【実質魔法少女】金髪褐色TSサキュバスの淫紋解消研究   作:ハーメルンに性嗜好を歪められた被害者

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用語解説

・魔素
 魔術を実行する際に消費される霊的エネルギー。いわゆる魔力。ただし魔力という呼称が包括的に魔術の能力全般を表す一方で、魔素は魔術によって消費されるエネルギーそのもの以外を表さない。




研究録:1 魔術生体工学のすゝめ(2)

 

『オレ様の魅了(チャーム)が効かないだとッ……!?』

『あ、あはは……』

 

 スミは、何の精神防壁もなしにオレの魅了(チャーム)が通用しなかった初めての相手だった。

 

 その日まで、サキュバスの流し目に気を違えない者はいなかった。

 勿論それは、魔術によって精神に防備を施している者には効き目が悪かったが、それでも多少は心を揺るがされたものだ。老若男女を問わず。

 

 それが、普通に立っているだけでも誰かの初恋を奪ってしまうこのオレ様の美貌を前にして、あまつさえ魅了(チャーム)まで使ってんのに全くの無反応?

 

 ありえない。そんなことはあってはならない。

 

 何故ならこのオレ様は、

 

 

 人類が誕生して以降、最も可憐で美しい超絶最高天才美少女だから!!!

 

 

『お、お、覚えてろよぉ!! 絶対にメロメロにしてやるからな! あとから好きだって言っても結婚してやんねーから!』

『いや、僕はそもそも君の許婚……』

『うっせうっせ! バーカ! 結婚したらお小遣い制にしてやるから! トーヘンボク!』

 

 それからオレは、ヤツを骨抜きにするために手を変え品を変え、悉くを試した。

 

『へー、読書が好きなんだ』

『う、うん』

『オレも読んだことあるぞ。いい本だよな』

 

 至近距離で話しかけ、距離を詰めたり。

 

『あ、あの、イロ……』

『…………』

『イロ……? き、聞いてる?』

 

 突然突き放してみたり。

 

『へー、スミ、結構手デカいな』

『あ、当たってる……! 当たってるから……!』

 

 挙句には胸を押し付けてみたり。

 

 なんてことを毎日やっているのに、ヤツの表情には一向に違いが表れない。

 

 これが他の男なら、オレよりも10も20も違う成人の男でも、途端にスケベなロリコンと化していたというのに。

 

『なー、なんでオレのこと好きにならねーの?』

『す、好きだよ。今も』

『嘘つけ! じゃあなんで胸とか尻とか触ろうとしねーんだよ』

 

 半サキュバスであるというだけで、男達はオレがエロいことに夢中な変態だと決めつけてくる。

 その気持ちは分からなくもない。実際にはそうでもないが、精気を糧に生きるというイメージが定着していることは否めない。

 

 だからずっと仕方ないと思っていた。これは仕方のないことなんだ、と。

 まだ12歳にもならないガキに発情してくる男がいることも、それが成人の男の子のみならず、自分よりも小さな子供や、60を超えた老人でも。

 

『す、好きだからって、そういうのは、違う』

『違くねーだろ。オレのこと好きだって言うヤツはみんな触ろうとしてきたぞ』

 

 そういう奴らも、ベタベタ触ってくるような男は嫌い、と言えば引っ込める。

 オレの気持ちを考慮しているからではない。オレのいうことを聞くのは、少しでもオレにいい顔をしたいから、というだけ。

 

 魅了は支配ではない。誤って危険な男を魅了すれば、無理やり手篭めにしてこようとしてくることもある。

 

『お前だって本当は……』

 

 全ては生まれが悪いのだ。サキュバスに生まれてしまったことが悪い。

 淫紋は常にオスが性的な欲求を著しく増大させるフェロモンを放つ。オレ自身の性欲をも高めてくる。要らんというのに。

 

 全てはオレが――――。

 

『それは違う。君の言うそいつらは、本当に君が好きな訳じゃない』

 

 普段はつっかかり気味の訥々とした喋り方のスミが、突然はっきりとそう言ったことには驚いた。

 

『僕は、〝君〟が好きだから、君の本音を遠ざけるようなことは、したくない……』

『…………』

『なんて、な、何を語っちゃって……僕は。ごめんね、偉そうなことを言って』

 

 その日から、オレはなんとなく、スミを無理やり魅了しようという試みはしなくなった。

 

