【毎週日曜0時2分更新】三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
受付には、闇のように深い黒の喪服を着た女性が立っていた。三島さんによく似た顔つきに、僕は覚悟を決める。
「三島さんのお母様……ですよね」
三島さんのお母さんは頷きもせずに、喪服よりも暗い瞳で僕を見た。三島さんによく似た目元には深いクマが刻まれている。
「あなたが……あかりを……」
うわ言のようだった。掠れた声に、僕はなにも言えなかった。念のため、ノートに描写を始める。
「……そのノート、あかりが読んでた」
三島さんのお母さんは僕のスーベニアを睨んでいるようだった。正吾も僕のスーベニアが見えていた。もしかしたら、三島さんのお母さんも、何かスーベニアを使えるのかもしれない。わずかに後ずさる。
「……やっぱり、あなたのせいなのね」
金色の粒子が集まって、細長い形になる。正吾の竹刀のスーベニアが現れたときと一緒だった。
U字型の取っ手。薄桃色の、日傘。あの日、雷で溶け落ちた晴雨兼用の日傘。
「それは、三島さんの……」
「あの子にあげたのよ。遺品として、返って来たけど」
日傘を掴むと、三島さんのお母さんはそれを僕に向けて開いた。なにか来る。僕はとっさに横飛びしようとした。
――光。
光だった。
衝撃。
裂かれる、痺れる。
この感覚を、知っている。
塔の中で、ライと初めて出会ったときの——
雷に撃たれたことを理解した時、三島さんのお母さんの怨嗟の声が聞こえてくる。
「あなたが……一人で行けばよかったのよ……」
床に伏せた状態で、手足は動かせない。かろうじて眼球を動かすと、同じように三島さんのお母さんも床に倒れながらこちらを睨んでいた。震える右手で、離すまいと掴まれている日傘は既に溶け落ちていた。視界にノートが滑り込んでくる。
『何が起こった!?』
『雷に……撃たれた。三島さんのお母さんがスーベニアを持ってて、それにやられた。多分、日傘を向けた方向から
自分でライに説明しながら、胸がぎゅっと締め付けられる。自分ごと、相手に雷を落とす——なんて痛ましいスーベニアなんだろう。もしかしたら、三島さんのお母さんもあの日の僕みたいに……自分の娘が雷に撃たれるくらいなら、自分が撃たれた方がよかったって、思っているのかもしれない。
「どうしてあかりなのよ……!」
三島さんのお母さんは、苦しそうに声を絞り出した。あの日のことを、三島さんのお母さんに説明するべきだ。そう思った。それが、たとえお互いを傷付けて抉る行いであっても。
「……あの日。僕は三島さんにいいところを見せたくて、必死でした」
「言い訳は要らないのよ!」
床を這う強烈な光。僕と……三島さんのお母さんを貫く。正吾とやりあったときにやった内臓というか骨の辺りに響いて、痛いなんてもんじゃなかった。歯を食いしばって痛みをこらえてから、続ける。
「見栄を張って、しりもちをついた僕に、彼女は絆創膏を貼ってくれようとしたんです……でも、それを僕は、ちっぽけなプライドで受け取れなかった。彼女は、そんな僕を心配して、あの……雷雨の中、南堤防までついてきてくれたんです」
説明をやめない僕に、三島さんの母親は目を見開いた。もう一度日傘を僕に向けようとしているのか、手をピクピクと動かしている。
「僕は、三島さんを笑わせたくて、バカやって飛び込んだんです。そうしたら……その日傘に落雷した。僕は、たまたま、海に飛び込んでいたから助かったんです」
「あなたが! あなたがあかりを!」
声を荒げる三島さんのお母さんを目に焼き付けながら、僕は答えた。
「そうです」
三島さんのお母さんは恨めしそうに僕を睨んで、しばらく言葉にならない罵声のような声を僕に浴びせた。黙って、最後まで聞こうと思った。しばらくして、三島さんのお母さんは息を切らしはじめ、落ち着いてきた。僕はそれを見計らって、もう一つの……もっと醜い、認めたくないことも、三島さんのお母さんに言おうと決心した。
「僕は三島さんの死を、この町から逃げる口実にしました。『僕が悪い』って罪悪感に酔って、僕にすべての雷が落ちるべきだ、なんて思って……一人で南堤防に向かったんです。僕が死んでも三島さんは生き返らないのに」
「——結局、あなたの話なのね」
深いため息とともに、三島さんのお母さんは、身をよじり動かない体で……日傘を僕に向けた。
「あの子の夢も、読みたかった本も、読み切れなかった本も、友達も、人生も、全部……全部奪っておいて! まだ! まだ自分の話をするわけ!? あかりが生きるはずだった日を生きておいて、それをあっさり捨てたわけ!?」
僕は思わず、目を逸らしてしまった。三島さんのお母さんは半狂乱のまま、絶叫する。
「あかりは生きたかったのに! あなたあの子の将来の夢なんて知らないでしょう! どんな食べ物が好きだったかも知らないくせに、あの子のこと分かったふうなこと言わないでよ!」
