三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

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われは海の子

『ユウ、ちゃんと情報を共有してくれ。これじゃ、勝てる戦いも勝てなくなる』

 

 実際にはノートに書かれた文字列だけど……耳が痛かった。僕はごめん、と短く書いて、少し悩んでから羽根ペンを動かす。

 

『相手が人型だったんだ。僕は、ライに人殺しになってほしくない』

 

 僕は無意識に、事実を曲げて伝えていた。そいつが、僕にとても似ていたこととか、見てられないくらいカッコ悪かったこととか、言わなかったし言えなかった。むしろ、ライのためにあえてそうしたんだ、みたいな書き方をした。僕は押し付けがましくてセコいやつだ。ダサい自分をライに説明したくなくて、逃げただけなのに。

 

『俺は戦士だ。向かってこようなら、魔物だろうが神獣だろうが人間だろうが……どんな奴でも叩き斬る。だって、お前がそう書いたんだろ。俺のこと』

 

 全くもってその通りだった。ライは、三島さんがカッコいいと思うだろう――僕がなりたい自分だったから。

 

『何があった。お前は何と戦ったんだ。教えてくれ』

『……ごめん、言えない』

 

 なりたい自分のライに、さっき見てられなくて殺したやめたい自分のことを説明するなんて、やっぱり無理だった。弱さのジャングルの中にそびえ立つプライドに、僕は降伏するしかなかった。

 

 ノートにはしばらく何も書かれなかった。波音だけが空間を満たしている。僕は長く息を吐いた。もうひとりの僕の、あの狂気に満ちた声がまだ聞こえる気がする。堪えきれなくなってノートに目をやると、ライからの返事が書き込まれていた。

 

『お前が今どういう場所にいるのかくらい……教えてくれよ』

 

 僕はまごついた。南堤防って書いてもたぶんライには伝わらないし。辺りを見渡して、描写の材料になりそうなものを探す。

 

『陸地から……海に向かって、道が伸びてるんだ。そこに立ってる』

『海って、デカい水たまりなんだっけ?』

 

 そういえば、作中に海なんて出さなかったな。ライが海のことあんまり知らないのも当然だ。真夏の太陽に照らされて輝く太平洋は、変わらずに僕を見つめている。ついさっき、もうひとりの僕が避雷針になりきっていたことなんてなかったみたいに、穏やかだった。

 

『とにかく広くて深くて、塩っぱくて、ちょっと生臭い。でも、穏やかで、陽の光に照らされてるとキラキラしてて綺麗なんだ』 

『へえ。川みたいに、流れがあるのか?』

 

 揺らめく海面とノートを交互に見ながら、僕はどう説明したらいいのか、しばし悩んだ。

 

『沖に――えっと、陸から離れたところには、流れがある。でも、基本は波って感じかな。陸に向かって、寄せては返すような動きを穏やかに繰り返し続けるんだ』

 

 ライが興味深そうに聞いていることが、地の文で描写された。

 

『なあ、ユウ。この冒険が終わったら、俺を海に連れてってくれよ』

『今、地の文に書こうか?』

 

 いや、と短い返事が書き込まれる。

 

『そういうのは、全部終わったあとだ。まだ行ってない場所が沢山あるだろ。行こう。ユウ。お前の生まれ故郷はどんな町なんだ。案内してくれよ』

 

 潮風が僕の髪を攫った。少しノイズが乗った、『われは海の子』が流れ始めた。十一時になったことを知らせる、定時の防災無線チャイムだ。ふいに、もうひとりの僕の、あの死を望む爛々と輝く目が思い出されて、僕は頭を振った。チャイムが一分ほどで流れ終わると、頭上の四方を向いた防災無線のスピーカーから、アナウンスが続く。

 

「斉藤悠から お知らせします」

 

 僕の声だった。

 誰にでも聞き取りやすいよう、平坦でゆっくりとした、防災無線特有の読み上げ方だった。

 

「一本目の肋骨が 天へと還りました ご協力ありがとうございました」

 

 迷子とか、帰れなくなってしまったお年寄りの放送を、毎日聞いていたはずなのに、自分の声だからかひどく不気味に思える。

 

「六本の肋骨のみなさんが 浜津高校で お待ちしております」

 

 六本の肋骨……が浜高に? 僕は予想外のキーワードに思わずスピーカーを振り返って見上げた。

 

