【実質魔法少女】金髪褐色TSサキュバスの淫紋解消研究   作:ハーメルンに性嗜好を歪められた被害者

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用語解説

幻夢魔術(アルプマジック)
 淫魔(サキュバス、インキュバス)が得意とする精神系に作用する魔術。
 脳波や神経伝達物質への介入、報酬系を増減させ、正常な思考力を妨害することで、任意の精神的リアクションを誘導する。
 可能なのはあくまでも〝誘導〟であり、必ずしも精神操作が成功する訳ではなく、術者の魔力の他に、外見、会話能力に左右される。




研究録:1 魔術生体工学のすゝめ(3)

 

 光を見た。

 

 

(オレは、戦った。戦ったんだ…………)

 

 こんな淫魔を引き取って育ててくれたあの生家の仇を討つべく、〝真人党〟の幹部を襲撃し、多勢に返り討ちにされたところであった。

 

『卑、怯者……め……』

 

 万全であれば、たとえヤツがさらに数百の軍勢を以て襲いかかってこようと、問題なく討ち取れるはずだった。

 しかしこの非道なる悪徒は、こともあろうに子供を人質にして、その隙に後ろから部下にナイフで襲わせた。

 

『人質、さえ……いなければ……』

『事実を知るのは貴様だけだ。小娘』

 

 あまつさえこの男は、敵を弱らせるという試みが成功したならば、あとは不要とばかりに、罪なき子供を斬り殺したのだ。

 

『そして貴様が死ねば、事実をも斬り伏せられる』

 

 彼らの、罪なき者らの仇を取るはずだった。

 

『貴様の首を手土産に〝真人党(しんじんとう)〟の上級統括官となり、それを以て我が刀の錆となった者への弔いとしよう』

 

 復讐に濡れて重くなった両手は地に縫われ、足は鉛のように重く、血が止まらない。

 霞む視界の一部に黒い影が走る。仰向けに倒れた頭上では、振り上げられた大太刀が、その役目を果たす寸前であった。

 

(みんな……)

 

 あとは、何の復讐も果たせないまま死ぬだけだと悟ったその瞬間。

 

 

『ああ……分かってる……』

 

 

(何……?)

 

『きッ、貴様、何者ッ……!?』

 

 頭上近くまで振り下ろされた巨大な黒ずんだ刀身が、何の変哲もない普通の打刀を持った少年に、片手で押し止められていた。

 

『義理あって、あなたを斬ります』

 

 やや幼くも、精悍な男のそれになりつつある少年の声が聞こえた。

 

 見上げるばかりでは彼の顔は見えないが、オレはその声の主を知っている。

 聞き慣れた高低混じりのあどけない声に、オレの肩から力が抜けていく。

 

『小僧!! 何を名乗れ!!』

 

 その大太刀はそこらの刀とは造りが違う。絶えず血を滴らせ、火を纏い、その熱で打ち合う敵の刀を殺す。

 だというのに、少年は死体の中から適当に拾った粗末な刀で、あの大太刀を相手に正面から切り結んでいた。

 

 押し込まれるどころか、大太刀の苛烈な叩き付けを軽やかに受け流し、汗一つかいていない。

 風を受ける柳のように、中洲に割れる河川のように、少年は大振りを全く取り合わず、わざと男に刀を振らせ、体力を削っていた。

 

『その、太刀筋、もしや〝霊剣〟ッ……!!』

 

 突如として、彼の持つ刀の切先が目で追えなくなる。

 それはオレだけではなく、オレ達の仇の男も同じ様子であった。

 

(スミ)と言います。さよなら』

『き、きさ――――ッ!?』

 

 

 あの日、オレは霞む視界の中で光を見た。

 

 瀕死の危機に見た光は、天からの迎えを表す白いカーテンでも、情緒的な希望の象徴でもなく、

 

 二分された男の死体の間から差した、単なる太陽の光だった。

 

 

 

「これはどういうことだ。イロ」

 

 魔術安全保障局の局長、つまりオレの上司は、煤と瓦礫の山と化した魔素室を見回しながら、こめかみに血管を浮かせた。

 

