三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

17 / 18
真っ直ぐ

 電撃を踏んだ正吾は、竹刀を廊下に突き立てて膝を付いた。輝く竹刀はリノリウムの床を穿つ。ライが威力を弱めてくれたとはいえ、耐性貫通の雷だ。人間が生身で受けていいもんじゃない。思わず駆け寄ってしまう。

 

「正吾!」

 

 金色の軌道が目の前を横切る。駆け寄ろうとした僕はバックステップを踏んだ。正吾は片膝をついたまま片手で竹刀を振りかざしていた。

 

「……まだだ」

 

 竹刀を杖代わりにしながら立ち上がり、再び正吾は構えた。これを書き伝えると、ノートの中でライがヒュウ、と口笛を吹いた。

 

『骨のあるご友人じゃねえか。本気でやらせてくれよ』

『だ、だめだよ!』

 

 ライが舌打ちした描写がノートに浮かび上がる。その奥でノート越しに、正吾の鋭い眼光が見えた――と思った瞬間、ノートは真っ二つになっていた。僕がノートを復活させると、正吾は竹刀を振り下ろしたまま悔しそうに歯噛みした。

 もう一人の僕や不良三人組には見えてなかったけど、正吾は僕のノートを視認できるみたいだ。正吾は素早く間合いを取り、構え直す。

 

『手加減はしてたけどさ、耐性貫通の電撃踏ませたのに、もう普通に動いてるんだけど……』

『なあ、ユウ……本気でやろうぜ。ご友人、一流の剣士じゃないか。手加減なんて失礼だ』

 

 観念した僕は念じて羽根ペンにわかった、と書かせると、深く息を吸い込んでから正吾を見据える。気のせいかもしれないけど、わずかに正吾が頷いたように見えた。

 

「……行くぞ」

 

 次の瞬間、飛び込んできた正吾の竹刀に斜め上から殴打される。速すぎる。頭が割れたんじゃないか、と思うくらいの衝撃と共に僕は扉をぶち抜いて教室に突っ込んだ。意識とペンだけは手放すもんか、とライに出来るかぎり状況を書き伝える。このスーベニアは、僕が書いてそれにライがアクションを取るという特性上、どうしても相手の動きの後手に回ってしまう。霧の間みたいに視界を遮られても当然無理だけど、素早く攻撃されても対応出来ない。

 足音が聞こえる。全身が痛くてすぐには動けそうにない。たぶん正吾、追撃してくるよな。ライ、頼む……! 僕は羽根ペンを必死で念じて動かした。

 

『嫌いじゃないぜ、そういうの……ッ!』

 

 床に転がる僕を竹刀で払おうとした正吾は飛び退く。わずかに遅れてライの斬撃が飛ぶ。外れた。自分をエサにして、捨て身で斬撃を置いたのに。

 

『技のエフェクト消せない? たぶん派手すぎて技の起こりがバレてる』

『文句言うんじゃねえよ。お前がそう書いたからそういう設定なんだろが』

 

 悔しいけど、その通りだった。バトルを派手に書くと三島さんが、とても喜んで読んでくれたから。

 攻撃は当たりこそしなかったけど、正吾も迂闊に飛び込めなくなったみたいだ。捨てる神あれば拾う神ありってやつか。痛む胴体を転がしてなんとか立ち上がり、教卓を挟んで正吾と睨み合う。

 

 先手を取られる前に、やらなくちゃ。

 

『今度は威力なんて弱めなくていいよな!?』

 

 僕は少し躊躇ったが、ライの『手加減するなんて失礼だ』という文字を読み直して、決心する。さっきよりも激しく、範囲攻撃の雷撃が足元前方に広がる……頃には、正吾は机の上に飛び乗っていた。

 

『今の、躱された……!』

 

 こいつどんな運動神経してんだよ。驚いている僕を傍目に、正吾は大きな体躯で軽々と机を飛び移る。そしてそのまま机を蹴って僕の脳天めがけて輝く竹刀を振りおろした。

 