「お心当たりのある方は 浜津高校まで お越しください」

 

 プツン、と耳障りなノイズが放送の終わりを告げた。浜高に来いってか。僕は目を閉じて、潮の香りがする大気を大きく吸い込んで、吐き出した。

 

『ライ。僕が通ってた高校を案内するよ。そこに、六体の……敵がいるらしい』

 

 六本の肋骨。僕が殺さないといけない相手が、六人。浜高で待っているんだ。

 

 正吾とか……三島さんが……さっきの、もうひとりの僕みたいに、殺してって来たら……

 

 二人の顔を思い浮かべて、僕は出来ないなと思った。でも、行くしかない。それに、六本の肋骨は、二人じゃないかもしれないし。太平洋に背を向けて、僕は歩き始めた。

 

『高校っていうのは、なんだ?』

 

 宙に浮いたノートに、ライからの書き込みが浮かび上がる。そりゃ知らないよな、と思って返事を書き込む。

 

『僕みたいな子供が、同い年の子供と集まって勉強する場所だよ』

『へえ、剣の稽古でもやるのか?』

 

 ちがうよ、と書き込みながらも、なにも知らないライからの返事がありがたかった。あの日、三島さんと歩いた県道に差し掛かる。アスファルトからは、ねっとりとした湿気のこもった熱気が上がってきている。左手の小指に巻かれた、花柄の絆創膏を撫でた。

 交差点を曲がって、海岸通りに入る。太陽に照らされた通りには誰もいない。少し錆びたシャッターの間を歩く。

 乾物屋だけが電気が付いていて、思わず駆け寄ってしまう。恐る恐る覗いたけれど、おばちゃんはいなかった。青い透明の羽根の扇風機だけが、一定のペースで天井から首を振っていた。店の中のカレンダーは七月のままだった。

 

『商店街に誰もいない』

『商店街って市場のことか? それは不気味だな』

 

 逆さにして浮かせて日よけにしていたノートに、通学路にあるものを書き込んでライに説明しながら、高校に向かう。

 細いくて段差の小さい階段を上る。銀の手すりは太陽の光を反射して輝いていて、きっと触れば火傷しそうなくらい熱いだろうなと思った。いつも僕に吠えてくる戸塚さんちの柴犬はいなかった。みどり浜公園はセミすら鳴いていない。静かな道を進み続ける。汗が滲む。息をつきながら振り返ると、眼下には陽に照らされて輝く色とりどりの屋根が重なっていた。遠くには太平洋がキラキラと揺らめいている。綺麗な町だと思った。

 

『お前の生まれ故郷、いいところだな』

『僕も、そう思う』

 

 この町で生きていけなくて、逃げ出した奴がそんな風に言っても良いのか……ライには言えないけど、少しうしろめたかった。曲がりくねった坂道を登っていくと、ようやく校門が見えてきた。

 

『さあ、着いたよ。行こう。学校に』

 

 正門は開いていた。

 自分に言い聞かせるようにノートに書き込んでから、僕は足を踏み入れた。制服も着ずに手ぶらで登校するのは変な感じだった。

 学校は静かで、寝坊して授業が始まってから登校したときみたいな雰囲気だった。さっきの防災無線のチャイムを信じるなら、今は四時間目のはずだ。普段なら運動場で体育をやっているクラスもありそうだけど、運動場には誰一人いなかった。

 靴箱でとりあえず上履きに履き替える。上下左右のクラスメートの上履きがローファーやスニーカーと入れ替わっていることに気づく。三島さんのよく磨かれたローファーと、正吾の少しすり減ったスニーカーもある。二人とも……学校にいるんだ。もし二人が肋骨で、殺さなきゃいけなくなったら……考えただけで吐きそうだった。

 

 上履きに履き替えて、とりあえず教室を目指すことにした。




戸塚さんちの柴犬は短編『夏の前日』にも登場します

一番好きなキャラは誰ですか?執筆モチベのために聞きたいです

  • 斉藤 悠(逃げ癖主人公)
  • 三島 あかり(落雷死したヒロイン)
  • 寺田 正吾(主人公の友人)
  • ライ(主人公の小説の主人公)
  • レオン(主人公を見守る?案内人)
  • ウィズ(声の能力を持つ魔法使い)
  • 該当なし
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