウマが父さんの実子であるらしいことくらいか。
それにしたってほぼ推測通りだ。
正直、強引に押し切れば二人とももっと詳しい情報を話してくれそうだったが、踏み込むのにかなり勇気が要りそうだ。
会話の端々で彼女たちの地雷を踏んだように思う。
特に俺に対する負い目がかなり強い。
俺から直接、俺への負い目と罪悪感を説明しろ、なんて言われた日には二人の精神が持ちそうにない。
残りの二人の方が頼みの綱かもしれないな。
二人は比較的精神が安定していた。
二人に比べてもっと踏み込んだ話を聞けるかも知れない。
ただ、奈緒と琴音からそれぞれクロだと告発されてるのがなぁ。
かなり慎重に聞き出さないと振り回されそうだ。
完全に探偵役の思考になって来たが、頼むからバカに頭脳労働させないでくれ。
でも仕方ないね、自分の命がかかってるんだから。
ちくしょう。
翌朝、俺が起きた時には琴音は既に家を出ていた。
手元の端末には木下さんから早くに送って行った旨のメッセージ。
キッチンには朝食を片付けた後があった。
……皿が一枚ない。
ゴミ箱に袋に包まれた破片が入ってた。
慣れないことをして怪我とかしてないといいが。
手早く朝の支度を済ませてバス停に向かうが奈緒の姿は見えない。
若干、嫌な予感がする……。
バスが学校に近づくにつれ、同じ制服が増えるとともに俺への視線が増える。
昨日の一件について、既に噂が流れてるのだろう。
ヒソヒソ声も増す一方だ。
頼むからそのまま聞こえないようにやっててくれよな。
あちこちで学年、クラス問わずいろんな生徒から視線なりなんなりを集中砲火されて朝からグロッキーである。
クラスに入ったら入ったで静かになるのはなーぜなーぜ?
「……雨宮ぁ」
「や、おはよ。何この空気」
「お前わかってて言ってるなら大物だぜ?」
「坂井くん、褒めるならもっとストレートに褒めたまえ」
「はぁ……昨日の放課後、お前を巡って女子達が修羅場ってたってホント?」
「部分的にそう」
「そこは否定しとけよぉ。いったい何やらかしたらそうなるんだよ?」
「心当たりがなさすぎて困り果ててるよ」
「なんだそりゃ……その後、バスで佐倉さんとイチャついてたってのは?」
「イチャ、ついては、ない。……ないよな?」
「なんでこっちに聞くんですかねぇ……」
静かにブチ切れないでくれ、怖いじゃないか。
「朝から佐倉さん、大変そうだったぞ」
「え、きてる?」
「来てるよ。ほら」
なんと、来ていたのか。
そっと振り向いて見ると机に突っ伏している奈緒の頭が見えた。
「どったのあれ」
「……朝早くから来ててさ。雨宮の話題だしたら『幼馴染なんだからいいでしょ!?』ってブチ切れてあんな感じに」
「えぇ……」
「……ていうか、佐倉さんと幼馴染なの?」
「そうだよ」
坂井くんのやれやれだぜ、頂きました。
幼馴染だったらいいのかなぁ、あれ。
今までスクールカーストの見せしめみたいだったのがいきなり幼馴染の痴話喧嘩みたいになってんじゃん。
取り巻きの子達、めちゃくちゃ複雑そうな顔してんで。
俺を見るんじゃないよ。俺にもどうしようもないって……。
それから午前の授業が始まると奈緒はゾンビのように起き上がりかろうじて授業を受けているようだった。
昨日以上にじとじとの視線を感じる……。
まじでカビとか大丈夫そ?
昼休みに入った途端、奈緒はまた突っ伏してしまった。
お前、もしかして昨日眠れてないのか?
とりあえずここでクラスの連中に捕まるのもよろしくない。
購買で飯を調達して、人気のないところで作戦でも練るか。
早いとこ水野か高瀬のお嬢さんを捕まえなければ……。
割とまじでどこにいっても視線を感じる。
パパラッチに追われるセレブってこんな感じ?
食欲も失せそうだぜ。
結局、体育館裏まで来てしまった。
流石にここまでくれば誰も来ないだろ──ー
「……悠真君」
……探す手間が省けたか。
なぜか体育座りで縮こまってる水野栞がそこに居た。