『スミ、今日こそデスエメラルドオオカブト捕まえに行くぞっ!!』

『ま、待って、イロ! 君、日焼け止め……!』

『要らないって! 見ろよオレ様の健康的な小麦肌を! いいから行こうぜ!』

 

 代わりに、スミの手に虫網がある時にはオレの手にも同じものが、スミがイタズラを考えている時にはオレも手伝いをするようになった。

 

 

 安寧の日々の終わりは唐突だった。

 

 ご当主様に拾われ、スミの許嫁として生活すること、約2年になる頃だ。

 屋敷の別邸が突如として爆破され、そこから大量の武装した人間と魔族がなだれ込んできた。

 

『我々は〝真人党(しんじんとう)〟、我々は〝真人党(しんじんとう)〟! 正当なる人類史の後継者であるッ!!』

 

 真人党。

 

 各国の国家主席の同時暗殺に成功した、この世界で最も影響力のある組織。

 

 屋敷は一瞬にして火の手に包まれ、その家の血縁に類する者、そうでない使用人、偶然居合わせただけの客人……皆々が同じように追われ、殺された。

 

 あの日、東京で最も安全だとされていた高級住宅街は全て焼き払われ、逆らう者は皆殺しにされたのだ。

 

『お父様ッ……お父様ッ!!』

『私は、もう無理だ……スミ、お前達は……!』

 

 奴等はご当主様と奥様の死体を激しく斬りつけ、血みどろにしてから吊るし上げ、そうでないものは地面のシミとなるまで踏みつけにした。

 

『はぁっ、嘘だ、はっ、はぁ、みんなが……!』

『イロ! 止まるな! こっちへ!』

 

 たった二人、涙と鼻水で汚れた顔を拭こうともせず、オレ達は少しでも恐怖を誤魔化すように手を繋いで、必死に逃げ出した。

 

 逃げて、逃げ続け、小高い林を登り、わざと服を土に汚して草むらに紛れ、虫刺されと擦り傷で足を赤くしながら、必死に逃げ延びた。

 子供の小さな足では、1時間も走っていると骨が痛んだ。スミよりずっと体力の少ないオレが足を引っ張って、遠くまで逃げられないことが足よりも痛かった。

 

 オレ達は生家を目下に見える崖の前で、お互いが離れることに酷く恐怖して手を握り合い、火の手に踊る街の無惨な死を見届けた。

 

『僕達は生きよう』

 

 血と煤で汚れた顔を拭おうともせず、黒ずんだ瓦礫となった生家を遠くに見ながら、スミはそう言った。

 

 あの日、本心から笑わなくなってしまったスミの痛々しい笑顔を見た時、オレは決めた。

 

 彼がオレの空疎を満たしてくれたように、

 

 彼の心を癒すために、持てる全てを捧げよう。

 

 

 

「んー……」

 

 シキンちゃん、カルピスコーラにメロンソーダまで混ぜると、甘すぎて美味しくないよ……。

 

「室長! イロ室長! いつまでも寝ていないで、研究室の掃除をしてください」

「シキンちゃん……やめとけ……こっちのバニラオレのほうが……」

「バニラ……? 室長! 何を寝ぼけているんですか! ほら、早く起きる!」

「あえ、あー。やべ」

 

 淫紋解消研究に疲れて、寝過ごしてしまったようだ。枕代わりにしていた腕には、チャーチベンチの平たい跡が赤く残っていた。

 

「おはようございます。室長」

「はよぉー……シキンちゃん」

 

 オレの顔を見下ろすシキンちゃんの暗い赤褐色の髪が顔に垂れてきて、鼻をくすぐってくる。やめてくれ。オレにくしゃみをさすな。トラウマなんだ。

 

「はよー、ではないです! 私がたった1日留守にしている間に、何をすればここまで部屋を汚せるのですか!」

 

 シキンちゃんは散らかった本やコップを片付けながら、大いに吸って吐いた。これ見よがしに気鬱をアピールするのはやめてくれないか。

 

「淫紋影響下における生体間魔素動態ってタイトルの資料を探してたの」

 

 淫紋と魔力は密接に結び付いている。その増減についての資料を、部屋のどこかに保管しておいたはずなのだが、どっかいった。

 あの資料は絶対に必要だ。淫紋の解消をしようにも、まずは淫紋を持続させる魔素の供給プロセスを阻害しておきたい。

 

「まーた不利益な研究で時間を無駄に……」

「何をぉーう……? 助手が生意気な……」

 

 淫紋解消は、全ホワイトカラーサキュバス共通の夢にして、急務だ。

 不意の発光や性的欲求の増大、そしてフェロモンの常時分泌をまとめて解決できるのだから。

 