「ちょっと待ってください。今いい感じの言い訳を考えてるところなんで」

「そうか」

 

 オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()魔素室の瓦礫を掃除しながら、冷や汗を拭った。

 

「これは、あの。アレです。オレの屁がデカすぎてその風圧で」

「そうか」

「いや、じょ、ジョークじゃないすか! ホントはアレです。実験の課程上仕方がない現象というか」

「そうか」

「か、かわいげってヤツですよ! オレってば天才すぎて隙がないから、たまにこういう遊び心を見せておかないとね!?」

「そうか」

 

 まずい。局長が「そうか」しか言わなくなった。

 

 ダメだ。ここはアレでいこう。

 

「よっ! 御堂(ミドオ)局長の男前! イケメン! 天才! モテモテ! 魔術局内の抱かれたい男ランキング3年連続優勝!」

 

 必殺、美少女に褒められて悪い気になる男はいない作戦ッ!!

 

 これでオレ様は数多の野郎共の溜飲を下げ、鼻の下もデロンデロンに下げてやってきたのだ。

 オレのこのスーパー美少女スマイルに抵抗できる男など、この世に一人も――――!

 

「戒告」

「ヒェッ……」

「減給」

「アァッ……!」

「諭旨解雇」

「オワアァァァー……‼︎」

 

 なぜこんなことになってしまったかというと、話は今朝にまで遡る。

 

 

 

「ミドヲ局長に怒られた、ですか?」

 

 突っ伏していたオレの頬に、シキンちゃんが淹れたばかりのココアのコップを押し付けてきた。熱い熱い。ヤケドするわ。

 

『あまり技術を腐らせていると、第5を解体して別の研究に付かせるぞ』

『つ、次のコンペはいいモン出します!』

『覚えておこう。確と

 

 魔術安全保障局の全権を握るあの男に、オレは頭が上がらない。我々室長の局内での去就は、全てあの男に委ねられているのだ。

 

「オレ様の天才的開発を採用しねーのはお前だろうがって話よ」

 

 今の第5研究室の評価はこう。

 

『無駄に高度なおもちゃを作り出すイロ室長の遊び場』

 

 不名誉だ。必死こいて仕事してるのを最初に遊び呼ばわりしたヤツは誰なの。

 

「そんなの当然です。キモい触手のガラクタばっかり作ってるから」

「キモくない」

 

 やはりこう、魂がサキュバスの形をしているからだろうか。何故か触手という生物に対して多大な魅力を感じるのだ。

 性的にではなく、造形としてと言うべきか、存在そのものが気に入っている。

 

「実際、性能はいいんですから。あとはあの最悪な造形とネーミングを何とかすれば、すぐにでも採用されますよ」

「触手くん達はかわいいだろぉっ!?」

「かわいくないです。あんなの性欲と支配欲の塊ですよ。穢らわしい」

 

 なんて言い草だ。触手くん達には一切悪気はないというのに。

 

「あのね、触手だって生き物なんだから当たり前だろ! シキンちゃんだっていつか彼氏とかできた日には配偶子を組み合わせて繁殖するんだろうが!」

「何ですかその言い方! 白馬の王子様と愛の結晶を作るって言ってください!」

「同じだろ! 何歳だお前!」

 

 触手くん達は繁殖、つまり種の保存という本能に従って、人間や魔族のメスを繁殖に利用しているだけだ。

 全ての動植物に共通する究極的な目的を全うしているに過ぎない。歴史において個ではなく行として存続することには、人間にも魔族にも同じ理念がはたらいている。

 

 それが全裸で苗床とか、孕み袋とか、感覚遮断穴とか、感度3000倍みたいな……

 

 人間基準で見るとちょっと過激に見えちゃうってだけなの!!

 

「室長がどう思っていようが、あのグロテスク路線でいくなら、一生評価されませんよ」

「うむむむむ…………」

 

 確かに、今から奴らのカチカチ頭にセンスというものを教育してやるよりも、オレ様が折れてやるほうが早いか。

 

 あー、イロ様ってば優しすぎ。天才。

 

「キモい顔してないで、()()進めましょうよ」

「この完璧美少女を捕まえてキモいはないだろ!」

「あーもー、分かりましたよ。室長はお美しいですよ。かわいいかわいい。美少女美少女。これでいいですか」

 

 死ぬほど言い方に引っかかるがまぁヨシ!

