三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

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DUSK

 

 目隠しをされて、パトカーに押し込まれ、二十分ぐらい移動した。降りろ、と促され、どこか建物の中に腕を掴まれて誘導される。

 

 扉の開く音。部屋に通されたみたいだ。何人かの腕によって、椅子に座らされる。薄いクッションと丸くて冷たい金属の枠の感触は、どうもパイプ椅子らしかった。手錠はかけられたまま、目隠しを外される。六畳くらいの狭い灰色の部屋。鉄格子が嵌った窓の外は赤銅色だった。刑事ドラマによく出てくる取調室だと思った。複数の足音と入れ替わりに、一人分の足音が近づいてくる。

 

 町の駐在さんだった。中央にある事務机を挟んで、僕の向かいに腰掛ける。丸いかさの卓上ランプが、町の駐在さんの難しそうな顔を浮かび上がらせた。駐在さんはいつもの青い制服の胸ポケットから、手帳とボールペンを取り出した。三島さんが雷に撃たれたあと、南堤防で声をかけられた時と同じだった。

 

「なぜ███を殺した」

 

 『誰を』の部分が、空気に解けたみたいに聞き取れない。

 

「すみません、聞き取れなくて。もう一回お願いします」

「だから、なんで、███を殺したんだ」

 

 もう一人の自分?

 不良三人組のうちの誰か?

 正吾?

 伊勢先生?

 それとも……三島さん?

 

 心当たりがありすぎる。血に濡れたジャージがまた肌にはりつき始める。信じてもらえるかは分からないけど、今起こっていることを正直に言うしかない。

 

「この町にばら撒かれた、十二本の肋骨を——」

「いや。()()()。なぜ、███を殺した」

 

 これは、肋骨の話じゃない。三島さんが雷に撃たれた——あの日のことだ。この世界では、三島さんは生きていたけど……話すしかない。

 

「僕が海に行こうって言ったんです」

 

 駐在さんは、ただ黙って聞いている。

 

「それで……バカやって飛び込んだんです。彼女は堤防の上でそれを見てて……雷に撃たれたんです」

 

 眉間に皺を寄せたまま、駐在さんはじっと僕を見た。

 

「僕は偶然海中に完全に沈んでいたから、感電を免れたみたいなんです。人間よりも海水の方が、何倍も電気を通しやすいから……」

 

 駐在さんは手元の手帳にボールペンで色々書いて、あの日みたいに——最後に『()()』と書いてマルを付けた。

 

 ——それって、お前のせいなのか?

 

 ライの筆跡が脳内に蘇る。

 

「それで、後を追ったのか」

 

 僕は……やっと、聞き取れなかった部分に何が入るのか、思い知った。駐在さんはボールペンのノック部分を僕に向けた。

 

 

「あの日、()()()()を殺したのは、三島あかりが原因か」

 

 

 今まで聞こえなかった部分が、クリアになって届く。聞こえないんじゃなくて、僕が……聞きたくなかったんだ。

 

「違います」

 

 考えるより先に、口から出ていた。

 

「じゃあ、どうして」

「僕が、雷に撃たれるはずだった、そんな気がして……あの夜、南堤防に向かったんです」

 

 駐在さんはボールペンを持った右手を顎に当てながら手帳に目を落とす。

 

「それは、三島あかりを後追いしようとしたんだろう」

「いえ……三島さんのせいじゃないんです。僕が雷に撃たれるはずだったって、僕がそう思ったから……」

 

 ——僕がそう思ったから。

 

 絡まって解けない針金みたいな感情が、心の奥から自分の言葉で引きずり出されるような感覚にえずく。

 

「三島さんのことは、たぶん……きっかけ……なんです」

 

 駐在さんが、マルを付けた事故と殺害を矢印で結んで、『きっかけ』と書き込んだのを見てわずかに引っかかりを覚える。なんとなく、手放しちゃダメだ、と思って、何に引っかかったのか、必死に言葉にしようと考えた。

 

「機械的に見れば、事故なんでしょうけど……あれは、僕のせいなんです。僕が背伸びして、バカをやったから。そもそも、見栄なんか張らずに、真っ直ぐ帰っていたら。三島さんが……あの日、もし一人だったら。あの天候の南堤防になんてまず近づかないんです」

 

 駐在さんはメモを取っていた手を止めて、顔を上げた。

 

「それは……もっと早く自分自身を殺しておけば、という意味?」

 

