三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

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淵に澄む砂

 塔に入ってから、声でしか干渉してこなかったウィズが、やっと姿を現した……! フードを下ろした姿で、ウェーブのかかった髪を乾いた風にたなびかせている。

 僕はすぐさま立ち上がって、ウィズに相対すると、ノートに状況を書き込みながら砂の上を少しずつ後ずさった。

 

『あいつの声の能力……厄介だ。先手打って喉潰すか?』

『待って。なんとなくだけど、ウィズは僕たちのこと――「塔に入る前とはえらい違いだな」

 

 書き終わらないうちに、ウィズが口を開いた。羽根ペンの動きが止まったのを見て、クックック、と笑う。

 

「思考を中断すると、執筆も止まるってか。お前の妄想ノート……やっぱ面白え」

 

 言われてみれば確かにこのスーベニア、羽根ペンの動きで僕がどのくらい考えてるか、もろバレなんだよな。でも、僕は……確信した。

   

「……『魔法使い』は、魂を食べるって聞きました。あなたは、僕を食べるんですか?」

「俺が、お前を?」

 

 ウィズは大声でげらげらと笑いだした。目尻に涙を溜めて、腹を抱えて全身を揺らす。

 

「んな訳ねえよ! そのつもりだったら――」

「とっくに……ですよね」

 

 笑い声が止まる。風が通り抜けて、黒いローブがひらりと持ち上がり、木綿のような生地を纏った細い体躯が覗いた。へえ、と声を漏らして、ウィズはニヤリと笑いながら僕に向き直った。

 

「塔の中でも、出てからでも。何回でもチャンスがあった。でもあなたは、僕を見逃し続けてたから」

「お前……言われたことをそっくりそのまま信じ込むバカだと思ってたけど。最低限は、考えられるみたいだな」

 

 ウィズは満足気に頷くと、風で乱れたローブを勢いよく翻し、身にまとい直した。

 

「俺は『魔法使い』。声で意志なきもの共を操り、罪を償う魂のために塔を建て――導くか、弔うか、試すものだ」

 

 ほどけて砂に戻っていく塔を背後に、真っ直ぐに立つウィズが神々しくすら見えた。ウィズは軽く咳払いをして、口を開いた。

 

「さて、俺がお前にしてやれる、最後の仕事だ。お前を……『淵』へと案内してやる」

「ふ、『淵』……?」

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。ウィズは表情を全く動かずに続ける。

 

「この塔で己の罪と向き合いきれた魂が行き着くところだ。お前……自殺しただろ?」

 

 僕が……自分の罪と向き合いきれた? じゃあ、僕の代わりに、僕が受けるべきだった罰を受けているという三島さんは……?

 僕は理解できなかった。三島さんが今、『涯て』で苦しんでいるのはどういうことなんだ? 足下の砂がつむじ風に巻かれてくるくると舞う。

    

「僕は……許されたってことですか?」

「いーや。許される資格を得ただけだ」

 

 僕はウィズの様子を伺いながら、本題を切り出した。

 

「僕……『涯て』に、行きたいんです」

「行けるとも。一万年後にな」

 

 一万年……?

 三島さんはこうしている間にも罰を受けて苦しんでいるはずなのに、ここからさらに、一万年も……?

 

「『淵』で一万年間。この砂漠の砂をより分けるんだ。『涯て』に行けるのはその後だ」

「そんなに……待てません」

 

 僕が絞り出した返事を、ウィズは鼻で笑った。

   

「らしくないな。それともなんだ? 会いたい奴がいるって感じか?」

 

 図星だった。口を一文字に結んだままの僕を見て、ウィズはため息とともに続ける。

 

「物事には手順ってもんがあんだ。都合のいい話なんてねえ。逸る気持ちを抑えろ。それも、試練の一つだ」

「そんな……」

 

 僕は立っていられずに、膝をついた。『淵』って、なんだよ。三島さんを救い出すことすらできずに、一万年も砂をより分け続けるなんて、そんな気の遠くなるような……なんとなく、僕は砂をすくい上げてみた。灰色に見えていたそれはよく見ると、それぞれの粒に薄く色づいていて、カラフルだった。

 

「……綺麗だろ」

 

 気がつくと、ウィズが横に座り込んでいた。

 

「この砂は、全部……誰かが成し遂げられなかった、抱えきれなかった、意志や感情なんだ」

 

 ウィズは砂粒をそっと数粒つまむと、空に透かした。

 

「色んな魂の、人生の、思いに向き合うんだ。それが償いになる」

 

 薄いサンゴ色の砂粒が、きらり、と太陽の光を通した。誰かの……何かを一生懸命やり抜けなかった、後悔のような念が、心を通り過ぎた気がした。

 僕はそれでも、素直に『淵』に行きます、なんて言えなかった。

 

『お前、このまま『淵』なんかに行くのか? 勘弁してくれよ。戦えない場所で一万年なんて、俺は……まっぴらごめんだぜ』

 

 ライのつまらなさそうな返事が浮かび上がる。ライにとっても、『淵』行きは極刑に等しいものだ。なんとか、他の道はないだろうか。

 

「どんな、険しい道でもいいんです……早く、『涯て』に行ける方法はありませんか」

 

 僕はウィズに半ば懇願するように訊いた。ウィズはゆっくりと首を横に振る。

 

「それが『淵』だ。一万年かかるが、それが最短だ」

 

 僕は膝を抱えて、俯いた。灰色の砂。一万年間、これをより分け続けて、それから三島さんの元へ……って、どう考えても遅すぎる。

 悩む僕の視界で、砂が突然盛り上がる。この砂漠、生き物いるんだな……とぼんやり思った途端、見慣れた――派手な色のコウモリが顔を出した。

 

「……嘘つき♡」

「うわ!?」

 

 赤、青、黄色。カラフルなコウモリが噴水のように湧き出てくる。

 

「『止めろ』!」

 

 ウィズがすかさず命令すると、穏やかに吹いていた風が止まって、おびただしい数のコウモリが宙に縫い付けられたかのように止まった。

 

「教えないんですねぇ♡ 最短る・う・と♡」

 

 レオンの声が降ってきて、ウィズの眉間に深い皺が刻まれる。その声色は完全にウィズを挑発していた。

    

「――『黙らせろ』」

 

 レオンのコウモリが砂の中に墜落していく。

 僕はどうしたらいいのか分からず、相談がてらノートにモヤモヤを書き出した。

 

 ウィズは僕に最短ルートを隠そうとしているのか? でも、レオンは、ウィズのこと『悪い魔法使いだ』って言ってたけど、それは嘘だった。

 本当にレオンのこと、信じていいのか? でも、僕が満身創痍だった時に全快させてくれたのもレオンな訳で……。むしろ、ウィズは僕に、鎧を差し向けたり、全身ズタズタにしたり、塔から突き落としたりして……。

 でもそれは、試練のためで、僕のことを襲うチャンスはいくらでもあったのに、襲ってこなかった訳で――

 

『ユウ。とりあえずレオンを助けるぞ。ウィズもレオンも、どういう思惑なのかは分からない。でも、あの口ぶり、何か知ってるはずだ』

 

 僕は分かった、と書くと、とりあえず状況を描写しはじめた。とはいえ、ウィズと戦うのは避けたい。僕はどうすれば上手くいくのか……イメージがつかなかった。

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