 発するフェロモンが激しすぎるあまり、暴走した男性が刃傷沙汰を起こすとか……

 

 性欲増大の症状が強すぎるせいで、性産業でしか働けないとか……

 

 このような淫紋由来の副作用に悩むサキュバス達が、正常な社会生活を送れるようになる。

 

「いいから、早く起きてください! 今日は内在魔力の増減と体細胞分裂の相関を検証で教えてくれるって言っていたじゃないですか!」

「あぁー……そーだった」

「もう。掃除は私がしておきますから、せめて体を起こして」

 

 こうして研究を重ね、そのうち偉い人達の前で、つまらん実験の成果物を発表しなければいけないのだ。

 魔力と生活反応の比例曲線を詳述した資料があるはずだ。壁際の棚にしまったんだっけな。

 

「起きて探してくださいよ。だらしないです」

「んー……」

 

 確かこの辺りの棚に……。

 

 ドサドサドサッ!!

 

 と、大きな音を立て、棚の上に乗せていた紙束が雪崩れ落ちてきた。

 

「おわああぁっ!?」

「し、室長!!」

 

 薄い層ができるほど埃を積もらせていた資料の山が、オレの体にのしかかってきた。死ぬほど古紙くさい。

 

「ぺっ! 口に埃入った……!」

「汚いなぁ……検証の前に、眠気覚ましでシャワーでも浴びてきたらいかがですか?」

「そーする……」

「ほら、さっさと起きる! 掃除の邪魔ですよ!」

 

 この白衣も着替えなければ。いかにも学者っぽくていいだろ! と思い、普段着にしているが、キャラ付けに失敗している感が否めない。

 

 

 

「はぁ、美しすぎる……」

 

 このオレの美しすぎる小麦肌は、オレからすればもうドチャシコ激エロ最高絶世の美女スキンなのだが、世間では美白美白と叫ばれているのが残念だ。

 

 その割には、このオレ様のこの生糸のように美しすぎる金髪に、メリハリのある体つきは、男の下卑た視線を集めて仕方がない。

 淫紋解消研究の賜物で、多少(ホントに多少)はフェロモン分泌を抑えられているというのに、昔からオレの爆モテ伝説は止まらない。

 オレがまだ10歳の頃に、40過ぎのおじさんが求婚してきたほどだ。既婚者だった。

 激怒した奥さんに半記入済みの離婚届を叩きつけられていたが、今頃どうなっていることやら。

 

 我ながらモテすぎて困っちゃう。ウソ。死ぬほど気分がいい。優越感がすごい。

 

 はあぁ……美しすぎるってのもある種の試練みたいなものだよなぁ。道行く男を惚れさせて、叶わぬ恋心を抱かせてしまうなんて……。

 

「オレって罪作りな女……」

「なーにを言ってるんですか、小娘が」

 

 脱衣所の壁に貼り付けられた姿見の前で、自分のスーパー美ボディを見て満足感に浸っていたところ、三角巾を被ったシキンちゃんが横槍を入れてきた。

 オレと入れ替わりでシャワー室を利用する気のようだ。掃除で埃っぽくなってしまったらしい。

 

「私より年下のくせに、お色気でいこうとするのはやめてください」

「オレのほうがおっぱいデカいけど」

「このっ!!!」

「いッッッたい!!」

 

 バシッ、と、胸の側面をぶっ叩かれた。上司に手をあげるヤツがあるか。

 

「オレ様の柔肌に傷が付いたらどーする!」

「室長なら簡単に治せるでしょ」

 

 そういう問題ではないだろう。そもそも、暴力はよくないと親に習わなかったのか?

 

 ……まぁいいや。インナーはもう着ているし、白衣を着てさっさと出てしまおう。この後の検証のための準備もあるし。

 

「室長ってすごい格好ですよね」

「そーか?」

「金髪に、褐色で、それに白衣って」

「いいじゃん」

 

 白衣の下はブラタイプのスポーツウェアとホットパンツ。サンダル。靴下は感触がキモいから履いていない。

 このスタイルで生活すること4年。もう私服とかどうすればいいのかも分からない。教えてくれる人もいないし。

 

「白衣の下が薄着すぎませんか? 生脚見えてていかがわしいんですけど」

「え、何ー? シキンちゃんてばオレのことスケベな目で見てる訳ー? こわぁーい。シキンちゃんのエッチ。エローい。エロ貧乳――――」

「殺すわよ」

「ちょ、こんなとこで杖出すヤツがあるか! というかオレ上司! 直属の上司!」

 