 ジャージから上がってくる血の匂いが強く感じられる気がした。汗がダラダラと流れ出す。目を背け続けていたものを、身体の中に埋めて隠していたものを、臓物の奥からいきなり掴み出されたみたいな気分だった。

 

「僕は……あの日よりずっと前から、とっくにこの町から逃げ出したかったんだ……」

 

 駐在さんは手帳を閉じて、僕をじっと見た。

 

「逃げ出すためだったんです。全部。三島さんの事故を過剰に背負い込んで、自分を責めて、酔って……」

 

 僕はたまらず床に吐いた。駐在さんは何も言わずに僕を見つめていた。

 

「向き合い続けてるつもりで、ずっと逃げてたんだ……罪を償うことに……」

 

 頭をぐしゃぐしゃと掻き乱して……そこでやっと、手錠のスーベニアの真ん中の鎖が消えていることに気づいた。駐在さんは帽子を取った。

 

「俺の役目は終わったらしいな」

 

 白髪混じりの髪からポマードの匂いがする。駐在さんは、腰のホルスターから、ゆっくりと拳銃を抜いた。両手は動くとはいえ、念じてもノートは出てこない。死を覚悟したその時、駐在さんは机の端を滑らせて拳銃を寄越した。

 

「撃ちなさい。その手で」

 

 震える手でなんとか持ち上げる。少し重い、玩具みたいだった。

 

「あなたも、肋骨……なんですか」

 

 駐在さんは頷くと、紺のベストを脱ぎ、水色のシャツを脱いだ。ランニングシャツを捲ると、歳の割に引き締まった身体に——赤黒い肋骨が浮き上がっていた。

 

「何度かだけだったけど、俺は思っていたより君の人生の大事な部分に食いこんでいたらしいね」

 

 日焼けした肌に白い歯を見せる駐在さんは、この町を数十年見守ってきたその目で、僕を見た。

 

「もう少し……あの日、君の話を聞いてやれれば……と今でも思うよ。まあ、俺はよく出来た、作りものだけど」

 

 涙が頬から滑り落ちる。でも、この手で……やらなくちゃ。拳銃は構えると、両手でも重いような気がした。腕が震える。

 

「……もう少しだ。頑張ってね」

 

 パン、と乾いた音がして、少しあとにずさり、と重い音が落ちた。

 僕は小学生の頃嗅いだ、みそ汁のにおいを思い出した。風の冷たい、とびきり寒い夜に、母さんの癇癪で家を追い出されて。誰もいない県道を歩き続ける僕を交番に入れて、暖かいインスタントのみそ汁を出してくれたんだ。駐在さんは、何度かだけだったけどって、さっき言ってたけど……多分……この時のことを覚えてくれてたんだ。僕なんて……今、思い出したのに……。浮かんでいく肋骨の前で、僕はしばらく泣いた。

 

 僕の両手首に輝いていた手錠のスーベニアは消え去っていた。念じると、ノートが空間にフェードインして現れた。金色の羽根ペンをノートの上で舞わせる。

 

『今、八本目を、倒した。あと……四本だ』

『ユウ! 無事だったのか!』

 

 返事が走り書きで素早く荒く書き込まれた。

 

『ミシマのこと……! ごめん……』

『こちらこそ……ごめん。ライは……ライなりに、僕のこと考えてくれてたのに……』

 

 窓の外はすっかり真っ暗になっていた。

 

『さあ、行こう』

 

 ライに促され、僕は部屋から出ようとしてドアノブを回す。取調室は外から鍵がかかっているようだった。

 

『任せろ!』

 

 雷光斬でドアをぶち抜く。暗い蛍光灯が規則的に並ぶ廊下に出る。どこに行けばいいのかは分からないけど、とにかく外へ出ようと思った。交通安全のポスターが貼られている階段を駆け下りて、ガラスの押し扉を開ける。駐車場に出て建物を振り返る。本浜津警察署——隣町の警察署だった。

 

 ——十二本の肋骨が……君に関係あった人物として、この町にばら撒かれてる。

 

 もう一人の僕が言っていたことを思い出して、頭を抱えた。

 

『今、色々あって隣町に連れてこられてる。残りの肋骨がいる元いた町になんとかして戻らないと……』

『遠いのか?』

 

 パトカーに乗せられて移動した時のことを思い出す。

 

『車で二十分くらい。たぶん、歩いたら……三時間くらいかかるかも……』

『またフェニックスに乗せてもらうか?』

 