 

()()はなぁ。進めたいのはやまやまなんだけどさぁ」

 

 実験段階の直前で停止している研究が一つだけある。あまり魔術生体工学に関連しないものだが、確かに成果を見込めそなうものが。

 

「やっぱ安全面がさぁ」

「それを測るための実験でしょ? それに、危険と言っても無人じゃないですか」

「んー……」

 

 彼女の言う通り、実験は無人でおこなう。実験前に部屋の周囲には人払いを施しておくし、人的被害に関してはリスクを抑えられているはずだ。

 

「この()()()()()()()が成功すれば、何千という魔術師が全く新しい魔術に挑戦できるようになるんですよ! 絶対に優先するべきです」

「まあなぁー……」

 

 魔素解釈なんちゃらとか小難しい言い方をしているが、つまりは観測者の定義によって魔素の振るまいを好きに設定できるというロジックだ。

 

 もっと簡単に言えば、誰でも好きな魔術を使えるようになるということ。

 

 これか人体や魔族で可能になれば、実質的に魔術の種類による得意不得意が存在しなくなる。

 オレの得意な幻夢魔術(アルプマジック)も、誰でも使えるようになる。文字通り誰でもだ。

 

「何がそんなに不満なんですか!」

「不満はないけど……」

「ないなら今すぐにでも始めましょう。騒ぎになるのが面倒とか言いませんよね」

 

 この研究が公になれば、これまで以上にオレ様の名前が世界に轟くことは想像に難くない。それほどの絶大な結果が見込める研究だという自信はある。

 あるいは利権や成果を狙って研究室に侵入する者や、オレを殺してしまおうと考える者が出てきてもおかしくはない。

 

 耳目が集まる価値のある実験である。それは確かなのだが。

 

「触手関係ないからなぁ」

「今すぐやりますよ!!」

「はい」

 

 研究室を閉鎖され、シキンちゃんを路頭に迷わせる訳にはいかないか。

 

「まぁー天才のシキンちゃんと超天才のオレ様がいれば、できねーことなんてねーか!」

「そーです! 私達すごいんですから!」

「だよな!」

 

 主席と飛び級が揃ってるんだ。この天才のコンビが失敗する訳がなかったわ。

 

 ガハハ!

 

 

 

 冒頭に戻る。

 

 というか、破壊痕の甚だしい現実に戻る。

 

 現実とは全く非情なもので、数時間を遡る程度のお手軽な走馬灯では、処分を回避するためのナイスな言い訳は思い付かなかった。

 

「つまり、魔素解釈不定化(まそかいしゃくふていか)の応力によって生じた魔素疲労が原因と?」

「そ、そうです……」

 

 前者に来る用語がなんだかうざったい漢字の並びだが、原因の根幹は魔素疲労のほうにある。

 

「厳密には、不定化した魔素への情報的な賦形操作をおこなう際に、魔素内に生じる応力が疲労を起こしています」

「もう少し噛み砕いて言えないか」

「何者でもない状態にした魔素に、属性を付けようとする時に、魔素が嫌がるんです」

 

 長いばかりで美しくない数式を持ち出すのはオレの美意識に反するので、端的に言い表してみよう。

 

 まずこの解釈不定化というのは、魔素を器として見る観測形態だ。その器に任意の情報を賦形することで、好きな魔術を再現する。

 ただ、情報負荷に対する内部抵抗、つまり魔素の()()が何度も発生するような、持続的および多量な情報を付与しようとした場合に、魔素が破壊され、高密度エネルギーに変容する。

 

 よってドカーン、という訳。

 

「ふむ……」

 

 ミドヲ局長はストレス性の若白髪に手ぐしを入れながら、残骸の中で思索に耽り始めた。

 