光。熱。貫かれる。引き裂かれる。身体がバラバラになったんじゃないかという衝撃。三島さんのお母さんの言うとおりだった。三島さんのことなんて全然分かってないし、向き合ってきたつもりで、結局全部主語は自分、自分、自分。
『ユウ! 反撃しないと、お前が持たない。相手は、お前ごと死ぬつもりなんだ。範囲攻撃、撃っていいよな』
『待って。この痛みから……逃げたくないんだ』
雷光。うめき声すらも出せない。頭がチカチカしてきた。三島さんのお母さんは膝をつきながらも、もう一度、僕に日傘を向けた。何度も、何度も撃たれる。途切れかけている意識で、それでも、三島さんのお母さんから目を離したくなかった。自分なりの、誠意だった。
「……どうして! 痛いとか苦しいとか! 許してとか! 言わないのよ! 許してって、言いなさいよ! 私には許さないって言う権利すらないの!?」
「どうか、許さないで、ください」
「あなたが許す許さないを決めないでよ!」
三島さんのお母さんは、日傘を僕に向けたままぼろぼろと泣いた。真っ赤な目は三島さんと似ていて、一瞬、僕は三島さんに責められているような感覚を覚えた。
「知ってるのよ……あなたをいくら痛めつけたところで……あかりが帰ってこないことも……」
また、雷が僕たちを貫く。三島さんのお母さんの喪服がところどころ破け熔け落ち、赤黒い肋骨が見える。
「肋骨ってなによ……なんで私まで……あなたのために死ななきゃならないのよ……」
苦しみ悶える三島さんのお母さんに、何を言うべきなのか、そもそも何も言わないべきなのか、僕は悩んだ。どんなに思いやりのある言葉も、全て彼女を傷つけて抉るに違いないと思われた。その結論が雷よりも鋭く僕を痛めつけた。
どんな誠実さも三島さんのお母さんを救えないだろう。三島さんは帰ってこないんだから。
また、雷に貫かれる。頭の中がぴりぴりする。全身クモの巣のような落雷痕に覆われて痛々しい姿で、三島さんのお母さんは震えながら、日傘を抱えるようにして自分の顎に向けていた。
「でも、死んだ方が、マシだわ……あかりもいないこんな世界……」
「待ってください……!」
口を開いた僕を痛みが貫いた。三島さんのお母さんが溶けた日傘で僕の鳩尾を刺していた。
「あなたには分からない。何回この雷に撃たれても、きっと、分からないでしょうね」
このまま、撃たれたらまずい……と思った途端、三島さんのお母さんは傘を引き抜いて、また自分の顎に日傘を向けた。
「……あかり、今、行くからね……」
空間を引き裂くような衝撃音。すっかり溶け落ちた日傘の横に、三島さんのお母さんだった一本の肋骨が転がっていた。
『ライ……十本目。還った』
『よくやった! あと、二本だ!』
よくやってなんか、ない。ライに返事が出来なかった。三島さんのお母さんに、何も出来なかった。何もしても言っても苦しませるだけだった。
痛む全身をなんとか動かして、ギリギリ、絆創膏をつまむ。黄色の花柄の絆創膏。白いフィルムが上手く剥がせなくて手こずる。手の震えが収まらない。歯でフィルムの折り返し部分を無理やり咥えて、なんとか粘着面を顕にする。そのまま床に置いてのしかかり、無理やり肌に貼ることができた。
あの日の……制汗剤なのかシャンプーなのか分からない甘酸っぱい匂いが鼻を過ぎった気がした。暖かいものが身体中を駆け巡って、痛みが取れていく。
——斉藤くん……だめ……行かないで——
塔の中でレオンに貼ってもらったときみたいに、三島さんの声がした。『だめ』って、何がダメなんだろう……?
「はあ……使えなかったわねぇ、あの女」
聞き覚えしかないハスキーな声に頭だけ動かすと、母さんが——三島さんのお母さんだった肋骨を上空へ蹴飛ばしていた。僕はたまらずすぐに立ち上がって掴みかかった。
「何してんだよッ! あの人が……っ! どんな思いで——」
衝撃。平手打ちされていた。
「うるさい! アンタのせいでしょ!? 全部全部!」
耳をつんざく怒声に思わずつかみかかっていた手を離してしまう。頬に、刺すような痛みがはしる。母さんの手から僅かに金色の粒子が零れていることに気づいた。
「あんたが死んどけば良かったのよ」
——その通りだと思った。胸が何かに縛られる感覚がして、ズキン、ズキンと頭が痛む。
『ユウ! 何か起きてるのか!?』
僕は膝をついた。
『全部僕のせいだ。ライ、僕のせいなんだ』
『なに、急に、どうしちゃったんだよ!』
たじろぐライを横目に、僕は母さんの前で頭を垂れる。母さんはそれを見下ろして、大きくゲラゲラと笑った。タバコと香水の匂いが強く感じられる。俯いた顔からぽた、ぽた、と血が垂れる。さっき母さんにぶたれたときに、何かを刺されたんだろう。でも、そんなのどうでも良かった。何もかも、僕のせいなんだから。
いつも読んでくださりありがとうございます!!!!!!!!(泣)