三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
ひとしきり泣き終わったあとも、僕は床に座ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。空を覆う肋骨が五本見える。
もう一人の僕と、不良三人組と……正吾の分。
この高校に、あと二本。僕が殺さなきゃいけない、肋骨がいる。多分三島さんと……あと、もう一人。ここまで書くと、ライから返事が返ってきた。
『目星が付いてる方からやっちまう方が確実じゃないか? 逃げられたらめんどくさいぞ』
『でも……まだ、三島さんが『肋骨』だって、確定じゃない』
そりゃそうだけどさ、とライからの返事に閉じ括弧が付く。
『さっきから言ってる……その、ミシマって、親かなんかか? よっぽど手に掛けたくないみたいだけど』
『……戦う理由なんだ、彼女は』
ここまで書いてやっと、僕はライに三島さんのことを伝えていなかったことに気づいた。隠しているつもりはなかったけど、自分がかっこいいと思っているキャラクターに、自分のかっこ悪いところを自ら見せるのが後ろめたかったからかもしれない。
『僕のせいで死んだんだ。好きだったのに……三島さんのこと』
血で肌に張りついたジャージを剥がしながら、僕は書き込んだ。
『殺したのか?』
『嵐の日に調子に乗って海に飛び込んだんだ。そばにいた三島さんだけが……雷に撃たれて死んだ』
ライはしばらく黙ったあと、何度か書き直してから返事をした。
『それって、お前のせいなのか?』
僕は、何が書かれているのかしばらく読めなかった。気づくと、返事がないことに気を遣ったのか、『ごめん。事情もよく知らないくせに、裁くような物言いして……』とのライから書き足されていた。ひと呼吸置いて、僕は羽根ペンを動かした。
『あの日、そのまま彼女と帰ってれば……あんなことにはならなかった。僕が』
――死ぬべきだったんだ――そう、書くつもりだった。ペンが止まる。
『そのまま、ミシマと帰ってれば、ミシマは今も元気に暮らせてたってことか。そりゃ……自分のこと、責めたりもするよな』
『そう……かも』
僕は、何に引っかかってるんだろう? 僕もライも、何も間違えたこと言ってないのに――
プツ……とノイズが黒板の上のスピーカーから漏れる。校内放送を知らせるチャイムが、僕の思考を遮った。
「大きな荷物が届きました。関係者はお集まりください」
不審者が校内に出た時にやる、校内の教師生徒にだけ伝わる隠語の放送だ。僕は生徒ではなくもはや不審者という扱いになったみたいだ。
『俺たちすっかりおたずね者ってことか。まあ、仕方ないな。集まれって言われてる関係者ってのは、衛兵とかか?』
『いや、校内にいる人全員だよ。体育館っていう……大きな建物に避難してくださいっていう意味』
なんだそりゃ、とライは大声で笑った。
『わざわざお前に位置を教えてくれてるのかよ』
『生徒が生徒を殺してるって、放送してる人に伝わってないのかも……』
平和な集団だな、とライは呆れた。
『まあ、いずれにせよ、その、タイクカン? ってところに行こうぜ。こんなところでメソメソしてても仕方ないし』
僕は慌てて立ち上がると、自分の手で羽根ペンをしっかり掴み、強めの筆圧で『メソメソなんかしてないよ!』と書き込んだ。
扉が外れてむちゃくちゃになった教室を出て、不良三人組の血が飛び散る廊下を進む。廊下は蒸し暑く、血の匂いが湿気と混じって吐きそうだった。
移動教室で何回も通ってきた、教室から体育館までの道のりは遠かった。通り過ぎるどの教室にも人の気配はなく、答えが書ききられず途中で放棄された板書が黒板の上で一人ぼっちになっていた。
『座って、文字を書き写したりするところなのか。退屈そうだな』
『実際、受けててつまんない授業はあるよ』
職員室と放送室の横を抜けると、体育館に続く道が現れる。屋根がついてはいるけど、完全に屋外なので暑い。コンクリートの上に敷かれたオレンジの樹脂のフロアパネルは、在校生のありあまる元気のせいでところどころ割れている。
『これは単なる思いつきだから、聞き流してくれていいんだけど、』
宙に浮かせながら追従させているノートに、ライの字が浮かび上がってくる。
『タイクカンごと、外側から……全部、ぶっ壊しちまうのもありなんじゃないか。そうすれば、誰が肋骨だろうと……それこそ、ミシマが肋骨だろうと、ユウは相手が死ぬところを直接見なくてよくなる。そりゃ、関係ない人たちを巻き込むけど……さっき、ご友人が……ここでの生き死には現実とは関係ないって言ってたじゃないか』
僕は立ち止まって、ライの字を何度も読み返した。肋骨を探し出す手間もないし、僕の精神的な負担も少ないし――あまりにも合理的で魅力的な提案だった。つい一時間くらいの僕なら、嬉々としてこの提案に乗っていただろう。でも。
『ごめん、ライ……効率悪いかもしれないけど、僕が弱すぎて出来ないかもしれないけど……それでも、ちゃんと向き合いたいんだ』
羽根ペンが返事を書ききって、動きを止める。