 シキンちゃんの身長よりも長さがありそうな杖が突然出てきて、発熱するほどの魔力を溜め始めた。

 

「次はないです」

「ちょっとしたジョークだろ。怒りんぼ」

「ジョークじゃなくてセクハラです」

 

 先に人のことを小娘呼ばわりしてきたのはシキンちゃんのほうじゃないか。

 

「はぁ……もういいです。どいてください」

 

 シキンちゃんはそれだけ言うと、知らぬ間に脱いでいた服を丁寧に畳んでからロッカーに入れ、オレの横を通ってシャワー室の中に入っていった。

 

 

 

「シキンちゃん、準備いいかー」

「はい。いつでも」

 

 オレとシキンちゃんは、魔素を安定化させた白い大部屋の床に、協力して巨大な白いコピー紙を広げていた。

 

「じゃあ、事前の説明通りに、オレの眷属を召喚してみて」

「わ、私がですか?」

「これも練習な。魔術生体工学じゃ、召喚の魔術は頻出だぞ」

「私、実践杖術専攻なんですけど。杖術で召喚するのじゃダメですか?」

「ダメ。式でやらないと再現性がないでしょ」

 

 シキンちゃんが術式を、オレが安全確保のための魔法円の外周を、コピー紙の上に設計する。

 

 術式の記述自体は一瞬で済む。わざわざデカい筆を持ってきて、手書きで書き込む訳ではない。

 あらかじめ出力を制御した魔術によって、紙面に術式を焼き付けるのだ。魔術をコーディングに喩えるなら、コピペの重要性は理解できるはずだ。

 

「いいぞ。喚び出して」

 

 魔法円、内部術式の両者が揃ってから、オレは円外に出てシキンちゃんに促した。

 

「あの、魔法円の形式というか、私の制御下にない術式を、私の魔力で動かすのは……」

「何だよ情けないなー。パワーでいけよ」

「それができるのは魔力量がケタ違いのイロ室長だけですよ!」

 

 てへ。褒めるな褒めるな。

 

 確かにシキンちゃんの言うことに理がある。オレの制御式で動作している魔法円内では、オレの影響がより大きい。

 そこに横槍を入れて魔術を発動させようというのは、流石に無理難題だったか。

 

「仕方ない。オレの得意魔術で介助すっか」

「最初から室長がやればよくないですか」

「それじゃシキンちゃんが成長しないだろ」

 

 と言ってもやることは簡単、シキンちゃんに程度を抑えて魅了(チャーム)の魔術を使うだけ。

 オレは右手の人差し指の先に魔力を込め、彼女の額を軽ーくデコピンした。

 

「ほい、オレのことどう見える?」

「え……美少女です。天才美少女。偏屈なおじさんばっかりの魔局を彩るスーパーアイドル」

「よし」

 

 いつもなら「生涯処女確定拗らせ淫魔」と言ってくるところだ。

 

 あれ? やっぱりもしかしなくてもオレ、こいつにナメられてる?

 

「あー、これ……もしかして、これが室長の得意なスケベ魔法ですか?」

幻夢魔術(アルプマジック)!! 人聞きの悪い言い方するな!!」

 

 エロ目的じゃなくて、人身掌握とか懐柔とかに使うモンなの!

 

「〝イキやすくなる魔法〟のどこが人身掌握なんですか」

 

 うるさいぞ! 房術だって人身掌握の一種みたいなものだろ! 少なくともオレなら反応がいい女のほうが好きだから。

 

 ってそうじゃねーよ!!

 

 人をバカにしやがって……こっそりお前の身体に高出力で〝イキやすくなる魔法〟をかけて、家でオナッた瞬間に脳内麻薬の廃人(パー)になるように仕込んでやろうか。

 

「ほら、この天才美少女イロ様に魔素が同調してる間に、さっさとやれ」

「あ、はい」

 

 シキンちゃんは魔法円に右手をかざし、その空中に三つの三角形が交差した九芒星を生み出した。

 

 ドシュッ、と大きな物体が魔法円の上に落ちる音がした。

 制御し損じた分の魔力が光や熱エネルギーとして発散されるのをやり過ごしてから、魔法円の中を窺ってみる。

 

「で、出た……成功しました……!」

 

 光の中から出てきたのは、蠕動する赤白い大腸の集合体のような生物だった。

 

