【実質魔法少女】金髪褐色TSサキュバスの淫紋解消研究   作:ハーメルンに性嗜好を歪められた被害者

6 / 7


用語解説

・〝浄剣〟 黒微有流(グロビュール)
 その名は宇宙空間で最も冷たいとされるガス領域から付けられた。
 他の5振りと同じく、刀自らが持ち主を選ぶとされ、適さない者に握られると、握った者を氷漬けにしてしまう。
 聖なる刀の中でも、現存が周知されている3本のうちの一振りでもあり、〝霊剣〟含め、残る3本は所在が不明。




研究録:2 蘇生魔術(2)

 

『本日、翌日の第5研究室はお休みです』

 

 

 この壁かけ看板が第5の研究室にかけられている時は、卑猥な考えに支配された男達が扉の前に集まってくる。

 

「おい、今日は聞こえたか……!?」

「ダメだ……防音術式が堅すぎる……」

「諦めるな……! まずは感知式の復号から……!」

 

 稀代の天才、イロの術式によって、第5の研究室は完璧に防音されている。

 しかし、彼女の生活音(とか)を聞きたがる男は増える一方。

 なぜかイロの甲高い淫靡な声が聞こえてくるという噂が立ったのは、彼女が室長の席を得たその日と同じ頃であった……。

 

 

 

「室長、今日、なんかいつもよりツヤツヤしてません……?」

「ん? 分かる? 分かっちゃう? いやー、ただでさえ毎日求婚の手紙もらってるくらい超絶美少女なのに、肌ツヤにさらに磨きがかかっちゃってなぁ。困るわー」

「うざ。聞かなきゃよかった」

 

 サキュバスは精神を司り、同時に性的快楽を糧にする魔族だ。

 他人の(特に男の)精を取り込むことが最も効率よい方法だが、己で己を愛でることでも多少は効果がある。

 

 昨日は魔力を急激に失った淫紋の副作用を鎮めるのに丸一日を費やした。

 つまり、スミの体にしなだれかかり、彼のあどけない表情を眺めながら自淫に耽っていた。

 

 いやー、4日か5日ぶりだったもんで……。

 

 へへっ。

 

「で、これは何なんですか!!」

「あっ! その写真シキンちゃんが預かっててくれたんだ! ありがと! これ探してたんだよ!」

「お礼を言われるほどのことでは……ってそうじゃなくて! 一体誰なんですかこの男の子は! 抜け駆けですかっ!?」

「シキンちゃんも知ってるヤツだって。知り合いではないかもだけどさ」

「私も知ってる人ぉ……?」

 

 この頃のスミ、やっぱりかわいい。髪の毛もふわふわだ。

 もう10年は前の写真になるだろうか。この頃はまだオレのほうが背が高くて、背伸びをして写真に写ろうとするスミがかわいくて仕方がなかった。

 

 はぁ〜。好き。何時間見てても飽きない。

 

「あの、話聞いてます?」

「いいでしょ。オレの未来の旦那様♡」

 

 今や背丈も追い越され、顔つきも多少あどけなさが残るも、精悍でシャープな整い方をしている。

 

「この時はまだ小さな子供なのに、既に超カッコいいだろ。好きになるなよ。オレのだぞ」

「カッコいいですかぁ……? 甘やかされて育てられた冴えない坊ちゃんにしか見えませんけど。ひ弱そうな顔してますね」

「殺す」

「こっ……室長から一度も聞いたことないこと言われた!! うわーん!! 室長が色ボケピンク脳アホ女になっちゃったよー!!」

 

 誰が色ボケピンク脳じゃ!! つか、お前だって上司に殺すとか言ってるだろ!