「あ、あの……」

「魔素疲労というのは、絶対に回避できない現象なのか?」

「え?」

「この実験は何度やっても同じ失敗を繰り返すのかと聞いている」

「あ、ああ、いえ。今回の大惨事は、魔素にかかる情報負荷の程度によるものなので、単純に賦形する情報を小さくするか、回数を減らせば起こりません」

 

 おそらくはシミュレートの段階で計算を間違えたのが原因だろう。

 座標系やらエネルギー量を再定義、再計算して、安全マージンを大幅に修正すれば、少なくとも魔素室が丸々消し飛ぶようなことにはならない……はずだ。

 

「その〝不定化〟については、大多数の魔術師にも再現可能な見通しはあるのか」

「あ、あります。今のところはまだオレ……私個人の術式に魔素を添加し、特殊な軌道で認知系に干渉するしかありませんが、いずれは……」

 

 不定化した魔素への情報賦形の失敗、つまり今のような爆発が問題なのかといえば、そうではない。

 今のところ、オレの制御下にある魔法円内に限定される。それも、精密に魔素の勾配と生体反応を調整した魔素室でしか不可能だ。

 

 というのも、不定化した魔素は、その字面からも察せられる通りに不安定な物質なので、情報の賦形操作が遅れても、やはり暴発するのだ。

 その問題が解決できていない。ノイズのある環境で、迅速な不定化、および解釈の決定をおこなうことは不可能に近い。

 

「いずれというのは、具体的にいつだ」

「どーでしょうかね……早ければ一年で、悪ければオレが生きてる間には無理かも」

「なるほどな……」

 

 高エネルギー体に変換して暴発した魔素の鼻につくオゾン臭を振り払いながら、局長は瓦礫を踏み躙って意味ありげに笑った。

 

「やってみろ」

 

 

 

 局長権限で突然降りてきた莫大な研究費の採算書を何度も目視で確認しながら、オレは内心にかかる冷や汗を拭った。

 

 あの爆発は結局、お咎めなし。さしものオレ様も局長の正気を疑ったが、不問にする、と言質までいただいた。

 

「ふぅー。チョロいぜ」

「声震えてますよ」

 

 局長にバレてから、研究はこれまでが嘘のようにスムーズに進んでいる。

 あの事故からまだ3日やそこらしか経過していないが、このままいけば当初の研究計画を大幅に短縮できそうだ。

 

 まず金があるというのがいい。金がなければ何もできない。やはり金だ。金金金ェ!

 

「やっぱり早く言うべきだったんですよ」

「だってさぁ。変に話してビックプロジェクトにされると、他の研究者達が群がってくるじゃん」

 

 実際、研究が局長を介して魔術局内に広まってからこっち、一枚噛ませてくれ、という研究室や研究者が後を立たない。

 

「素人共に勝手されたら、3日前の10倍の被害になるぞ。魔素室どころか、魔術局が丸々吹っ飛んでもおかしくねーじゃん」

「それは、まぁ、そうかもしれません」

 

 共同研究とか、設備の貸与を条件に名義の並列を求めてくるとかはまだいい。こういうのは健全な交渉だ。

 どいつもこいつもオレの求める技術水準にないので、お断りだということに目を瞑れば。

 

 問題は熱心にこの第5研究室にやってきて、ここまでのレポートや結果を査読させろとか言ってくる偉い研究者さんだ。

 

 こういうのはつまり、査読と称して、現在秘匿させてもらっているオレの成果や研究の核心部を盗み見ようとしているのだ。

 それを自分の功績として世に発表したり、オレのここまでの実験を元に、無理な研究をしてでも自分が成果を出してやろう、という輩なのだ。

 

「あれ、でも昨日からそういう人、一人も来てなくないですか?」

「ああそれ、局長に泣きついた」

 

『なんとかなんないっすか、こういうの』

『局長の差配であると言っていい。場合によっては実力行使も許可する』

 

 どんなに偉くて業界に長くいる諸研究者方でも、ミドヲ局長の眼光の前には形無しだ。なぜならあの歳若い局長が、魔術局の全権を握っているから。

 その庇護下に預かれる身としては、射倖心や名誉欲を排して、研究の保護を第一義に考えてくれるのは非常にありがたい。

 