「成功……! せ、成功……? 何これ……」

「おー、当たりだね」

 

 

 サキュバス印の触手くん6号。

 

 

 淫魔に属する者に喚び出すことができる眷属にして、性快楽拷問用。

 

 不感症を診断された女や、長らくEDを患っている男でも、これに捕まれば性行為のことしか考えられなくなるヤバい生物だ。

 常人ならあまりの快楽に自律神経に重篤な後遺症を患い、サキュバスでも並みの者なら、泣き叫びなから逃げ出すほどのテクニシャン。らしい。

 

「やっぱりスケベ魔法じゃないですかっ!」

「違うってば!! 戦闘能力もあるの!」

 

 戦闘に特化した使い魔には足下にも及ばない、ということは黙っておこう。

 

「シキンちゃん試してみる? 文字通り死ぬほど気持ちいいらしいよ」

「嫌ですよ。室長は使ったことあるんですか」

「ないよ。怖いし」

「そんなもの勧めないでください」

 

 オレは怖くて近寄ったこともない。そもそも普通の男女間の行為自体、未経験だし。初めての相手はもう予約済みなのだ。

 だからこそ魔法円の中に喚び出した。万が一暴走などして、コレに女の自覚を植え付けられたくなどはない。

 

「これ、検証に使えるんですか?」

「ダメだな。言うこと聞かないから」

「失敗じゃないですか! ならこのキモいのさっさと送り返しましょうよ! 術式を占領されてるじゃないですか!」

 

 性快楽を与えるという機能に特化したあまり、他の触手生物のような高次の認知機能は著しく低下している。

 呼び出されれば、獲物に生まれてきたことを後悔するほどの快楽を与えて、去る。これだけ。

 

「ほら、次いきましょうよ」

「…………」

「何黙ってるんですか。早く――――」

「無理」

「は?」

「その、性的に略取するまでは……」

 

 6号くんが恐れられている理由は、満足するまで絶対に魔界に帰ってくれないことだ。

 この触手が満足する頃には、女も男も涙と鼻水で顔面ぐちゃぐちゃ。体の至るところから何らかの汁を吹き出しながら死ぬ。快楽で。

 

「あ、あー……あのさ、シキンちゃん? この子に一晩任せれば、すっごい――――」

「ふざけんじゃないわよ!! 私がこんな悍ましい生物に肌を触れさせる訳ないでしょ!!」

「いいじゃん!! 元々珍しい経歴でウチに入ってきてるんだから、そこにちょっと面白い経歴が追加されるだけだって!」

「死因が触手のエロ拷問は経歴として面白すぎるでしょうが! 室長こそサキュバスなら触手の一つも満足させてやりなさいよッ!!」

「嫌っ!! 無理!! 怖いっ!!」

 

 

 

 結局6号くんには、哀れな魔導実験用マウスくんを与えることで事なきを得た。

 

「う、うわー……ネズミがエロ漫画みたいなアヘ顔になってますよ……」

 

 顔を真っ赤にしながら、シキンちゃんは6号くんの(性的な)捕食シーンを観察していた。提案を受け入れた場合の自分の姿でも重ねて見ているのだろうか。

 

 これは酷い。ネズミ1匹から出ているものとは思えない量の体液が触手を濡らしている。

 オレやシキンちゃんが軽はずみに体を使わせていたならば、2度と研究なんて言えない体にされていたところだったな。

 

「かわいそうに……バカサキュバスのせいで尊い命が一つ失われるんですね……」

「オレの魔力を変換した生命力を無理やり供給してるから死なないよ」

 

 ネズミ1匹程度の生命力なら、オレの淫紋に内在する魔力の0.001%にも満たない。

 魅了してオレの魔力を内通させることで、ネズミの脳中の伝達物質の量や神経疲労にも多少手を加えている。

 つまり、エロゲの都合よすぎる設定みたいなことを無理やり実行し、報酬刺激の過剰を起こしても、シグナル感受性や気力に影響がないようにしている訳だ。

 

「それはそれでかわいそうでしょ。このマウス今後一切普通の交尾できないですよ……」

 

 まぁいいじゃないか。むしろ他のネズミには絶対に経験できない(トラウマ級の)快楽を与えられた幸運なネズミ、ということにならないか。

 

 ならないか……。

 

「室長、私達で責任持ってそのマウスの面倒見るんですからね」

「はい」

 

 名前どうしようかな。

 

 

 

「くしゅ……あー、こわ」

 