 

 こちとらつま先から髪の毛の一本まで、体表から臓器に至るまで、全身スミに捧げているのだ。

 少しでも彼の悪口を言おうものなら、絶対に許さないことにしている。

 しかし、だからといって女がスミを褒めたり好意を持つのもダメだ。スミに色目を使うようなヤツもやはり殺す。

 

「ほら、色ボケじゃないですか。普通好きな殿方のことだとしても、殺すまではいきませんよ」

「いくんだよ。本気だぞ」

「うわ、ちょっと! こんなことで術式出すのやめてください!」

 

 もう事前に「この部屋内でスミのことを悪く言うヤツは全員下痢になる」みたいな詛韻術式敷いておこうかな。

 

「私達処女を卒業する時は一緒って約束しましたよね。裏切り者」

「してねーよ。何だそれ、どうやったら同時に卒業できるんだよ」

 

 一人じゃ怖いからって言って友達と一緒にパパ活始める主体性のカケラもない女みたいなこと言いやがって。

 こっちは誰にも邪魔されない場所で、二人きりのラブラブ初体験を予約済みだ。外野が横槍を入れる隙はない。

 

「うわあぁぁーん!! やっぱりもう室長は非処女なんだ!! 清純気取ってくるくせに裏では乱れまくりのサキュバスなんだ!! お相手に恵まれないのは私だけなんだ!!!」

「いや、オレら健全なお付き合いだし……ていうかデカい声で非処女とか言うな……! 今防音の術式切ってるんだぞ……!」

 

 そこらの貞操の薄い女とは違うのだ。いや本音を言うならばオレはいつでも大歓迎ばっちこいなのだが、スミが段階を踏みたがっているから、合わせている。

 好きな男に歩幅を合わせてやるのは、イイ女とかいうモノの数ある特徴の一つじゃないか。

 

 オレってば、これだから色んな男にモテちゃうんだろうな。

 

 スミがいるから無意味だけど。

 

「あ!!! 今メスの顔になってた!! 今メスの顔になってたっ!!!」

「何だよメスの顔って……」

 

 スミのことを思い浮かべたからだろうか。それはもう仕方なくないか。

 だってメスがどうこうとか乱暴な物言いをするのであれば、オレをメスにしたのは紛れもなくスミのヤツだし。

 

「室長のバーカ! 変態! 淫乱! ビッチ! サキュバス! えげつない性癖とかバレて彼氏にフラれろ!」

 

 言わせておけば……サキュバスが侮辱だと思ってんのかこいつは。上司の種族を引き合いに出して、なんて失礼な。

 

「うるさいぞっ! スミはオレのこと捨てたりしないもんっ!!! オレに首輪付けて散歩してくれるもん!! オレが泣くまで目隠し放置プレイとかしてくれるもん!!」

「うわっ!!! 適当に言った罵倒でカスみたいな地雷掘り起こしちゃったよ! もうホントにやめてください!!」

 

 

 

 蘇生魔術とは、杖の一振りで容易に魂を呼び戻すような神の御業ではなく、人を蘇らせるまでの体系的な流れを総括した魔術群の俗称だ。

 蘇生魔術を使える者は大抵、何らかの魔術の類型そのもののエキスパートであり、蘇生魔術が使えるというのは、人を蘇生させられるほどに卓越した魔術師だということ。

 

 

 つまり、わざわざ「蘇生魔術」の使い手を公言する者は、全員ペテンだ。

 

 

「ご来賓におかれましては、突然の呼び出しに応じてくださったこと、誠に感謝申し上げます。お集まりいただいた皆様は、是非とも今後の研究継続のため、我々の――――」

 

 燕尾服を着た男のわざとらしいお辞儀を眺めながら、オレはあくびを何とか口の中に留めようとしていた。

 

「室長、態度悪いですよ……!」

「いいんだよ」

 

 まずもってシンポジウムの除開きには相応しくないコーディネーターの挨拶からして、今日の討論会の価値は薄い。

 プログラムの概要確認もしなければ、配布された資料もペラ1とくれば、やる気もなくなるものだと思わないか。

 

 というか、こいつらは十中八九〝真人党〟の息がかかった銭ゲバ共だ。

 

「本日は講演者のお一人に、ご高名な魔術局の第5室長をお招きしております。イロ先生、ご登壇ください」

 

 大体、論者の顔ぶれを見れば一目瞭然だ。

 

 聞いたことのない賞と肩書きをぶら下げた聞いたことのない名前の連中。

 対して聴衆の顔は見覚えしかない。半数が魔術局の関係者、以前まで研究で共同していた顔馴染みの研究者。あとはたまに質問を送ってくる学生。

 

 オレの名前がなければ、聴講者の5割は集まっていないであろう。

 

「室長……! 室長っ……! 呼ばれてますよ……!」

「あいー。第5のイロでーす」

「室長……ダメですよ、そんな……」

「だからいーんだって」

 