『ただし、研究結果については今まで以上に細かく報告しろ』

 

 ちょっと面倒な約束事も付いてきたけど。

 

 

「――――ま、そのおかげでこういうきな臭いヤツを捕まえられるんだけどね」

 

 

 オレは()()()()()()()()()()()()()()()侵入者を横目にして、書きかけのプレゼン資料を閉じた。

 

「こいつがどこの差し金かを聞き出すとするか」

 

 猿ぐつわをして、黒い袋を被せた上で、筋弛緩の魔術にかかった男は、両手足を拘束されていることもあり、微動だにせずおとなしくしている。

 

「ありがと、シキンちゃん。捕まえといてくれて」

「研究室の保全も、私の役目です」

 

 部下が荒事もできるというのは頼もしい。オレが留守にしている間も、見張っていてくれる人がいるというだけで、安心感が違う。

 

「それにしても、よくも厳重な魔術局の警備を突破できたな……」

「これ見てください。第4の名札を首に下げていました。正式に採用され、潜入していたものと思われます」

 

 名札を見れば、おおよそではあるが、勤続年数を類推できる。劣化の工合や色合いからして、3年前の大量雇用の際に紛れ込んできたのだろう。

 局に配置される局員、職員達は、非常に厳密かつ厳格な審査によって選別される。

 

 それをパスし、数年間局員達を騙し続けてきたというのは、ちょっと信じ難い。

 幸運が続いたか、この潜入者が相当に騙しの手練に長けているのか……。

 

「内通者がいる、とか思ってますか?」

「まさか。魔術局にそんな暇人はいないって」

 

 さて、局の警備に引き渡す前に、聞きたいことを全て聞き出しておこう。

 

「何から聞こうかな」

「地下の作業部屋、空いてますよ」

「ここでいい」

 

 ここは謂わば、オレの領域(テリトリー)だ。数十では足りない種類の魔術的防備が張り巡らされている。

 魔術による()()()に対する防衛も完璧だ。この部屋には四重の暗黒化魔法円が配置されており、オレの許可していない魔素の気配を一切遮断する。

 

 つまり、この部屋に対して、およびこの部屋の中で十全に魔術を使えるのはオレだけなのだ。

 所属研究員のシキンちゃんですら、オレの許可がなければ魔術が使えないようになっている。物理的に。

 

「そいつ、そこ座らせて。袋も取って」

「はい」

 

 オレのベッド代わりとなっているチャーチベンチに男を座らせて、シキンちゃんはその顔を覆う黒いビニールを取り去った。

 

「ほーん。結構歳いってんな」

 

 どんな若い鉄砲玉かと思えば、局長よりも一回りの人生歴を感じる、額の横ジワの深い男だった。

 

「オレ様のあまりの美貌にストーカー化しちゃった人かな。やっぱ」

「室長、真面目にやってください」

 

 男は無言でオレを睨みつけ続けた。

 

 残念。ここにオレ様の和みトークに付き合ってくれるヤツはいなかったか。ユーモアの欠如だ。この先がつまらんぞ。

 

「その猿ぐつわも取って」

「いいんですか? 会話文に口頭術式を混ぜられでもしたら……」

「この部屋で魔術が成功する訳ない」

「それもそうでした」

 

 シキンちゃんは男の髪の毛を乱暴に掴むと、口にかかる布だけを魔術で焼き捨てた。

 

「げほっ、ごはっ……!」

「きったね。オレの部屋で飛沫飛ばさないで。誰が掃除すると思ってんの」

「私ですよね。室長全然掃除しませんよね」

 

 うるさいな。

 

「…………」

「ありゃ、黙秘? 今ならあることないこと喋ってくれたら、局長に取り計らって軽い罪で許してあげるけど」

「ないことは言わせないでください」

 

 ええい、さっきから合いの手がうるさいぞ!