 単なるくしゃみだとしても、オレにとっては来世へのスターターピストルに等しい。

 あの傷ましい記憶が頭に残り続ける限り、オレは今後一切、気分よく大声でくしゃみをすることはできない。

 

 不発弾が人を殺さないように、我慢し切らない程度に勢いを抑えたくしゃみも、オレを殺さないのだ。

 

 というか、オレ様がそんな理由で死んだとあっては人類の損失だ。

 この美貌が世界から失われてから次の日は、地球上のどこでも2度と日の出を観測できなくなるだろう。

 

 あ、やべ、くだらない考え事をしていたら、また埃が……。

 

「へ、へ、くしゅ……!」

「室長、くしゃみ止まりませんね。ネズミのせいでしょうか」

「アレルギーってことか……?」

 

 シキンちゃんは、あの快楽地獄を生き抜いた功労者(功労ネズミ?)にペレットを与えながら、心配げにこちらを振り返った。

 

「私が飼育しましょうか?」

「アレルギーが原因なら、魔術使えばヘーキ」

 

 オレはその辺のメモ帳を破ってそこに術式を描き、シキンちゃんに手渡した。

 

「それ、ケージの下に敷いといて」

「何ですか、これ?」

「いいから」

 

 術式は魔法円内の生命反応に呼応して、ケージの下で発動した。

 

「あ、ケージがやんわり光ってる」

「空気は通して、アレルゲンだけをケージ内に閉じ込めるんだよ、それ」

 

 多少意味を取り違えている比喩になるかもしれないが、抗原抗体反応を参考にした、簡単な排除機能だ。

 

「どういうことですか?」

「術式が抗原提示の役割をしてるの。魔素は魔法円の中限定で、獲得免疫として振るまう」

 

 特定の物質あるいは成分に対してのみ防壁として機能する。

 これを応用すれば、例えば味方への攻撃は遮断しつつ、敵への攻撃だけを貫通させられる盾を作れる訳だ。

 

「出た、専門家特有のジャーゴン連発。もっと分かりやすい言葉で教えなさいよ」

「お前な……高校生物だぞこんなの!」

 

 仮にも研究者だろ。少しは自分で考える素振りくらい見せろ。

 

「ざっくり言うと、嫌いなもんだけ仲間外れにできるようにしてるの」

 

 ま、実際の戦場には同じ規格、同じ構成、成分の銃弾が飛び交う。敵味方の攻撃を仕分けるには、単純な性質分け以外の条件が必要となる。

 実戦で使えるほどの選択盾を造れるのは、オレ様くらいのもんだ! ガハハ。

 

「へー、また小器用な魔術を使いますね」

「小器用って上司に対する褒め言葉か……?」

 

 この術式もオレの開発なんだぞ。魔術研究にも国防にも応用されてるすっごい術式なんだぞ。

 生活の中で使われている魔法円式魔術の3割がオレの術式だというのに、シキンちゃんは全然オレを敬う様子を見せない。

 

「なんでもいいですけど、ここで飼えるなら、室長が名前付けてあげてくださいよ」

「オレが? 思い付かないな……」

「じゃあ私が付けますか? サバイバーとかどうです? あの快楽の暴流を生き抜いた生存者(サバイバー)

「センスなし。つーかさっきの件は、シキンちゃんの責任もあるんだからな」

「ぶー。だったら早く室長が付けてください」

 

 しかし、名前と言っても、咄嗟に思いつくものではない。

 ネズミ、ネズミ……例えばその動物の出所を由来にするのはどうだろうか。そうなると……。

 

「あ、思い付いた」

「何がですか?」

「ネズミの名前」

 

 こういうのはどうだろうか。

 

「オナリモン」

 

 この繁殖個体は、御成門の辺りをチョロチョロしていたドブネズミを捕獲し、繁殖させたものだ。

 体内の魔素勾配を調整し、体組成をハツカネズミに近付けている。より繁殖しやすいように。

 

 いいじゃないか。御成門。頑丈な響きだ。これからの実験にもさぞ役立ってくれそうな予感がする。

 

「あ、え……? な、何と……?」

「だから、オナリモン」

 

 断じて卑猥なデ◯モンとかではないから。あの触手くんの快楽責めを生きて帰ってきた戦士に送る立派な屋号だ。

 オナ……のところに何らかの含みを感じるようなヤツは、自分がスケベなん人のせいにしたらあかんよ。

 

「オ……そ、そうですか……」

「なんだよ」

 

 いい名前だろうが。何か文句あるのか。

 

 





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