 顔馴染みしかいない討論会で、どうやって肩肘を張り詰めていればいいのか。こっちは魔術局の資金繰りに付き合わされているだけなのに。

 分かる者には、今日の討論会が茶番だということは分かるはずだ。

 

 議題を見れば明らかだ。蘇生魔術など。

 

「え、えー……それでは早速、魔術局のイロ先生から、本議題の事例紹介をしていただきます」

 

 この連中の思い通りにするつもりはない。雇われの司会には悪いが、片端とはいえ、魔術生体工学の看板を背負う身で、軽々しく『蘇生魔術』を語ることはできない。

 

「本日は当初の予定より多少変更し、私自身の研究成果を踏まえつつ、他方からこの論議に〝意見〟を添えておこうと思います。私から語らせていただきますのは……」

 

 オレは用意されていたPCを端に置き、代わりに自分のデバイスをつなげてから、『蘇生魔術の飛躍』という題が書かれた紙を折ってポケットにしまった。

 

「〝蘇生魔術という誤謬〟について」

 

 

 

 オレに与えられた持ち時間、30分を大幅に切り上げられ、ディスカッションもほぼオレ抜きで討論が進められた。

 奴らが最初から用意していたカスみたいな結論に達したあと、取ってつけたようなお礼を述べられてから、オレ達は放流された。

 

「長かった……」

「ごめんな。つまんなかったね」

「いえ。仕事ですから。それにしても今日の討論会は酷かったですね」

 

 ほぼ全ての持ち時間を削られ、わざとらしく循環論法で話を伸ばした白眉の男が、都合のいい質問にだけ指を指して取り繕っていた。

 蘇生魔術などという一魔術が存在しないと門外漢らに暴露されることが、彼らにとってどれだけ都合が悪いことが窺える。

 

「やっぱり〝真人党〟の党首が、蘇生魔術の専門家を自称しているのが……」

「そーだな」

 

 蘇生魔術は〝真人党〟の党首の十八番(オハコ)ということになっている。

 その容貌すら世間に知られていない奴らの首魁が一定数の支持を集める理由だ。神の如き御業を操れるという金看板が、彼らの屋台骨であることには間違いない。

 

「自称つっても、蘇りの術それ自体は、本当に使えるらしい」

「本当ですか?」

「ああ。実際に見たことがある」

 

 そのやり方こそ不明だが……少なくとも何らかの特殊な魔術によって、多数の人間を蘇生していることもまた事実だ。

 

 どのような外法か、あるいは党首にのみ許された天賦の才かは知らないが、とにかく絶対に普通ではない方法を使っていることは確かなのだ。

 

「所詮は人殺し集団だ。オレ達には――――」

「聞き捨てならんな」

 

 黒い布袋で顔を隠した黒装束の男が、図ったように曲がり角から出てきた。

 

「総帥の力は本物だ」

 

 その腰に差していた刀を見て、オレの後ろに控えていたシキンちゃんが少しだけ肩を震わせた。

 刀から魔力が発せられている。普通の得物ではなさそうだが、それにしては無造作な。

 

「室長、あれは……」

「確かに曰くありげだけど、〝浄剣〟や〝霊剣〟はあんなもんじゃない」

 

 警戒すべきことは確かだが、ドールが所持するような聖なる刀は、純粋な魔力とは別の超常的な気配を醸す。

 

 つか紛らわしいんだよ。学問の場に物騒なものを持ち込むな。

 

「誰お前」

「私は黒海(クロウミ)。総帥に見出された次期なる〝利剣〟の担い手だよ」

「つまり、ただの剣士だろ」

「今は、だ。口の聞き方には気を付けたまえよ」

 

 〝浄剣〟だとか〝利剣〟だとか、この狭い範疇によくも世界を左右するほどの刀が集まってくる。

 人間の行動圏内で、無事な世界がそれほど狭められているということの裏返しでもあるのだが、それを言うと、オレみたいな魔族は侵略者側だ。

 

「総帥は断じてペテンではない。貴様のような卑猥なおもちゃばかり作る淫乱な女とは違ってな」

「あぁ!? 卑猥ぃ!? 触手くん達のどこが卑猥だってんだよ!!」

「淫乱ですって。未通女を捕まえて」

「キモい言い方すんな! 貞操が固いと言え!!」

 

 オレは別にモテてない訳じゃないし。心に決めた人がいるから他のヤツなんていらないだけだし!

