最近、オバロ小説を読んで熱が入り始めたので、再び二次創作を始めました。
原作の世界線とは異なる設定で展開します。
最後まで書ききりたいと思いますので、末永くよろしくお願いします。
自治領の記録
エ・ランテル自治領。
リエスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の三大国家に隣接し、独自の文化と技術を発信する三国交易路の中心地として栄える王国領の要衝である。
王国の一領土でありながら、その名が指し示す通り、自治領として通常の領主による自治よりも遥かに高度な自治が認められている。
この自治領が成立したのは、60年前。
帝国の北東に位置するカルサナス都市国家連合出身の商人兼発明家 ルシャ・ブランが王国に対する多大なる貢献への褒美として、先代国王より伯爵位や自治領主の権限と共にこの領地を与えられたことが契機である。
この褒美に対し、宮廷会議に参列した有力貴族達は反対することもなく、これを承認した。この背景には、初代ブラン伯が周到に王国の有力貴族達との間にコネクションを築いていたことが挙げられ、ルシャを平民出の商人と見下しながらも侮ることができない存在になっていたためである。
王国が行った『エ・ランテル自治領の成立』という布告に対し、周辺国家も基本的には王国貴族と同様に拍手をもってその成立を祝した。しかし、自治領成立の祝典に際し行われたルシャの発言は物議を醸した。
「――私こと、エ・ランテル初代自治領主ルシャ・ブランは、『多種族の繁栄』のため尽力することを約束します」
都市の中央に建てられた初代領主像にも刻まれているこの発言は、亜人に対し良くない印象を持つ国々や人々にとって、十分非難の対象となるものだった。
三国の中心に亜人種と人間が共存する地域が誕生するという、あまりにも異端なこの行為は当然認められるものではない。それまでルシャを支持していた王国貴族の中からも、少なくない非難の声が上がるほどであった。
しかし、この発言にもかかわらず、帝国や法国はその成立を支持した。更に、両国は都市に常駐する使者を送るなど良好的な関係を築こうとする姿勢まで見せたのだ。
両国がこのような反応を見せた理由は、ルシャとの間に結んだ密約の存在だ。
帝国との間では、『自治領として中立を守り、王国軍が帝国に軍事行動をとる際には通行を拒否する』という密約を交わし、法国との間には、『人類に利益をもたらす限り、又、人類の不利益となる問題が発生しない限り、自治領の成立を容認する』という密約を交わした。
ただの一商人が、なぜここまでの影響力を持つことができたのか。
帝国であればまだしも、法国との間に密約を交わすほどの強力なコネクションを築けたのか。
これらの疑問は、ルシャの背後にある事情を知れば、自ずと解ける。
彼の正体は、ユグドラシルのプレイヤー、それもβテストから参加するほどの古参勢だ。種族はハイ・ヒューマン、主にPvEと生活系コンテンツを中心に活動しており、個人的な趣味と交友関係から、ネコさま大王国の分家ギルド『白猫大商会』のギルマスとしても活動していた。
ある日、突如としてこの世界に転移したときは、相棒兼マスコットである白猫の獣人NPC ミーツとログアウト時に装備していた物があるのみだった。
混乱はしたものの、現実世界にうんざりしていた彼はこれを好機と捉え、自分がやりたかったことをとことんやることにしたのだ。彼の転移先が都市国家連合の付近であったことも、追い風であった。
こうした背景をある程度知った法国は、極秘に接触を試みてきたルシャに対し、監視を付けることと定期的な報告の義務を定めた上で密約を交わした。法国にとっても、話が通じる『神』に等しい存在が現れた事実は無視できるものではない。
本来であれば、人間の神が現れたことに歓喜すべきところだ。
だが、彼の提示した『種族関係なく共存できる都市』という要件が法国の有力者を警戒させ、監視を付けるという制約を課すに至っている。
このような様々な背景を持ちながらも、エ・ランテル自治領は無事成立した。
当初こそ複雑な問題を抱えていたものの、紆余曲折を経て、エ・ランテルは人間だけでなく、エルフやドワーフ、リザードマン、オークなど様々な亜人が共存する領地へと様変わりした。
成立以前から交易自体は盛んであったが、現在はエルフが作る工芸品や楽器、ドワーフの作る装備品を例とした、種族を超え発展した様々な物品や文化が取引され、国籍関係なく大勢の人々が都市を訪れている。自治領の中立性という背景も、様々な人々が訪れることができる下地となっていた。