 

「…………」

「ダメか。ねー、どうしよシキンちゃん。オレ別に尋問とか拷問とか得意じゃないんだけど」

「まずは〝思考透視〟を試してみては?」

「あー、そうだ。そんな魔術あったね」

「室長って術式系以外忘れてますよね」

 

 仕方ないじゃん。専門がそっちなんだから。

 

 さて、ではこの男の脳内に侵入してみよう。嫌におとなしい男の頭に手を乗せ、オレは魔素によって精神空間への接続を試みた。

 

 結果、失敗。

 

「弾かれた……」

「弾かれた? ですか? 室長が?」

「んー……」

 

 不自然な弾かれ方をした。

 

 魔術による精神への侵入は、単純に術者の技量、そして魔素量に左右される。

 つまり、オレ様ほどの超天才にして、淫紋というブースト機能が付いた魔術師の思考透視に耐えられる人間など、基本的にはいないはずなのだが……。

 

「無駄だ……俺の神経にかかる〝心紋〟を突破することはできない」

 

 おお、急に喋るな。びっくりするだろ。

 

「〝心紋〟……?」

「あー。なるほど。こいつアレだ。頭蓋骨か脳みそかに直接〝紋〟を書き込んでるんだ」

 

 こっちはその〝紋〟を消したくて必死だっつーのに、ほいほい刻み付けやがって。刺青よりも消去が難しいシロモノなんだぞ。

 

「分かったところで、どうすることもできない」

「言われてますよ室長」

「なんでシキンちゃんがそっち側なの……」

 

 別に、やりようならいくらでもある。

 

 精神の内部に侵入するための防備であって、自ら内心を喋らせればいいだけだ。

 

「じゃあこうだ」

 

 オレは男の額に指を当てながら、男の目を見つめてウインクをした。

 

「うわ」

「おい! シキンちゃんちょっともう黙ってて!」

 

 こんな美少女のかわいいウインクを見て「うわ」はないだろ。泣いて喜べよ。

 

「う、ふ、ぐっ……」

 

 この男みたいにさ。

 

「え、ええ……何したんですかこれ」

魅了(チャーム)の魔術だよ。魔力抑えて効果は最小限にしてるけど。シキンちゃんにもかけたことあるでしょ」

 

 オレは一応サキュバスだぞ。研究職に就いている淫魔が珍しいのはそうだけど、頭の右側に生えているこのツノを見れば、人間じゃないことは一目で分かるだろ。

 

「ぐ、お、俺は……」

「お、耐えるなー。シキンちゃんなんかいつも一発でメロメロになっちゃうのに」

「言うほどこいつ耐えてますか? 室長のおっぱいガン見してますよ」

 

 それは仕方のないことだ。エロい気が起きていなかろうと、デカい胸には目を引かれる。単に目立つから見てしまうものなのだ。

 

「俺を、籠絡しよう、などと、は……思わんこと、だ……俺に、色香は効かん……」

「ほーん。でもダメー。はい、ちゅ」

 

 男の額に人差し指を付けたまま、オレは反対の手で投げキッスをした。ちゅ、てな感じで。

 

「キツ」

「キツってなんだキツって! シキンちゃんのほうがオレより年上だろ!」

「だってキツかったから……」

 

 だってじゃねーよ。この男を見習え。

 

「う、うぐううぅぅ……」

 

 ほら、舌を噛み切りそうな顔で、目をハートにしている。

 結局オレ様の魅力に抗えるヤツなんて、この世に一人もいないんだ。オレ様の美貌に感涙し、腰砕けになって膝を突くしかないのだ。

 

「ぐぬ、ぐ、うおおおおぉ!!!」

 

 怖い怖い。急に叫ばないでくれないか。

 

「はぁっ、はあっ! くっ、うううっ……!」

 

 咬合の力強さのあまり、食いしばった歯茎から血を垂らし始めた。

 あーあ。これじゃシキンちゃんが大変だ。お掃除頑張ってね。

 

「これもう魅了にかかってるんですか?」

「試してみる?」

「た、試してみる、とは?」

 

 んー、そうだなー。

 

「おじさん、オレのこと好き?」

 

 膝に手をついて、座らせた男に視線を合わせながら、オレは多少眉を傾けてかわいこぶってみた。

 

「室長ホントに見てらんないです」

 

 うるせーよ。もう部屋出てろ。

 