『お前ならそう言うと思ったさ。さっきのは、聞き流してくれ』
さっきの、体育館ごと壊す提案をするライの台詞に、雑な二重線が浮かび上がって重なった。
『さあ、行こう』
ライの台詞が浮かび上がるより先に、僕は体育館の前の金網マットを踏んでいた。
数段の段差を上がって、少し重い体育館の扉を開く。
扉の音に何人かが振り返って、すぐにどよめきが広がる。人殺し! と叫ぶ声を皮切りに、罵声と悲鳴が飛び交う。血まみれのジャージが身体に張り付く。
体育座りの生徒の列の後方中央に立つ。体育館はしんと静まり返り、数百の視線が僕に集まる。
「二年三組の! ……斉藤悠です!」
腹から声を出すと、ズキズキと骨か内臓かが痛んだ。僕は頭を勢いよく下げた。
「皆さんの中に、肋骨の方……! いらっしゃいませんか!」
肋骨ってなんだよ! という野次が飛んでくる。僕はもう一度頭を下げる。
「肋骨が! 赤黒くなってる人を! 探してるんです……!」
生徒たちはざわめいた。生徒指導の松山先生がドスの効いた声で怒鳴ってくる。
「探してどうするんだ! あいつらみたいに、殺すのか!?」
数秒俯いて、「そうです」と答えた。僕に掴みかかろうとする松山先生を、さっき編み出した弱範囲攻撃で感電させる。松山先生が膝をつくと、体育館はパニックになった。服を捲り僕に肋骨を見せつけて命乞いをする男子、泣き叫ぶ女子。
「ねえ鍵! 鍵かかってる!」
逃げ出そうとしていた女子が半狂乱で叫んだ。
「いいから開けなさい!」
教頭先生が怒鳴ると、女子はガチャガチャと大きな音を立てて扉を揺すって叫んだ。
「開けられない! 外から鍵かかってる!」
その叫びで完全に、体育館の中は阿鼻叫喚と化した。
「お前肋骨見せろよ!」
「嫌! 触らないでよ!」
「隠してんだろ! お前だろ!」
「違う! お前だろ!」
閉じた空間の中で、お互いがお互いを疑いあう地獄。
「最悪だ……」
こんなつもりじゃなかったのに。
頭を下げて、協力を呼びかけたら、何とかなるって思ってたのに。
「斉藤! こいつだ! こいつが!」
「違う! こいつなんです! お願いします!」
互いに差し出し合う生徒の目は狂気に堕ちていた。僕のせいだ。僕の……
『ミシマはいたか?』
『わかんないよ……こんな状況じゃ……』
やるしかない。僕は膝をつき深く息を吸うと、羽根ペンを滑らせる。床を這う電撃が、体育館の中にいた全員を捉え、床に伏せさせた。
「すみません。肋骨、見せてください」
ぴくぴくと痙攣している松山先生のジャージを捲る。赤黒いものは、なかった。
「ありがとう、ございました」
僕は松山先生のジャージを元に戻すと、伏せた生徒の列に近づき、一人ずつ声をかける。
「すみません。肋骨、見せてください」
「ありがとうございました」
僕の声と足音だけが、体育館に響く。初めは怯えたり、興奮していた生徒たちも、列も半ばになると落ち着いて僕の声に僅かに頷いていた。
「……ありがとう、ございました」
最後の生徒の制服を戻す。
僕は深く息を吸ってから、声を張った。
「この中に肋骨の方はいませんでした! ご協力、ありがとうございました!」
僕は深く頭を下げた。雷光斬で体育館の扉を壊して、足早に校舎へと戻る。
――三島さんは体育館に居なかった。
はじめに、まるで僕を体育館に誘導するようなアナウンスがあって、体育館の鍵は、僕が入ったあとに外から掛かっていた。
身代わりに、しようとしたんだ。
生徒全員を……
あの、僕にも優しくしてくれる、三島さんが?
ありえない、ありえないだろ。
宙に浮くノートに、ライの走り書きが浮かび上がる。
『落ち着けよ。ミシマがいそうな場所、考えようぜ』
『目星はもう……付いてるんだ』
僕はノートに書き込みながら――放送室の扉を開けた。
次回の更新は再来週ですごめんなさい!!!!!!!!!!!
あとアンケート良ければお願いします!!!!!!!!!!
ちなみに作者の好きなキャラは乾物屋のおばちゃんです。
一番好きなキャラは誰ですか?執筆モチベのために聞きたいです
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斉藤 悠(逃げ癖主人公)
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三島 あかり(落雷死したヒロイン)
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寺田 正吾(主人公の友人)
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ライ(主人公の小説の主人公)
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レオン(主人公を見守る?案内人)
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ウィズ(声の能力を持つ魔法使い)
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該当なし