 ライの提案に迷う。塔の中をぶち抜いた時は、方向もかっちり決まっていて、距離は問わない感じだったから良かったけど……うっかり建物とかに当たったら、とんでもない大事故になりそうだ。

 

『やっぱり、時間がかかっても歩いて行こうかな』

 

 道は分からないけど、多分……海に沿って県道を歩けば大丈夫だろう。警察署を後にしようとした時、ところどころ錆びた軽トラが駐車場から僕に近付いてくる。手動窓が開き、運転席から見覚えのある顔が僕に叫んだ。

 

「乗んなさい!」

「お、おばちゃん……! なんでこんな所に……」

 

 あの日、僕がびしょ濡れになりながら駆け込んだ、乾物屋のおばちゃんだった。いいから早く、と急かされるままにノートと一緒に助手席に乗り込む。

 

「浜津に戻るんでしょ?! あんた、車じゃなきゃ、間に合わないよ!」

「間に合うって、何にですか!?」

 

 僕がシートベルトを付ける寸前におばちゃんはアクセルを踏み込んだ。

 

「あたしたち肋骨はね、あんたが来てから半日で還らないとダメなんだ! でなきゃ、あんたの魂も砂だよ! 砂!」

 

 トラックのラジオのツマミの横にある時計表示は、20:13になっている。

  

「そ、そんな……今初めて聞かされました」 

「あの子、教えなかったんだねえ……早く還りたがっ

 てたからねえ」

 

 おばちゃんはため息を吐いて、続けた。あの子、というのは多分、もう一人の僕のことだろう。

 

「あんた、この町にいつ来たの」

 

 たしか、『われは海の子』の防災無線が流れていたから……

 

「十一時より少し前だと思います」

 

 えーっ、とおばちゃんが声をあげる。

 

「じゃああと……三時間もないじゃないの! ここからなんだよ! あんた、誰が待ってるか知らないだろうけど……」

 

 ここまで言って、おばちゃんは苦しそうにむせた。

 

「だ、大丈夫ですか」

「言えない決まりなんだよ。言えることしか」

 

 窓から海が見える。トラックは県道を走っているようだ。海岸通りに入る。

 

「今、どこに向かってるんですか? もう浜津ですよね」

「斎場だよ。きっと……あんたを待ってるよ」

 

 トラックは駐車場の白い枠線なんて無視して斜めに停まった。降りると、おばちゃんが窓を開けて叫んだ。

 

「頑張ってね! 平凡な人生だったけどね、最後はサスペンスドラマみたいで、楽しかったよ! じゃ、おばちゃんは自分で始末つけるからね!」

「待ってください! せめて、この手で……」

 

 駆け寄る僕から逃げるようにトラックが発進する。

 

「見るんじゃないよ! あんたぐらいの子がこんなこと、させられるなんておかしいじゃないか!」

 

 僕は駐車場の端へ向かうトラックを追いかけた。トラックを停めたおばちゃんは窓を素早く閉めて、何かを取り出すと運転席の中に伏せた。窓にベッタリと赤いものがつく。血だった。

 

「おばちゃん!」

 

 運転席のドアを開ける。血とともに、おばちゃんだったものが崩れ落ちてくる。頸動脈に、出刃包丁が突き刺さっているそれは、地面に着く前に一本の肋骨へと変化して空へ浮かんで行った。出刃包丁はきっと、あの店から持ち出してきたんだろう。僕の手を……汚させないように。

 血だけが駐車場に降った。僕はその上に膝を付いて、涙をぼろぼろと落とした。

 

『……たくましい、人だな』

 

 一部始終を書き伝えられていたライが、ぽつんと書き込んだ。泣きながら僕は立ち上がる。あと三時間。肋骨はのこり、三本。立ち止まってる時間なんて、ないんだ。僕はこの町からずっと逃げ出したかったけど……殴ってくるような奴だっていたけど、見守ってくれる大人の人がいて、背中を押してくれる友達がいて、好きな人がいて。砂になんかなるもんか。絶対に、この試練を終えて、『涯て』に辿り着くんだ。

 『三島あかり 儀』と筆で書かれた看板を横切って、斎場の中へと走り出した。




主人公の紹介イラストあげました!
よければ活動報告も覗いてくださーい!
というか後書きとかにこういうのぶち込んだ方が良いんでしょうか?わからなさすぎる…
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