 

 つーかなんでオレの発明の情報が外部に漏れてるんだよ! 局内のコンペでしか見せたことないぞ!

 絶対魔術局の内部に密告者がいる。油断も隙もない連中だ。

 

 いや……いい。とりあえずそのことは端に置いておこう。今警戒すべきはこの男だ。

 

「その総帥様がペテンじゃない証拠は?」

「私にそれを示す義理はあるか?」

「絡んできたのはお前だぞ」

「ふむ。一理あるか。では教えよう」

 

 クロウミはおもむろに刀を引き抜いた。

 

「な、お前、こんなところでッ――――」

「なぜなら総帥は、我々に真実の不老不死を賜ったのだからなッ!!」

 

 引き抜いた刀は、その刃先の向きを変えないままクロウミの腹に突き立てられ、そして横向きにねじられた。

 

「な、何をッ……!?」

「く、くくっ、くくくく……」

 

 苦しげながらおかしそうに笑い、クロウミはわざと傷口を広げながら刀を引き抜いた。

 

「これ、が……力だッ!!」

 

 刀が引き抜かれた瞬間、貫通した傷口が真っ赤に泡立ち始めた。

 悍ましい水音を立てながら、ぼこぼこと赤い泡が膨らんでは割れるのを繰り返し、段々と腹から流れていく血が少なくなっていく。

 

「はァッ……! はァッ! 見ろ、これが、これが総帥の、奇跡、神秘だッ……!」

 

 グロテスクな過程を経て、男の腹に空いた刀の穴は完全に塞がった。そこに傷跡すらも残さずに。

 

「今のうちによく考えておくといい。我々が付き従うべき主が誰なのか」

 

 服にだけ派手な穴を開けたまま、クロウミは好きなことだけやって、この場を後にした。

 

「何だったのあの人……」

 

 クロウミと名乗る男の奇行に、シキンちゃんは顔を青くしてドン引きしていた。

 同感だが、オレはヤツの奇行そのものより、その傷に起こった再生が気がかりだった。

 

 魔力を一切感じなかったのだ。人智を越えるあの再生力が、魔術による成果でなく、他に何だと言うのか?

 

 

 

 〝真人党〟の名古屋支部が壊滅し、当時の副党首が殺害されたのが2年前。

 

 つまり、スミがその身体に無数の呪いを受けながら、仇の一人を討ったのが2年前だ。

 

「〝真人党〟の賞金首リスト更新されてますね」

 

 真面目に仕事をしているのかと思ったら、シキンちゃんは突然PCの画面を見せてきた。

 

 こいつは〝真人党〟の熱狂的支持者が作ったとされるジョークサイト……にして、おそらく本部運営と思われる本物の懸賞金サイトだ。

 海賊マンガを読みすぎた痛いヤツが作った、痛いサイトであるというのが世間一般での解釈だが、サイト内で死亡判定を出された者はスミを除いて全員死亡している。

 偶然か、単にニュースから抜粋したなどでもないのだ。それはサイト内で暗殺判定を受けている魔術局の前局長の項目を見れば明らかだ。

 

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()は、公には知らされておらず、単なる引退だと思われているのだから。

 

「そんな悪趣味なサイト開くなよ。ウイルス感染するぞ」

「しませんよ。趣味が悪いことは否定しませんけどね」

 

 そんなサイトを見ている暇があるなら早く報告書を書き上げてくれないか。魔素動態のデータはいくらあっても困らんのだ。

 

「あの……このスミって人、室長の幼馴染なんですよね」

「おー」

 

 未だに懸賞金が最も高いのは、殺害済みとなっているスミの「800万ドル」だ。

 

 

「色々書かれてますね。一般人の惨殺とか、放火とか」

 

 筋書きとしてはこう。

 

 正義の〝真人党〟をこれまで最も追い詰めた悪虐非道の殺人鬼にして、副党首の寝首を複数人で狙った卑怯な男、スミ。

 分不相応にも総裁の首まで狙い、そのご威光の前に自ら刀を捨て、総裁の前で懺悔しながら裁きを受けた。

 