ルシャの権力を傘にせず、誰にでも明るく陽気に接する性格は、彼が行ってきた様々な偉業を考慮せずとも、都市の人々から尊敬されるに十分な理由であった。彼の生誕90年を祝う祭りで、都市の中央に銅で作られた立派な像が作られた。人間やドワーフ、エルフなど様々な職人が集まり、芸術品としても一級品の価値がつくほどの装飾が多岐にわたり施されている。
まさに、ルシャの掲げた『多種族の繁栄』を象徴するものであった。
都市の人々から愛されたルシャであったが、そんな彼にも限界の時が近づきつつあった。
つまるところ、寿命だ。
ハイ・ヒューマンである彼は年齢による影響が体に出ず、普通の人間に比べて寿命は数十年程度長い。この世界に来た時、彼はまだ二十歳そこそこといったところであったが、都市が成立したときには既に齢50を数えていた。
エ・ランテルが今の繁栄を築くまでに、早40年。王国でも指導者である国王は移り変わり、ルシャは2代にわたって王国を支えた重臣だ。
だが、ルシャ自身は自分の体に限界が迫りつつあることを感覚的に悟っていた。
そんなある日、自治領に慶事がもたらされた。
ルシャが十年にわたって付き合っていた領主府の女性官僚 エリンが子をもうけたというのだ。更に、ことが落ち着き次第、正式に結婚式を挙げるという。
人々は都市のいたるところで花びらを降らせ、酒の入ったジョッキを掲げた。
その喜びはこれから生まれてくる子と長年の願いをかなえた彼に対する祝いであった。
周囲の人々はいつまでも若々しい彼が、半永久的にこの都市を栄えさせてくれると、半ば楽観的に考えていたに違いない。
だが、慶事は一転して凶事へと変貌した。
エリンの出産は無事終わり、男児が生まれたものの、彼女はしばらくして亡くなった。
産後、具合が悪いことが続いていたが、神官の努力も虚しく病状は悪化し、そのまま衰弱死してしまったのだ。
ルシャは悲嘆に暮れ、しばらくの間、執務を行うことさえできない状態が続いた。
今までルシャに頼り切りであったために、各所で混乱が発生し、治安も以前より悪化した。
幸い、これまでに整えられた制度によって、混乱の範囲は徐々に縮小したが、一刻も早い復帰を多くの人が求めていた。
それから1年して、ルシャはようやく落ち着きを取り戻した。
それは表立ってのものであり、周囲の人々はそれを理解していたが、彼が子と手をつないで街中を歩く姿を見た人々はひとまず安心したのだ。
その後、生まれてきた子の名前が都市の人々にも公開され、ルシャが執務に復帰することも告げられると、人々はようやく安堵した。
――これで元の状態へと戻るだろうと。
それから十数年後、彼に最期の時がやってきた。
執務中、彼は自室で倒れていたところを秘書官に発見され、ただちに高位神官が領主府へと召喚された。
ヒールをかけても容体が回復する様子は見られず、ポーションを使用した治療も効果は見られなかった。
誰もが取り乱し、部屋の外では忙しく走り回っていることが分かるほどには、慌ただしい足音だけが廊下に満ちていた。
そんな中、傍に待機しているメイド長のミーツとその娘はその様子を見ても、取り乱すこともなく、黙って目を閉じていた。そうなることをあらかじめ教えられていたかのように。
しばらくして、領地の視察に出ていたルシャの息子が戻ってくると、彼はそれまで静かに目を閉じていたかのように、ゆっくりと目を開け、息子を部屋に入れ他の者は出るように指示した。
ミーツは頷き、直ちに神官や医師を部屋の外へと追い出し、ルシャの息子を部屋の中へと招き入れたのちに、自身と娘を連れて部屋の外へと出た。
部屋の中で何が行われているのかと疑問に思う者、ルシャの具合を心配し続けている者、今後の領地はどうなるのかと不安に駆られる者、様々な感情が廊下を埋め尽くしている。
その状態が続いて十数分後、部屋の扉がゆっくりと開き、ルシャの息子が姿を現した。
「皆さん、父ルシャ・ブランは息を引き取りました。遺言に従い、私サージュ・ブランが領主を引き継ぎます」
ルシャと同じ緑色の瞳は、まっすぐ廊下に居た人々を見据えていたが、その声はかすかに震えていた。
大きな体躯を誇ったルシャとは対照的に、目の前に立つ青年は年相応の体つきで、いまだ威厳を纏いきれてはいない。
その震えが悲しみによるものか、それとも大任への緊張から来るものかは分からない。
だが――その声に宿る決意だけは、誰の目にも明らかであった。
ミーツとその娘は誰よりも早く膝をつき、忠誠の言葉を発する。
続いて背後に控えていたメイド達が、さらに警備の兵士達が。
やがて、すべての者が彼に膝をついた。
ここに新たなエ・ランテルの自治領主――サージュ・ブランの歴史が始まったのである。