 全身の毛穴が開く。

 金色の剣先が迫る。

 

 世界がスローモーションに見える。

 真っ直ぐに迫る『死』と逃げずに向き合って、アドレナリンだか生存本能だか分からないけど、僕は思考が急加速するのを感じた。

 

 たぶん、ほんのコンマ数秒。僕は脳みそをフル回転させ、集中力を全て羽根ペンに捧げた。

 

『――見えた!』

 

 ギィン! と鋭い金属音がして、正吾は竹刀ごと派手なエフェクトの斬撃に弾かれた。そして、それを書く。正吾がよろめきながら着地したこと、机の位置、竹刀の向き――羽根ペンは見えないくらいのスピードでノートの上を舞う。

 

『凄い! 見える! お前が見てるもの……全部!』

 

 インプットとアウトプットに全ての思考リソースを注ぐ。ライの剣が、初めて正吾とラグ無しにやり合っている。正吾の剣筋を一つも逃さないように、どこを見てどんな足さばきをしているのか。僕は、今持てる全てで正吾と向き合っていた。

 一歩押して、一歩押される。お互いに一言も発していないのに不思議と、隣に座って話しているような感覚さえする。胸の奥に潜んでいた、額突く金髪頭を割いた時の高揚感はいつの間にか消えていた。

 一生懸命相手に向き合うことが、答えだったんだ。それが弱さにも強さにも心を振り回されないコツだったんだ。

 正吾はこれを伝えたかったのかもしれない。それを命懸けで僕に知らしめるのが、あいつなりの『落とし前』だったのかも――

 

 目眩。

 あんな集中の仕方をしてたからだ。よろける僕を正吾は見逃さない。明らかに羽根ペンのスピードが落ちる。異変に気づいたライが雷光斬を連続して飛ばす。それらを斬り払いながら、じりじりと正吾は距離を詰めてくる。

 やばい、書かなきゃ。羽根ペンを念じて動かそうとして、こめかみがキリキリと痛む。だめだ。しばらく、執筆できそうにない。インプットもアウトプットも、限界だった。

 

 ――書けなくても、ライの力に頼りきらなくても、出来ること……あるだろ!

 

 僕は椅子を机から引っこ抜いて静かに持ち上げる。横に振りかぶって思い切り遠心力を載せる。捻った胴体の中で肋だか内臓だかが悲鳴を上げてるけど、知ったこっちゃない。

 

 鈍い音。

 

 椅子の足の丁の字の部分が、正吾のみぞおちにモロに入った。竹刀が正吾の手から零れ落ちる。ワックスがかかった木の床に正吾はうずくまった。ライからの斬撃にかかりきりの正吾にとっては、僕の動きは意識外の動きだったみたいだ。教室壁際へと転がる竹刀はもう光を失って、よく使い込まれたいつもの見た目に戻っていた。立ち上がろうともしない正吾の様子を見て、『もういいよ』とライに書き伝える。

 

「……立てる?」

 

 僕が差し出した右手を、正吾は黙って掴んだ。立とうとしてよろける正吾に左手も差し出す。正吾の左手の平の薬指と小指の付け根には稽古で出来たであろうマメがあった。ようやくなんとか立った正吾は、僕の目を真っ直ぐ見て、頭を下げた。

 

「ごめん」

 

 僕は何も言わずに、正吾が喋り出すのを待った。

 

「お前のこと、力さえあれば人を傷つけて喜ぶような奴だ、なんて決めつけて……」

 

 あの時の僕は実際そうだったよ、と言いながら、僕は首を横に振った。

 

「俺のこの剣は、悪意とか罪とか……良くないものに反応して強くなる。お前の迷いに剣が反応したのを、俺は、お前の悪意に反応したんだと思い込んだんだ……」

 

 転がっていた竹刀が再び金色に輝いた。正吾は拾い上げて竹刀を見つめた。

 

「ほら、俺に反応してる」

 