 とかいうお話がサイト上にでっち上げられているが、勿論嘘だ。

 

 そもそも名古屋支部への襲撃の際、スミはご丁寧に果し状を送り、日時まで記載してその通りに動いた。

 そして100人体勢の防備を一人で突破し、一騎討ちで堂々と降したのだ。

 

 という風に真実を書けば、党の影響力が低下すると考えたのだろう。

 情報の歪曲などは、白状すると魔術局でも一部でやっていることだし、この情勢ではフェアもへったくれもあったものではないが……。

 

 

 

 オレの脳中には、まだ翌日に何の恐怖も心配もなかった在りし日が思い起こされ始めた。

 

『スミ? そんなとこに座り込んで……ああ、アリの行列見てんの』

『うん』

 

 スミは生き物が好きな子供だった。好きが高じて耳の周辺にたかる蚊をも殺せなかったほどだ。

 男の子らしくカブトムシとかクワガタとかに興味津々で、道行く犬の散歩の後をちょこちょこ追っているのをよく見かけた。

 

「そんなとこでじっとしてないで、裏山にセミ取りに行こーぜセミ!」

 

 気持ちは分かる。とか思って、屋敷から連れ出して虫捕りをしたら、ご当主の奥様にしこたま怒られた。外は危険だから許可なく連れ出すな、と。

 

 

『なぁ、オレってスミの許嫁らしいぞ』

『う、うん、そうみたい、だね……』

『照れてんの?』

『き、聞かないで……』

 

 緊張して女の子と上手く話せない、とか。

 

 引き取られてから最初のうちは、話しかけてもほとんど会話にならなかった。

 1ヶ月もの間、家庭教師達の鋭い眼光を掻い潜って毎日欠かさず話しかけ、ようやくぽつぽつ話してくれるようになったほどだ。

 そういうところがちょっかいをかけたくなる要因だったのかもしれない。親戚の子供の面倒を見ている時の気分だった。

 

 

『お前魔術使えないんだって? 能なし!』

『能なしスミー!』

 

 そしてどうやら、スミに魔術の才能はない。全くゼロだ。

 最早生活の髄にまで及ぶ魔術を使えないとなると、今後の人生で苦労するかもしれない、と、スミの親が内緒話をしていたのを覚えている。

 

 サキュバスの血統のためか、オレは魔術が得意な部類だった。疲れるからあんまり練習とかはしてこなかったけれど。

 

『う、僕は……』

『泣いてんのかー? うわー、ダッセー!』

『泣き虫ー! 泣き虫スミー!』

 

 スミはイジメられやすかった。話口調も性格も穏やかなことが災いして、同年代の男の子にナメられやすいようで……

 その時も公園の砂場に追い詰められて、悪口を言われながら蹲って耐えていた。反撃は野蛮だからしないとか。全く典型的だ。

 

『こらクソガキてめえらァー!! 鼻にダンゴムシ詰められてぇかーっ!!』

『やべっ! イロだ! 逃げろ! また魔術で洗脳されて性癖をぐちゃぐちゃにされるぞ!』

『くそー! おねショタの受け攻め逆転は俺の宗教に反するのに、ショタおねでしか興奮できない体にしやがってー!』

 

 その度にオレがこうして出ていって、イジメっ子達を追っ払っていた。

 以前もスミをイジメていたところに、服が透ける魔術をかけて撃退してから、オレの顔を見ると苦い顔をして逃げていくようになった。

 

 なんせオレ、サキュバスだから、そんな魔術がいくらでも使えるんだな。

 

『大丈夫か?』

『うん……』

 

 目に涙を溜めながら、女の子の前だからと泣くのを我慢していた。

 

 もうすんごいかわいかった。いっちょ前に少年らしいプライドが芽生えつつあるところも、それでも痛いものは痛くて涙目になっているところも。

 

『あいつら、自分達だってロクな魔術使えねーくせに、反撃しない奴ばっか狙いやがって』

『僕が、魔術使えないのが、悪い、から……』

『そんな訳ねーだろ! あいつらが悪い!』

 

 スミは過度に自罰的というべきか、ネガティブなほうに思考を引っ張られやすい。この頃に比べれば今はマシだが……。

 