「それとも、嫌い?」

「そ、そんな、そんなものッ……!!」

 

 男は立ちあがろうとしてシキンちゃんの魔術で足を硬直させられ、それでもまだ身を捩って暴れようとした。

 

 

「愛しているに決まっているではないかァ!!」

 

 

 おお、熱烈。

 

 これを言ったのがスミだったら、オレは甘い痙攣に全身を支配され、腰砕けになっていたところだろう。

 だってほら、想像だけで膝が笑ってる。

 

「お、おいたわしや、室長……証言を引き出すためとはいえ、こんなキモ男に好意を寄せられるなんて……」

 

 誰かに好意を寄せること自体は何も罪ではないだろうに。

 とはいえ、無許可での研究室侵入を試みたこの男には、確かに人が好きとか愛してるとか言う権利はなさそうだけれど。

 

「オレのこと愛してるなら、教えてね。この研究室に忍び込もうとした理由」

「も、もちろんだ!! 君のためならいくらでも応えようではないか!!」

「うーわ、すごい変貌ぶり……恐ろしいですねー、室長の幻夢魔術(アルプマジック)は」

 

 魅了の魔術の効果においては、本人の元々の魅力が基底にある。つまり、最初から魅力的な者であればあるほど、その心を支配できるのだ。

 

 それすなわち、こういうスパイやら間諜のために精神を鍛えた者であっても、オレがあまりにも美女すぎるもんだから意味ないってこったな!!

 

 ガハハ!

 

「それで、誰の差し金で、何のためにオレの研究室に忍び込んだ?」

「〝真人党(しんじんとう)〟だ」

 

 調書を書こうとしたシキンちゃんの手が一行目で止まった。

 

「2年前、〝真人党〟の横浜進出に係る会合が、(スミ)と名乗る少年に壊滅させられたという情報を基に、関係者を調べていた」

「…………」

「奴には数百人の呪い師(まじないし)が自らの身を贄として、幾重にも死の呪いをかけた。既に死んでいるはずだ。そしてその死体は、〝真人党〟の詛韻魔術(カース・マジック)の貴重な成功例なのだ」

 

 冷や水をかけられたような気分だった。下手人がどんな連中であるかなど、最初から分かっていたはずなのに、人の口から聞くだけで、こんなにも怒りを覚えるものか。

 

 

 言うに事欠いて、スミが死んでいる?

 

 

「我々は、どこかに隠されているはずの奴の死体を――――」

 

 カク、と、支えを失った男の首が垂れる。先ほどまでの暴れぶりが嘘のようにおとなしくなると、そのまま深い寝息を立て始めた。

 

「生きてるよ」

 

 その幾重の呪いのうち40ほどの呪詛を打ち消したのがオレなのだから。

 そして、最後の一つも必ず打ち払う。その過程に何を犠牲にしたとしてもだ。

 

「聞きたいことは聞けた。こいつは警備に引き渡しておいて」

 

 黒ビニールを再び男の顔に被せ、その体を魔術で転がし、チャーチベンチの上から無理やり退けた。

 ここはオレの寝床だ。いつまでも得体の知れない男の着る布の繊維片を撒き散らさせたくはない。

 

「室長、その、幼馴染の殿方のこと……」

「何?」

「室長は生きているとおっしゃいますが、その方の生存は報告されていません」

「死んだ、とも言われてない」

 

 眠る彼を隠しているのはオレだ。今はまだ、誰にも彼の居場所を教える訳にはいかない。

 

 それが信頼できる部下であってもだ。

 

「しかし、やはり、どう考えても――――」

「シキン」

 

 彼女はオレの目を見ると、冷や汗を垂らしながらたじろいだ。

 

「…………出過ぎたことを言いました」

「いいよ」

 

 シキンちゃんにそれを教えていないのはオレなのだから、彼女がこの件について訝しく思うのもオレの責任だ。

 

 そして責務だ。

 

 絶対に死なせない。死なせてなるものか。

 

 ただ、いつかスミが目を覚ます日までには、彼が息をしやすいように、もう少し真人党(カス共)を減らしておくべきか。

 

 





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