 さっきのイスの一撃で裂けた正吾の制服のシャツからは、もう一人の僕と同じ――禍々しく赤黒い肋骨が覗いていた。正吾はゆっくりと正座すると、自分の腹に輝く竹刀の剣先を当てた。

 

「俺の役目もここまでだ。介錯、頼んでいいか」

「待って!」

 

 僕は後ろで浮いているノートを引っ掴んで、正吾の前に広げた。

 

「小説ノートが剣なの、お前らしいよな」

 

 僕は頷くと、羽根ペンを動かした。

 

「ライが――僕の小説の主人公が、正吾のこと、一流の剣士だって言ってた。ライに説明しなきゃ」

 

 正吾が見守る中、僕は書いた。曲げたり、隠したりしていた、本当のことを包み隠さず伝えたかった。

 『肋骨』を全て殺さなくてはならないこと。一本目の肋骨――もう一人の僕を、殺したこと。もう一人の僕は見てられないくらいダサかったこと。不良三人組を一方的に殺して、暗い喜びに浸ったこと。さっきまで戦っていた親友が、肋骨だったこと。

 

『なんだよ。隠し事ばっかりしやがって、水くせえな』

 

 ちょっとくらい怒られるかなと思っていたけど、ライは笑い飛ばした。文字が浮き上がる様子をじっと見ていた正吾が口を開く。

 

「俺も、書いていいか」

 

 頷いて、正吾の手元に羽根ペンを動かす。正吾は何度か掴もうとしたけど、指は羽根ペンをすり抜けた。正吾は苦笑いしながら手をブラブラと振った。

 

「悪い、悠。手合わせありがとうございましたって、一言書いといてくれ」

 

 僕が念じて羽根ペンを動かすと、すぐにライから返事が返ってきた。

 

 『今までで一番いい戦いだった、こちらこそありがとう』

 

 浮かび上がる台詞を目で追って、正吾は満足そうに笑った。そして目を閉じ、息を長く吐き出してから、再び金色の剣先を腹に当てた。

 

「じゃあ、頼む」

 

 僕は声を出すことが出来なかった。頬を暖かいものが伝う。涙だった。落ちる雫に気づいた正吾が、ゆっくりと僕を見上げる。

 

「この世界も、俺も、よくできた造り物だ。本物の俺が死んだり苦しんだりする訳じゃない」

 

 涙で歪んだ視界じゃ、正吾がどんな表情なのかは分からなかった。

 

「お前は迷わず、やるべきことをやれ。苦しいのも悲しいのも全部、お前が選んだ道なんだろ。だったら真っ直ぐ行け。振り返るな」

 

 血の匂い。正吾が自分の腹を割いていた。鼻の奥が痛い。僕は頷いて、ノートに書き込んだ。少し間を置いてから、親友の頭は転がり落ちた。

 正吾の身体は一本の大きな肋骨に変化していくと、透き通りながらゆっくり浮かんで行った。教室の窓から空を見上げると、大きな肋骨が五本、正しい位置に収まっている。

 大声を上げて、顔をぐしゃぐしゃにして、しばらく泣き叫んだ。教室のクーラーが少し寒いくらいに感じた。

 

『迷わず、真っ直ぐ行こうぜ。どこまでもついて行ってやるから』

 

 泣き疲れて見たノートには、なにかに滲んだみたいな震えた筆跡で一言書き込まれていた。




5万字超えましたー!!やったー!!!こんなにいっぱい書けたの初めてです!!!!いつも読んでくださってる方のおかげです……!!本当にありがとうございます(泣)

一番好きなキャラは誰ですか?執筆モチベのために聞きたいです

  • 斉藤 悠(逃げ癖主人公)
  • 三島 あかり(落雷死したヒロイン)
  • 寺田 正吾(主人公の友人)
  • ライ(主人公の小説の主人公)
  • レオン(主人公を見守る?案内人)
  • ウィズ(声の能力を持つ魔法使い)
  • 該当なし
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。