 

 でも、思えばただの気弱な泣き虫ではないという片鱗は、幼い頃から既にあった。

 

『も、ちょっと……うわっ!』

『スミっ!!』

『へ、へへ……痛っ……』

 

 上から降りられなくなった子猫を助けようとして、枝から滑り落ちた時なんかは、血の気が引いたものだ。

 

『痛てて……ほら、これが、地球の重力だぞ……もう高いとこ、登ったり、するなよ』

 

 幸い子猫は無事に助けられ、特に傷もなさそうだが、スミ自身が体を強く打ち付け、脇腹に大きな青あざができていた。

 そのままどっかに行きそうだった猫の首根っこを掴んで確保し、怪我をしていないか確認しながら、オレは背中を打ちつけたスミに駆け寄った。

 

『今すぐ背中見せろ!』

『イロ……僕は、だ、大丈……夫』

『バカ! どこが大丈夫なんだよ!』

 

 怪我をしたというのにへらへらしているスミの頭を軽く叩き、オレはあざの近くに手をかざした。

 

 かざした手のうちに淡い寒色の光が現れ、輝きを増していく。その光にあてられたスミの傷が治っていく。

 

『あ、ごめん……ありがと……』

『ホントだよ! 心配させんな!』

 

 念のため、目立った外傷にかかわらず全身に治癒魔術をかけた。多少魔力の消費量が増えるものの、オレにとっては誤差だ。

 

『すごいな……イロは……治癒なんて、同年代で使える子はいないのに』

『何言ってんだ。お前のほうがすごいよ』

 

 関係ない誰かのために、自分の体が傷付くことを厭わずに助けられる。

 このご時世、果たしてどれだけの人間がその勇気を持てることか。正直オレには無理だ。関係のない人まで助けていられない。

 これも親の教育の賜物だったのだろうか。スミの両親は、時折申し訳なくなるくらい親切な人達だった。少なからず両親の振りに学んでいるのだろう。

 

 それはそれとして、

 

『ほら、親にも怪我したって報告して、怒られてこい! ちゃんと医者にも診せろよ!』

『い、いいよ……治ったし……』

『いい加減にしないと泣き喚くぞ』

『分かった……ごめんね、僕なんかのために……』

『僕なんかってヤツやめろ! 今度言ったらお前のいいところ100個拡声器で近所に聞かせてまわるからな』

『や、やめるよ。分かった。ごめん……』

 

 あまり卑屈すぎるのも鼻に付く。すぐに自分のことを卑下するところだけは嫌いだった。

 

 でも、嫌いなところも含めて好きだ。今も。

 

 

 

「スミが卑怯なマネなんかするかっての……」

 

 全く不愉快なものを見せられた。

 

「こ、これ……!」

「何だよもー、うるさいな。今度は何」

 

 仕事中に関係ないサイト開くなとか、そういうのめちゃくちゃ激ユルの職場とはいえ、仕事しないでいつまでも遊んでるのは怒るぞ。

 

「し、室長! これ、昨日の顔!!」

「は? 何? オレ様が美少女すぎてパパラッチに抜かれたとかなら、そんなんほぼ毎日だから報告しなくていいぞ」

「違いますって! これ見てくださいよ!」

 

 何だというのだ。騒々しいな。

 

 オレは査読中の草案PDFを閉じて、これみよがしにため息を吐いて見せながら、ゆっくりと立ち上がってシキンちゃんのPCを覗いた。

 

 

 クロウミ 50万ドル。

 

 

「え?」

「これ、昨日の人ですよね……? ど、どういうことなの……」

 

 なんで〝真人党〟の党首に心酔してるヤツがその〝真人党〟から命狙われてるんだよ。

 

 





・ドール
 人間。41歳。修道服から見える黒い癖毛が特徴の女性。見た目は18の頃(黒微有流(グロビュール)に持ち主として選ばれた瞬間)から一切変わっていない。
 10年前までは派手な服装だった。整備区画の外へ繰り出しては、目に入った魔族を片っ端から斬り殺す日々に生きていた。
 ある日、〝人間を生き返らせる魔族〟という、つまり〝魔族を殺す人間〟である己と正反対の淫魔を見てから、突然修道服を着て、孤児の面倒を見るようになった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。